第八十三話 「金級」
祭壇破壊の依頼を受けた僕たちは、その後ギルド本部を出ることにした。
ギルド長さんの部屋がある最上階から、一階へと下りていく。
その最中に僕は、ギベオンさんから受け取ったオニキスの神器を処理することにした。
名前:呪龍の妖刀
ランク:A
レベル:50
攻撃力:480
恩恵:筋力+450 耐久+480 敏捷+200 魔力+350 生命力+400
魔法:【死呪】
スキル:【刀術】
耐久値:450/450
七大魔人のオニキスが使用していた太刀の神器。
僕が散々苦しめられた禍々しい黒刀だ。
やはりかなり上等な性能を有していたみたいだ。
規格外と思っていた僕の【呪われた魔剣】と、ほぼ同等の性能を持っている。
さすがに二百年以上も生きているだけあって、随分と神器を成長させられたみたいだ。
それに……
【死呪】・付与魔法
・斬った対象に強力な呪いを掛ける
【刀術】・神器の構え方に応じて恩恵値上昇
魔法やスキルにも恵まれていたみたいだ。
付与魔法は言うまでもなく、僕自身がかなり苦しめられた技である。
そしてスキルの方もだいぶ厄介な力だったらしい。
神器の構え方に応じて恩恵値上昇。
オニキスの敏捷性が突然跳ね上がった、あの神速の居合い斬りを思い出す。
おそらくあれが『刀術』とやらのスキルの効果なのだろう。
片腕だとあの居合い斬りの能力しか使えないと言っていたので、両腕が健在だった場合はもっと色々な型があったのではないだろうか。
そう思うとゾッとする。
奴が五体満足の状態で戦っていた場合、殺されていたのは間違いなく僕の方だ。
ともあれ、神器の性能を確認した僕は、さっそくそれを【呪われた魔剣】と合成した。
僕の神器には、魔族の神器を取り込むことで付与魔法を獲得する『神器合成』の能力が宿されている。
名前:呪われた魔剣
ランク:S
レベル:
攻撃力:500
恩恵:筋力+500 耐久+500 敏捷+500 魔力+500 生命力+500
魔法:【黒炎】【闇雷】【死呪】
スキル:【神器合成】
耐久値:500/500
これで良し。
オニキスが使っていた付与魔法を獲得した。
この力も忌々しいなれど、きっと今後の旅を手助けしてくれるはずだ。
ダイヤが見守る中、そんなことをしていると、いつの間にかギルド本部の一階まで辿り着いていた。
そして僕たちはギルド本部を出る前に、受付へと寄っておく。
忘れずに冒険者手帳の更新だ。
無事に銅級から金級のものへ交換を済ませると、僕たちは町の通りへと出た。
「それでラストさん、これからどうしますか?」
ダイヤに問われて、僕は腕を組んで考えた。
邪神の祭壇の破壊。
今すぐに行かなければならない、ということもなく、『別の依頼の最中に見かけたら壊す』くらいの緩さでいいとギベオンさんは言っていた。
ただ、依頼達成の報酬として莫大なキラをもらえるのと同時に、特別昇級が約束されている。
これはできれば早めに達成したい目標だ。
憧れの人に追いつきたいという僕の夢はともかくとして、ダイヤは行方不明のご両親を探しに行かなければならないのだから。
というわけで、結論はこうなった。
「祭壇破壊の依頼を優先しよっか。せっかく金級になったから、しばらくここで依頼を受けてもいいかもしれないけど、祭壇破壊の方が昇級の機会がありそうだし」
「では、邪神の祭壇が立てられていそうな危険域に行くということで」
僕たちは意思を統一させて、さっそく祭壇破壊に向かうことにした。
まずは祭壇がありそうな危険域を探すところから始める。
確か、危険度の高い場所に祭壇があるんだっけ?
