第八十二話 「邪神の祭壇」
「『邪神の祭壇』……ですか?」
その不穏な響きに、密かに胸がざわつく。
するとギベオンさんは不安そうに眉を寄せる僕に、小さな頷きを見せた。
「そっ。俺ら人間が毎度世話になっている祭壇とは真逆の、魔人が世話になっている『邪神の祭壇』。奴らが神器を授かったり神器を修復したりする邪悪な祭壇で、決まって高難易度の危険域に立てられている。これをぶち壊してきてほしいんだ」
「……どうしてそんなことを?」
僕も祭壇には何度もお世話になっている。
神器の耐久値を回復するために神器修復に行ったり、神器を授かった時も祭壇で儀式を執り行った。
そして魔人側にも同じような役割を持った祭壇があるのは知っているけど、どうして“今になって”それを破壊しなければならないのだろうか?
だって確か……
「最近になってわかったことだが、邪神の祭壇を破壊することによって、その周囲の危険域の魔族出現率が大幅に減少するみたいなんだよ」
「魔族出現率? 魔人とか魔物が現れなくなるってことですか?」
「まったく現れなくなるってわけじゃねえらしい。だが、確実に出現数が減少している。倒しても倒しても魔物で溢れ返っていた特別警戒危険域が、祭壇破壊を機に嘘みたいに静まり返ったって話だ」
それが事実なら、ギベオンさんの言う通り邪神の祭壇は積極的に壊した方がいいだろう。
魔族が現れにくくなるなら、それだけ魔族による被害を抑えられる。
加えて、魔人たちも神器修復ができなくなり、戦力を大幅に削ぐことができるから。
でも……
「わ、わたし、前に“邪神の祭壇は壊しちゃダメ”って聞いたことがあるんですけど」
隣で聞いていたダイヤが、僕の心中を代弁するようにギベオンさんに言った。
そう、邪神の祭壇は壊しちゃダメなのだ。
僕もそう教えられてきた。
理由は様々らしいけど、僕がよく耳にした伝承は……
「邪神の祭壇を壊してしまうと、邪神様の怒りを買って災厄が起こる、って僕も聞いたことがあります」
「あぁ、子供によく聞かせるお伽話だな。昔は実際に祭壇を破壊した直後に何らかの不幸が起きていたみたいで、ギルド内でも祭壇には手出ししないようにって伝えられている。でもそれ、結局はただの偶然だったみたいなんだよ」
偶然?
祭壇を破壊して不幸が起きていたのは、すべて“たまたま”ってことなのかな?
「すでにいくつか破壊しているが、特に何も起きちゃいねえ。どころか周囲の危険域にほとんど魔族が現れなくなって良いこと尽くめだよ。昔からの迷信なんて簡単に信じるもんじゃねえな」
「どうして今になってそれがわかったんですか? まさか、誰かが祭壇を壊して、それを証明したってことですか?」
ずっと壊しちゃダメと言われてきた邪神の祭壇。
いったい誰が昔からの伝承を無視して祭壇を破壊したのだろう?
思い切って祭壇を壊してくれたおかげで、新事実が判明したのは確かだ。
だから結果的には良かったんだろうけど、もしこれで災厄が訪れていたらどうするつもりだったんだ?
