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第八話 「目覚め」

 

「んっ……」


 瞼の上に光が当たり、僕は眩しさを感じて目を覚ました。

 見上げた先には、見慣れた木造りの天井がある。

 極め付けは、背中に馴染んだ布団の感触。


「ここは……?」


 見間違えるはずもない。僕の部屋だ。

 窓からは朝日が入り込み、それが僕の顔を照らしてきたらしい。

 朝になっている。

 ということは、昨日の夕方から朝まで、僕は眠っていたってことか。

 魔人と戦ってからずっと……


「あっ、ラスト。起きたのね」


「……母さん」


 見計ったかのように、母さんが部屋へとやってきた。

 カットした果物を皿に乗せ、僕の部屋へ来たということは、それを持って来てくれたのだろう。

 朝ご飯代わりかな。

 いや、それはいいとして、今は聞きたいことが山ほどある。

 だから僕は、テーブルの上に皿を置く母さんに、早々に問いかけようとした。

 けれど……


「森の中で倒れているところを、衛兵さんに助けてもらったのよ、あなた」


「えっ……? そうだったんだ」


 先に母さんに説明されてしまった。

 衛兵さんに助けてもらったのか。木こり兄弟が呼んだのだろうか?

 それで僕は、ここまで運ばれてきたと。

 しかし、僕が一番に聞きたいことはそれではない。


「ぼ、僕と一緒にいた、あの女の子は……!」


「心配しなくても大丈夫よ。あなたが倒れている近くで泣きじゃくってたらしいけど、怪我もなくて無事に保護されたわ」


「……そっか」


 ……それなら、よかった。

 あの後、何事もなく村に帰って来られたんだ。

 僕が魔人に立ち向かっていった意味は、ちゃんとあったらしい。


「ラストが、助けてあげたんでしょ」


「えっ?」


「その女の子から話を聞いたのよ。怖い魔人から守ってくれたって。起きたら『ありがとう』って伝えてだってさ。やるじゃない、ラスト」


「……」


 思い掛けない報告に、僕は呆気に取られて固まってしまう。

 ……ありがとう、か。

 その言葉をもらえただけで、魔人に立ち向かった甲斐はあったと思える。

 怖かったし、痛かったし、苦しかった。

 でも、それ以上に今は心地良い。

 僕が、魔人を倒して女の子を守った。その事実が体の芯にジワジワと浸透する。


「それにしても、ラストが魔人をねぇ……。私、その話を聞いた時すごく嬉しかったわよ」


「えっ? なんで?」


「だってあなた、いつも森に魔物退治しに行くと、使い古した雑巾みたいにボロボロになって帰ってくるんだもの。素人の私から見ても、ラストが弱っちいのは簡単にわかるわよ」


「ぞ、雑巾って……」


 それはあまりにもひどいよ。

 しかし完全に否定もできない。

 僕は森にいる弱い魔物相手でさえ、満身創痍になっていた。

 Fランクの最弱の神器を授かってしまったのだから、当然と言えば当然である。

 そんな僕が、よもや魔人を倒して女の子を守ったなど、ずっと僕のことを見守ってくれていた母さんからしたら驚きの出来事なのだろう。

 まあ僕自身も、いまだにびっくりしているからね。


「強くなったのね、ラスト」


「……え、えへへ」


「それにね、衛兵さんたちも村長さんも感謝してたわよ。もしレッド村に攻め込んできていたら、村人たちを危険にさらしていたからって。すっかり村の英雄ね、ラスト」


「……英雄、か」


 それはなんというか、満更でもない。

 女の子だけじゃなく、村を守った英雄か。

 ほんのちょっとは、憧れている英雄に近づけたかな?

 まあ、どちらにしても、僕はまだまだ未熟者で、冒険者ですらない。

 だから僕は、冒険者になって、もっともっと……


「あ、あの、母さん。僕ね……」


 僕は考えていたことを母さんに打ち明けようとした。

 けれどまたしても、母さんに先を越されてしまう。


「冒険者になりに行きたいんでしょ?」


「えっ?」


「ずっと冒険者になりたがってたんだもの。強くなったら、すぐに夢を叶えたいはずだものね」


「……」


 母さんにはお見通しだったらしい。

 そう、僕は今すぐにでも旅に出たい。

 魔人を打ち倒すことができた力を使い、憧れの冒険者になりたいんだ。

 でも……


「……冒険者には、なりたいよ。でもさ、ずっと母さんに面倒を掛けてきたのに、突然さよならなんて、やっぱりいくらなんでも……」


「いいわよ別に。行って来なさい」


「……いいの?」


「まあ、ちょっと寂しい気もするし、薄情な息子だなぁ、なんて思ったりもするけど……」


「うっ……」


 耳が痛くなり、思わず顔をしかめるが、母さんの次の台詞を聞いて瞳の奥が熱くなった。


「息子が何かをやりたがっている。その背中を目一杯蹴飛ばしてやるのが母親の役目だわ。あなたの好きにしなさい、ラスト」


「母さん……」


 なんで僕が欲している言葉を、毎回的確に言ってくれるのだろう。

 僕は本当に人に恵まれているな。

 母さんの息子でよかった。


「昔から、冒険者の出てくる冒険譚とか好きだったもんねぇ。ようやくラストのその夢が叶うのかぁ。特に、『英雄クリスタ』……だっけ? ラストの憧れてる英雄は」


「そうだよ。よく覚えてたね」


 英雄クリスタ。

 昔から語り継がれている英雄の一人。

 他の英雄たちに比べて目立った話はないが、幼い頃は周りの子供たちからいじめを受けていたらしい。

 神器も特筆するほどすごい代物ではなかったが、それでもクリスタは周りのいじめっ子たちを見返すために冒険者になり、みるみると実力を付けていったようだ。

 やがては英雄として語られるくらい強くなり、『どうだ見たか』といじめっ子たちを見返した。

 以上が英雄クリスタの物語だ。他の華々しい英雄譚に比べて、少し陰湿というか、地味な印象が拭えないけれど、僕はクリスタの物語に激しく心を打たれた。


「僕、もっともっと色んな人たちを助けたい。魔族に襲われてる人たちを守りたい。たとえいじめられっ子でも、英雄クリスタみたいに……。それで今度こそ、ルビィに追いついてみせるよ」


 そう言うと、母さんはニカッと笑みを浮かべた。


「ラストがそう決めたなら止めはしないわよ。存分に暴れて来なさい。もう魔人を倒せるだけの力も付いているみたいだし、あなたなら大丈夫よ」


「うん。ありがとう母さん」


 というわけで僕は、ようやく夢のための一歩を踏み出すことになった。


「あっ、ところで母さん、僕の神器って知らないかな?」


「えっ? 神器? あぁそれなら、そこに立て掛けてあるわよ」


 母さんは部屋の隅を指し示した。

 そちらに視線を移してみると、確かに神器が立て掛けられていた。

 衛兵さんが拾って来てくれたのだろうか?

 それについてはほっと胸を撫で下ろしたいところだったが、部屋の隅に目を移した僕は、思わず目を見開いて固まってしまった。

 なぜならそこには……


「な、なんで……?」


 僕の【さびついた剣】だけでなく、もう一本――『真っ黒な大剣』が立て掛けられていたからだ。

 あの、魔人の【黒い大剣】が。

 ていうか、僕の神器も元に戻ってるじゃん!


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― 新着の感想 ―
[良い点] いいかーちゃんだ ホロリときた
[一言] 神器が仮面ライダーみたいに返信するウサ?
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