第六十二話 「旅路」
魔人の少女をギルド本部まで連れていくと決めた後。
当の少女はチャームさんに連れられて、僕たちの前にやってきた。
およそ一日ぶりの再会である。
初めて見た時にも思った綺麗な顔立ち。
金色の長髪も目を引き、黒いワンピースも華やかに映る。
だがそれ以上に特徴的なのは、やはり頭の角だけれど、今は混乱を防ぐためかフードで隠されている。
逆に、鎖や縄で縛られていないところを見ると、一応このギルド内では安全な存在だと認められているらしい。
でも一歩ここを出れば、そういうわけにもいかない。
そのために僕とダイヤは少女の動向に注意し、ギルド本部まで何事もなく連れて行かなければならないのだ。
ちなみに、もし彼女が逃げ出したり、僕が故意に逃がしたりしたら、その時こそ僕に相応の罰が科せられるらしい。
加えて少女も討伐対象になり、冒険者たちに討伐依頼が言い渡されるようだ。
そうならないように確実にギルド本部……もとい『クリアランド』の町まで連れて行こう。
とりあえず少女が逃げ出す様子も無さそうだし、後は道中のトラブルにだけ注意するだけだ。
というわけで、いよいよ出発である。
「行ってらっしゃいなのです〜」
チャームさんのそんな声を背中に受けながら、僕たちはギルドを後にした。
そして北方にあるクリアランドに向けて、町の北門へと歩き始める。
「あの、ラストさん」
「んっ? なに?」
「馬車とか使わなくていいんですか? 冒険者手帳を見せれば割引してくれるところもありそうなのに」
馬車乗り場ではなく、そのまま町の北門へ向かおうとすると、ダイヤが首を傾げてそう言った。
当然の疑問である。
別にお金惜しさに馬車乗り場に行かなかったわけではなく、これには明確な理由があるのだ。
「さすがに魔人の女の子を連れて馬車に乗るのはマズいかなって思ってさ。万が一同乗者に正体がバレでもしたら、大騒ぎになっちゃうし」
「あっ、それもそうですね」
いくら角を隠しているからといって、万が一のこともあり得る。
それに他の町に到着した時点で、検問に引っ掛かるという恐れもある。
クリアランドまではだいぶ遠いけれど、徒歩で目指すのが何より堅実だろう。
だから僕たちは自分たちの足で北門を抜け、クリアランドを目指して歩き始めた。
その最中、浮かない顔でついて来てくれる魔人の少女に、僕は声を掛ける。
「というわけで、歩かせちゃってごめんね」
「……別にいい」
「……」
目も合わせてくれずに、ぼそりと返されてしまった。
再会した時からずっと、彼女は口を閉ざしたままだった。
そして今のが再会後の第一声である。
これから長い旅を一緒にするというのだから、少しは打ち解けておきたいのだけれど、この調子では先行きが不安である。
そういえばこの子、冒険者のことを嫌いとか言ってたような。
その理由は定かではないけれど、だとしたら僕たちのことも好いてはいないのかもしれない。
打ち解けるのは難しい……のかな?
いやいや、諦めてたまるものか。
せっかくの長旅なんだから、少しでも楽しいものにするために、絶対に仲良くなってみせる。
「そういえば、自己紹介がまだだったよね。僕の名前はラスト。ラスト・ストーンっていうんだ。で、こっちはダイヤ。話は聞いてると思うけど、これから君をギルド本部っていう所まで案内するからさ、これから宜しくね」
「……宜しく」
またも短い返答。
少女との心の距離は遠ざかっていくばかりである。
もしかして、今さらなんだけど、僕が助けたのは迷惑だったのかな?
本当は人の町での永住なんて望んでなくて、さっさとエリアに帰りたいとか思ってるんじゃ……
うん、充分あり得る。今は逃げ出す機会がないだけで、それを窺っているだけなのかも。
旅をする中で本心を聞き出せれば一番いいんだけど、果たしてそれができるかどうか。
「も、もしよかったらなんだけど、君の名前も教えてくれないかな?」
少しでも親しくなるために、僕は少女に声を掛け続ける。
果たして名前なんてあるのだろうか? そもそも魔人は誰から名前を授かるのだろうか?