邪神の祭壇から邪気というものが流れ出ているらしく、その影響で地上に魔族が出現するようになっている。
だから強い魔族がたくさんいる付近に祭壇が立てられている可能性が高い。
となれば手始めに、調べ物から進めることにしよう。
と思って一歩を踏み出しかけた、その時……
「あらっ、ダイヤ?」
「えっ?」
唐突に後ろから名前を呼ばれて、思わず僕たちは足を止めた。
名前を呼ばれたのはダイヤだけだけど。
振り向くとそこには、紫色の長髪と煌びやかな格好が印象的な、お洒落な少女が立っていた。
随分と懐かしく感じる人物。
【紫電の腕輪】の使い手――アメジストである。
「アメジストさん! お久しぶりです! もうこの町まで来ていたんですね」
「えぇ、久しぶりね。こっちこそ、まさかダイヤとこの町で再会できるとは思ってなかったわ」
ダイヤとアメジストは心底嬉しそうに頬を綻ばせていた。
冒険者試験の時のあのいざこざが、まるで嘘のようである。
すっかり仲良しに戻った二人に安堵を覚えながら、僕もアメジストに遠慮気味に声を掛けた。
「ひ、久しぶり、アメジ……」
「どーも」
「……」
アメジストは露骨に目を逸らして、素っ気ない返事をしてきた。
僕、やっぱり嫌われているんだろうか。
まあ、それはそうだよね。
冒険者試験の時は互いに全力でぶつかり合ったわけだし、結果的にその勝負に勝ったのは僕の方だったわけだから。
アメジストとしてはさぞ気分が良くなかったことだろう。
ていうか別に僕たち友達ってわけでもないし。
「スピネルさんとラピスさんはご一緒じゃないんですか?」
「あぁ、あの子たちは風邪やらかして、宿屋のベッドでおやすみ中よ。体調崩す時は決まって同じタイミングだから、毎回本当にびっくりさせられるわよ。あれって何かの能力なのかしらね?」
「そういえば昔からそうでしたね」
僕が気落ちしていることなどいざ知らず、二人は楽しげな様子で会話をしていた。
仲良さそうで微笑ましい限りだが、取り残された僕は気まずくてしょうがないぞ。
「ダイヤはどうしてここにいるの? 何かの依頼とか?」
「まあ、その、ギルド本部にちょっとした用事がありまして、今さっきそれが終わったところです。アメジストさんたちは?」
「私たちは早めにここに拠点を移すことにしたのよ。冒険者の町って言われてるだけあって、他の所より過ごしやすかったりするわよ」
アメジストは次いで、町を一望しながら続けた。
「ギルド本部には支部と比べ物にならないくらいの依頼が来るし、冒険者手帳を提示すれば色んなサービスを受けられるし、階級によっては無料で施設を利用させてくれる場所もあるくらいだからね。ダイヤもここを拠点にすれば?」
「確かに過ごしやすそうで良いですね。ラストさんが良ければ、私たちもここを拠点にしたいと思います」
「……」
ダイヤのその言葉を受けて、アメジストは途端に目を細くする。
そして不意にこちらに細めた視線を向けてきた。
じろりと、何か言いたげな様子で僕のことを見据えてくる。
「……な、なに?」
「本当に仲良いのね、あんたたち」
そりゃまあ、一緒に旅をする仲間ですから。
仲が良くなきゃ逆にダメなのではないだろうか。
と返答するとまたも微妙な空気になりそうだったのでやめておいた。
代わりに僕は、先ほど聞いた言葉に引っ掛かりを覚えていたので、アメジストに問いかけてみた。
「さっき、無料で施設を利用させてくれる場所があるって言ってたけど、“図書館”とかもあったりするのかな?」
「はっ? それはあるに決まってるでしょ。冒険者たちが残してきた記録とか魔族の情報とか、旅の役に立ちそうな書物ならだいたい揃ってるんじゃないの? 知らないけど」
というアメジストの玉虫色の返答を受けて、僕はダイヤと顔を見合わせた。
旅に役立ちそうな情報がある。
となれば、各所の危険域の情報も書物として記されているはずだ。
祭壇破壊の依頼のために、ちょうど調べ物をしたいと思っていたところだし、とりあえずまずは図書館に行くことにしよう。
アメジストは有益な情報を僕たちにもたらしてくれた。
というわけでさっそく図書館に向かおうと、ダイヤに提案しようとするが……
「確か、あっちの方にあったんじゃないかしら? ほら、ぼさっとしてたら置いてくわよ」
「あっ、連れて行って……くれるんですね」
頼んだわけでもなく、義理もないというのに、アメジストが先行して道案内をしてくれた。
姉御肌というやつだろうか。ダイヤのために何かをしたいという気持ちのあらわれだと思われる。
僕とダイヤは呆気に取られながらも、ありがたい思いでアメジストの背中を追いかけた。
しばらくアメジストの先導に従って歩いていると、やがて円柱の形をした大きな施設へと辿り着いた。
ここが図書館らしい。
中に入ってみると、円柱の壁に沿うようにして多くの書物が展示されていた。
「うわっ、すご……」
かなり特徴的な内観をしている。
円を描くように周囲に広がる壁が、本棚の代わりになっているようだ。
そしてその壁に沿って螺旋状の階段が設けられていて、階段を上がりながら本を探さなければならないらしい。
なんか目が回りそうだ。なんでこんな複雑な形にしたんだろう?
