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【さびついた剣】を試しに強化してみたら、とんでもない魔剣に化けました  作者: 万野みずき
第三章

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第八十話 「功績」

 

 僕は咄嗟に背中の【さびついた剣】を抜き、即座に【呪われた魔剣】に進化させて構えた。

 そして家政婦さんが振り回してくる鎖を魔剣で防ぐ。

 黒い刃と赤い鎖がぶつかり、『ガリガリッ!』と耳障りな音を部屋に響かせた。


「ちょちょ! 何ですかいきなり!?」


 そう抗議しながら後方へ飛び退る。

 なんとか鎖の間合いから逃げようとするけれど、家政婦さんは執拗に距離を詰めてこようとした。


「まま、待ってくださいよ! あなたと戦う理由がありません! どうしてこんなことをするんですか!?」


「……」


 家政婦さんは何も答えない。

 ただ鎖を振り回し、僕の隙を注意深く窺っているだけだ。

 なんでこの人はこうまでして僕と戦いたがるのだ?

 ダイヤに手を出すつもりがなさそうなのは安心だけれど、どうして僕だけという疑問が湧いてくる。

 ていうかこの人、結構本気(マジ)だ。

 こうなったら、この人の神器を破壊して無力化するしかない!


「こ……のっ!」


 鞭のように振られた鎖を、僕は身を捻ってなんとか躱す。

 そして鎖が振り切られたタイミングで、鎖の中央部を狙って魔剣を振り下ろした。

 一撃で粉砕してみせる!

 だが、家政婦さんはそれを予測していたのか、流れるように鎖を引き戻した。

 結果、渾身の一撃が空を切り、僕は思わず前につんのめる。

 危なかった。危うく顔面で床拭きをするところだった。

 密かに冷や汗を滲ませていると、家政婦さんが再び鎖を振ってきた。


「はっ!」


 絶妙な間合いを保ちながら、鎖の先端でこちらを執拗に追ってくる。

 まるで蛇が咬みついて来ようとしているみたいだ。

 この人、強い。

 身のこなしは当然ながら、扱いづらい神器を手足のように操っている。

 相当な訓練を積み重ねた証だ。

 剣で鎖をいなしながら、どう間合いを詰めるか図っていると、やがて家政婦さんの一撃が僕の魔剣を掻い潜ってきた。


「うっ!」


 咄嗟に飛び退ろうとしたが、間に合わない。

 どうにか左腕で防御しようとすると、なんとそこに鎖が巻き付いてしまった。

 瞬く間にぐるぐると何重にも鎖を巻かれてしまう。

 振り解けない。かなり強固に縛られてしまった。

 けどこの状態なら、向こうは鎖を振れないので攻撃ができない。

 状況が悪くなったのはむしろ家政婦さんの方じゃないのか?

 なんて内心でほくそ笑んでいると……


付与魔法(エンチャント)――【重愛(クリンギー)】」 


 不意に家政婦さんが静かに呟いた。

 途端、僕の体が前触れもなく“重たく”なる。

 まるで両手両足に巨大な鉛を付けられたかのような重さを感じて、堪らず顔をしかめた。

 なんだこの重圧感は?

 体が重たい。思うように動けない。気を抜けばこのまま倒れてしまいそうだ。

 見ると、左腕に巻き付いている赤い鎖が、ほのかにピンク色の輝きを放っていた。


「エン……チャント……!?」


 おそらく鎖の神器に掛けられた付与魔法(エンチャント)の効果だろう。

 考えられる可能性は、鎖に触れている相手を重くする効力だろうか。

 ようはこれも、一種の“呪い”。

 鎖の神器で縛りつけた相手をより厳重に拘束するための、呪いの付与魔法(エンチャント)だ。


「ほう、膝を突かないとは見事です。常人ならば地べたに倒れ伏し、指先一つ動かせずに決着がつきますから」


 家政婦さんは感嘆の声を上げてくれるが、膝を突いていないだけで状況は最悪だ。

 これではまともに歩くこともできない。戦闘なんてなおのこと不可能だ。

 なんとかしてこの呪いを解かないと。

 かといってしっかり左腕に巻かれた鎖を、家政婦さんの目の前で解くことができるとも思えない。

 それならいっそのこと……


「せ……やあっ!」

 

