第七十八話 「たった一人の英雄」
夢を見た。
昔の夢だった。
確か六歳か七歳くらいの頃。
いつものようにルビィが僕の家に……というか、僕の部屋に押し掛けてきた日のことだ。
『ラストはまた英雄譚読んでるの?』
部屋で静かに本を読む僕に、ルビィは呆れた視線を向けてきた。
ノックもせずに入っておいてよく言うと思った。
『ダ、ダメなの?』
『たまには外に出て遊ぼうよ。天気も良いし』
『いや、外に出るとヘリオ君たちに……じゃなくて、今日は本を読みたい気分なんだよ』
僕は途中で台詞を変えた。
自分を情けなく蔑める発言になると思ったからだ。
でも、ルビィはそれを聞き逃していなかった。
『いじめられるのが怖いだけでしょ』
『……』
『私が一緒にいればちょっかい掛けてこないんだから、全然大丈夫だよ』
ルビィは優しくそう言ってくれたけれど、僕は本に目を落とし続けた。
いじめられるのが怖いというのもそうだけど。
本当に今日は、部屋で本を読みたい気分だったのだ。
英雄譚は良い。気持ちが落ち込んだ時に見ると、元気を与えてくれる。
その時は何で落ち込んでいたのかよく覚えていないけれど、僕は英雄譚を読むことで気持ちを明るくしようとした。
外で遊ぶなら、その後の方が良いと思ったのだ。
齧り付くように英雄譚に夢中になる僕に、ルビィは確かこう言った。
『ふぅーん、そんなに英雄譚が好きなんだ。もしかしてなに? ラストは将来英雄譚でも書きたいの?』
『いや、書きたいっていうか、その……』
その言い淀みだけで、ルビィは僕の心中をすべて察したようだった。
『もしかして、英雄になりたい、とか……?』
『……』
この人に嘘は通用しない。
今の一言でそう直感させられて、僕は観念したように弱々しく頷いた。
たぶん、顔を真っ赤にしていたと思う。かなり恥ずかしかった。
英雄になりたいだなんて、六歳や七歳になって言うものなんかじゃない。
そしてすぐに僕は、恥ずかしさを誤魔化すみたいにこう続けた。
『でも、僕じゃ無理だよ。僕じゃ英雄にはなれない』
『なんで?』
『だって僕、弱虫だし泣き虫だし、いじめられてばっかりだから』
声を先細りにしながらそう言うと、ルビィはどこか呆れた様子で肩をすくめた。
『なんでもかんでもそうだけど、最初からできることなんてあるわけないよ。いきなりできちゃったらそんなのつまんないしすごくもないじゃん。ラストがなりたい英雄はそんな簡単なものなの?』
『ち、違うよ』
簡単なものなんかじゃない。
神器を手にして修練を重ねて、凶悪な魔族を傷だらけになりながら打ち破る。
まさに人々の希望になる存在だ。
というような内容を五倍くらいに膨らませて、長々と熱弁したと思う。
だからこそ僕ではなれないとも強く補足した。
僕みたいないじめられっ子が、世界を救う英雄になれるわけがないって……
『じゃあさ、ちょっとずつ英雄になっていけばいいじゃん』
『ちょっと、ずつ……?』
『そっ。世界の英雄になりたいんだったら、その前に国の英雄に。国の英雄になりたいんだったら、その前に町の英雄になればいいんだよ』
僕の長い熱弁に対し、ルビィは何気ない顔でそう言ってきた。
難しく考えることはない。ちょっとずつ英雄になっていけばいいと。
その意味はわかった。
千里の道も一歩からとは言うので、時間を掛けて世界を救うような英雄になればいいのだと。
でも、疑問に思わずにはいられなかった。
『じゃあ僕は、最初に何の英雄になればいいのかな?』
千里の道も一歩からとは言う。
でも僕の場合は、千里どころではない。
世界的な英雄になるためには、さらに途方もない困難を乗り越えなければならないのだ。
だって、村でいじめられているような、弱虫で泣き虫な僕なんだから。
そんな僕はいったい、最初に何の英雄になればいいのだろうか。
女の子に守られて、女の子に慰められて、女の子の前で泣いてしまうような僕は……
するとルビィは、ふむと顎に手を当てて黙り込み、およそ五秒後にハッと声を上げた。
『誰かの英雄になればいいんじゃないかな?』
『誰かの、英雄……』
『国とか町とかを助けて英雄になるのが難しいなら、最初は誰か一人の英雄になればいいんだよ。誰か困っている人を助けてあげて、その人だけの英雄になってあげるの。それならなんかできそうな気がしない?』
それはルビィだからだよ。僕は呆れ気味にそう思った。
人が人を助けるのは言葉以上の難しさがある。
