第六十四話 「噂」
翌日。
僕たちはギルド本部までの旅路を再開させた。
再び足を酷使して長い道のりを歩いていく。
森から湖へ続き、さらに次は湿地へと足を踏み入れていく。
地図によれば、次はまた深い森へと続いているらしいので、しばらくはこうした深緑的なエリアが続くことだろう。
途中で小さな村があるとのことなので、とりあえず今日はそこを目指して進むことにしよう。
上手くいけば今晩は、シトリンとダイヤを柔らかいベッドで寝かせてあげることができるかもしれない。
密かに勇んで旅路を行く中、僕はふと疑問に思ったことを口にした。
「そういえば、『冒険者誘拐』の事件って何のことだったんだろうね?」
チャームさんやその他の人たちが口々にしていた『冒険者誘拐』の事件。
度々話題になっていたけれど、その実詳細はまるで知らない。
あれって結局どういうことだったんだろう?
旅路の最中の他愛のない会話のつもりで話題にしてみると、ダイヤが予想外の返答をしてきた。
「あっ、私その事件についてちょっとだけ調べましたよ」
「えっ、そうなの? いつ?」
「ラストさんが謹慎で宿屋に閉じこもってる午前中に。私もちょっとだけ気になってましたし、何より他にやることもなかったので」
……なるほど。
他にやることがなかったというのはともかく、ダイヤがこの事件を気にするのは思えば当然だ。
繰り返すようだが、ダイヤが冒険者を志したのは、行方不明になったお父さんとお母さんを探すため。
そして両親とも冒険者だったらしい。
となれば、少しでも関連のありそうな事件は積極的に調べるはず。
冒険者ならたくさんの情報を得られるし、冒険者だけに開示されている秘匿事項も閲覧が可能だから。
「事件そのものは、前にチャームさんから聞いた『冒険者が行方不明になっている』という事件と同じものらしいですよ。どうもその事件の犯人が“魔人”で、冒険者たちを拐っているという可能性が濃厚のようです」
「“行方不明”じゃなくて“誘拐”ね。何かその根拠とかがあるの?」
「具体的な証拠があるわけじゃないらしいですけど、冒険者が行方不明になる直前に『魔人の姿を見た』という目撃情報がちらほらとあるみたいです。だから魔人が誘拐しているんじゃないかと噂されているそうですよ。その手口とかはさっぱりらしいですけど」
「……なるほどね」
確かチャームさんの話によれば、行方不明になった冒険者はエリアに行ったきり帰って来ないのだという。
ならもしかしたら、魔人はエリアの中にいる冒険者を狙って誘拐しているのかもしれない。
エリアの中ならば、冒険者を連れ去ることも容易いだろうから。
町とは違って他の冒険者たちも近くにいないし、魔物と戦っている隙を突くことも可能だから。
他の目撃者がその場にいて、手口とかがさっぱりわからないというのは謎だけど、エリアの中で魔人に拐われているというのは充分あり得る話だ。
「結構大きくなりつつある事件みたいで、行方不明になった冒険者さんは合計で三十人近くになるとか」
「さ、三十人も!? 銅級や銀級の冒険者だけじゃなくて、手練の金級までいるって話なのに……」
「はい。ですからギルドもその事件を危険視するようになって、白級以上の冒険者たちに調査の依頼を出し始めたそうです」
三十人の行方不明者。
あまりにも多すぎる。
チャームさんの見立てでは、依頼達成を諦めた冒険者たちが勝手に姿をくらませたという話だったけれど、さすがに三十人も失踪したとなると事件性を疑ってしまう。
加えて魔人の目撃情報まで出てくれば、ギルドだって動かざるを得ない。
ヘリオ君が『冒険者誘拐』の事件を追っていたのも、きっとギルドから依頼を託されたからだろう。
近々ミルクロンドの冒険者ギルドにも調査の依頼が回ってくるかもしれないな。
なんて呑気なことを考えていると、続くダイヤの言葉に耳を疑った。
「噂によれば、あの『勇者パーティー』――『勇名な女子会』さんも、この事件の調査に乗り出しているとか」
「えっ……」
勇者パーティー?
それってあの、『勇者パールティ』が率いている最有力パーティーのこと?
祝福の儀の後に、ルビィが加入したあの冒険者パーティー?
自ずと、三年前のことが脳裏をよぎる。
『貴様は冒険者にはなれない。無理をして戦えば確実に魔人や魔物の餌食になる』
今でも鮮明に覚えている。
祝福の儀の直後に、現最強の冒険者から掛けられた容赦ない一言を。
憧れていた英雄に夢を否定されれば、嫌でも頭に染み付いてしまう。
腰まで伸びる白色の髪。同じく透き通るように真っ白な肌。そして氷のように冷たいあの表情。
あの時に見た『勇者』の姿は、今でも忘れられない。
その勇者パールティの率いる勇者パーティーが、今回の事件を調査している?
