第七十四話 「二人なら」
【呪われた魔剣】の莫大な恩恵には、まだ慣れることができていない。
最大限の力を発揮することができず、体の内に持て余している自覚がある。
でも、少し前のヘリオ君との戦いで、体の動かし方は僅かにわかった。
僕は習得したばかりの身のこなしを生かし、オニキスの刀を何度も掻い潜った。
そして付与魔法が切れる度に掛け直し、最大威力を保ちながら攻撃を続ける。
「いいぞクソガキィ! その調子でどんどん来やがれッ!」
僕に攻撃を当てることができていないというのに、オニキスはますます楽しげな様子で笑い続ける。
その笑みを少しでも崩してやろうと、僕はさらに攻撃の手を早めた。
今なら付与魔法によって、魔装に傷を付けることができる。
だから恐れず、もっと早く、さらに前へ。
「はあっ!」
横薙ぎに振られた刀を、体を低くして回避し、奴の懐に潜り込むや刃を叩き込む。
黒い火の粉と僅かな鮮血が散り、オニキスの屈強な腹部に浅い傷を残した。
「ハハッ! これがあいつの付与魔法の痛みかよ! いってぇなクソがッ!」
とは言っているものの、やはり効いている様子はない。
それでも僕は諦めずに攻撃的な姿勢を貫く。
浅い傷でも数が増えれば、その分の体力を消耗させられるはず。
だから決定打にならないとしても、どんどん攻め続けろ。
それにしても、なぜこいつは右腕を失っているのだろうか?
まさか誰かにやられた? 事故で失うとは考えにくいので、おそらくその線が高いだろう。
だとしたら、いったい誰に? 冒険者? 魔人?
もし真正面の戦闘によって、こいつの右腕を落とした人物がいるのなら、それはとんでもない実力の持ち主だ。
その正体について疑問を抱いていると、逆にオニキスの方から問いかけられた。
「てめえ、どうしてクロイヌの付与魔法が使えんだよ? その神器の能力か何かか?」
当然の疑問だと僕は思う。
他人の神器の付与魔法を使える神器なんて、僕も聞いたことがないからだ。
ましてやそれが、魔人の神器の付与魔法なのだから、不可思議に見えて仕方ないだろう。
というオニキスの疑心を感じ取り、僕は素っ気なく返した。
「お前に教える必要はない」
「おいおい、そうケチケチすることはねえだろ。さっき俺の計画を聞かせてやったじゃねえか。その礼だと思って教えてくれよぉ―」
別にどうしても計画を聞きたいわけではなかった。
それなのに軽々しく計画を話しておいて、その礼をしろなんて図々しいにも程がある。
僕は奴の問いに答えることなく、【呪われた魔剣】を構えて走り出した。
左脇に沿えるようにして魔剣を振りかぶる。
そして、水平に薙ぐように、真一文字に刃を振るった。
「はっ!」
瞬間、オニキスは――
「ま、別に教えてもらわなくてもいっか」
不気味に頬を吊り上げて、得意げに言った。
「だって、こうすりゃいいんだもんな」
「……?」
刹那、オニキスは左手の太刀をおもむろに手放す。
当然、刀は重さに従って、洞窟の地面に音を鳴らして突き立った。
いったい何を……? と思う間に、オニキスは手持ち無沙汰になった左手を前に構え……
真一文字に振られた僕の剣を、ガッと掴み取った。
「なっ――!?」
神器を止められた僕は、思わず目を剥いて声を上げる。
素手で魔剣を受け止めた? あり得ない……
いや、あり得ないことではない。
僕も以前に付与魔法の掛かった魔人の神器を、素手で受け止めたことがあるから。
でもそれは、圧倒的な実力の差があったからできたことで、僕とオニキスではそこまでの違いはないはず。
何より奴は魔剣を掴むために、自らの神器を手放して、半装備状態にまで陥った。
その上で奴は、僕の【呪われた魔剣】を、素手で受け止めてみせた。
とんでもない精神力……いや、無鉄砲さだ。
正気の判断とは思えない。
「あちちっ! さすがにちょっと痛いなこりゃ! んじゃまあ、失礼して」
するとオニキスは、僕の神器を掴んだまま目を瞑る。
おそらく奴の狙いは、僕の神器に触れて、直接性能を確認すること。
今まさに奴は、【呪われた魔剣】の性能を盗み見ているのだ。