無鉄砲にも程がある。
「いいや、それも言っちまえばただの偶然だったよ」
「えっ?」
「ある冒険者が危険域の探索中に、ドジ踏んですっ転んじまったらしくてよ。で、近くにあった祭壇に神器がぶつかって粉々に砕けたらしい。それで魔族出現率の減少とか災厄が偶然のものだったとか色々わかったんだよ」
「へ、へぇ……」
たまたま壊しちゃったってことか。
なんか、偶然って怖いものだな。
ともあれ邪神の祭壇は片っ端から壊していった方が“得”ってことが改めてわかった。
「少年たちが『オニキス・レギオン』と戦ったあの『黒曜山』にも邪神の祭壇はあったが、それももうすでに破壊した。その影響で黒曜山の魔族出現率が減少して、今じゃ物珍しいだけのただの山になったよ」
「だから、他の危険域にある邪神の祭壇も、同じように壊した方が良いってことですか?」
「そそっ」
それが僕たちへの依頼内容というわけだ。
邪神の祭壇の破壊か。
高難易度の危険域にあると言われている魔人のための祭壇。
大昔に邪神によって作られたものとされていて、どの危険域にいくつあるか定かにはされていない。
ただ、その邪神の祭壇をすべて破壊することができれば、世界的に魔族の出現を抑えることができる。
加えて魔人たちも神器修復ができなくなり、戦力を大幅に削ぐことができる。
いわばこれは冒険者だけではなく、全人類にとっての大きな目標だ。
「で、どうだい少年? 祭壇破壊の依頼、引き受けてもらえねえかな? 他の依頼の最中に見掛けたら壊す、くらいの姿勢でもいいからよ」
「……」
僕は口を閉ざして考え込む。
別に断る理由も特にはない。
それに他の依頼の最中に見掛けたら壊す、くらいの姿勢なら普段の活動に支障はないだろうし。
と、前向きになり掛けている僕の気持ちを、さらに後押しする一言をギベオンさんは放った。
「ちなみに、祭壇は一つ破壊するごとに100万キラの報奨金が与えられる。そして五つ破壊することで特別昇級も約束される。これを条件に依頼を受けてくれると助かるんだけどなぁ」
「「……」」
一つ破壊するごとに、100万キラ。
しかも特別昇級のおまけ付き。
あまりにも破格の条件だ。
詐欺と疑われてしまっても不思議ではない。
ゆえに僕とダイヤはその条件を聞いた瞬間、時が止まったかのように硬直してしまった。
次いで僕たちの瞳に火が灯る。
100万キラ、という大金に心惹かれるのはもちろんだが、何よりそのおまけで付いている“特別昇級”が圧倒的な条件だ。
祭壇を五つ破壊するだけで昇級させてもらえる。この価値に気付かないほどバカではない。
そして僕とダイヤは冒険者として、いち早く階級を上げたいと思っている。
僕は憧れの人に追いつくために。そしてダイヤは行方知れずとなった両親を探すために。
次の昇級で目標であった白級になることができる。
またとない昇級の機会。
僕たちは顔を見合わせて、各々の意思を統一させた。
「わ、私たちで良ければ、是非……」
「見掛けたら壊す、なんて言わずに、積極的に祭壇を探しに行きたいと思います」
「おぉ、そうか! そいつは本当に助かるよ! やっぱ二人をここに呼んで正解だったな!」
快諾の返事をすると、ギベオンさんは嬉しそうに大声を上げた。
心底、祭壇破壊の依頼を引き受けてくれる冒険者を探していたみたいだ。
「本当だったら全冒険者に手伝ってもらいてえことなんだけどよ、さすがに祭壇がある場所が場所なだけに、下手にこの情報を流すわけにもいかなくてな。報酬目当てで突攻しかねない若い連中もいることだし、なるべく依頼を託す冒険者は限定することにしてるんだよ」
確かに下手に祭壇破壊の依頼をばら撒いてしまうと、報酬目当てで高難易度の危険域に突撃してしまう人が出てくるはず。
祭壇の近くには凶悪な魔物や魔人が潜んでいるはずなので、中途半端な戦力で挑めば確実に犠牲者が生まれる。
魔族の被害を抑えるために祭壇破壊を目論んでいるのに、そうなってしまったら本末転倒だ。
人選には気を付けなければならない。
それで僕たちを選んでくれたということは、それなりに実力を認めてもらえたということだろうか。
と、人知れず口元を緩ませていると、不意にダイヤがギベオンさんに問いかけた。
「あ、あの……」
「んっ? なんだい嬢ちゃん?」
「あなたはその……戦わないんですか?」
…………えっ?
思いがけない一言に、僕は自分の耳を疑ってしまった。
あなたは戦わないのか。
それはこの人に対して、とんでもない皮肉になってしまうのではないだろうか。
だってギベオンさんは冒険者ギルドを統括するギルド長さんで、冒険者たちに依頼を託す立場なのだから。
「ダ、ダイヤ!? なな、なんてこと言ってんのさ! この人はギルドで一番偉い人で……」
「あっ、その、それはわかっているんですけど、なんと言いますか……」
ダイヤが不思議そうに首を傾げる中、ギベオンさんは気分を害した様子もなく、むしろ感心したように目を丸くした。
「皮肉、のつもりじゃなさそうだな。へぇ、嬢ちゃん良い目してるじゃねえか。いや、目というより感覚か」
感覚?