助ける気持ちとそれに釣り合った力がなければ、人は人を助けることはできないのだから。
だから僕では難しい。少なくとも今はできそうな気がしないと思った。
次いでルビィは軽い感じでさらに続けた。
『ま、そんな感じでちょっとずつ英雄になっていけばいいじゃん。一人ずつ助けているうちにいつの間にか世界の英雄になってるよ。ていうか、私もそれ目指してみよっかな』
『み、みよっかなって……』
そんな軽々しい感じで目指せるものではないと思うんだけど。
でもルビィなら言った通り英雄になってしまいそうな、そんなただならぬ気配を纏っていた。
何よりルビィは、すでに僕にとって偉大な英雄だった。
『だからまずは、いじめっ子たちのあいつらをやっつけるところから始めようよ! 私も協力するからさ! 英雄の一歩はそれからだよ! あんな奴らぶっ飛ばしちゃえー!』
『……そ、それはまた今度ね』
そこで、昔の夢は終わってしまった。
懐かしい気持ちに浸りながら、僕はゆっくりと目を開ける。
視線の先には、知らない天井が広がっていた。
木造りで所々がささくれ立っている。少し古い感じの家屋のようだ。
その一室のベッドに、僕は寝ていたみたいだ。
ここはどこだろう?
オニキスを倒した後、僕はいったいどうなったのだろうか?
天井の木目を目でなぞりながら、ぼんやりとそんなことを考えていると、やがて部屋のドアが静かに開けられた。
入ってきたのは、見慣れた銀髪の少女だった。
「あっ、ラストさん。おはようございます」
「……ダイヤ」
ダイヤは水の入った桶とタオルを持っていた。
それを見てから、僕の額に冷えたタオルが乗っかっていることと、傍らのテーブルに水桶が置いてあることに気が付く。
ついでにそこには、僕の【さびついた剣】が立て掛けられていた。
看病をしてくれていたのだろうか?
僕ってそんなに体調が悪かったのかな?
そんなことを考えていると、やがて残った眠気が晴れていって思考が回復していく。
瞬間、僕は遅れてハッと思い出した。
ダイヤと傷ついた冒険者たちを、洞窟の中に置き去りにしてしまったことを。
「ダ、ダイヤ、大丈夫だったの? それと他の冒険者の人たちは……」
気持ちを急かしたあまり、つい体を起こそうとしてしまう。
しかし突如として全身に耐え難い激痛が走った。
僕は思わず顔を歪めて、再びベッドに体を沈める。
痛い。すごく痛い。少し動いただけで涙が出そうだった。
歯を食いしばって激痛に喘いでいると、ダイヤが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「お、落ち着いてくださいラストさん。病み上がりなんですから、まだ安静にしてないとダメですよ」
そう言われて、僕はしばしベッドで静かにする。
すると次第に全身の痛みが和らいでいった。
それに合わせてダイヤが話をしてくれる。
「ラストさんが何を聞きたいのかはわかっています。順番に話していきますから、ラストさんは大人しく聞いていてください」
「う、うん。ありがとう」
お言葉に甘えて、僕はベッドの上で楽な姿勢のまま耳を傾けることにした。
「ではまず、改めまして、おはようございますラストさん。丸二日寝込んでいたので、三日ぶりのおはようですかね」
「……丸二日」
そんなに長く眠っていたのか。
激しい戦いだったのは確かだけど、二日も寝込むくらい消耗はしていなかったと思う。
呪いの影響と考えるのが自然だろう。
魔剣の使用時間が大幅に増えた分、長く使い過ぎるとこんな反動があるんだ。
長時間の昏睡と全身の激痛。
今後はそこにも気を付けて戦っていかないと。
「それで、ダイヤはどこも怪我とかしてないの? あと、あそこにいた冒険者たちは?」
「皆さんご無事ですよ。私もこの通りピンピンとしています。何も心配はいりません」
「無事、なんだ……」
それならよかった。
あの場にいた全員、誰も死なずに済んだんだ。
それはきっと、目の前で穏やかな笑みを浮かべる幼なげな少女のおかげに他ならない。
ダイヤは言葉通り、あの状況で全員の命を助けてくれたのだ。
やっぱりダイヤはすごい女の子だ。
しかしそうなると、一つだけ疑問が湧いてくる。
「あの魔人は、いったいどうしたの?」
オニキスの仲間だったもう一人の魔人。
まるで蛇のような見た目をしていて、実力もかなりあるように見えた。
あの魔人と対峙しながら全員無事なのは、何らかの方法で奴を撃退したということだろうか?
