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【さびついた剣】を試しに強化してみたら、とんでもない魔剣に化けました  作者: 万野みずき
第二章

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第六十九話 「治癒師」

 

「随分と探したぜシトリン。かくれんぼはもう終わりだ。いや、かくれんぼじゃなくて鬼事、か」


 と、鬼のような魔人が不敵な笑みと共に言う。

 その笑顔を見せられたせいで、シトリンはますます身が竦んでしまった。

 この男の顔や声が、シトリンは心底嫌いだ。

 本当に、もう二度と会いたくないと思っていたほどに。


「驚いただろ? あんなとんでもねえ能力を持った魔人がいるなんてな。あれなら一瞬でてめえをこの場所まで連れてくることができる。ついでに、もうどこに逃げても無駄だってこともわかってもらえたか?」


 先刻のクォーツと呼んでいた魔人のことだと、シトリンはすぐに悟った。

 確かにあの能力から逃がれるのは至難の業だ。

 そもそも以前、この男から逃げることができたのだって奇跡みたいなものなのだ。

 そこに悪運が重なるように現れた新たな魔人。

 まさに、鬼に金棒。

 こいつから逃げることはもはや不可能だと言い切れる。

 この男は、いつも自分の元に絶望を運んでくるのだ。


(こいつさえ、いなければ……)


 自分は絶望を知らずに、静かに暮らすことができていたのに。

 シトリンは以前、この場所で暮らしていた。

 黒曜山は不快な焦げ臭ささえ無視してしまえば、他の生き物がいなくて争いのない、穏やかな場所だった。

 半端に住みづらい分、他の魔人や冒険者がやって来ることもなかったので、非力で温厚なシトリンにとってはまさに聖地だったと言える。

 しかしある日、『オニキス・レギオン』がやって来た。

 そして、『オニキス・レギオン』が来たその日から、シトリンのすべてが狂い始めた。


「んなに固い顔すんなって。別に難しいことしてもらおうってわけじゃねえんだからよ。てめえも知っての通り、話はチョー簡単だ」


 オニキスは不敵な笑みを絶やすことなく、シトリンの立つ場所へと近づいてくる。

 そして目前まで接近すると、奴は腕のない右袖をこちらに見せつけるように、だらしなく揺らした。


「俺の右腕を治せ、シトリン」


「……」

 

 以前とまったく同じ命令。

 こちらの意思なんて意にも介さない様子で、淡々と命じてくるのも変わらない。

 オニキスが考えていることは、常に己のことだけなのだ。

 対してシトリンも、返す答えは以前とまったく変わらないものだった。

 この男の腕なんて治したくない。いや、それ以前に……


「私に、そんな力はない。何度も言ってるでしょ」


 シトリンの神器は、魔人の持つ神器にしては珍しく治癒能力が備わっている。

 しかし治せる怪我といったら擦り傷程度のもので、失われた手足を生やすなんて逆立ちしても不可能だ。

 だから治せない。こんな奴の腕を治したくないというのもそうだが、それ以前に能力が足りていないのだ。

 ということを、何度もこいつには言ってある。

 対してオニキスも、事あるごとにシトリンにこう返すのだった。


「てめえの神器にそれだけの力がねえのはとっくに知ってるっつーの。だから神器を成長させるために、“大量の人間を殺せ”って何度も言ってんじゃねえか」


 呆れるように言うオニキスに、シトリンは逆に呆れ果てたい気分になった。

 人間を殺せば神器を成長させることができる。

 端的に言えば神器レベルを上げることができるからだ。

 そうすれば、今は未熟なシトリンの神器でも、いずれは手足を生やすことができるくらいの治癒神器に覚醒するかもしれない。

 そう期待を寄せて、オニキスはシトリンに“人を殺せ”と命じてくるけれど、それこそ『自分にはそんな力はない』と言い返したかった。

 なぜなら……


「私の神器は、怪我を治せるだけ。人を殺せる力なんて、まったくないの」


 これも何度もこいつには説明してきた。

 自分の無力な神器で、いったいどうやって人を殺して成長すればいいというのだろうか?