それってどういう意味なのだろう?
ダイヤがギベオンさんから何かを感じ取ったということだろうか?
その疑問に答えてくれるように、ダイヤが申し訳なさそうに口を開いた。
「ギルド長さんを一目見て、とても“強い人”だというのはすぐにわかったんですけど、それ以外に物凄い威圧感と言いますか、“戦意”が溢れているように見えたんです」
「戦意?」
そう言われたので、失礼ながら僕もじっとギベオンさんを見つめてみる。
しかし特に何も感じ取れない。
気さくそうなおじさんが執務席に掛けているだけにしか見えないのだ。
しかしまあ、ダイヤが言うならその通りなのだろう。
ギベオンさんの胸中にはただならぬ戦意が宿されている。
ダイヤが見ただけで感じ取れるほどの強烈な戦意が。
だからダイヤは疑問に思ったのだ。
明らかに別格の闘気を有している人が、どうしてギルド本部の最上階の部屋に篭り続けているのか。
本当は自分で戦いたいと思っているのに、どうしてわざわざ他の冒険者に依頼を託しているのか。
不意にギベオンさんは頬を緩ませた。
「他人の戦意を感じ取れるなんて大した嬢ちゃんだな。神器の能力ってわけでもねえだろうに。さすがは盾の神器の持ち主ってところだな。ていうかそっか、今の若い子たちは俺のことを知らねえのか。よし、じゃあ見せてやるよ」
ギベオンさんはそう言うと、突然椅子から腰を上げた。
その瞬間、『ガシャッ!』と不可思議な音が部屋に響き渡る。
まるで鉄の塊を床に落としたような音。
やがてギベオンさんは、執務机の裏から歩み出て、隠れていた脚を僕たちの前に晒した。
両の脚は、鉄で出来た“義足”だった。
「その脚……」
「ほれこの通り、魔人との戦闘で脚を失くしちまってよ。今は満足に歩くことすらできねえんだ。俺自身が戦いたいのは山々なんだが、今は他の連中に頼る以外にねえのよ。ごめんな」
「い、いえ。こちらこそごめんなさい」
ダイヤは慌てた様子で頭を下げていた。
まさかギルド長さんが脚を失くしている身なんてまったく知らなかった。
ダイヤも同じく知らなかったようで、あんな質問をしてしまったのだと思われる。
不躾な問いかけをしてしまったと悪びれるダイヤに、ギベオンさんは高らかな笑い声を掛けた。
「別に謝ることはねえさ。まさか今になって自分の実力を見抜いてくれる人間に会えるとは思わなかったからよ、それは素直に嬉しかったぜ。少年だけじゃなく、嬢ちゃんもかなりの逸材だな」
「……」
罪悪感を覚えるダイヤを、精一杯慰めてくれている。
傍らからその光景を眺めて、ギベオンさんの心の広さを肌で感じた。
本当は自分で戦いたいのに、今は他の冒険者たちに頼るしかないか。
それはたぶん、物凄くもどかしいはずだ。
罪悪感もあるんじゃないだろうか。
だからダイヤが胸の内の戦意を感じ取ってくれて、少し嬉しい気持ちになったはずだ。
自分はまだ戦う意思があるのだと、第三者が証明してくれたのだから。
「ギベオン様はかつて、『勇者』の称号を与えられた最強の冒険者だったんですよ」
「えっ!?」
パパラチアさんがそう言うと、ギベオンさんが途端に苦笑を滲ませた。
「その話は恥ずかしいからやめてくれよパパラチア。称号って言っても周りの連中が勝手に言ってただけなんだし、それに今はパールちゃんに称号を取られちゃってるわけだしさ」
「……パールちゃん?」
もしかして、パールティ・ライトニングのことだろうか?