それじゃあもしかして、ルビィも……
僕は赤い長髪を靡かせる幼馴染の背中を思い出しながら、なるべく動揺を表に出さずに尋ねた。
「な、なんで、勇者パーティーみたいなすごいパーティーも、その事件を調べているんだろう?」
「さあ、それは詳しくはわかりません。まあ、重大な事件になっているみたいですし、勇者パーティーにも調査依頼があったんじゃないですか?」
まあ、そうと考えるのが妥当だろう。
しかしそれにしては、なんだか対応が過剰にも思える。
勇者パーティーと言えば現存している冒険者パーティーの中で最強と謳われている。
請け負う依頼は凶悪な魔人の討伐や、背教者の捕縛が主だと聞いているんだけど。
いくら『冒険者誘拐』の事件が危険視されているからって、勇者パーティーの出番が早すぎるんじゃないのか?
それとも、何か別の理由で動いているとか?
「……」
まあ、ここでいくら考えを巡らせたところで答えはわからない。
何にしても僕たちはまず、シトリンの件を決着させなくてはならないのだ。
人の町での永住許可をもらって、シトリンが安全安心に暮らせるようにしてあげる。
他のことを考えるのはその後でいい。
まあ、近々ルビィには会いたいと思っていたので、シトリンの件が終わったらその事件の調査をしてみるのもいいかもしれない。
冒険者誘拐の事件を追えば、自ずと勇者パーティーにも近づけて、ルビィに会えるかもしれないしね。
三年経った今、僕はあまり顔も背格好も変わっていないけれど、ルビィはどう成長しているのだろうか。
なんて、またも呑気なことを考えていると、不意にどこからか掠れた声が聞こえてきた。
「ガハハッ、マジでこんな場所にいやがったぜ!」
「――っ!?」
咄嗟に僕は背中の【さびついた剣】に手を伸ばし、ダイヤとシトリンを庇うように身構える。
そして声のした方に目をやると、そこには一本の枯れ木が立っていた。
湿地の至る所に生えている、何の変哲もないくたびれた枯れ木。
するとその後ろから、何者かが姿を現した。
一見は“背の高い大男”に見える。しかしよくよく目を凝らすと、普通の人間ではないことが瞭然とした。
緑色の鱗に覆われた大きな体。前に伸びる長い顔。くっきりと見開かれた赤い瞳。
一言で表現するならばワニ人間。
いや、人間ではない。明らかに魔人だ。
なんでこんなところに魔人がいるんだ?
と、思っていると……
「なっ――!?」
ワニ魔人に次いで、続々と枯れ木の裏から“魔人たち”が姿を現した。
灰色の肌と長い角が特徴的なサイのような魔人。
黄色と黒の横ジマの肌と、真っ黒な瞳が恐ろしく見える蜂のような魔人。
他にも魚に似た魔人や熊のような魔人、花の姿をした魔人もいる。
総勢で十二人。それぞれが見た目のおぞましい神器を片手に、薄ら笑みを浮かべて僕たちを見ている。
なんなんだこいつら?
木陰からいきなり現れたぞ。
ずっと隠れていたのか? この大人数が? あの細い枯れ木の後ろに?
そんなの絶対にあり得ない。
それに、疑問はそれだけではない。
僕は、後ろで驚愕しているダイヤを一瞥し、密かに眉を寄せる。
どうしてダイヤの“直感”で、奴らを感知できなかったのだ?
ダイヤの直感は絶対のものではないけれど、さすがにこの人数の魔人が潜んでいたとしたら、ダイヤならきっと勘付くはず。
いやダイヤでなくても、僕だって少しくらいの気配なら嗅ぎ取れていて不思議はない。
話に夢中になっていて気が付かなかったのか? そこまで気を抜いていたつもりはなかったんだけど。
ともあれ、僕はいつでも応戦できるように【さびついた剣】を抜き、連中に切っ先を向けながら問いかけた。
「誰だお前たち」
このエリアを根城にしている魔人集団……にしてはなんだか妙だ。
明らかに僕たちに用があって出てきたように見える。
それにいきなり襲い掛かってこないところもかなり不自然だ。
そう思って試しに尋ねてみると、最初に出てきたワニ魔人が大きな口を開いた。
「そりゃこっちの台詞だ。てめえらこそ何者だよ。俺らが用事あんのは、後ろで震えてる“ガキ”一人だけなんだけどな」
「えっ?」
僕は反射的に後ろを振り向く。
そこには、驚いた様子で立ち尽くしているダイヤと……
「……シトリン?」
全身を震わせて、青ざめた顔をするシトリンがいた。




