第六十五話 「一瞬」
見るからにシトリンの様子はおかしかった。
まるで目の前の魔人連中を恐れているように、小さな体を震わせている。
魔人という存在そのものに怯えているのだろうか?
他の魔人に迫害されたという経験があるようなので、魔人を警戒するのは当然だろうけど、それにしては反応が過剰に思える。
どちらかと言えば、奴らの顔を見知っているような……
「てっきり上級冒険者が大勢で護衛してるかと思ったが、まさかガキ二人だけにお守りをさせてるなんてな。こんな人数いらなかったかもしれねえな」
ワニ魔人のその呟きに、ますます疑問符が重なる。
シトリンに用事があるように見える。
これだけの数の魔人を引き連れて、いったい何を企んでいるのだろうか?
「お前たちはいったい何なんだ。シトリンに何の用がある」
【さびついた剣】を構えながら、警戒を一切怠らずに問いかける。
するとワニ魔人は、僕の神器に目を向けて、盛大な笑い声を響かせた。
「ガハハッ! 随分と威勢の良いガキだな! 今にも壊れちまいそうな神器ぶら下げといて、ここで逃げ出さねえのは大した根性だ!」
それに釣られて他の魔人たちも嘲るような笑みを浮かべる。
その程度で僕の心が逆撫でされるはずもなく、ただ黙って返答を待っていると、ワニ魔人がシトリンを見据えながら続けた。
「別にお前に話すことは何もねえよ。さっさとそこのガキを寄越しな」
「……」
その声に合わせるように、魔人たちが各々におぞましい神器を構え始める。
話を聞く耳は持っていなさそうだ。
シトリンに何の用があるのか、気になるところではあるが……
僕は端的に言葉を返した。
「『嫌だ』って言ったら……?」
「良いっつってもぶっ殺すに決まってんだろ!」
瞬間、連中は神器を振り上げてこちらに向かって来た。
すかさず僕は、【さびついた剣】を【呪われた魔剣】に進化させ、同時にダイヤを一瞥する。
「ダイヤはシトリンを!」
「は、はいっ!」
彼女が盾を構えてシトリンを庇うのを見るや、僕は魔人たちを斬るべく駆け出した。
確かに最初は驚いた。
いきなり大勢の魔人が、物騒な神器を片手に木陰から現れたのだから。
でも、落ち着いて見れば、慌てる必要はないと気が付く。
こいつら、大したことない。
もちろん、神器を持った魔人たちなので、脅威であることに違いはないが、今はこいつらに負ける気がしなかった。
そうだと思えるようになったのはきっと、少しだけ自信がついたからだ。
「おらよっ!」
まず最初に熊のような魔人が、巨大な斧を振り上げて襲い掛かって来る。
僕にはその光景が、まるで止まっているかのように見え、余裕を持って横に回避した。
振り下ろされた大斧が、盛大に空ぶって地面に叩きつけられる。
その隙に僕は、熊魔人の後方へ回り込み、がら空きの背に【呪われた魔剣】を一閃した。
……躊躇しちゃダメだ。
「はっ!」
すると、熊魔人の恵まれた巨躯に、するりと刃が貫通した。
一瞬で上半身と下半身がなき別れになる。
吠える間もなく倒された熊魔人を見て、向かって来ていた他の連中が咄嗟に足を止めた。
「な、なんだこいつ!?」
「ただのガキじゃねえ!」
その隙を見逃すほど、僕も間抜けではない。
ピタリと硬直する蜂のような魔人に、一瞬で肉薄した。
奴はぎょっとして、神器と思われる右手の巨大針を慌てて振り上げる。
が、振り上げた時にはすでに、僕は首を斬っていた。
蜂魔人は神器を振り上げたままの格好で地面に倒れる。
次に魚のような魔人の後ろまで疾走し、走った勢いのままにそいつの体を薙いだ。
同じようにして次々と魔人たちを斬っていく。
「はあっ!」
仲間がバタバタと倒れていく光景を見て、他の連中は戸惑うように目を泳がせていた。
こいつらは僕に追いつけない。
どころか目で追うこともままならないのだろう。
これが【呪われた魔剣】の真価。
敏捷の恩恵を完璧に使いこなすということなのだ。
ヘリオ君との戦いで得た成果は、思った以上に大きなものだ。
