第八十一話 「特別昇級」
冒険者の階級は五つに分けられている。
下から銅級、銀級、金級、白級、黒級。
すべての冒険者が銅級から始まり、大多数が金の階級に手を掛けることなく冒険者生涯を終えるとされている。
階級を上げるためには数多の依頼を達成し、難関と言われている昇級試験に合格しなければならない。
ゆえに上の階級ほど人数は少なく、階級の層は先細りになっている。
黒級冒険者に至っては、数えるのに両手の指で事足りるという話だ。
それほどまでに冒険者における“昇級”という壁は高い。
しかし稀に、特筆すべき功績を立てた者が『特別昇級』という形で昇級することがある。
僕たちがその特別昇級の対象になった、ということだろうか?
ダイヤも同じように驚いているため、おそらく彼女も聞かされていなかったのではないだろうか。
「現階級の銅級の二つ上、金級まで一気に昇級だ。二人ともおめでとさん」
「「……」」
僕とダイヤは言葉を失う。
特別昇級というだけでも驚愕なのに、さらに二つ上の金級まで一気に昇級なんて。
何かの間違いではないだろうか。
「どうして僕たちが特別昇級なんでしょうか? しかも二段階昇級なんて……」
あまりに夢みたいな話だったため、堪らず僕はギルド長さんに問いかける。
するとギルド長さんは目を丸くし、僅かに首を傾けた。
「んっ? 気に食わないのかい?」
「い、いえ。とても嬉しい話ではあるんですけど、どうしてなのかなって思って……」
単純に疑問に思った。
冒険者の階級というのはそう易々と上げていいものではない。
ギルドから依頼を託す際の、何よりの“指標”になるものだからだ。
もしここで誤った判断を下してしまったら、依頼失敗の可能性が高くなるだけでなく、ギルドの信用にも直結する。
別にギルド長さんの判断が間違っているとは言ってないんだけど。
「ふむ、どうも少年は自分がしたことの重大さをわかっていないみたいだな。まあそれも無理ないか。まだ冒険者になって一年も経っていないみたいだし」
まあ、その通りである。
冒険者になって、まだおよそ一月しか経っていない。
駆け出しも駆け出しだ。
経験はもちろんのこと、冒険者としての知識なんて皆無に等しい。
だから僕は的外れかと思いながらも、ギルド長さんに確認を取った。
「あの冒険者の誘拐は、そんなに重大な事件だったんですか?」
そう聞くと、ギベオンさんはかぶりを振る。
「いや、そこじゃない。まあ確かに三十人の冒険者を生還させたっていう功績もかなり大きいけどな。言っちまえばそれが銀級への昇級要因だ。で、さらに二人を金級まで押し上げた重大な要因は……」
一拍置いて、ギベオンさんは言った。
「『オニキス・レギオン』のぶち壊しだ」
「レギオン……?」
僕の脳裏に、あの恐ろしい魔人の群れが思い浮かぶ。
たくさんいたあの魔人たち。
シトリンを奪いに来た連中と、黒曜山で待ち構えていた連中。
あいつら全員を合わせて『オニキス・レギオン』というらしいが、それを壊したことがそこまで大きな要因になったのだろうか?
「少年、今一度聞くが、“この神器”を持った魔人を一人で討伐したってのは誠でいいかい?」
「――っ!」
不意にギベオンさんが、机の下から一本の大刀を取り出した。
まるで墨を塗りたくったかのような真っ黒な刀。
あれは、オニキスの神器だ。
どうなったのだろうかと気にはなっていたが、まさかここに運び込まれていたとは。
おそらく冒険者の誰かが証拠の一つとして持ち帰ってきたのだろう。
神器は所有者が消えれば同様に消滅する。
そして消滅するまでに僅かな時間差があり、おそらくあの神器もあと数日もすれば泡のように消えてしまうことだろう。
「で、どうなんだい少年?」
「……」
ギベオンさんに問われ、僕は複雑な気持ちになりながら答えた。
「えっと、一人で倒したっていうか、シトリンに力を貸してもらって、ようやく倒せたって感じなんですけど」
「いや、それは実質少年一人で倒したってことじゃねえかよ。あの魔人の嬢ちゃんは治癒能力しか持ってないんだからな。ま、そこまでわかりゃ充分だ」
ギベオンさんは懐から何らかの書物を取り出し、それに目を落としながら続けた。
「倒した魔人の名前はオニキス。神器の特徴からしても魔王軍幹部の生き残り……『七大魔人』の一人で間違いない」
「えっ? どうしてそう言い切れるんですか?」
オニキス自身がそう言っていたのは、僕とシトリンしか聞いていなかったはず。
何よりあの言葉が嘘だったという可能性だってある。
ギベオンさんは何を根拠にそう言い切っているのだろうか?