 僕はおもむろに重たい右腕を上げて、重さに任せるように魔剣を振り下ろした。

 狙うのは左腕から真っ直ぐ繋がる鎖の神器。

 だが、力ない一撃では鎖を断ち切ることはできない。

 結果、ピンと張った鎖の上に、魔剣の刃が乗っかっただけだった。


「その程度の力では私の鎖は……」


 でも、これでいい。

 僕は顔をしかめながら叫んだ。


付与魔法(エンチャント)――【闇雷(ダークライ)】!」


 瞬間、【呪われた魔剣】の刀身に漆黒の稲妻が迸った。

 凄まじい轟音と共に生み出された黒雷は、走るように赤い鎖を伝っていく。

 恩恵値500という脅威的な魔力によって放たれた雷撃は、鎖を握り締める家政婦さんに鋭い牙を剥いた。


「が……あっ……!」


 全身に雷を受けた家政婦さんは、掠れた声を漏らして硬直した。

 同じように僕にも黒雷が流れるが、魔剣から与えられている恩恵のおかげで大して痛くはない。

 だから躊躇わずに神器から雷を流し続けていると、やがて家政婦さんは鎖を手放して倒れた。

 途端、体が嘘みたいに軽くなる。

 神器を手放して半装備状態になったことで、付与魔法(エンチャント)が解除されたのだ。

 神聖力もなくなり、ただの鎖と化したその神器を、僕は左腕で引き寄せて奪い取る。

 神器破壊をして無力化するつもりだったが、半装備状態にしても同じことだ。

 これで僕の勝ち。

 するとどこからか、誰かの笑い声が聞こえてきた。


「はははっ! 負けたなパパラチア!」


 その声を合図に、部屋の奥側の壁が遮光幕のように開いていった。

 正しくは壁ではなく、本当にただの白布だったようだ。

 一見は何もない簡素な部屋と思っていたのだが、実際は部屋の大部分を分厚い布で仕切っていたらしい。

 奥行きもかなりあり、布の向こう側には“執務室”のような景色が広がっていた。

 豪華な装飾のテーブルとチェアが、窓を背にして設置されている。

 左右の壁には大きな棚が置かれていて、中には食器やら書物やらが綺麗に並べられていた。

 そして一人の男が、椅子に腰掛けて深い笑みを浮かべている。

 

「いやぁ、悪いな少年! いきなり手合いなんて吹っ掛けちまってよ。ちょいとお前さんの実力を見定めさせてもらおうと思ってな」


 豪勢な笑い声を響かせる男は、灰色の毛髪と口髭を蓄えた初老だった。

 冒険者ならギリギリ現役、と言えなくもない年行きに見える。

 実際はもっと若いのだろうか。

 肌にはまだ目立ったシワもシミも見当たらないが、口髭とそれに付随して見える咥え葉巻がおじさんっぽさに拍車を掛けている。

 それでいて薄着の白いシャツたった一枚という、若者らしいラフな格好をしているので、目に映る不調和さに違和感を覚えた。

 誰なんだろうこの人? お洒落おじさんかな?


「あっ、ギルド長さん。こんにちはです」


「おぉ、この前来てくれた盾の嬢ちゃんか! 約束通り少年を連れて来てくれてありがとな!」


「ギル……!?」


 ダイヤの何気ない一言に、僕は思わず息を詰まらせた。

 この人がギルド長さん?

 冒険者ギルドを統括するド偉い頭領様?

 物凄く気さくな振舞いと身軽そうな格好から、全然そんな風に見えなかった。

 けれどここがギルド長の部屋で、執務用らしいテーブルに堂々と掛けていることから、僕はすぐにその事実を受け入れる。

 それに合わせるように、改めて挨拶をしてくれた。


「よく来てくれたな少年。俺がギルド長のギベオン・シガレットだ。んで、そこのひらひらした格好の美女が、ギルド副長のパパラチア・チェイン」


 僕は二度目の衝撃を受けて、すかさず後方を振り返る。

 すると先ほど“倒した”家政婦さんは、すでに床から起き上がっていた。

 衣服の埃を落とすようにスカートを払う彼女に、僕は急いで頭を下げる。


「ご、ごめんなさい。まさかギルド副長さんとは知らずに……」


「いえ、こちらこそ申し訳ございませんでした。ギベオン様のご命令とはいえ、突然手合いの申し出など……」


 礼を返してくる副長さんに、僕は頭を下げながら鎖の神器を手渡した。

 まさかギルドの副長さんだったとは思わなかった。

 そんな偉い女性に遠慮なく電撃を浴びせてしまった。

 脂汗と共に罪悪感がじわじわと滲んでくる。

 同時に当然の疑問も湧いて来た。


「な、なんでわざわざこんなことを?」


 僕みたいな銅級(ブロンズ)冒険者を呼びつけて、副長さんと戦わせるなんて。

 するとギベオンさんは、困惑する僕を見ながら、ニカッと豪快な笑みを浮かべた。


「さっきも言った通り、確認のためだよ。まさかサビだらけの剣を背負った少年に、魔人を倒すほどの実力があるなんてとても信じられなくてよ。実際にこの目で見てみたかったんだ。いやぁ、ホント良いもん見させてもらったよ!」


 実力を見てみたかった。

 そのために副長のパパラチアさんに僕を襲わせたのか。

 さらりと言ってのけたが、結構豪快な人だな。

 しかしギベオンさんの言い分も充分に理解できる。

 おそらくギベオンさんは、僕が魔人を倒したということをダイヤから聞いたのだろう。

 もしくは誘拐事件から生還した冒険者の誰かが報告したとか。

 で、その時に僕のなりや神器についても耳にして、にわかには信じられなかったと。

 いや、信じられなかったと言うか、本当にただ純粋に、目の前で力を見てみたかったんじゃないだろうか。

 どうもこのギルド長さんは、遊び盛りの少年のように好奇心が旺盛のようだし。


「いやぁ、ホント悪かったな。興味本位とは言え物騒な真似をしちまってよ。まあ詫びと言っちゃなんだが、そこらの棚に飾ってある値の張りそうなもん、一つだけ好きに持って行って構わねえぞ」


「えっ?」


 僕は釣られて壁際の棚に目を向ける。

 綺麗な模様の食器や豪華な装丁の本。

 それらが棚一杯に並べられている。

 これらのことを言っているのだろうか?


