第九話 「神器合成」
「な、なんで、あの魔人の神器も……」
見間違いでも、幻でもない。
確かにあの狼魔人の持っていた大剣が、部屋の隅に置いてある。
その姿を見ると、あの激しく恐ろしかった戦いが脳裏によぎる。
なんでここに……?
「衛兵さんが、『どっちかわからない』からってどっちも持って帰って来ちゃったのよ。黒い方は見るからに魔人の神器っぽいけど、ボロボロの神器で魔人を倒したとも思えないしって。女の子に聞いても泣きじゃくったままでわからなかったらしいし」
「……なるほどね」
確かにそれだとどちらが僕の神器かはわからないな。
だからどっちも持って帰って来たというのは合理的だ。
神器は壊れても直すことができるが、無くしたら二度と返ってくることはないからね。
冒険者として一番やってはならないことだと言われている。
いや、それはもういいとして、なんで僕の神器が元に戻っているのだろう?
あの魔人と戦っていた時、禍々しい剣に姿が変わった。
確か名前は、【呪われた魔剣】。
時間が経つと【さびついた剣】に戻ってしまうのだろうか?
「それにしてもラスト、よくその神器で魔人を倒せたわね。神器とか戦いについては母さんよくわからないけど、ラストの神器で魔族と戦うのはすごく難しいんじゃないの?」
「う、うん。僕も倒せるとは思ってなかったんだけど……」
僕は立て掛けられている【さびついた剣】を取り、それをじっと見つめた。
あの時、僕の【さびついた剣】は【呪われた魔剣】という超強力な神器に変化した。
その要因はおそらく、レベルアップ時に獲得したスキルのおかげ。
確か……
「『進化』……だったかな?」
瞬間、【さびついた剣】が黒い光を放ち始めた。
そして卵の殻を破るようにサビが落ちていく。
やがてそれがすべて落ち切ると、例の『漆黒の剣』に変化した。
名前:呪われた魔剣
ランク:S
レベル:
攻撃力:500
恩恵:筋力+500 耐久+500 敏捷+500 魔力+500 生命力+500
スキル:【神器合成】
耐久値:500/500
……できた。
また【呪われた魔剣】を出すことに成功した。
今まで【さびついた剣】には魔法やスキルが宿っていなかったから、発動の方法がわからなかったけど。
使いたいと思えば発動できるみたいだ。
と、それはいいとして、眼前で神器の変化を目の当たりにした母さんは、明らかに目を見張っていた。
「……これが、僕の神器の力だよ。これのおかげで、僕は魔人に勝つことができたんだ。たぶんこの神器が目を覚ましてくれていなかったら、僕は魔人に勝つことも、あの女の子を守ることもできていなかったと思う」
「そ、そうなの……」
説明を聞いても、母さんは驚きの表情を崩すことはなかった。
まあ、驚くのも無理はない。
見た目は完全に『魔人の神器』だもんね。
他の人が見たらびっくりするのは当然だ。
「な、何はともあれ、強くなれてよかったわね、ラスト」
「……うん」
そう、見た目が完全に魔人の神器でも、強くなれたことに違いはない。
僕はこれで冒険者になる。
そして、もっとたくさんの人たちを助けて、憧れの英雄になってみせる。
「それじゃあ私は、ラストがいつ旅立ってもいいように、色々準備しておくわね」
「ありがとう母さん。いつもいつも、お弁当とかも作ってくれて……」
「改まってなに言ってるのよ。お礼なんて必要ないわ。お母さんなんだもの」
母さんはそう言って、部屋を後にした。
一人になった僕は、改めて右手の神器に目を落とす。
名前:呪われた魔剣
ランク:S
レベル:
攻撃力:500
恩恵:筋力+500 耐久+500 敏捷+500 魔力+500 生命力+500
スキル:【神器合成】
耐久値:500/500
「【呪われた魔剣】……か」
落ち着いて見てみても、やっぱりかなり強力なプロパティだ。
攻撃力と恩恵がすべて500。
歴史に名を残している神器たちと比べても、何ら遜色がない。
ていうか、このランクはいったいなんて読むのだろう?
神器のランクはAからFまでじゃなかったかな?