でも、そんなに簡単に諦めてくれる魔人ではないと思うんだけど。
と疑問に思う僕の前で、ダイヤがおずおずと右手を上げた。
「わ、私が倒しました……」
「えっ、ダイヤが? どうやって……」
「そ、それはその、気合いというか何というか……」
気合い? いったいどういうことだろう?
言い淀むあたり、一言では説明が難しいのだろうか。
どうやらそうみたいで、ダイヤは大事な話から先に進めてくれようとした。
「と、とりあえず、今度また自慢させてください。今はそれよりも話の続きをしましょう」
「う、うん」
ぎこちなく頷くと、ダイヤは続いて現在地について説明してくれた。
「今いるここはクリアランドという町で、その町にある治療院の一室です」
「クリア……ランド……? それって確か、冒険者ギルドの本部があるっていう……」
「はい、そうですよ。私たちがシトリンちゃんを連れて行くようにお願いされた、目的の町です」
そう聞かされて、僕は僅かに目を見張る。
どうやら呑気に寝ている間に、目的地に着いていたみたいだ。
着いたと言うより運ばれたと言った方が正しいかな。
「戦いが終わった後、シトリンちゃんが私たちの所に戻ってきて、傷ついた冒険者さんたちを治してくれたんです。それで、ラストさんが倒れたって教えてくれて、みんなでラストさんを助けに行ったんですよ」
「シトリンが……?」
「はい。それはもう大活躍でしたよ」
傷ついて動けなかった冒険者たちを思い出す。
あの場にいる冒険者全員が危なかった。
すぐに傷を治療しなければ命を落としていた者だって少なくなかったはずだ。
ダイヤの活躍も目覚ましいが、シトリンもいなければ全員を救うことは絶対にできていなかったはず。
本当に大活躍したみたいだ。
その後、ダイヤを含めた冒険者たち総勢は、倒れている僕を見つけて町へ帰還することにしたそうだ。
そして僕は冒険者たちにここまで運んでもらい、今に至るというわけらしい。
そこまで話を聞いた僕は、遅まきながら問いかけた。
「そういえばシトリンは、今どこにいるの?」
どこにもシトリンの姿が見えない。
今はいったいどこにいるのだろう?
町の中にいるのかな? それとも町の外?
ここは人の住んでいる町で、魔人の立ち入りは基本的に認められていない。
ゆえに外にいる可能性の方が高く、それはあらゆる危険性を孕んでいるということになる。
他の魔族たちからの襲撃。冒険者の脅威。
それらの不安を抱えて、僕は自然と前のめりになった。
「あっ、シトリンちゃんなら今……」
と、ダイヤが何かを言いかけたその時……
突然ガチャッと部屋のドアが開かれた。
僕とダイヤは揃ってそちらを振り向く。
するとそこには、金色の長髪を輝かせる、黒ワンピースの少女が立っていた。
「……シトリン」
シトリンは軽く息を切らしながら、驚いた表情でこちらを見つめていた。
同じように僕も面食らった気持ちでシトリンを見据える。
シトリンが町の中にいる。しかもこんな近くにいてくれた。
僕たちの声を聞きつけてやって来てくれたのだろうか。でもなんで町の中に?