「先代のギルド長の趣味でな、任を継ぐ時にもらったんだ。もらったっつーか先代のギルド長が置いてった感じだけどな。しかし俺には良さがまるでわからねえ。だからもしよかったら詫びの品として持ってってくれ。売れば一つ10万キラは下らねえと思うぞ」


「じゅうま……!」


 脅威的な金額に、思わず喉が唸った。

 たった一つで10万キラ?

 いくらなんでも高すぎる。

 銅級(ブロンズ)の冒険者依頼、およそ三十回分くらいの金額だぞ。

 とても今の僕には手が出せない代物だ。

 というか僕にも良さがわからない。

 その価値の高さには心を惹かれたが、さすがにここは遠慮しておいた。

 正直金銭的に厳しい状況なので、美味しい話には乗っかりたいところである。

 でも、今日はそのためにここに来たわけじゃない。

 何より副長のパパラチアさんに襲われたのだって、別にそこまで気に障ったわけじゃないし。

 というわけで丁重にお断りを入れると、僕はふと気になったことについて尋ねてみた。


「実力を見るためにあんなことをしたのはわかりました。でもそれなら、神器の性能(プロパティ)を見ればそれで済むんじゃないんですか?」


 僕はいまだに握ったままの【呪われた魔剣】を掲げてそう言う。

 ギルド長さんの旺盛な好奇心についてはこの際目を瞑るとして。

 単純に戦闘能力を確認するなら神器の性能(プロパティ)を見れば一発でわかるんじゃないのかな?

 神器は可視化された才能なのだから。

 わざわざ礼を用意してまで僕を襲わなければならなかったのか甚だ疑問である。

 するとギベオンさんは、不意に窓の外……もっと言えば眼下に見える町の冒険者たちに目を向けて答えてくれた。


「冒険者の中には神器の性能(プロパティ)を見られたくねえって奴も大勢いる。神器は冒険者にとっての商売道具で、何よりも守るべき貴重な情報だからな。で、今回の件を理由に少年の神器の性能(プロパティ)を覗くのは気が引けたってわけだ」


「……そういうことですか」


 なるほどと思う。

 確かに神器の性能(プロパティ)は大切な情報だ。

 僕が秘密主義の冒険者だったとしたら嫌がっていたに違いない。

 にしても、そう言う割に、副長さんに僕を襲わせるのは気が引けなかったんだな。

 判断基準がよくわからない。

 ていうか僕は別に、この【呪われた魔剣】の性能(プロパティ)を見られても一向に構わないんだけどなぁ。

 なんて思っていると……


「それに……」


 ギベオンさんが途端に、真面目な声音で続けた。


「神器の性能(プロパティ)が上等だろうと、それだけじゃ七大魔人(・・・・)を倒せる理由にはならねえよ」


「……」


 ふと、あの黒鬼のような魔人の姿が脳裏をよぎる。

 七大魔人オニキス。

 僕が倒したあの魔人は、終焉期(エクリプス)と呼ばれる戦乱の世を生き抜いた魔王軍幹部の残党だ。

 どうやらギルド長のギベオンさんは、そのことも既に承知しているらしい。

 誰から聞いたのかは定かではないが。

 神器の性能(プロパティ)が良くてもそれだけじゃ勝てない相手。

 確かにその通りだ。あの魔人は強かった。それこそ桁外れに。

 勝つことができたのはほとんど偶然だと言える。

 神器の性能(プロパティ)だけを頼りに勝てる魔人では決してない。

 改めて、目の前のギルド長さんが、僕の実力を直接見たいと言ったことについて、深く納得した。

 するとギベオンさんは、そこで話を区切るように『パンッ!』と手を叩き、改まった様子で姿勢を正した。


「んじゃ、そろそろ本題に入ろうかね。まずは冒険者たちを救ってくれてありがとな。捜査が難航してた『冒険者誘拐事件』を解決してくれてすっげえ助かったよ。で、突然なんだが、その功労者として少年と嬢ちゃんの二人を『特別昇級』させることになったから宜しく」


「「…………えっ?」」


 これまたさらりと、ギルド長さんはとんでもないことを言った気がした。

 特別昇級?

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― 新着の感想 ―
[一言] ラストとルビィが再開した時どうなるのか。それが気になりますねえ……。
[一言] ギルト長も節穴だな。どう見ても、武器の性能に振り回されるじゃないか。
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