第七十三話 「活路」
七大魔人の一人――オニキス。
肌を刺されるような威圧感を覚えたのは、勘違いではなかったのだ。
こいつは明らかに、他の魔人とは別次元の存在。
事実、僕の【呪われた魔剣】で斬ることができなかった。
今まで出会った魔人の中で、一番強い。
「……ふぅ」
僕は呼吸を整え、ようやくのことで立ち上がった。
そしてオニキスを見据えて、右手の【呪われた魔剣】を構える。
大丈夫だ、落ち着け。
活路はある。戦う術はまだ残されている。
奴の魔装は確かに強固で、魔剣で斬り裂くことができなかったけれど、それだけで戦いを諦めるのは早い。
神器だけに頼るな。頭を使って勝ち筋を見つけろ。
まずは定石に則って奴を攻撃する。
幸いにも奴らは三十分間は冒険者を人質にすることはないと言っていたし、【呪われた魔剣】の呪いもまだ弱い。三十分は確実に戦えるはず。
だからこの三十分の内に決着をつけるんだ。
僕は地を蹴り、刀の神器を構えるオニキスに斬りかかった。
「おっ、元気いいじゃねえか! 勝手に心折れんじゃねえぞ!」
奴は雄叫びを上げ、刀を振りかぶって迎え撃ってきた。
まず第一に、素早さでは僕の方が優っている。
初撃を与えた時にも思った。奴は僕の速さについて来られない。
辛うじて反応はできているけれど、でもそれだけだ。
下手を打たなければ向こうの攻撃を受けることはないだろう。
魔装の頑強ささえ覚悟していれば、恐れる必要はどこにもない。
だから今はとにかく、前へ。
狙いは……奴の“神器”だ!
「はっ!」
容易に敵の懐まで潜り込むと、僕は振り上げられた刀を睨みつけた。
瞬間、【呪われた魔剣】を強く握りしめる。
そして斬り上げる形で、奴の神器に刃を叩き込んだ。
ガンッ! と金属同士がかち合う響音が轟く。
微かに金属片と火花が散り、オニキスの上体が後ろに揺れたのを見届けると、僕は即座に後ろへ飛び退った。
「……?」
それだけで退いてしまったからだろう、オニキスは怪訝そうに眉を寄せる。
何がしたいんだと言いたげな顔だ。
でも、今ので正しい。
相手の魔装が頑強で傷つけられない場合、とるべき選択肢は二つある。
まず一つは『神器破壊』。
神器からもたらされる恩恵をかき消すことで、魔装の強度を落とすことができるのだ。
それによって傷つけられなかった魔装にも、ダメージを与えることができるようになる。
だが……
名前:呪われた魔剣
ランク:S
レベル:
攻撃力:500
恩恵:筋力+500 耐久+500 敏捷+500 魔力+500 生命力+500
魔法:【黒炎】【闇雷】
スキル:【神器合成】
耐久値:498/500
「くっ……!」
魔剣の性能を確認した僕は、思わず歯噛みした。
こちらの神器の耐久値も僅かに減少している。
この減り方から察するに、おそらくお互いの神器の性能はほぼ互角……
いや、僅かにこちらの方が優っていると言ったところだろうか。
だが、僅かに優っているだけではダメだ。
なぜなら……
「おいおい! 俺じゃなくてこっち攻撃したってあんま意味ねえぞ! 大して耐久値減ってねえからよォ!」
そう、この方法ではかなり時間が掛かってしまうのだ。
三十分で奴の神器の耐久値を削り切り、神器破壊を実現させるのは相当厳しい。
それに、こう何度も神器を狙わせてくれるとも限らない。
あわよくば神器を弾き飛ばして、半装備状態にするのも狙っていたのだが、どうもそれも無理くさい。
……作戦変更だ。
「おっ、今度はどうする気だ?」
再び【呪われた魔剣】を構えて走り出す。
そして今度はオニキスの腹部を狙って斬撃を繰り出した。
「はあっ!」
ガガッ! と固いもの同士が擦れる音が響く。
やはり傷は付いていない。