ふと三年前の出来事が脳裏をよぎる。
祝福の儀で【さびついた剣】を授かった僕に、『冒険者になることはできない』ときっぱり告げてきた凛々しい女性。
幼馴染のルビィを冒険者に勧誘してパーティーに引き入れた、ちょっとした因縁のある相手だ。
現在『勇者』の称号を有しているのは彼女なので、おそらくギベオンさんの言った『パールちゃん』はパールティ・ライトニングのことで間違いない。
昔はギベオンさんがその『勇者』の称号を持っていたのか。
勇者ギベオン。聞き覚えがあるようなないような……
「私は今でもギベオン様が最もたる実力者だと思っておりますよ」
「いやいや、冗談はよしてくれよパパラチア。さすがにもうこの歳だ。脚が自由だったとしてもパールちゃんに勝てるとは思わねえよ。それに今は、“この少年”もいることだしな」
「……」
買い被りすぎである。
僕の神器がどれだけ強力だろうと、先代の勇者に敵うとは思わない。
それでもギベオンさんは謙虚な姿勢を崩さなかった。
「俺みたいな老体が出張ったところで大した活躍なんてできねえよ。だから今は若い子らに頼るしかないんだ。パールちゃんのとこにも今回の依頼を渡していることだしな」
「えっ?」
思わず声が漏れた。
「んっ? どうかしたのかい少年?」
「あっ、いえ……」
僕はぎこちない笑みを浮かべて平静を装うが、心臓は音高く鳴っていた。
勇者のパーティーが今回の依頼を受けている?
邪神の祭壇を破壊する依頼を?
ということはルビィも、今頃は邪神の祭壇を探して危険域の探索をしている最中ってことなのか?
それなら邪神の祭壇を探していれば、いずれはルビィと……
再会の可能性に楽しみを感じると共に、ようやく同じ舞台に立つことができて嬉しさが込み上げてきた。
やっぱりちょっとずつだけど、憧れのあの人に近づけている気がする。
「とにかくまあ、祭壇破壊の件は宜しく頼むよ。祭壇を壊すと『神玉』っつー“変な玉”が出てくるから、それを本部まで持って帰って来てくれれば報酬を渡す。受付にはもう話を通してあるからよ。じゃあ、気を付けて行ってきてくれ」
そこで話が終わって、解散という流れになり掛けた。
しかし僕は、部屋から立ち去る前に、ギベオンさんに一声を掛けた。
「あ、あの、ギベオンさん」
「んっ? どうした少年? 何かわからないことでもあったか?」
「あっ、えっと、その“神器”なんですけど……」
執務机の上に置かれた神器を指差して、僕は思わず言い淀んだ。
七大魔人のオニキスが使っていた太刀の神器。
するとギベオンさんは、僕が言わんとしていることを悟ってか、意外そうに目を丸くした。
「なんだい少年? まさか魔人の神器でも収集してんのかい? 変わった趣味してるな。どうせあと数日もしないうちに消えちまうだろうによ。それとも討伐証明としてギルドで換金しようってのかい?」
「あっ、いや、そういうわけじゃないんですけど……」
ちょっと試したいことがあるからください、とはさすがに言いづらい。
ここは正直に言ってしまってもいいと思ったのだが、不思議と躊躇いを覚えてしまった。
神器合成のスキル、もとい僕の神器について説明した方がいいだろうか。
もしかしたらこの人なら、何かしらの助言をくれるかもしれない。
いまだに謎多き【呪われた魔剣】について、新たな事実が判明するかも。
しかし先ほど、神器の性能を見ずに実力を確かめてくれたこともあるので、今さら情報を開示するのはなんだか気が引ける。
それにすでに随分とここに長居してしまった。ギルド長さんも忙しい身のはずなので、相談はまたの機会としよう。
「まあ、少年が倒した魔人の神器だしな、少年の好きにするといいさ」
「あ、ありがとうございます」
特に何の説明をすることもなく、ギベオンさんからオニキスの神器を受け取ることができた。
すでに持ち主がいなくなり、すべての力を失ったはずのそれは、不思議と気味悪い冷たさを帯びている気がした。
あとで神器を合成しておこう。奴の使っていたあの強力な付与魔法は、憎たらしいけれど必ず今後の力になってくれるはずだから。
