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【さびついた剣】を試しに強化してみたら、とんでもない魔剣に化けました  作者: 万野みずき
第三章

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第八十四話 「図書館」

 

 中層の受付窓口に冒険者手帳(ギルドブック)を提示して、いざ入場。

 僕たち三人は続く螺旋階段をさらに上がっていく。

 受付窓口で聞いたところ、どうやら危険域(エリア)の情報は中層のかなり奥の方に眠っているらしい。

 それこそ上層の受付窓口の手前ぐらいにあるとのことだった。

 どういう基準で書物の並びを決めているのかわからないが、今の僕たちにとっては都合の悪い並べ方をされている。

 仕方なく長い階段を上がりながら、多数の書物が並んでいる本棚の壁を横目に見ていると、不意に紫髪の少女が片手で頭を押さえ始めた。


「あぁ、なんか頭痛くなってくるわねぇ」


 アメジストがなんとも不快そうに眉間にシワを寄せている。

 まあ、気持ちはわからないでもない。

 するとアメジストのそんな様子を見たダイヤが、天然な問いかけをした。


「もしかしてスピネルさんとラピスさんの風邪でも移ったんですか?」


「いや、そうじゃないわよ。こんなに大量の本に囲まれてたら、息苦しくて頭おかしくなりそうって意味」


「あぁ、そういうことですか」


 さすがにここまで大量の本が並べられている景色は、早々お目に掛かれるものではない。

 一冊だけでも相当高価なものだというのに、それが数千、数万冊ともなれば見慣れていなくて当然だ。

 見るからに活発そうな印象のアメジストなら、なおのこと本一色の景色は耐え難いものがあるだろう。

 加えてこの大蛇のように長い螺旋階段。僕でも目が回ってしまう。


「あれでも、アメジストさんって読書とか苦手でしたっけ? 勉強のために結構本を読んでいる印象があるんですけど」


「別に苦手じゃないわよ。勉強のための読書ならそこそこ好きだし。ただ、程度ってものがあるじゃない。うちの村にもそれなりに本はあったけど、さすがにここまでの量はなかったし」


「まあ、これだけ本が揃ってる場所なんて、ここ以外にないでしょうから」


 という話し声を傍らで聞き、そういえばとほのかに思い出す。

 アメジストは故郷の村で、運動と勉学において一番の成績を有しているのだった。

 確か喧嘩も強いんだったかな。

 勉強のために本は読み慣れているみたいだけど、さすがにこの量の書物を見ると頭が痛くなってしまうらしい。

 本という存在そのものにときめくような文学少女ではないみたいだ。

 あっ、でも、冒険譚は読む口なのだろうか? もしそうだとしたら、上手くいけば今回の旅の最中に仲良くなれるかも。

 そんな淡い期待を密かに抱いていると、不意にダイヤが顔を覗き込んできた。


「ラストさんはなんだか嬉しそうですね」


「えっ?」


「ひょっとして、本お好きなんですか?」


 知らず知らずのうちに頬が緩んでいたみたいだ。

 いまだ心の距離があるアメジストと、旅路で打ち解けられるかもしれないという些細な希望を見出していただけなんだけど。

 まあでも、この図書館に来てから気持ちが沸き立っているというのは事実である。


「本っていうか、僕は冒険譚が好きなんだ。前にもちょっと話したと思うけど、冒険者を目指すきっかけになったのが冒険譚に出てくる英雄様で、いつかこんなかっこいい英雄になれたらいいなって思ってるんだ」


「そういえばそう仰ってましたね。図書館に入った最初も、確か冒険譚の棚をじっと見つめていたような」

 

 正しくその通り。先ほどはうっかり目を奪われてしまったものだ。

 アメジストから冷ややかな視線をもらって我に返ったけれど、もし一人でここを訪れていたら時間の許す限り冒険譚にかじりついていた自信がある。

 それくらい英雄様の物語が大好きなのだ。


「で、子供の頃からしょっちゅう冒険譚を読んでたんだけど、自分で持ってる冒険譚はたった数冊だったから、基本的には村長さんのお家に借りに行ってたんだ」


「村長さん? 故郷の村の村長さんですか?」


「うん。ベリルさんって言うんだけど、すごく本好きな人でさ、お家にたくさんの本があったんだ。それでよく本を借りに遊びに行ってて、図書館を見たらその時のことをちょっと思い出してさ」


 ベリル村長さん。

 レッド村で数少ない、僕が親しいと思える人物の一人だ。

 いや、別に親しくはなかったかな?