 そう怪訝そうにするシトリンを見て、オニキスは何かを思い出したように声を上げた。


「おっと、そういやてめえにはまだ説明してなかったな。最近思い付いた名案があんだよ。おいクロヘビ、そのガキ連れてこい」


「はい、オニキス様」


 オニキスの側近の、蛇のような姿をした女魔人が、シトリンの腕を掴んで引っ張ってきた。

 いったいどこに連れて行かれるのかと不安に思ったが、今さら足掻いても仕方がないと悟る。

 シトリンは諦めたようにオニキスの先導に従い、女魔人に腕を引かれながら洞窟の奥へと進んでいった。

 やがて辿り着いた場所は、先刻の広場よりもさらに大きくて、暗闇の満ちた空間だった。

 さすがに何も見えないくらい暗かったので、側近の蛇魔人が壁のランプを灯していく。

 すると不明瞭だった視界が照らされていき、信じがたい光景がシトリンの目に飛び込んできた。


「――っ!?」


 シトリンがそこで見たものは、地面で悶える、“傷だらけの人間たち”だった。

 数はおよそ三十。

 全員が体のどこかに深傷を負い、ろくに動くことができない状態になっていた。

 シトリンは遅れて気が付く。この空間に充満した血の臭いと、悲痛な呻き声に。

 突然見せつけられた惨状に、シトリンは言葉を失った。


「さーて、こいつらはいったいなんでしょーか?」


「……」


 知るはずもない。知りたくもない。

 問いかけに対して返答する余裕すら失っていると、オニキスが楽しげな声音で答えを言った。


「正解は……クォーツが攫ってきた冒険者たちでした―!」


「ぼう……けんしゃ……?」


 ここに倒れている全員が冒険者?

 三十人近くもの冒険者を、この場所に攫ってきたというのだろうか?

 その時ふと、シトリンはある事件について思い出した。

 冒険者誘拐の事件。

 ギルドではその事件について、何か知らないかと事情聴取をされた。

 さらにラストとダイヤがその事件について話しているのも傍で聞いていた。

 冒険者が何者かに誘拐されているという事件。

 被害者の数は三十人近くになったという。

 そう、三十人。

 ここに倒れている冒険者の数と、偶然にも一致する。

 おまけにオニキスは今、『クォーツが攫ってきた冒険者たち』と確かに口にした。

 誘拐事件の犯人は、『オニキス・レギオン』だったのだ。


「どうして、こんなことを……?」


 知らず知らずのうちに掠れた声が漏れる。

 するとオニキスは、シトリンの反応を面白がるように、さらにからかうような声音で答えた。


「理由は二つ。一つは治癒系神器の使い手を探すため。冒険者どもの中に腕を生やせる位の治癒師がいれば、そいつに腕を治させればいいからな」


 オニキスの目的は、端的に言えば自身の右腕を治すこと。

 そのためにシトリンの治癒能力を欲しがっているが、それは別にシトリンでなくてはならないというわけではない。

 他に凄腕の治癒師を見つけ出して治させればいいからである。

 そして優秀な治癒師を探すために冒険者を狙ったのも聡明と言える。

 治癒系の神器は基本的に、シトリンという例外を除けば“人間”にしか授けられない。

 そして人間の中でも特に神器を成長させている者たちと言えば、それは『冒険者』だ。

 だから冒険者の中から治癒師を探せば、自ずと優秀な治癒師にも遭遇しやすくなるということである。

 未熟なシトリンを追いかけ回すより断然利口的だ。

 しかしオニキスは残念そうに肩を落とした。


「けど、やっぱ治癒系の神器ってのは相当珍しいみたいでな、こんだけ攫ってきてもろくな治癒師を見つけられなかったんだよ。いたとしても、てめえと変わらねえくらいのへっぽこ治癒師とかだしな。マジで肩透かしだったぜ。……ただまあ、そいつはあくまで想定の範囲内。真の狙いはもう一つの理由にある」


 もう一つの理由?

 シトリンはほのかに悪い予感を胸の内に抱いた。

 そしてオニキスは、その予感が正しいと言うように、不気味な笑みをたたえた。


「冒険者を攫った真の理由は、“材料集め”のためだ」


「材料、集め……?」


「こいつらの中に治癒師がいれば一番楽だったが、別にいなくても問題はねえんだ。こいつらは貴重な“材料”になるからな」


 材料。

 さっきからオニキスが何を言っているのか、シトリンは理解ができなかった。

 否、理解したくなかったのだ。

 悪い予感がさらに膨れ上がる。

 そうやって呆然とするシトリンに、オニキスは悍ましい笑みを向け、低い声で囁いた。


「てめえが殺せ、こいつらを」


「えっ……」


「てめえがここにいる冒険者どもをぶっ殺して、神器を成長させればいいんだよ。それなら別にこの中に治癒師がいなくても問題はねえ。どの道てめえの神器を成長させるための材料にすればいいからな。どうだ、一石二鳥の作戦だろ?」


