第八十九話 「解呪」
ヘリオ君とその仲間たちを護衛するために、道を同じくしてしばらく。
丸一日かけて雪花壇に到着したというのに、また丸一日かけて村まで戻ってきてしまった。
朝から向こうを出発したので、村に着いたのは完全に深夜だった。
いや、これでも充分に早い方である。
というのも、ヘリオ君がまるで足を止めることなく突き進んでしまっていたので、僕たちも休みなく彼の後ろをついて行くしかなかったのだ。
本来なら小休憩などを挟みながら抜ける道のりなのに。
ちなみに魔物はほとんど現れなかった。
白熊の魔物が二体と白兎の魔物が一体である。
僕たちが通ってきた道をそのまま逆戻りするように歩いてきたので、魔物の数が少ないのは当然ではあるが。
そんな幸運にも恵まれて、無事に村に戻ってくると、ヘリオ君はまず最初に仲間の二人を治療院に預けてきた。
治療院でどういう説明をしたのかは定かではないけど、どうやらしばらくはそこで面倒を見てもらえるらしい。
次いで宿屋で軽く湯浴みをして、食料と水を調達するや、その足でまた危険域の方へ向かって行ってしまった。
「ど、どこに行くのヘリオ君!?」
「うるせえ。黙ってろ雑魚ラスト」
僕の問いに答えてくれる気配もなく、そのまま林の暗闇を突き進んで行ってしまった。
全身は傷だらけで休息も無し。
どうしてそこまで急いで危険域に戻りたがっているのだろう?
それに仲間の二人は放っておいてもいいのだろうか?
「大方、仲間に呪いを掛けた魔人でも倒しに行くんでしょ?」
「えっ、呪い?」
不意にアメジストがこぼした台詞に、僕は眉を寄せた。
いったいどういう意味だろう? アメジストはすでに事の真相がわかっているのだろうか?
「まあ、これはただの私の憶測だけど、あの眠っている二人は魔人に呪いを掛けられて、昏睡状態に陥ってる。じゃなきゃあんなにぐっすり眠っていられるはずないもの」
「……それはまあ、確かに」
あの二人がずっと眠り続けている理由はいまだ不明。
見たところあの氷雪地帯には植物が根付いている様子もないし、自然的な毒物による要因は考えづらい。
頭を打って気を失っているにしては昏睡時間が長いし、二人ともほとんど怪我をしていなかった。
何より二人同時にトラブルに巻き込まれるなんてそうそうあり得ない。
となると残された可能性は、魔族による被害だけだ。
そして人間を長時間昏睡させられる力なんて、魔人の持つ神器の呪い以外には考えられない。
「で、神器に掛けられた呪いを解くには、その神器を破壊するか、神器の持ち主である魔人を倒すしかない。あのバカがまた危険域に向かって行ったのが、魔人に襲われた何よりの証拠だわ」
「……」
アメジストの憶測を聞いて、僕は深く納得した。
きっとヘリオ君たちは、あの氷雪地帯で凶悪な魔人と遭遇したんだ。
そして仲間の二人が呪いを掛けられて、深い眠りに落ちてしまった。
そうなればもうどうすることもできないので、後は魔人から逃げるしかない。
逃げて、そして今度は虎魔人と狐魔人に遭遇して、そこで僕たちがやってきたという流れなのだろう。
ヘリオ君が終始悔しそうにしているのも当然である。
「追いかけるつもりなんでしょ」
「えっ?」
「顔見ればわかるわよ。このまま放っておいたら、あのバカはほぼ間違いなく魔人に殺される。だからそうなるより先に、この事態をどうにかしたいって思ってるんでしょ」
……図星である。
僕ってそんなに顔に出やすい性格なのかな?
