第八十六話 「お手並み」
「キイッ!」
大兎は、およそ兎とは思えない声を上げながら飛びかかってきた。
しかも二匹。
不意を突かれたため、僕とアメジストは目を見張って固まってしまう。
だが奇襲を予見していたダイヤが、誰よりも早くその場から動いていた。
飛びついてきた兎の攻撃を、【不滅の大盾】で受け止める。
次いで盾を前に押しやり、兎たちを後方へと退かせた。
「ありがとうダイヤ!」
すかさず僕は背中の鞘から【さびついた剣】を引き抜き、【呪われた魔剣】に進化させる。
同様にアメジストも右の掌を構えて臨戦態勢をとった。
ダイヤに遅れるわけにはいかない。
「お手並み拝見と行こうじゃないかしら!」
アメジストは嬉々としてそう叫び、兎たちに右手の平を向けた。
お手並み拝見。この兎たちのことではないだろう。
明らかに僕とダイヤに向けての言葉だ。
その声に対抗して、というわけではないが、僕は愛剣を力強く握り直した。
そしてダイヤの裏から飛び出し、兎の一匹に斬りかかる。
「キッ!?」
全速で接近すると、大兎は反応できずにぎょっと硬直していた。
その隙に僕は魔剣を振りかぶり、瞬くように一閃する。
「はあっ!」
魔剣で両断された大兎は、一瞬にして光の粒と化して消え去った。
手応えがほとんどない。魔剣の神聖力が驚異的というのもあるけど、おそらくこの魔物たちは大して強くないのだ。
冒険者依頼の階級にあらわすなら銅級相当だろう。
すると今度は、もう一匹の兎が攻撃直後の僕を狙って飛びついてきた。
充分に反応可能な速度だったが、それよりもさらに早くダイヤが割り込んでくる。
「はっ!」
彼女は再び兎の攻撃を受け止めると、盾を押し出すようにして後ろへ退かせた。
同時に一人の少女の名を叫ぶ。
「アメジストさん!」
見るとアメジストは、後方へ押しやられた兎に照準を定めていた。
魔法の発射口となる、右手の平を。
「【紫電】!」
瞬間、アメジストの掌から、紫色の稲妻が迸った。
凄まじい轟音が森に響くと同時に、大兎の体が紫電によって撃ち抜かれる。
そのあまりの威力に、大兎は声を上げることもなく、焦げつくような臭いだけを残して消滅した。
僕は目を見張って、右手を構えて立つアメジストを見据える。
前に戦った時より、魔法の威力が圧倒的に増している。
神器から受けている魔力の恩恵が、格段に上がっている証拠だ。
大兎はそれほど大した魔物でもないが、それを差し引いたとしてもかなりの破壊力である。
この短期間で相当神器を成長させたらしい。
すると僕の視線に気付いたアメジストは、“どうだ”と言わんばかりの目でこちらを見返してきた。
それに対して何かしらの反応を示すべきかどうか、一瞬だけ迷ったけれど、特に何も返さずに目を逸らすことにした。
ともあれ無事に魔物を討伐し終えた僕たちは、緊張感を抜いて一息吐いた。
「キイッ!」
「「――っ!?」」
刹那、茂みからもう一匹の大兎が出現した。
どうやらずっとその場に隠れていたらしい。
完全に不意を突かれた瞬間、その兎は頭部から角のようにして“氷柱”を生やし、それを高速で飛ばして来た。
魔法による高速の一撃。先刻の兎たちの飛びつきと、まるで緩急をつけるかのような速攻だ。
見る限りさほど威力があるようには思えない。ただその代わり相当な速さがある。
避けられない。そう悟った瞬間、驚く僕とアメジストとは違って、ダイヤだけはその場から動いていた。
いち早くもう一匹の存在に気付き、魔法攻撃を事前に予測していたみたいだ。
彼女はしっかりと盾の神器を構えて、僕たちの前に出る。
「付与魔法――【鏡盾】!」
そう唱えた瞬間、ダイヤの持つ大盾が白銀の閃光を放った。