とりあえず受付窓口があるらしいので、まずはそこで危険域の書物がどこ辺りにあるか聞いてみることにしよう。
と思ったのだが……
「んっ?」
僕は一階部分の本棚を視界の端に捉えて、思わず足を止めてしまった。
そこはなんと、“冒険譚”のブースになっていた。
一階の中央の本棚。かなり目に付く場所。いわば目玉商品だ。
さすがは冒険者の町と言われている『クリアランド』である。
「ぼ、冒険譚が、こんなにたくさん……!」
数百あると思われる冒険譚の光景を前に、僕は高揚感を抑えることができなかった。
英雄たちが作ってきた華々しい伝説が、ここに眠っている。
一冊の中に一つの伝説が、丁寧に綴られている。
よ、読みたい。片っ端から全部。夜を更かしてページに齧り付きたい。
「何よこいつ? いきなりどうしたの?」
「さ、さあ……?」
我知らず興奮気味に冒険譚を眺めていると、アメジストが冷やかな声を背中にぶつけてきた。
僕は咄嗟に平静を装い、“あはは”と苦笑を滲ませる。
「ご、ごめん。ちょっと気になった本があったからさ。さっ、受付に行こっか」
何かを誤魔化すようにそう言って、僕は図書館の受付口へと足を進めた。
ここに来た目的は、冒険譚を読むためではない。
次の依頼に向けて情報収集をしに来たのだ。
気を取り直して受付窓口へとやって来た僕は、そこにいた担当の人にさっそく声を掛けた。
「あの、すみません」
「はい、なんでしょうか?」
「危険域の情報が記載されている書物ってどの辺にありますか?」
すると受付さんは迷う素振りなく、上層の方を手で示して即答した。
「それでしたら階段を上がって頂いて、中層の区域にありますよ。そちらにも担当の者がいますので、お困りの際はそちらにお立ち寄りください」
「はい、ありがとうございます」
よく聞かれることだったのだろうか、スラスラと書物について教えてくれた。
中層にあるのか。階段を上るのはしんどそうだけど、まあそれは仕方ないか。
「何よあんたたち? 次の依頼で危険域の探索でもするの?」
「ま、まあ、そんなところです」
後ろでダイヤとアメジストがそんな会話をしていて、それに耳を傾けながら受付を後にしようとした。
だが、その寸前……
「あっ、ただ……」
「……?」
「この下層の区域は一般の方でも閲覧が可能なのですが、中層からは銅級以上、上層は金級以上の冒険者しか立ち入ることができません。失礼ですが、冒険者手帳を拝見しても宜しいでしょうか?」
受付さんにそう声を掛けられて、思わず足が止まってしまった。
なるほど、そういう仕組みになっているのか。
上層に行くほど重要な書物が展示されているので、閲覧には相応の資格が必要になると。
たぶん最上階にはかなり重大な情報が眠っているのではないだろうか。
それこそ一般の人に知られてはまずい情報とか。そう言われると必然的に気になる。
しかし、心配することなかれ。
僕とダイヤは冒険者手帳を取り出して提示した。
そう、新しく交換したばかりの、金色の冒険者手帳を。
「これが僕たちの冒険者手帳です」
僕たちは金級の階級になったので、この図書館のすべての情報が閲覧可能になったのだ。
何も問題はない。
だから堂々と冒険者手帳を提示してみせると、それに反応を示したのはなんと、受付さんではなく後ろのアメジストだった。
「ゴ、金級の冒険者手帳!?」
「えっ? そ、そうだけど……」
「な、なんであんたたち、いきなり金級になって……?」
アメジストが愕然としていて、僕とダイヤはすぐにその表情の意味を悟った。
そういえば特別昇級したことは他の誰も知らないんだった。
しかもこの前まで銅級だった奴が、いきなり金級になっていたらそれは驚くに決まっている。
ましてやアメジストはほぼ同時期に冒険者になったのだから。
どう説明したものだろうかと悩んでいると、その隙に受付さんが話を進めてくれた。
「冒険者手帳の提示ありがとうございます。中層の書物の閲覧は問題なくできますので、改めてそちらの受付でも冒険者手帳の提示をお願いいたします」
「は、はい。ありがとうございます」
それで話を終えて、僕たちは受付窓口を後にした。
そして中層に向かうべく、大きな螺旋階段を上がっていく。
その最中、いまだに驚愕した様子のアメジストが、無言で僕たちの後ろをついて来ていた。
正直に話した方がいいだろうか。
ギベオンさんの計らいで特別昇級の件は大々的に発表されていないけれど、知人一人に喋るくらいなら問題はないだろう。
下手に言いふらす奴でも無さそうだし。
ていうか説明しないとずっとこの微妙な空気が続きそうだ。
そう思った僕は、ダイヤと顔を見合わせて、アメジストに正直に話すことにした。
「公にはされてないけど、僕たち特別昇級したばっかりなんだ。だから銅級から一気に金級になれたんだよ」
「それでギルド長さんのところに挨拶に行っていたんです。隠すつもりはなかったんですけど、黙っていてごめんなさい」
「……」
事実を明かしてみるけれど、アメジストはいまだに顔を伏せて無言で階段を踏みしめていた。
なんか怖い。
いったい彼女は、今どんな心境なんだろうか?