その確認がとれると同時に、オニキスが左手の刀を振り下ろしてきた。
すかさず横に飛び、際どいところで刃を躱す。
次いですぐに魔剣を構え直し、身を低くして今度はオニキスの太ももを斬りつけた。
そこも傷は付かない。
「いいねいいねっ! その調子その調子ッ!」
一撃入れて後退。また一撃入れてすぐ後退。
何度も何度もそれを繰り返す。
まるで、奴の全身を調べ尽くすように。
そのようにして僕は、できるだけオニキスの“脆い箇所”を見つけ出そうとした。
「ハハッ! 俺の弱点でも探そうとしてんのか! さーて上手く行くかなァ!」
しばらく斬り続けたことで、奴も僕の狙いの“半分”に気付いたようだった。
しかしだからといって、何か対策を打ってくるというわけではない。
魔装に相当の自信があるのか、先ほどからまったく攻撃を防ごうとしなかった。
確かにこの魔装の硬度なら、わざわざ神器で防ぐ必要はないからな。
肉を切らせず骨を断つという、強引な戦い方だってできてしまう。
ともあれ、今は奴のその余裕に便乗し、僕は手早く相手の全身を調べ尽くした。
「……よしっ」
……わかった。奴の魔装の脆い部分。
おおよそ右半身だ。
脆いというほど柔らかいわけではなく、他の部位とさほどの違いがあるわけではないが、攻撃を通すなら間違いなくそこしかない。
脆い箇所がわかったら、あとはそこに“全力の斬撃”を叩き込むだけ。
僕は今一度、右手の【呪われた魔剣】を強く握り、オニキスの元へ飛びかかった。
魔装が固くて傷つけられない場合の、二つ目の選択肢。
弱点を突く、というのはあくまでただの前提。
僕の本当の狙いは……
「弱点がわかっても無駄無駄ァ! てめえの剣じゃ俺は……」
奴の言葉を遮るように、僕は叫んだ。
「付与魔法――【黒炎】!」
瞬間、神器の刃から漆黒の業火が吹き荒れる。
それは立ち所に刀身のすべてを覆い尽くし、黒炎の直剣へと変化させた。
相手の魔装が固くて貫けない場合――
単純に付与魔法で、神聖力を底上げすればいいのだ。
加えて魔装の脆い部分にその一撃を叩き込めば、貫ける可能性は非常に高くなる。
だから僕は恐ることなくオニキスに肉薄し、再び奴の右脇腹へと刃を入れた。
行けっ!
「う……らあっ!」
ズバッ! と微かに刃が入る。
目の前で黒い火の粉が舞い、同時に僅かに鮮血が散った。
斬れたっ!
先ほどは岩を叩いたような感触に阻まれてしまったが、今度は少しだけ刃先を食い込ませることができた。
深く斬り込むことはできず、奴の傷は浅いが、だけど斬れる。
付与魔法を使えば行けるぞ。
「……」
刃を引いてすぐに後退すると、オニキスは時が止まったかのように固まってしまった。
驚いて硬直しているように見えるけど、奴の視線は斬られた右脇腹に向いていない。
斬られたことに対して驚いているようではないようだ。
奴は、黒炎に包まれた【呪われた魔剣】の刀身を見つめて、目を大きく見張っていた。
「てめえ、その付与魔法……」
「……?」
オニキスの不自然な様子に首を傾げていると、やがて奴は薄気味悪く頬を緩めた。
「ハハッ、なるほど、てめえがそうか。あの二人が殺られたってのは聞いてたが、まさかてめえみてえなガキに倒されてたなんてな」
「……何の話だ?」
訳がわからずに尋ねると、オニキスは答える代わりに逆に問いかけてきた。
「クロイヌとクロネコは強かったかよ?」
「えっ?」
「うちの徒党の主力二人だ。犬と猫の姿をした魔人」
そう言われ、自ずと僕の脳裏には二人の魔人の姿が浮かぶ。
黒い犬の魔人と、黒い猫の魔人。
二人とも僕の戦った魔人だ。
その二人が、『オニキス・レギオン』の主力だった?
奴らはここの徒党に所属していたのか?