感情的にならず合理的に行こう。
その後、ギベオンさんと二言三言交わし、僕とダイヤはその部屋を後にした。
――――
「ギベオン様もお人が悪い」
「んっ?」
有望な新人冒険者が帰った後、静けさに包まれた部屋に微かな囁き声が響いた。
それを耳にしたギベオンは、傍らに立つパパラチアに疑問の目を向ける。
するとパパラチアは改まった様子で、囁きの意味をギベオンに伝えた。
「なぜあの二人に嘘を吐いたのですか?」
「嘘? 俺は別に嘘なんか吐いてねえよ。ただまあ、本当のことは言ってなかったかもな」
「……それは嘘を吐いているのと同義なのではないでしょうか?」
パパラチアの声音から、呆れている様子が強く滲み出ていた。
本当のことを言わなかった。本当のことを隠してあの祭壇破壊の依頼を託した。
それはもはや嘘を吐いているのと同義である。
ギベオンが話をしている傍らで、パパラチアはずっと口を挟みたい思いでいっぱいだった。
「あの二人だけではありません。他に依頼を受けてくれた冒険者たちにも“あのこと”を話さなかったではありませんか。あれでは騙しているのと変わりありません」
「おいおい、“騙している”って人聞きが悪いな。……と言いたいところだが、まあ確かに騙してるのと変わらねえから別にいいか」
いよいよ開き直り始めたギベオンを見て、パパラチアの顔には一層疲れた様子が滲み出ていた。
その顔を見て、次いでギベオンは弁解を始める。
「確かに話しておくのが筋ってもんだが、俺自身もまだ半信半疑なんだよ。自分の目で確かめたわけでもねえし、何か決定的な証拠があるわけでもねえしな」
なんとも言い訳がましい弁解だが、それが事実であることにも違いはない。
「それに下手に情報を広めると、悪戯好きの背教者どもに知られる可能性がある。そうしたらきっと連中は全力で俺らの邪魔をしにくるはずだぜ。だから話す相手は慎重に選ばなきゃなんねえんだよ」
それも正論であるため、パパラチアはいよいよ何も言い返せなくなってしまった。
確かに背教者の耳にこの情報が入ったら面倒なことになる。
別の理由を隠れ蓑にして、本当の狙いを秘匿しておくのが最も利口なやり方だ。
何よりやることは変わらない。『邪神の祭壇』さえ破壊できれば目的は達せられる。
だからギベオンはあえて別の理由を立てて依頼を託したのだが、パパラチアにはどうしても拭い切れない疑念が一つだけあった。
「しかしそれでも、あの二人には話すものかと思いまして」
「んっ? どうしてそう思った?」
「大層あの二人を気に入っていたみたいですので」
「……うん、まあ、それは否定しないけどな」
珍しくギベオンは、恥ずかしがるように目を逸らした。
あんなに楽しそうにお喋りをするギベオンは、ギルド長に就任してから初めて見た。
だからこそあの二人には本当のことを話すんじゃないかともパパラチアは思った。
「けどやっぱ、情報を伝えるなら確信を持ってからの方が良いと思ったからよ。変に怖がらせちまうのも悪いと思ったしな」
「……」
あの二人なら怖がることはないと思われる。
と考えたその直後に、パパラチアはその思いを改めた。
新人冒険者ながら、強い才と勇を併せ持つ少年少女。
やや臆病な一面がありながらも、心根には轟々と燃え盛る闘志が宿されている。
しかしながらあの二人をも怯えさせてしまう可能性が充分にある。
そう、なぜならあの二人は……
「だって信じられるか? あの七大魔人より“凶悪な魔人”が現れた、なんてよ」
七大魔人の脅威に触れたばかりだからだ。
そんな心境で、『七大魔人より“凶悪な魔人”が出現したかもしれない』なんて聞かされたら、いかに勇敢な少年少女だって怖気立つに決まっている。
それに何より……
「しかもそいつ、まだ神器を授かってない子供だってんだぜ? ホントふざけた話だよな」
それだけは同意せざるを得ないと、パパラチアは内心で深い頷きを返した。
本当にふざけた話で、とてつもなく信じがたい話だ。
唯一の救いは、それが事実であるという確証が、まだないということだけである。