するとギベオンさんは手にした書物をこれ見よがしに掲げた。
「魔王軍との大戦争……終焉期を経験した当時の冒険者が、少なからずだが情報を残してくれてんだよ。七大魔人の特徴とか神器の名前やらとかな。もちろん全員分ってわけじゃねえし、偽の情報なんかも混じってたりするけどな」
終焉期の記録。
そんなものが残されていたなんてまったく知らなかった。
当時の話は噂程度でしか世間に出回っていないから。
どうも、偽の情報を誤って流してしまう可能性があるため、ギルド内部でも一部にしか公表していないらしい。
教えてもらえるかどうかわからないけど、後で聞いてみることにしよう。
「当時の情報の中に、まったく同じ神器が記録として残っている。少年が戦ったオニキスって魔人が魔王軍幹部の生き残りなのはほぼ確定だろうな。でなくても、こんな脅威的な神器を持った魔人を倒しただけでも大成果だよ」
続いてギベオンさんはダイヤの方に目を向けた。
「加えて盾の嬢ちゃんも、『オニキス・レギオン』の副官である凶悪な魔人を単独撃破している。しかも身を挺して三十人の冒険者を守りながらって話だ。誰もが認める偉大な功績だよ」
「……」
ダイヤは照れるように頬を染め、僅かに顔を俯けた。
僕の昇級はまだしも、ダイヤは確かに金級に至る充分な功績を立てていると思う。
階級に見合った実力や才能も持ち合わせているし。
……って、なんかちょっと最近、親心というかダイヤに対しての贔屓目が強くなってしまっている気がするけど。
「いずれは莫大な勢力に拡大していたであろう徒党をたった二人で壊滅させた。しかも階級はまだ銅級。そんな人材を最下位の階級に留めておく方が罪ってもんだろ。だから特別昇級ってわけだ。納得してもらえたか?」
莫大な勢力に拡大するはずだった徒党。
あの『オニキス・レギオン』はそこまで危険な組織だったのか。
思えば魔人の数も十や二十どころではなかったし、全員がかなりの性能の神器を有していた。
徒党の壊滅があと少しでも遅かったとしたら、手の付けようがなくなっていたかもしれない。
そう考えると確かに、今回の対応は順当なもののように思える。
「ちなみに特別昇級の件は、当事者からの許しが出れば公表する慣例になっている。公表した方が今後の活躍が見込めるが、敵を作ることにも繋がっちまう。目立つのが嫌なら控えておくがどうする?」
特別昇級の公表。
僕も何度か耳にしたことがある。
特別に昇級した者は、その功績と名前を冒険者業界に周知する。
ルビィの特別昇級を知ったのもその公表があったからだ。
ふと僕は、ギルド本部に入った時に受けた、あの刺さるような視線を思い出した。
「もうすでにこのことを知っている人たちもいるんですか?」
「んっ? このことって言うと、特別昇級の件か?」
僕はこくりと頷く。
ギルド本部に入った時に感じたたくさんの視線。
いったい何事かと思ったけれど、もしかしてすでに特別昇級の話を知っていたから僕とダイヤのことを見ていたのではないだろうか。
そう思って問いかけてみると、ギベオンさんは肩をすくめた。
「俺たちギルド側は何も話しちゃいないぜ。大方助けられた冒険者の誰かとか、事件を目撃した連中が言い回ったんじゃねえのか? 魔人を連れた銅級冒険者が特別昇級するかも、なんて風にな。魔人を町に連れ込んだんだから嫌でも目立つだろうしな」
それならまあ、充分にあり得る話だ。
てっきり僕はすでに特別昇級の公表が済んでいて、ギルドにいた冒険者たちが事情を知っているものかと。
あっ、そういえば……
「遅くなってしまったんですけど、シトリンの件ありがとうございました。短い期間で町人たちへの周知もしてくれたみたいで、すごく助かります」
「いいや、別に構わねえさ。あの魔人の嬢ちゃんの力は、無くすより有効活用した方が利口だと判断したまでだ。ただ、やっぱ納得できねえって冒険者も多くてな、そいつらを説得するのはなかなかに骨だったぜ」
ギベオンさんが髭を蓄えた顔に苦笑を滲ませる。
この人がこんな顔をするくらいなのだから、相当な苦労を掛けてしまったみたいだ。
本当に申し訳ない。
と、変なタイミングでお礼を言い終えると、再び特別昇級の件に話が戻った。
「で、公表するかしないか、どうする二人とも?」
「「……」」
僕とダイヤは渋い顔を見合わせて、やがてぎこちなく頷いた。
答えは決まっていた。
「や、やめておいて頂けると助かります」
「わ、私も……」
「よしわかった。ま、二人の性格からしてそうだろうとは思ったけどよ」
特別昇級の件を公表すれば、確かに今後の活躍が見込めると思う。
ギルドから依頼を受ける時は、受付さんが実力に見合った依頼を見繕ってくれるので、己の力を誇示しておくに越したことはないのだ。
でもそれは逆に、敵を作ることにも直結してしまう。
簡単に言えば嫉妬の対象だ。
万年下級冒険者から妬みの視線を向けられて、何らかの嫌がらせを受けることになるかもしれない。
それは嫌だ。僕だけならまだしも、ダイヤにまでその魔手が及ぶのは看過できない。
まあ、すでに知っている人たちもいるみたいだし、周りに知られるのが遅いか早いかだけの違いになりそうだけど。
「さてと、これで特別昇級の話は以上だ。受付に話は通してあるから、後で冒険者手帳を金級のものに交換してもらいな。んで、ここからが本題なわけなんだが……」
「えっ?」
本題?
特別昇級の話が本題ではなかったのか?
僕はてっきり今の話をするためにこのギルド長さんの部屋に呼ばれたのだと思っていたんだけど。
ダイヤと一緒に首を傾げていると、ギベオンさんが改まった様子で真面目な表情を見せた。
「二人のその腕を見込んで、ギルドから直々に依頼がある。危険域にある『邪神の祭壇』をぶっ壊してきてくれねえか?」