ともあれ、改めてシトリンの無事な姿を目にして、僕は大きく安堵の息をこぼす。
また元気な姿で会うことができた。
その喜びを噛み締めながら、僕はシトリンに声を掛けようとした。
「お、おはよ、シトリ……」
「――っ!」
しかし、言い切るより早く、シトリンがこちらに駆け寄ってきた。
そしてベッドに座る僕に、力強く抱きついてくる。
チラリとしか見えなかったが、シトリンは確かに涙を流していた。
「ずっと、お礼が言いたかったの。助けてくれて、ありがとうって……」
「……うん」
「ちゃんと、言えてなかったから。だから、起きてくれてありがとう……」
「……うん。おはよ、シトリン」
僕は今度こそ寝覚めの挨拶を送る。
最初の頃とは変わって、シトリンは気持ちを素直に話してくれるようになった。
なんだかとても嬉しい。
距離が縮まったのを実感しながら、僕はお礼にお礼で返した。
「こっちこそ、ありがとねシトリン。シトリンがいなかったら僕、今頃やられちゃってたと思うから」
“あはは”と苦笑しながらその時のことを振り返る。
あの時は本当に危なかった。
シトリンが治療してくれていなかったら、絶対に負けて命を落としていた。
いや、実際あの戦いは僕の負けだった。
僕とシトリンの二人で掴み取った勝利である。
と、シトリンが目の前に現れたことで、また一つの疑問が浮上してきた。
「でも、よく町に入れてもらえたね。守衛とかどうしたの?」
ダイヤの方を見ながら問いかけると、彼女はにこりと微笑んで答えてくれた。
「結論から言いますと、もうすでに町での永住許可を頂けたんですよ、シトリンちゃん」
「えっ!?」
「ギルド長さんとお話をして判断を仰ぐ予定だったんですけど、シトリンちゃんに助けてもらった冒険者さんたちが、ギルド長さんを熱心に説得してくれて、思った以上にすんなりと受け入れてもらえました。まあ、ラストさんと私は改めて顔を見せるように言われましたけど、とりあえずはもう大丈夫ですよ」
ダイヤからそう聞かされて、僕は思わず安堵の息を漏らしてしまう。
同時に深く納得もした。
冒険者たちの説得。それなら確かに強力だ。
実際に命を救われた人間たちが大勢いるという事実は、シトリンの無害性をこの上なく証明してくれる。
とにかくシトリンが受け入れてもらえたみたいで本当によかった。
「ただまあ、ギルド本部の目の届く範囲内……今のところはこの町限定の許可って感じですけどね。ギルド本部も町の人たちへの周知だけで手一杯みたいですよ」
「……だとしても、すごく寛大な対応だと思うよ」
これでシトリンの心配はもういらなくなった。
彼女は温厚な魔人として、人の町での生活を許されたのだ。
ずっと、自分が間違ったことをしてしまったのではないかと思っていた。
色んな人たちに否定されて、独りよがりな考えだと罵倒されて、自分でも正しいことかどうかよくわからなくなってしまった。
でも今は、正式にシトリンを認めてもらえた。自分の行いが正しかったとは言い切れないけれど、完全に間違いでもなかったと、そう言ってもらえたみたいで安心する。
あの時、シトリンを助ける道を選んで、本当によかった。
「あっ、でも、シトリンは大丈夫? この町で暮らしていくのって?」
今さらながら僕は、当事者であるシトリンにそう尋ねた。
思えばここまで、ほとんどこちらの事情で振り回してしまっている。
素直に気持ちを吐露できるようになった今だからこそ、今一度シトリンに確認をとるべきだと思った。
すると彼女は、僕に抱きついたままの体勢で、こちらを見上げる形で顔を上げた。
涙はいつの間にか消え、相変わらずの無表情がそこにはあった。
「うん、大丈夫。前も言ったけど、人間さんの町で暮らしていけるなら、私もそうしたいって思ってるから。まだ私のこと、信用できない人間さんはたくさんいると思うけど、もしそういう人に背中から刺されたとしても、何も文句は言わない。だから大丈夫だよ」
「……」
シトリンは覚悟を決めたような声音でそう言う。
魔人のシトリンが人の町で暮らしていくのは、常に危険が付き纏う。
問答無用で魔族を排除しようとする人たちだって少なくないからだ。
それに、町の人たちへの周知は進んでいるみたいだけど、他所から来た人たちにとっては関係ない。
いつ背中から刺されてもおかしくない。そんな心持ちでいなければ人の町での生活はそもそも無理なのだ。
それが僕のしたこと。シトリンに負わせてしまった使命。罪悪感はいまだ潰えない。
何か僕がしてあげられることはないだろうか。と考えていると、その心中を察したかのようにシトリンが続けた。
「それに、そうならないように、今は“ここ”で頑張ってるから」
「ここ?」
こことはいったいどこのことを指しているのだろう?