「その内の一体、クロイヌと同じ付与魔法を使う剣士に二人は殺られたって聞いたが、まさかこんなガキだったとは思いもしなかったな」
こっちこそ、まさかあの魔人たちがオニキスの配下だとは思ってもみなかった。
こんなこと言いたくはないけれど、『オニキス・レギオン』とは奇妙な縁があるみたいだな。
僕は倒した二人の魔人を思い出しながら、クスクス笑うオニキスに問いかけた。
「それでお前は、あいつらの仇討ちでもする気になったのか?」
「いやいやまさか。そんなに俺が人情溢れる魔人に見えるか?」
まあ、そうだろうとは思ったさ。
こいつが部下の仇討ちをしようなんて考えるはずがない。
黒猫の魔人も同じようなことを言っていたからな。
仲間なんてバカらしいと。
「ただまあ、ちょっとばっかムカつきはするけどな。言っちまえばあいつらは俺の“所有物”だったわけだし、自分の所有物を壊されたら腹立てんのは当たり前だろ」
「……」
……所有物。
こいつらがどうしようもない連中というのは、もう重々承知していることだが。
その台詞はさすがに聞き捨てならなかった。
「お前はシトリンも同じように、自分の所有物として縛り付けようとしているのか」
「あっ?」
オニキスは片頬を吊り上げる。
「なんだ? “物”って言い方が気に食わなかったのか? そいつは気分を害しちまって悪かったな。だが、訂正はしねえぜ」
次いで奴は刀の神器を左手で弄びながら続ける。
「あいつらは俺の所有物だった。俺の命令には絶対服従だからな。あのガキだってそうだよ。俺の所有物にして上手く使ってやる」
「……なんだと」
思わず眉間にシワが寄る。
その感情を逆撫でするように、オニキスは不気味な笑みを向けてきた。
「力で屈服させて、命令には絶対に従わせるようにする。それが俺たち魔人にとっての仲間だ。魔人同士に絆なんてものはありはしねえ。つーか、人間だってそうだろうがよ」
「……どういう意味だ?」
「どうせてめえは、“仲間”だの“絆”だのそんな言葉を使って着飾ってんだろうが、てめえが囲ってる仲間ってやつも結局はただの所有物じゃねえか。言い方を変えて縛り付けてるだけだろ。都合が良いから傍に置いてるだけじゃねえか」
オニキスのその言葉に、僕は密かに奥歯を噛み締める。
安い挑発だ。頭ではそう思っているはずなのに……
僕の心は火がついたように、熱を持ち始めた。
「その言葉を偽ってるかいないか、俺とてめえの違いなんてたったそれだけだ。なのに偉そうに説教しようとしてんじゃねえぞクソガキ」
「……」
我知らず僕の脳裏には、銀髪を靡かせる少女の姿がよぎった。
人見知りで臆病で、でも盾を持つ背中姿は何よりも頼もしくて。
最近は僕に対して心を開いてきて、たまに悪戯なことを言って困らせてくる、パーティーメンバーのダイヤ。
そんな彼女を、都合が良いから傍に置いていた?
そう言われて、これまで過ごしてきたダイヤとの思い出を、全否定された気になった。
確かに僕は、相性がいいからという理由でダイヤをパーティーに誘った。
しかし実際は、もっと彼女と一緒にいたいという気恥ずかしい理由が一番で、都合の良さはあくまでそれを隠すための建前だ。
ましてや自分の所有物なんて思ったことは一度もない。
その証拠にダイヤは……
『仲間だからに決まってますよ』
シトリンをギルド本部に連れて行くとなった時、何も言わずに僕について来てくれた。
理由を尋ねた時、笑顔でそう答えてくれた。
ただの所有物なら、何も言わずについて来てくれるはずがない。
それなのに……
「……お前は何もわかってない。僕は仲間を力で支配しているわけじゃないし、自分の命令に従わせるようにもしていない。お互いに自分の考えを貫いて、自分の意思で一緒にいるんだ。お前の所有物と僕の仲間を一緒にするな」
怒りを募らせるのと同時に、この魔人に負けられない理由がまた一つできた。
「絶対にお前に、シトリンを渡したりしない! 今ここでお前を倒す!」
僕は黒炎を纏った魔剣を構えて、今一度オニキスに斬りかかっていった。