そして光を纏った大盾は、鋭利な氷柱を受け止めた瞬間、鈴の音のような響きを奏でる。
綺麗な音だと思ったのも束の間、盾に刺さったと思った氷柱は、元の場所へ帰るように逆方向へ弾き返された。
「キィ!?」
大兎は自身の放った氷柱に体を掠めて、驚いた様子で逃げ去っていった。
魔物が退散した後も、僕とアメジストは変わらず驚愕の様相で立ち尽くしてしまう。
今のがダイヤの新しい技。
付与魔法……【鏡盾】。
蛇のような魔人と戦った時に覚醒した力らしく、この魔法を使って辛くも勝利を掴んだそうだ。
いわく、魔法を完全に反射するとか。
実際に見るのはこれが初めてだ。
自分一人で魔人に勝ったと聞いた時は、いったい如何なる方法で倒したのかと疑問に思ったけれど、確かにこの付与魔法があればそれも充分に可能だ。
ていうか単純に強い。相手の魔法の強さに関わらず、すべての魔法攻撃を完璧に反射するなんて。
一発逆転の可能性を大いに秘めた美技である。
加えてダイヤは、未来予知にも等しい危機感知の才能を有している。
どこから、どのタイミングで、どんな攻撃が来るかを先読みすることができるのだ。
以前から魔法に対する防御力だけ乏しいように思っていたので、それを完全克服した今、ダイヤは紛れもない守護神へと昇華した。
「……へぇ、やるじゃないの」
付与魔法のことを事前に知っていた僕でさえも驚かされたのだから、アメジストはなおのこと意表を突かれたはずだ。
すると彼女はダイヤの目前まで歩み寄り、光る盾を見つめながら声を掛けた。
「自分で魔族を倒せるようになったのね」
「は、はい。まあこんな形ですけど」
「どんな形であれ、魔族を倒せるようになったのは大した進歩じゃないの。よかったわねダイヤ」
「あ、ありがとうございます」
憧れのアメジストに素直に褒めてもらい、ダイヤは頬を染めて目を伏せた。
そうやって恥ずかしがっている彼女に、アメジストは難しい顔をして続ける。
「ただまあ、使い所が難しい力っていうのは確かみたいね。特に今の場面は使わない方がよかったんじゃないかしら?」
「えっ? どうしてですか?」
「ダイヤが魔法を使わなくても、私かこいつが前に出ればそれでよかったんだから。それに相手も大した魔物じゃなかったし、わざわざ貴重な魔力を消費してまで付与魔法を使う必要はなかったんじゃないの?」
という思いがけない助言を受けて、ダイヤは呆気にとられている。
傍らでそれを聞いていた僕も、アメジストの鋭い指摘に密かに驚いていた。
確かにさっきの大兎は、そこまで強い魔物じゃなかった。
ダイヤの魔力もそこまで高いわけじゃないから、貴重なそれを消費してまで付与魔法を使わなくてもよかったと思う。
アメジストは今の一瞬でそれを判断したみたいだ。
「それに今の付与魔法、一度相手に見られたらその時点で対応されちゃう。見たところ魔法的な攻撃を跳ね返す効果ってところでしょ? できれば一撃必殺が望ましい。相手の完璧な一撃を反射して逆転……って形が一番理想的だと思うから、使い所は慎重に選びなさい」
「……は、はい」
ダイヤはどことなく間の抜けた返事を漏らした。
なんか学院とかにいる先生と生徒みたいなやり取りだな。
なんて呑気なことを思っていると、今度は僕の方に指導が入った。
「ていうかあんたも、仲間だったら今くらいの助言をしなさいよ。ダイヤのすごい力が勿体無いじゃない」
「えっ? あっ、ごめん」
最もな指摘に、僕は思わず素直な謝罪を返してしまう。
いやでも、僕も初めて見たんだから、今のは仕方がないことなんじゃないのかな?
ここはむしろダイヤの付与魔法のことをまるで知らず、初見で的確な助言を与えることができたアメジストがすごいという話になるのでは?