そう思って、恐る恐るアメジストを見据えていると……
「……い、いっつもいっつも、私の先ばかり行って」
「……?」
歯を食いしばったような声が、俯いた顔から漏れている気がした。
すると彼女は、バッと怒りに満ちた顔を上げて、突然僕の胸元に掴みかかってきた。
その勢いのあまり、思わず“ぐえっ”と不細工な声を漏らしてしまう。
いったい何事かと困惑していると、アメジストは不機嫌そうな顔で予想外のことを口にした。
「私も次の依頼に連れて行きなさい」
「「えっ?」」
「あんたたちと差がついた理由を、この目で直に確かめてやるわ」
その目には燃えるような闘志が宿っていた。
冒険者として、僕たちに置いていかれたことが屈辱で仕方がないらしい。
彼女の奮起した顔を間近で見て、言われずともそれはわかった。
「ス、スピネルとラピスはどうするつもりなんだよ?」
「しばらく安静にさせておくわよ。どうせ風邪でろくに動けないだろうし。今は宿のおばさんが看病してくれてるから問題はないわ。むしろ私が側にいると依頼に行きたがって暴走するし」
そういう問題ではない気がする。
同じパーティーの仲間に了承も得てないのに、勝手に僕たちについて来ても大丈夫なのだろうか?
ていうか勝手にアメジストを連れ出したとして、彼女らに怒られるのは僕のような気がするんだけど。
「報酬だって一銭も受け取る気はないし、足手まといになるつもりも毛頭ないわ。あんたたちが邪魔だと思ったら危険域に置き去りにしてもらっても構わない。言っておくけど、私だってかなり強くなってるんだから舐めないでちょうだい」
「べ、別に舐めちゃいないけど……」
一度戦ったことのあるアメジストの実力は、嫌というほど理解している。
決して足手まといになるような奴ではない。
でもそれとこれとはまた話が違うじゃないか。
「それとも何よ? 私がいちゃ悪いっていうの? 二人きりの時間を邪魔されるのがそんなに嫌っていうわけ? あーあ、仲が良くて羨ましい限りね」
「ち、違うってば!」
必死に否定をすると、その隙を見逃さないと言わんばかりにアメジストが頷いた。
「じゃあ決まりね。私も次の依頼について行くわ。さっ、早く情報収集をしに中層へ行くわよ。ぼさっとしてたら置いてくんだから」
「……」
僕の胸ぐらから手を放したアメジストは、また前に出て僕たちのことを先導し始めた。
またしても僕たちは呆気に取られながら、小さな声で囁き合う。
「い、いいんでしょうか? 祭壇破壊の依頼は、特定の冒険者にしか出してないってギルド長さんが……」
「ま、まあ、実力的には問題ないと思うし、変に言いふらす奴でもないだろうから大丈夫じゃないかな? 僕たちが助っ人を頼んだってことにすれば問題はない……と思うよ」
正直、二人だけでは心配だとも思っていたので、助っ人はまあまあ助かる。
アメジストの魔法は戦闘でかなり役に立つし。報酬もいらないと言うのだから願ったり叶ったりだ。
でも、ダイヤとアメジストはともかく、僕とアメジストが上手く連携を取れるかどうかはわからない。
むしろ力が反発して大惨事を招いてしまうかも。
しかし下手に拒絶をすると、それはそれで後々面倒なことになりそうである。
というわけで、かなりの不安を抱えながらも、アメジストと一時的にパーティーを組むことになりました。
まあ、僕が本当に心配しているのは、旅の途中に“気まずい空気”になるんじゃないか、ということである。