と気付いた時には、すでにオニキスは観察を終えていた。
「うっは! すっげえ神器だなこれ! 攻撃力と恩恵値が全部500じゃねえか! なるほどこうなってんのか……」
「このっ……!」
僕は足に踏ん張りを利かせる。
そして無理矢理にオニキスの手から神器を引き抜こうとした。
すると奴の手の中で刃が滑ったようで、肉を裂く感触と共にずるりと抜ける。
その後、即座に後ろに飛び退ると、オニキスは傷ついた左手を舐め、地面の太刀を拾い上げた。
「てめえがクロイヌの付与魔法を使える理由がようやくわかったぜ。おまけにクロネコの付与魔法も使えるみてえだし、そいつはやっぱとんでもねえ神器みてえだな」
「……」
神器の性能を見られた。
戦いにおいて性能は、最も重要な情報であり、隠さなければならないもの。
それが明らかになったということは、手の内をすべて知られてしまったということである。
事実、もう一つ隠し持っている付与魔法も奴にバレてしまった。
まさかオニキスがあんな強引な方法で性能を盗み見てくるとは……
いや、後悔なら後にしろ。
今はとにかく攻め続けるんだ。そのために頭を回せ。
たとえ性能を見られたとしても、僕に狼狽ている時間はない。
なぜなら、奴にいまだに致命傷を与えることができていないから。
付与魔法を使って魔装を貫けるようになっても、やはりどうしてもオニキスの強固な魔装には一歩及ばない。
そろそろ時間も危うい頃だと思うので、少し強引になっても勝負に出なければ。
だからもう一度、『神器破壊』を狙うんだ。
「付与魔法――【黒炎】」
念のために付与魔法を掛け直し、再び魔剣に新たな黒炎を宿す。
この黒炎によって、神器の神聖力は格段に上昇する。
今なら神器破壊を狙うのも難しくはない。
オニキスに致命傷を与えられない今、やはりまずは神器の耐久値を削り切るのが現実的。
そうと考えた僕は、再び【呪われた魔剣】を構えて走り出した。
「確かにてめえの神器はとんでもねえ。今まで見た人間の神器……いや、すべての神器の中で飛び抜けた性能を持ってやがる」
一息にオニキスに肉薄し、力強く剣の柄を握る。
そして奴の持つ大きな刀を狙って、黒炎の直剣を振った。
砕けろっ!
「う……らあっ!」
……刹那。
一瞬とも思えるような時間の中――
眼前まで迫ったオニキスの顔が、不気味に歪んだ気がした。
「だが、それでも俺には勝てねえよ」
突如、オニキスは太刀を正面に構えて叫ぶ。
「付与魔法――【死呪】!」
奴がそう叫ぶと同時に、太刀の刀身に“黒い龍”が纏わりついた。
正確には、龍のように見える黒いモヤ。
突然のことに、僕は思わず目を見張る。
しかし止まる余裕もなく、引き寄せられるように奴の太刀と僕の魔剣が激しく衝突した。
その影響で凄まじい衝撃が生まれたが、僕とオニキスはその場にとどまって鍔迫り合いになった。
「ぐっ――!」
お互いの神器の耐久値が、同じ勢いで削れているのが手応えでわかる。
それは、黒龍の太刀と黒炎の魔剣が、同等の神聖力を宿している事実に他ならない。
付与魔法によって神器の神聖力を底上げされてしまった。
これでは神器破壊ができない。オニキスを倒すことができない。
まさかここまでの付与魔法を秘めていたとは。
「ハハッ! あめぇんだよクソガキがァ! 他人の猿真似だけで勝てるわけねえだろうがよォ!」
「くっ――!」
オニキスの不気味な笑みを受け、僕は思わず歯噛みする。
同時に、目前に迫った奴の神器を見て、背筋を激しく震わせた。
この付与魔法、相当やばい。
神聖力が底上げされたのもそうだが、触れてはいけない禍々しさを感じる。
斬られただけで死ぬ。僕は見ただけでそう直感させられた。
勝機はあったのに。活路は見えていたのに。たった一手で状況を一変させられた。
力比べでも押し負けそうになり、僕は堪らず歯を食いしばる。
そんな、入り乱れる戦況の最中……
調子外れに淡々とした声が、鈴の音のように響いた。
「オニキス様」
「……?」
オニキスの仲間と思われる女魔人。