「まったく二人揃って、宝の持ち腐れというかなんというか、見てて物凄くもどかしいのよね。そんなんでどうやって金級まで上がったんだか。今回の旅で昇級のヒントを見せてもらわないと、私的に困るんですけど」
なぜか不機嫌になったアメジストは、そのまま足早に先の方へ進んでいってしまった。
彼女のそんな様子を見た僕とダイヤは、複雑な表情で顔を見合わせる。
昇級のヒント。見せられるものなら見せたいところだけど、たぶんそれは難しいと思う。
僕たちが特別昇級できたのは、単に運が良かっただけなのだから。
どうやらアメジストは僕たちの依頼について来て、差が開いた理由を知りたいみたいだけれど、それが叶う望みは薄いんじゃないだろうか。
もしかしたら今回の旅の中で、色々と教えてもらうことになるのは逆に僕たちの方かもしれない。
密かにそう思いながら、僕はダイヤと一緒にアメジストの背中を追いかけた。
しばらく林を進んでいくと、やがて日が落ちて空が暗くなってきた。
というわけで今日は、この辺りで休むことにする。
火を焚き、携帯食料を軽くつまみながら、僕は気になっていたことをアメジストに尋ねた。
「アメジストたちって、今までどんな依頼を受けてきたの?」
何となく疑問に思っていたこと。
ほぼ同期の冒険者と言える彼女たちは、いったいこれまでどんな依頼を受けてきたのだろうか?
僕とダイヤが少し奇妙な境遇に置かれているのは自覚しているが、他の人たちはどういう道を辿ってきたのかこの機会に聞いておきたい。
そう思って問いかけると、アメジストは味気ないパンを嫌そうに齧りながら答えてくれた。
「別に大した依頼は受けてないわよ。どこかの誰かさんと違って下っ端の銅級冒険者だし、受けられる依頼なんて限られてるしね」
「……」
なんでそんなに皮肉っぽく言うのだろうか。
別に嫌味のつもりで聞いたわけじゃないのに。
ともあれアメジストたちは、僕たちみたいに珍事に巻き込まれたことはないようだ。
冒険者稼業をしていれば自ずと巻き込まれるものかと思ったんだけど、別にそんなことはないらしい。
まあ、冒険者になって早々に七大魔人と交戦するなんて滅多にないだろうしね。
「あぁ、でも、一回だけ特別に背教者の隠れ家を襲撃する依頼に加わらせてもらったことはあるわね」
「えっ? それってかなり危なそうな依頼だけど、連れて行ってもらえるものなの?」
「基本は銀級以上の冒険者しか参加できないことになってたけど、私たちは特別よ。依頼に参加する冒険者の何人かと、たまに共同で依頼をすることがあってね、その人たちが実力を見込んでくれて推薦してくれたのよ」
そんな依頼を受けたこともあるんだ。
少し意外だ、と思ったすぐ後に、アメジストたちのパーティーなら不思議ではないかもと考えを改める。
決してお世辞ではなく、アメジストたちの実力は冒険者試験の時にはすでに銀級に匹敵していたように思う。
そんな彼女たちがさらに経験を積んで成長したとなれば、階級が銅級だろうと自ずと誰かしらが彼女たちの強さを見つけるはずだ。
ゆえに銀級の依頼に引っ張り出されることもあるだろう。
階級が上がるのも時間の問題ではないだろうか。何せその銀級相当の依頼をも乗り越えたのだから。
「今までで一番危ない依頼だったのは間違いないわね。しかも相手が人間だから加減もしなきゃいけないし、逆に連中は魔人以上に狡猾な手も使ってくるから本当に厄介で仕方なかったわ」
アメジストは当時のことを思い出すように、八つ当たり気味にパンを食いちぎる。
背教者が相手だと、確かに色々と気を遣いそうだ。
加減はもちろんのことだが、魔人とは別の恐ろしい思想を持ち合わせているので、違った警戒の仕方をしなければならない。
具体的にどういう対処をすればいいのかは、僕にはよくわからないけれど。
思えば僕たちって、まだ背教者と衝突したことはないんだっけ?