魔人相手にも充分通用している。
「調子に乗んな!」
最後に残ったワニ魔人が、ノコギリのような神器を構えて飛び出して来た。
他の魔人たちとは違い、こいつだけは辛うじて僕の動きを目で追っていた。
そして僕の攻撃の終わりに合わせるように、ノコギリの神器を振ってくる。
「……遅い」
それでも僕には、奴が隙だらけに見えた。
振られたノコギリが僕の元に届く前に、素早く魔剣を振り切る。
するとワニ魔人の右腕が、神器を持ったまま高々と舞い上がった。
「ぐ、あああ――――!!!」
ワニのような魔人は、右腕の切断面を左手で押さえて、苦痛に顔を歪ませた。
痛みのあまりか、奴は力なく地面に膝を付く。
そんなワニ魔人に対して僕は、脅しを掛けるように【呪われた魔剣】の切っ先を向けた。
まだ止めは刺さない。
こいつには聞かなければならないことがあるのだ。
とても口を割るとは思えなかったけれど、僕は声を低めて問いかけた。
「お前たちの目的はなんだ? どうしてシトリンを狙っているのか、全部話してもらうぞ」
「ぐっ……!」
怒りを滲ませた顔でこちらを見上げてくる。
やはり答える素振りはない。
それでも神器の先を向けて、返答を待ち続けていると……
やがて、どこからか――
『あぁ、その必要はないからね』
「――っ!?」
まったく別の者の声が聞こえて来た。
次の瞬間、ワニ魔人の腹部から、異形の“刃”が突き出てきた。
「ぐあっ!」
ワニ魔人は瞳を見開いて、腹部の刃に目を落とす。
まるで背中から剣で突き刺されたようなワニ魔人の姿に、僕も驚愕を禁じ得なかった。
なんだこの刃は? それに今の声はどこから聞こえたのだ?
ワニ魔人の後ろには誰もいない。
背中から剣を刺すことができる奴は、誰一人としていないはずなのに。
やがて刃が引っ込み、ワニ魔人はバタリと地面に倒れた。
そしてまたどこからか、何者かの抑揚のない声。
『上級冒険者がいると思って、君たちを先に行かせたけど、まさかたった一人の子供にやられるなんてね。悪いけど、役に立たない魔人はいらないから』
「く……そっ……!」
そしてワニ魔人は事切れたのか、全身が光の粒子となって崩れていった。
後に残されたのは、奴が持っていたノコギリの神器と、他の連中の神器だけ。
訳がわからずに固まっていると、やがて傍らにそびえる枯れ木の裏から、一つの人影が現れた。
そいつは僕から僅かに離れたところに立ち、こちらを見つめて静かに笑う。
「でもまあ、彼らを先に行かせて正解だったみたいだね」
「……」
白い子供。
最初の印象がそれだった。
肌も髪も瞳も、着ている布服も、そして右手に持っている神器と思しき武器も、すべてが新雪のように純白だ。
中性的な顔立ちをしていて性別は定かではない。童顔の男の子のようにも見えるし、幼い少女のようにも見える。
いやそれ以前に、まるで血の気のない人間離れしたその姿は、どこからどう見ても魔人そのものだ。
加えて、右手に持っている神器もまた異質。
「……鍵」
白い鍵だ。
大きな門を開くためのような鍵。
先端が刃のように鋭くなっているので、鍵のような剣だとも言える。
鍵剣の神器。
先ほどワニ魔人の腹を貫いたものと同じに見えるが、あの場所からどうやって攻撃を届かせたのだ?
いったいどんな能力が宿っているのか見当もつかない。
いや、それよりも……
「……」
何なんだ、こいつの正体不明の威圧感は?
対峙しているだけで、肌をピリピリと刺激されるようだ。
こいつがいるだけで、この場の空気全体が重たくなったような気さえする。
明らかに他の魔人たちとは別種の存在。
あまりの緊張感に全身が強張る。
「すごいね、君」
「……?」
「オニキス徒党の魔人たちを一瞬で倒しちゃうなんて。彼らも別に弱いってわけじゃなかったのにさ」
オニキス、徒党?
思わず眉を寄せてしまう。
今の魔人たちのことを言っているのだろうか?
どこかしらの徒党に所属していたのか?