おまけにレベルの表記もないし、変な神器だな。
「……やっぱり、どう見ても魔人の神器だよね」
この禍々しさといい、強大な力といい。
下手をしたら、僕が昨日倒したあの魔人の神器よりもおぞましい姿をしていると思う。
なんて思いながら僕は、魔人の神器が立て掛けられている場所まで歩いて行った。
そして改めて黒い大剣を凝視する。
次いでなんとなしにその神器に触れ、プロパティが確認できるかどうか確かめてみた。
名前:黒炎の大剣
ランク:B
レベル:15
攻撃力:230
恩恵:筋力+280 耐久+230 敏捷+70 魔力+150 生命力+200
魔法:【黒炎】
スキル:【両手剣】
耐久値:185/250
「おっ、見れた」
神器は触れることで詳細な情報を知ることができる。魔人の神器も例外じゃないんだ。
それにしてもやっぱり、結構強力な神器だったんだな。
衛兵さんたちと戦いになっていたら危なかったかも。
もちろん戦闘においては、神器の性能がすべてではない。所有者の戦闘能力そのものによって勝敗がひっくり返ることもある。
しかしあの魔人は見たところかなり戦闘慣れをしている。大きな被害は免れなかっただろうな。
僕で止めることができて本当によかった。
と、改めて安堵に浸っている場合ではない。
「プロパティを見ることはできたけど、他人の神器は使えないようになってるし、これどうしよっかな?」
神器は基本的に装備者がいなくなれば自然と消滅する。
そして消えるまでにそれなりの時間を要する。
これもしばらくすれば消滅するだろうが、いったいいつ消えるのかわかりはしない。
こんなおぞましい神器を部屋に置きっぱなしにしておくのも怖いし。
インテリアにしては趣味が悪すぎるしなぁ。
早めに捨てた方がいいかもしれない。燃えるゴミかな?
「んっ?」
なんて、魔人の神器を捨てようと考えていると……
突然、右手の方から紫色の光が放たれた。
見ると、どういうわけか【呪われた魔剣】が輝いていた。
「何が……起きて……?」
やがて、左手で触れていた魔人の神器が、独りでに動き始めた。
ふわふわと宙を漂い、【呪われた魔剣】に近づいていく。
そしてガツンとぶつかり、まるで【呪われた魔剣】に吸い込まれるかのように消えてしまった。
「合体した……のか? 僕の神器と?」
そのように見えたけど。
なんで突然そんなことが起きたのだ?
ていうかあんなことがあって、僕の神器はおかしくなってないか?
そう危惧して、僕は【呪われた魔剣】のプロパティを確かめてみた。
名前:呪われた魔剣
ランク:S
レベル:
攻撃力:500
恩恵:筋力+500 耐久+500 敏捷+500 魔力+500 生命力+500
魔法:【黒炎】
スキル:【神器合成】
耐久値:500/500
「えっ!?」
新しい魔法が発現している。
というかこの魔法、魔人の神器に宿っていた魔法と同じものではないか。
何がどうなっているんだ? 魔人の神器の力が乗り移った?
「……もしかして」
プロパティと同様、『スキル』の詳細も神器に触れている間は確認することができる。
一つ、気になっていたスキルについて、僕は確かめてみた。
【神器合成】・邪神の祝福が施された神器を、強化素材として合成可能
・合成した神器の付与魔法を獲得
・未装備の神器に限る
・強化素材とする神器を近づけることで効果発動
「なるほど。このスキルの効果か……」
神器合成。これで魔人の神器を取り込んだってことだ。
かなりびっくりしたけれど、スキルの効果とわかれば納得もできる。
『邪神の祝福が施された神器』とは、ようは『魔人の持っている神器』だ。
それで『未装備の神器』っていうのは、たぶん『所有者のいなくなった神器』ってことかな?
つまり【呪われた魔剣】は、『倒した魔人の神器を取り込む力』があるってことか。
「……とんでもない力だな」
ただでさえ恩恵値オール500という反則級の力が備わっているのに、それに加えて魔人の神器の力を取り込むこともできるなんて。
もしかして、レベルの表記がないのはそれが理由なのかな?
通常の神器はレベルを上げて魔法やスキルを獲得していくけど、【呪われた魔剣】は魔人の神器を合成して成長していく。
かなり特殊な成長方法だ。やっぱり変な神器だな、これ。
「……とにかくまあ、結果的に魔人の神器の処分はできたし、これで心置きなく旅に…………」
なんて思っていると……
突如として視界がぐらついた。
まるで世界が横転するように、目の前の景色が……
ってこれ、前にもあったような……