まあいつかはぶつかる相手だというのは確実なので、今からでも対応策を練っておいた方がいいかな?
差し当たっては目の前の紫髪の少女から、色々と助言をもらうとか。
「まあ、背教者たちとの戦いはかなり面倒だったけど、かなりいい経験になったわ。そのおかげで一段と強くなれたし、今後は背教者捕縛専門の冒険者になるのもいいかなって思うようになったから」
「へぇ、捕縛冒険者か」
冒険者は皆、同じ道を歩むわけではない。
冒険者と一口に言っても活動内容は個々に違う。
採取依頼を専門にしている採取冒険者。
討伐依頼を専門にしている討伐冒険者。
捕縛依頼を専門にしている捕縛冒険者などなど。
そうやって好みによって受ける依頼を一貫させている冒険者が多い。
ちなみに僕たちはまだ方向性が定まっておらず、その場の流れで受ける依頼を決めているけれど。
それにしてもアメジストが捕縛冒険者になるというのは、なんだか不思議としっくりくる。
印象に合っているというか、背教者を大量に捕縛する絵が簡単に思い浮かんでくるのだ。
「あんたたちは何かないの? こういう冒険者になりたいとか」
「「えっ?」」
ダイヤと疑問の声が重なった。
だから思わず僕たちは顔を見合わせてしまう。
どういう冒険者になりたいか?
それはまあ漠然とは考えているけれど、おそらくアメジストが求めているような回答にはならないと思う。
何を専門にしたいか、というより、僕たちは成し遂げたい目標に向かって突き進んでいるだけだから。
どう答えたものだろうかと悩んでいると、先にダイヤが返事をした。
「どういう冒険者になりたいとかは、今のところはないですかね。差し当たっての私の目的は、階級を上げてお父さんとお母さんを探しに行くことですから」
「あぁ、そういえばダイヤのパパとママ、何年か前に行方不明になっちゃったもんね」
どうやらアメジストもダイヤの事情は知っているみたいだ。
だから今の答えを聞いて、アメジストは納得したようにこくこくと頷いた。
次いですぐにこちらにジトッとした視線をくれる。
「で、あんたは?」
「えっ?」
「どんな冒険者になりたいとか、ダイヤみたいにやりたいこととかあるの? ま、別に大して興味ないけど」
……じゃあ聞くなよ。
と心中で悪態をついたけど、ここで黙るのは逆に悔しいと思ってしまった。
だから僕は少しだけ躊躇ったのち、脳裏に赤髪の少女の姿を浮かべながら答える。
「僕もこういう冒険者になりたいっていうのはないよ。ただ今は、憧れている人に追いつきたいって思ってるんだ」
「憧れている人?」
「昔の恩人で、今は冒険者をしてるんだけど、いつかその人と肩を並べて一緒に戦いたいなって。それが今の僕のやりたいことだよ。だから強いて言えば、“その人みたいな冒険者になりたい”……かな?」
「……ふーん」
本当に興味なさそうに相槌を打ってきただけだった。
せっかく少し長い話をしたのだから、もう少し何か反応があってもいいんじゃないかな。
けど、心なしか今の相槌に、何かしらの“含み”があるように感じて、僕はアメジストを睨め付けた。
「な、なんだよ、その『ふーん』って」
「いいえ。思ったよりまともな答えが返ってきたから意外だっただけ。てっきり昔のいじめっ子たちに“仕返し”するのが“あんたの目標”かと思ってたから」
「……僕のことなんだと思ってんだよ」
ていうかなんでいじめられっ子だったってこと知ってんだよ。
アメジストに教えた覚えはないぞ。
勝手な印象でいじめられっ子だったってことを言い当てるのはやめてほしい。
ましてやいじめっ子たちに仕返ししようなんて、微塵も考えていないのだから。
ただまあ、いつかは見返してやりたいとは、ちょっとだけ思ってるけどね。
そんな他愛のない話を挟みながら、僕たちはその日の夜を過ごした。
明日はいよいよ、危険域の本格的な探索に入る。