 あのおじいさんはとことん無口で、ほとんど何もしてなくて、いつも揺り椅子に腰掛けて本を読んでいるだけの、まるで人形みたいな人だった。

 突然家にお邪魔しても何も文句を言わず、本を読ませてほしいと頼むとただゆっくりと首を縦に振ってくれた。

 僕は親しい間柄だと思っていたけれど、ベリルさん自身はどう思っていたのか見当もつかない。

 表情から感情を窺うのも難しい人だったから。

 ただ、あの人の家で静かに冒険譚を読む時間は、ルビィと遊ぶ時と同じくらい楽しくて好きな時間だったな。


「個人で本をたくさんお持ちということは、かなりお金持ちの方なんですか? 一冊だけでも相当高価なはずなのに」


「うーん、どうだろうね?」


「えっ?」


「よく考えたら僕、ベリルさんのことってあんまり詳しく知らないんだよね。誰もベリルさんのことを話したりしてなかったし、僕もただの優しいおじいさんくらいにしか思ってなかったからさ。昔は凄腕の冒険者だったって薄っすら聞いたこともあるけど、本当のことかどうかはわからない」


 あの人はいったい何者だったのだろう?

 今になってベリルさんのことを考えてみるとそんな疑問が沸いてくる。

 確かに個人であれだけの書物を抱えるのは難しいはずだ。

 相応の大金が必要になる。

 噂通り、かつて上級冒険者だったなら、大金を抱えていても大量の書物を有していても不思議ではないけれど。

 でもそんな様子は微塵もなかったし、ベリルさんの逸話みたいなものは一つも聞いたことがない。


「よくわからないおじいさんのお家に、昔から遊びに行ってたんですか? 親御さんは何も言わなかったんですか?」


「まあ、そう言われると確かに危ない感じがするけど、でもベリルさんはみんなから信頼されてたからさ。普段はぼんやりしてるけど、村で行事がある時とかはちゃんと仕事をしてたし、問題が起きた時は村人たちとちゃんと話し合って解決してたよ。みんなにとってのおじいちゃん、みたいな感じかな? 何より僕、本を読む以外にやることがなかったからさ」


 暇な時間ができると、必然とベリルさんのお家に足が向くようになっていた。

 ルビィが他の子たちと遊びに行ってしまった時とか、母さんが仕事で家にいない時とか。

 あの人の家が、僕にとっての図書館で、幼い頃の思い出の場所なのだ。


「あんた、友達いなさそうだもんね」


「うぐっ……!」

 

 アメジストが唐突に、野太い針のような言葉を心臓に突き刺してきた。

 別にいいでしょそんなことは。

 友達と遊ぶのがすべてじゃないし。

 冒険譚を読むのだってすっごく楽しかったし。

 幼い頃の思い出なんて人それぞれなんだから。

 なんて心中で強がっても心の傷は塞がらず、そんな僕を気遣ってかダイヤが優しい声を掛けてくれた。


「よかったら今度、おすすめの冒険譚を教えてくださいね」


「も、もちろんだよ! どういう展開が好みとかある? 女の子が主人公の冒険譚とかもあるから、たぶんダイヤにはそっちの方が……」


「……」


 思わず口早になる僕を、アメジストがまたも冷ややかな目で睨め付けてきた。

 気持ち悪いですかそうですか。

 もしかしたら旅路の中で仲良くなれるかもと淡い期待を抱いたけれど、まだまだそれは実現不可能な話のようだ。

 そんなやり取りをしている間に、僕たちは危険域(エリア)の書物が置かれた場所に着いていた。

 三人で本棚に目を走らせて、書物を物色していく。

 主に欲しい本は、危険域(エリア)の危険度などが記されているものだ。

 するとダイヤが一番に、閃いたような声を上げた。


「あっ、これ、次の依頼で使えそうじゃないですか? 読みやすい地図も書いてありますし」


「うん、目的地を決めるのに役立ちそう。ちょっと読んでいこっか」


 ダイヤが見つけてくれた本を片手に、僕たちは階段の端に腰を下ろした。

 本棚の壁の一部からは、椅子代わりの木板が突き出ている。

 ここに座って読めということらしいのだが、すれ違った大体の人たちが、面倒くさがってか階段に腰掛けて本を読んでいた。

 僕らもそれに倣った次第だ。

 次の目的地を決めるために、パラパラとページをめくっていく。

 じっと紙面に目を落としていると、アメジストがダイヤに尋ねる声が聞こえた。


危険域(エリア)の情報が欲しいって聞いたけど、次の依頼で遠出でもするの?」


「まあ、そんなところですかね。できるだけ危険度が高くて、あまり探索が進んでいない危険域(エリア)を探しているんです。あとで詳しくお話ししますね」


 そういえばアメジストにはまだ詳しい依頼内容を話していなかった。

 まあ内容が内容だけに、あまり公の場で話さない方がいいだろう。

 危険域(エリア)に向かう道すがらで話せばいっか。たぶんダイヤが説明してくれるだろう。

 なんて考えながらいくつか危険域(エリア)の情報を見て、僕は一つの場所に狙いを定めた。

 このクリアランドの町から北の方に行った危険域(エリア)