別にヘリオ君のことは心配じゃないし、これで魔人に殺されてしまったとしても自業自得だと思える。
でも、そうなってしまえば、ヘリオ君に恥を掻かせることができなくなってしまうではないか。
何より……
「……もしかしたらヘリオ君たちも、僕たちと同じように『邪神の祭壇』が目的で雪花壇に来たのかもしれない」
「えっ?」
「ずっと不思議に思ってたんだ。どうしてヘリオ君たちが雪花壇にいたのか。あんな辺境の危険域に来なきゃいけない冒険者依頼なんてないだろうし、悪戯に旅をしていて辿り着ける場所でもない。だからもしかしたら僕たちと同じように『邪神の祭壇』を探しているんじゃないかなって」
充分に考えられる可能性である。
ていうかそれ以外の理由が思いつかない。
となるとヘリオ君とは競争ということになる。
「だからこれからは、ヘリオ君を助けるっていうよりも、『邪神の祭壇』を探すことを優先しよう。僕たちの本来の目的は『邪神の祭壇』だし、その道中でヘリオ君たちを襲った魔人を見掛けたら倒す、くらいの気持ちでいることにしようよ」
「はい、わかりました」
「まあそれが一番よね」
二人の納得も得ることができた。
僕たちがここに来たそもそもの目的は『邪神の祭壇』の破壊だ。
それを忘れてはいけない。
その過程でたまたまヘリオ君を助けることができたら僥倖、くらいの気概でいることにしよう。
こっちの方がかなり現実的な作戦だ。
邪神の祭壇と魔人は切っても切れないもの。だから祭壇を探していれば自ずと魔人を見つける可能性も高くなる。
というわけで僕たちは、当初の目的を思い出したように、邪神の祭壇を優先して探すことに決めた。
ヘリオ君とは違い、村で少し休んでから出発をした。
時間は早朝。
そこから小走りで林を駆け抜けて、雪花壇に着いたのは夕方だった。
それなりに急いだためか、一度目に訪れた時とは違って割と早く到着した。
夜中に出発したヘリオ君を追い抜いたとは思えないけど、さすがに彼もどこかで小休止を取ったことだろう。
だから到着した時間差はそんなにないと思う。
再び目の前に広がった氷と雪の景色を眺めて、足早に先へと進んでいった。
そして差し当たって背の高い氷山へと向かう。
あそこから危険域の全体を一望して、邪神の祭壇がありそうな場所を特定してみる。
「やっぱり、気になりますか?」
「えっ?」
「先ほどからあちこち周りを見渡しているみたいでしたので」
氷山に向かう道すがら、不意にダイヤが顔を覗き込んできた。
気になりますか?
たぶんダイヤはヘリオ君のことを聞いてきている。端的に言えば心配してるかどうか。
別に心配ってわけじゃない。でもやっぱり少しだけ気掛かりだ。
どうしていじめっ子だったヘリオ君をここまで気にしているのかは、自分でもいまだにわからない。
邪神の祭壇を先に壊されてしまうかもという焦りも当然あるけど、それ以外にも何か思うところがある。
ただはっきりしているのは、勝手に死なれるのはなんだか困るということだ。
明確な答えは喉のところまで出掛かっているんだけど、上手く言葉に表せない。
「故郷の村で暮らしている時に、あの方に意地悪をされていたんですよね? どういうことをされていたんですか?」
返答に窮していると、ダイヤが続け様に質問をしてきた。
すると急に彼女はハッと息を呑み、すぐに頭を下げる。
「あっ、いや、不躾なことを聞いてごめんなさい。思い出したくないことですよね」
「う、ううん。それは別に大丈夫だよ。もう随分と昔のことだし。ただ、いじめられてた記憶より、それを助けてもらってた思い出の方が遥かに強いから、そっちのことしか思い出せなくて……」
別にいじめられていた時のことを思い出したくないわけじゃない。
かなり前のことだし、何よりあのいじめがあったからルビィとより深く仲良くなれたと思っているから。
だからだろう。ルビィとの温かい思い出しか頭に残っていない。
「助けてもらっていたって、それって確かラストさんより先に冒険者になった、憧れの幼馴染さんですよね?」
「うん、そうだよ。ヘリオ君とか他の子にいじめられてるところを、何度も何度も助けてくれた恩人なんだ。その人との思い出はいくらでも話せるんだけどね」
ともあれ、ヘリオ君とのことを必死に思い出してみる。
ダイヤもそこまでして聞きたいわけではないだろうけど、思い出せそうで思い出せないこのもやもやはどうにかして解消しておきたい。
全力で頭を回転させていると、やがて泡のように沸々と記憶が蘇ってきた。
「そういえば、ヘリオ君にはよく“稽古”をさせられたかな」
「稽古……ですか?」
「うん。まあ、稽古って称して僕を転ばせたり泣かせたりするのが目的だっただけなんだけど」
木剣で一方的なチャンバラをさせられたり、組み手と言って覚えたばかりの関節技の実験台にされたり。
思い返してみるとろくな思い出がないな。
まあ別に友達でもなかったし当然か。
昔から僕たちはいじめっ子といじめられっ子という関係でしかない。
「具体的にいつ頃から意地悪をされてたかも覚えてないなぁ。気付いたらいじめられてたような気さえする」
「……あんた、どんだけ根っからのいじめられっ子なのよ」
アメジストが呆れた顔で僕を見てきた。
仕方ないでしょ。僕だって好きでいじめられていたわけじゃないんだから。
やめてって言ってもやめてもらえるものでもないんだよ。
そもそもなんで僕が標的になっていたんだろう? 今さらながらに疑問に思う。
「いじめられるようになった理由もわからないし、何か気に障るようなことをした覚えもないんだよね。まあいじめっ子の気持ちがわかってればいじめられっ子になることもないんだから、わからなくて当然かもしれないけど」
ヘリオ君がどういう思いで僕を目の敵にしていたのか、そんなの知る由もない。
もしその理由がわかっていれば、とうの昔にいじめは終息していたはずだから。
でもやっぱり少しだけ気になるな。なんで僕いじめられてたんだろう?