 自分が殺す。ここにいる冒険者たちを。 

 きっとそう言われるだろうと、シトリンは悪い予想を立てていた。

 自分に人間を殺す力がないのだとしたら、オニキスはそれに合わせて効率的な作戦を立ててくるはずだと。

 するとオニキスは、得意げな様子でその作戦を語り始めた。


「魔人が神器を強化するには、人間をぶっ殺す以外に方法はねえ。けどこれは逆に利点でもある」


「……利点?」


「人間が神器を強化するには、魔族と“戦わなきゃ”ならねえそうだ。『祝福(チャリティ)』――つまりは『経験値』をくれる神に、“魔族と戦った”と認められなきゃ、神器を強くしてもらえねえんだとよ。けど魔人の場合は、ただ人間を“殺す”だけだ」


 よく、神器を成長させる方法は、魔人でも人間でもまったく同じものだと思われている。

 しかし実際の方式はまったく異なっていて、人間の場合は魔族と戦わなければならない。

 そして魔人の場合は、人間を殺さなければならないのだ。

 “戦う”のと“殺す”。この二つは同じようでいて、その実まるで違う。


「人間側の神様ってのは随分と“お利口ちゃん”みたいでな、ちゃんと魔族と戦わねえと祝福(チャリティ)をくれねえんだとよ。んで、逆に俺ら魔人側の邪神様はかなり“いい加減”でな、弱った人間に止めを刺すだけで祝福(チャリティ)をくれる。いい加減っつーかテキトーな神様だよな」


 おどけたように言うオニキスに、シトリンは不覚にも同感してしまった。

 確かに人間側の神様は誠実で、魔人側の邪神様は不誠実のように思える。

 邪神様は戦闘における過程を重んじることなく、結果だけを見て祝福(チャリティ)を与えてくれるのだから。

 その点、相手を殺めたか否かに関わらず、戦闘内容によって祝福(チャリティ)を与えてくれる人間側の神様は、下界をよく見てくれているということだ。

 そしてオニキスは、邪神様のその不誠実さを悪用することを思いついたようだ。


「つまりだ、てめえがここにいる瀕死の冒険者どもに止めを刺していけば(・・・・・・・・・)、それだけでてめえの神器はどんどん強くなるってことだよ。こんだけの冒険者を殺れば、さすがにてめえのゴミ神器でも少しはマシになるだろうよ。それこそ、失った手足を元に戻せるくらいにな」


 だから、シトリンに人間を殺す力がないとしても、そんなの関係のないことだったのだ。

 オニキスの余裕の笑みの意味を、遅まきながら悟る。

 さすがのシトリンでも、瀕死になった冒険者相手ならば神器なしでも殺めることはできるだろうから。

 しかしそれは事実上可能というだけで、気持ちがそれに追いつくとは限らない。


「……そんなこと、私にはできない」


「なーに甘ったれたこと言ってんだよ。魔人が人間を殺すなんざ当たり前のことだろうが。それにてめえも散々冒険者どもに殺されかけたんだろ? 逆にぶっ殺してやろうとは思わねえのか?」


 思わない。

 冒険者たちに追い回されて、危うく殺される寸前まで行ったのは事実だが、それで復讐しようとはどうしても思えなかった。

 シトリンが躊躇うように顔を伏せていると、その姿が癪に障ったのか、オニキスがわざと音を立てるように舌を打った。


「いいからさっさと殺れよオイ。そのクソ神器のままじゃ俺の腕を治せねえだろうが。いい加減利き手がねえのはチョー不便なんだからよォ。それにてめえだって神器の強化ができるし、互いに良いこと尽くめじゃねえか」


 別にそんなことを頼んだ覚えはない。

 人間を殺してまで神器を成長させようなんて、シトリンは考えたことすらないのだ。

 それでもオニキスは、一層声を張り上げて、まるで脅しを掛けるように続けた。


「それともなんだァ!? てめえもあいつと同じ目に遭いてえっていうのか!? てめえの“兄貴”と同じ目によォ」


「……」


 自ずと、シトリンの全身が石のように強張る。

 同時に、彼女の脳裏には、一人の魔人の姿が浮かび上がった。

 魔人とは思えないほど優しく、柔和な笑みが印象的だった、温かいあの人のことを。


『僕は、人間さんが大好きなんだ』


 かつてシトリンが“兄”と慕っていた魔人の口癖が、知らず知らずのうちに脳内で響いた。

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