という僕の疑問はそのままに、白い魔人はさらに続けた。
「まだ神器を授かって間もないだろうに、君は大した才能を持っているよ。たぶんぼくじゃ、勝つのは難しいかもしれないね。だから、目的だけ回収させてもらおうかな」
「目的……?」
再び首を傾げる僕の前で、奴は鍵剣を高々と振り上げた。
「付与魔法、【開門】」
瞬間、鍵剣の刃に“白いモヤ”がまとわりつく。
まるで冷えた氷から立ち昇る白霧のように、神器をじんわりと包み込んでいた。
すると白魔人は、その鍵剣の神器をその場で振り下ろした。
僕から十歩以上も離れた場所で、何もない空間を斬りつけるように。
そんな場所から攻撃が当たるはずもなく、空を切る音だけが虚しく鳴る。
いったい奴は何をしているのだろう?
そう疑問に思う中、奴は鍵剣を振り下ろした空間に、おもむろに左手を伸ばした。
そして……
「それじゃあもらうよ」
そう言うや、奴は左腕を引き抜く。
するとその手には、信じがたいことに、一人の少女が掴まれていた。
金色の長髪と黒ワンピースが鮮やかに映る、幼げな少女が。
「なっ――!?」
僕は咄嗟に後ろを振り向く。
同様にダイヤも驚愕した様子で後方を振り返った。
そこにいたはずのシトリンが、いつの間にかいなくなっていた。
「わ、私の後ろにいたはずなのに!?」
そうだ。今の今までシトリンは、ダイヤの後ろに隠れていた。
けれど気が付けば、シトリンは目の前の白い魔人に捕われている。
いったいどんな能力を使ったのだ?
神器に付与魔法を掛けて、鍵剣を振り落としたところまではわかった。
でも次の瞬間、刃を振り下ろした空間から、いきなりシトリンが引っ張り出されたように見えた。
目の前の景色に理解が追いつかない。
いや、わかっていることが一つだけある。
「それじゃあね、冒険者さん」
奴が言っていた“目的”というのは、“シトリン”の身柄に他ならない。
そのシトリンを、みすみす魔人に奪われてしまったのだ。
その事実に打ちのめされる僕をよそに、白魔人は再び鍵剣を振り下ろす。
すると今度は確かに見える。
鍵を振り下ろした空間に、亀裂が入ったように“歪み”が発生していた。
白魔人はその歪んだ空間に足を踏み入れる。
まるで歪みに溶け込んでいくかのように、奴の体が消えていった。
――まずい!
「くっ――!」
僕はハッとなって飛び出す。
たぶんあの歪みは、まったく別の空間に繋がっているのだ。
奴の持っている鍵剣は、言わば空間を移動することができる異質な神器。
あれを使えば、細い枯れ木の裏から大量の魔人たちを出現させることも、魔人の背中をまったく別の場所から貫くことも、後ろにいたはずのシトリンを一瞬で奪い去ることも、充分に可能。
そしておそらく、エリアの中で冒険者を消し去るようにして“誘拐”することも、簡単にできるはずだ。
もしかしたらこいつが、一連の事件の元凶やもしれない。
絶対に逃がしてたまるか!
「シトリン!」
僕は敏捷値が許す限りの速度で、シトリンの元へ走り出す。
彼女も、白魔人の腕を振り解くようにして、僅かな抵抗を見せていた。
しかし抵抗虚しく、白魔人と共に歪みへと引き摺り込まれていく。
刹那、体の半分を呑み込まれたシトリンが、泣き出しそうな顔をこちらに向けた。
「――っ!」
シトリンは、『助けて』とは言わなかった。
けれど、彼女が歪みに吸い込まれる瞬間、僕は確かに目にする。
シトリンの小さな手が、まるで助けを求めるみたいに……
真っ直ぐに、僕の手元へと伸ばされていた。
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修正報告
【神器合成】・邪神の祝福が施された神器を、強化素材として合成可能
・合成した神器の魔法とスキルを獲得
・未装備の神器に限る
・強化素材とする神器を近づけることで効果発動
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【神器合成】・邪神の祝福が施された神器を、強化素材として合成可能
・合成した神器の付与魔法を獲得
・未装備の神器に限る
・強化素材とする神器を近づけることで効果発動