 極端に気温が低い、雪と氷に覆われた氷雪地帯。

 名前を『雪花壇(せっかだん)』という。

 町から程々に離れた場所にあるのもそうだが、危険域(エリア)の特性上、探索が上手く進んでいないらしい。

 寒い、戦いづらい、利益がない。

 魔物も強くて厄介な種族が多いらしく、好んで近づく人はほとんどいないみたいだ。

 となれば、邪神の祭壇が眠っている可能性は充分にある。


「なんだか寒そうなところですね。防寒着とか買っていった方が良いでしょうか?」


「だね。危険域(エリア)に向かう前にちゃんと準備していこっか」


 他にもいくつか目ぼしい危険域(エリア)があったので、一応情報を頭に入れておいた。

 そして僕たちはその場から腰を上げて、本を棚に戻す。

 目的も果たしたので、そのまま階段を下りて図書館を後にしようとするけれど、視界の端にふとあるものが映った。

 図書館の上層に配置された受付窓口である。

 そういえば危険域(エリア)の情報は上層のほぼ手前にあるって言ってたもんね。


「最上層にはどんな情報があったりするんだろう?」


 遠目で望むように階段の奥を見つめて、数歩だけ近づいてみると、不意に受付窓口から声が掛かった。


「あの、申し訳ございません。ここから先は金級(ゴールド)以上の冒険者しか立ち入ることができません。失礼ですが、冒険者手帳(ギルドブック)を拝見してもよろしいでしょうか?」


「あっ、えっ、その……」

 

 突然のことに戸惑ってしまう。

 僅かに上層の区域に足を踏み入れてしまっていたみたいだ。

 僕は咄嗟に懐に手を入れて、冒険者手帳(ギルドブック)を見せようとする。

 こんななよなよした見た目でも、れっきとした金級(ゴールド)冒険者なんだぞと証明するために。

 けれど寸前で思い止まり、つい後方にいるアメジストに目を向けてしまった。


「……何よ? 嫌味のつもり?」


「あっ、いや、別にそんなことは……」


 急いで否定するけれど、アメジストにとってはそうにしか見えなかっただろう。

 そう、この場で金級(ゴールド)じゃないのはアメジストのみ。

 僕とダイヤだけこの先へ進むことを許されているのだ。

 それなのにずかずかと上層に行こうとして、わざとらしくアメジストの方に目を向けたならば、嫌味と捉えられても仕方あるまい。

 別にそこまで上層にある書物に興味があるわけではなかったので、そのまま踵を返そうとするけれど……


「私はアメジストさんと一緒にここで待っていますので、気になるのでしたら見て来ていいですよ」


「えっ? そ、そう……?」


 なんとダイヤが気を遣ってそんな提案を出してくれた。

 そこまで気になるわけではないのに。

 でも気遣ってくれた手前、それを断るのもなんだか気まずいと思ってしまった。

 それにせっかくここまで階段を上がって来たのだから、ただで帰るのは少し勿体無い気がする。

 懐に入れた手も行き場を失くし掛けていたので、僕はダイヤの言葉に甘えてちょっとだけ上層を覗くことにした。

 受付さんに冒険者手帳(ギルドブック)を提示し、少し驚いた顔をされながら階段を上がっていく。

 なんか今日はダイヤにたくさん救われている気がするぞ。

 僕とアメジストの間に入ってくれているというか。

 会話の繋ぎになってくれているような感じだ。

 もしこれを意識的にやっているとしたら大した対話力の持ち主だが、普段の人見知りな様子からするとたぶん無意識の行動だろうな。

 それはそれで逆にすごい。直感的に気遣いをしているということだから。

 きっと今回の旅の中で、数え切れないくらいこの気遣いに助けられることになるんだろうな。


「……早めに戻ろ」


 僕は誰に言うでもなくそう呟き、足早に階段を上がっていった。

 そして目についた書物に手を伸ばし、軽くページをめくって次の本に進む。

 どういう書物があるかわかればそれで充分なのだ。

 だからさっさと終わらせて二人のところまで戻ることにしよう。

 そう思って手早く物色を進めていくと、少し手が止まる書物が何冊か見つかった。

 歴史的大罪を犯した背教者(レネゲイド)の素性とか。

 天災と恐れられた超巨大魔獣の情報とか。

 秘匿されて当然と思える情報もある中で、どうしてこれが一般公開されていないのか不思議な情報もいくつかある。

 それらが目に留まる度に手を止めて、僕は知らず知らず紙面をじっと見つめていた。


「……って、ダメだダメだ。もうさすがに戻らないと」


 と思って、次の一冊で終わりにするぞと決意する中……

 思わぬ一冊を、僕は手に取ってしまった。


「あれっ? これって……」


 二百年前に起きた、人類と魔王軍との戦争録。

 世界の終わりに最も近づいたとされる暗黒時代――終焉期(エクリプス)の記録だ。

 そういえばギルド長さんが、当時の戦争を経験した冒険者が記録を残していると言っていた。

 話が終わった後でそれを聞こうと思っていたけど、すっかり聞き忘れていた。

 手に取ったその一冊を見つめていると、ふと脳裏に黒鬼の魔人の姿がよぎった。


「……七大魔人」


 奴らの情報が、この中に眠っている。

 偽の情報もあると言っていて、それに踊らされてはいけないとわかっているけれど、どうしても今見ておきたい。

 頭の片隅に入れておくくらいは許されるはずだ。

 だから僕は食い入るように紙面に目を走らせ、記載された情報を脳裏に焼きつけたのだった。

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