思わず疑問符を浮かべると、ダイヤがシトリンに代わって言葉を紡いでくれた。
「シトリンちゃん、今はこの治療院でお手伝いをしているんですよ」
「ち、治療院の手伝い? あっ、そっか……」
シトリンの右手の指輪を思い出し、僕は勝手に得心した。
同時に、僕が目覚めた時、シトリンが治療院にいたのも納得した。
シトリンの持っている神器は治癒系神器。
魔人の授かる神器にしては大変珍しく、傷を癒す力が宿されているのだ。
そういった治癒系神器は人間の中でもあまり持ち主が多くないとされている。
となれば、怪我人が多数集まるこの治療院では、重宝されるに違いない。
ここで町の人たちの怪我を治し続けて、少しずつ信頼を広げていけば、何より安全な魔人という証明を作ることができる。
治療院での手伝いはこれ以上ない最善の選択かもしれない。
「あなたに教えてもらった通り、自分の居場所は自分で決める。それで自分の居場所は、自分で作らなきゃダメだから」
シトリンは右手の人差し指に付けた指輪を見つめながら、静かに頬を緩ませた。
「冒険者さんたちを治した時、たくさんお礼を言ってもらえたの。それがすごく嬉しくて、私の力はこのためにあったんだって思った。だから私は、みんなに認めてもらえるように、ここで人間さんたちの怪我を治す。これからは、自分で何とかしていくから」
もうこれ以上、僕たちの手を借りたくないという意思を強く感じた。
迷惑を掛けたくない、ということなのだろう。
自立する手立ても見つけたみたいだし、僕は彼女のその意思を尊重することにした。
「うん、わかった。でも、何か困ったこととかしてほしいことがあったら、なんでも言ってね。絶対に助けるから」
「私もお手伝いしますよ、シトリンちゃん」
「……うん」
シトリンは嬉しそうに微笑むと、僕の元から離れていった。
そして懐に仕舞っていた、治癒師らしい白い帽子を被ってドアの方に歩いていく。
「そろそろお手伝いに戻らないと、院長さんに叱られちゃう。今度二人が来た時は、私が無料で治してあげるね」
「……それは何と言うか、すごく助かるよ」
いや本当に。
ただでさえ金欠の中、依頼とは関係ないことに力を入れてしまっていたからね。
僕たちのお財布の中はスカスカなのだ。
もし怪我をした時は、シトリンに頼らせてもらおうと思う。
最後にシトリンは、改まった様子で僕とダイヤの方に向き直った。
そして姿勢を正して、深く頭を下げたのだった。
「私を助けてくれて、本当にありがとう。私に帰る場所をくれて、本当にありがとう。ラスト、ダイヤ」
真摯な感謝が部屋の中に静かに響く。
僕とダイヤは共に笑みを浮かべ、“どういたしまして”と声を揃えて返したのだった。
今回の件を機に、僕は少しだけ強くなれたと思う。
でも、冒険者としても実力的にも、まだまだ憧れのあの人には遠く及んでいない。
たくさんの人たちに認められるような、本当の英雄になることはできていないのだ。
でも……
「……ちょっとだけ、近づけたよ」
たった一人の女の子の英雄に、なることはできたかな。
第二章 おわり