蛇のような顔と鱗を持っていて、赤い瞳で僕たちの方を見据えている。
奴が場違いに冷めた声を上げると、名を呼ばれたオニキスが鍔迫り合いの中で声を荒げた。
「あっ!? なんだよクロヘビィ!?」
「お時間です。冒険者を人質に、その子供を始末します」
それを聞き、僕は思わず唇を噛む。
しまった。もうそんなに時間が経っていたのか。
もう少し余裕があると思っていたのだが、想像以上に時間を使ってしまっていたみたいだ。
という気持ちを、オニキスも同様に感じていたようだった。
「あぁ!? まだそんなに経ってねえだろ!? 嘘吐くんじゃねえよクロヘビ!」
「いいえ、すでに四十五分も経過しています。これでも多少は目を瞑りましたが、さすがにもうお戯れが過ぎますよ」
「えぇぇ! マジかよォ!」
オニキスはまたもワガママな子供のように声を上げる。
気楽そうに会話をしている魔人たちだが、その傍らに立つ僕は気が気ではなかった。
恐れていた時間切れ。これであの蛇魔人は倒れている冒険者を人質にして脅迫してくる。
だから早くオニキスを倒して、人質を取られないようにしようとしていたのに。
いや、そもそも、三十分は何もしないという宣言だって、ただの奴らの気まぐれ。
そんなものにすがっていた時点で、不安定な状況だったということに変わりはないのだ。
みんなを助けるというのは、ただの都合の良い幻想……
今さらながらそれを思い知っていると、クロヘビと呼ばれた魔人がいよいよ動き出した。
奴は傍らに置いていた“小さな壺”を抱え上げる。
おそらくあれは、クロヘビの神器。
奴はその神器を手に持つと、壺の口の方を倒れている冒険者に向けた。
あの壺の口から、いったい何が飛び出してくるのか想像もつかない。
でも魔人の神器は人を殺すための武器。確実に人を殺せる力が宿っているに違いない。
あいつを止めなければ、誰かが殺されてしまう。
目の前で人間が殺される。
その事実に人知れず恐怖していると、クロヘビは壺を構えたまま僕の方を一瞥した。
「では、そこの冒険者に告げます。今すぐに神器を捨てて首を差し出しなさい。さもないと、ここにいる冒険者たちが全員死にますよ」
そして奴は、冒険者の内の一人に狙いを定めて、冷酷に言った。
「そう、こんな風に」
「や、やめろっ!」
クロヘビは僕の制止も聞かず、攻撃を開始した。
これはきっと、見せしめだ。
「【溶毒】!」
瞬間、“毒液”と思しき塊が、まるで投石の如く壺口から射出された。
それは、少し離れたところに倒れる冒険者に、一直線に迫っていく。
オニキスと鍔迫り合いをする僕には、その行方を見届けることしかできなかった。
――誰も死なせたくない。
――絶対にみんなを助けたい。
――シトリンにこれ以上の絶望を見せたくない。
みんなを助けるというのが幻想とわかっていても、僕はどうしてもそれを諦め切れなかった。
自分一人じゃ何もできないし、理想を求めるなんて烏滸がましいとも思う。
でも、都合が良いと言われても、甘い考えだと笑われても……
僕はあの子に、優しい結末を見せてあげたいんだ。
僕は、己の無力を改めて知り、痛むほど唇を噛み締めた。
そして、せめてもの抵抗として、悲惨な現実から目を背けようとした。
…………刹那。
冒険者の前に、華奢な人影が飛び込んだ。
「えっ……」
冒険者に直撃するはずだった毒液は、飛び込んできたその人影にぶつかった。
いや、正確には、その人物が構えていた“真っ白な大盾”に。
盾にこびり付いた毒液と、地面に滴った雫がジューッと音を立てている。
おそらく毒性と溶解性の二つを持ち合わせた毒。
それを正面から受けたというのに、割って入ってきた人影は確かな佇まいでそこにいた。
やがて盾の裏から、ゆっくりと幼げな顔を覗かせる。
額には汗が滲んでいて、微かに息を切らしているけれど……
いつもの柔らかな笑みを浮かべて、僕を呼んでくれた。
「お待たせしました、ラストさん」
「……ダイヤ」
僕一人じゃ何もできない。
でも、二人なら……
そう、情けない独白にかぶりを振るように、ダイヤが駆けつけて来てくれた。