気弱な性格とか貧弱な体躯とか、いじめられるような条件は元々揃っていたけれど、何かしらの“きっかけ”がなければいじめには発展しないはずだ。
「もしかして、色恋沙汰が原因とか?」
「えっ? 色恋沙汰?」
「あんたと好きな人が被ってて、とか、自分の好きな人があんたのことを好きだった、とか。そういう痴情のもつれがいじめの原因なんじゃないの?」
アメジストの何気ない様子から放たれたその考察に、僕は舌を巻いた。
盲点だった。
僕が気が付いていないところでヘリオ君を怒らせたのだとばかり考えていたけど、よもや恋愛関係の可能性を引っ張り出してくるとは。
でも……
「うーん、それはちょっと考えにくいかな?」
「どうして?」
「ヘリオ君に好きな人がいるようには見えなかったからさ。そもそも恋愛をするような性格でもないし、むしろ逆にヘリオ君のことを好きって女の子がたくさんいたくらいだからね」
誰かを好きになるより、自分のことを好きにさせる。
それくらい豪快な性格の男の子だったんだ。
だからアメジストが考えるような可愛い理由では、おそらくないと思う。
ていうか、もしそうだとしたら、ヘリオ君の好きな人っていったい誰なんだろう? 本当にまったく思い当たらない。
仮にそんな人物がいたとして、ヘリオ君が好意を寄せるほどの大物が、僕なんかに好意を寄せているなんてもっともっと信じられないな。
なんて昔話を聞かせると、アメジストが途端に眉を寄せた。
「その話を聞くと、ますますあいつに恥を掻かせてやりたくなるわね。いじめっ子のくせして一丁前にモテてんじゃないわよ」
そう言われると確かに、ちょっとだけ癪に障る。
なんでヘリオ君はあんなにモテてたんだろう?
歳の近い女の子たちからはしょっちゅう告白されていたし、可愛らしい恋文をもらっていたという情報もある。
たまにヘリオ君を取り合って喧嘩をしている女の子たちもいたくらいだし、レッド村随一のモテ男だったと言っても過言ではない。
まあ顔は整っているし、背も高いし、運動神経も抜群だった。
モテる条件は充分に揃っている。
おまけにみんなにとっての中心人物でもあったし、やっぱりいじめっ子とか関係なくリーダー的な存在の方が魅力的に映るのだろうか。
と、そんな内心の疑問を読み取られたかのように、不意にダイヤが言った。
「そういえばアメジストさんも村でモテモテでしたよね」
「えっ、私が?」
「はい。周りの男の子たちはみんなアメジストさんのことが好きでしたよ。怖くて告白できないって子が多かったですけど」
「へぇ、全然知らなかったわ」
まるで興味なさそうに相槌を打つアメジストを、僕はチラリと一瞥する。
まあ確かにアメジストも綺麗な顔立ちをしている。
勉強も運動も一番だったみたいだし、モテモテだったというのは非常に納得できた。
と同時に、一つの仮説が僕の脳内で産声を上げた。
「……やっぱりいじめっ子だとモテるんですかね」
「なんか言った?」
「……な、なんでもないです」
僕は咄嗟に目を逸らして誤魔化した。
鋭くて冷たい眼光だ。男子たちが怖くて告白できなかったというのも大いに頷ける。
もしこんな目で睨まれながらこっぴどくフラれてしまったとしたら、立ち直るのに相当な時間を要することになるだろう。
そんな被害に遭った男子が一人もいないといいなと、僕は心中で密かに祈った。
それにしても、ヘリオ君が僕をいじめていた理由か。
考えてみたけど、結局それはまったくわからない。
ただ、それが色恋沙汰にしろ他の理由にしろ……
他人をいじめていい理由なんて、この世のどこにも存在しないのである。