なんて今さらの疑問を抱きながら問いかけてみると、少女は伏せていた顔を少し上げ、僕を横目に見ながら答えてくれた。
「……シトリン」
「シトリン?」
「シトリン・トリート。それが私の名前」
「……」
僕は驚きのあまり、つい言葉を失ってしまった。
別に、魔人に名前があること自体に驚いたわけではない。
正直に名前を教えてくれたことに、思った以上に感動してしまったのだ。
烏滸がましいことに、これだけで心の距離が少し縮まったとも思ってしまった。
そして思わず、唇に馴染ませるように、彼女の名前を何度か口ずさんでしまった。
「シトリン、シトリンか。うん、可愛い名前だね。すごくピッタリだと思うよ」
「……」
こちらも正直にそう伝えると、なぜかシトリンは顔を逸らしてしまった。
せっかく目が合ったというのに。
僕、何か気に障るようなことでも言っちゃったかな?
密かにしょんぼりしていると、遅まきながら、“森”の入口に差し掛かっていることに気が付いた。
確かここも危険域だったはず。
シトリンと仲良くなることも重要なことだけど、それ以上に周囲を警戒しながら進むようにしよう。
改めて気を引き締めながら森の中に入ると、僕はふとある疑問を抱いた。
「あっ、ところで、黒曜山ってどういう場所だったの?」
「えっ?」
「シトリンが前にそのエリアにいたって聞いたからさ、どんな場所だったんだろうって思って……」
旅路の退屈を紛らわせる他愛ない雑談。
のつもりで尋ねてみたんだけれど、どういうわけかシトリンはものすごく驚いたような顔をした。
それだけではなく、心なしか体が震えているような気もする。
これまた、何か都合の良くないことを聞いてしまっただろうか?
そう危惧する中、シトリンは途切れ途切れだが、僕の質問に答えてくれた。
「……焦げ臭い、場所」
「焦げ臭い?」
「いつも、何か燃えてて、黒焦げてる場所」
「……?」
あまりピンと来ない表現だった。
いつも何か燃えていて、焦げ臭いエリア。
四六時中、大地そのものが燃え盛っている『火炎漠』というエリアがあるのは聞いたことがあるけれど、それと似た性質のエリアだろうか?
もしそうなら……
「そこでずっと暮らしてたんだよね? 住みづらくなかったの? それに、他の魔人に迫害されたって……」
ついつい余計なことまで聞いてしまう。
同じ種族の魔人に迫害された出来事なんて、この子にとってはすごく苦しい過去のはず。
それを思い出させてしまうような問いかけをしてしまったため、僕は咄嗟に話題を逸らそうとするけれど、時すでに遅かった。
シトリンは、心なしか怒りを覚えるように険しい顔をして、ぎゅっと拳を握りしめていた。
「あそこは……あそこには……」
思った以上に過敏な反応。
他の魔人からエリアを追い出されただけにしては、少し反応がおかしい気がする。
いったい黒曜山で何があったのだろう?
心優しいシトリンが怒りを覚えるほどの出来事。それはすごく気になったけれど、僕の口からはとても聞くことができなかった。
「ラストさん!」
「――っ!?」
突然後方からダイヤの声が聞こえて、僕はハッと我に返った。
そしてすかさず前方を注視すると、奥に見える茂みから二つの“人影”が飛び出して来た。
それは人……ではなく、“骸骨型”の魔物だった。
右腕の骨が鋭く砥がれた刃のようになっていて、逆に左腕の骨は楕円を描くように分厚く広がっている。
右手に剣、左手に盾を装備した剣士のようだ。
僕の記憶が正しければ、確かこの魔物の名前は『スカルフェンサー』。
「カカッ!」
「カカカッ!」
まるで歯を音高く打ち合わせるような声を上げて、そいつらは襲い掛かって来た。
骸骨の姿をした魔物が、刃を振り上げて飛び掛かってくる。
しかしダイヤの声掛けのおかげで、僕はいち早く構えを取ることができていた。
慌てることなく、背中に手を走らせる。
「はっ!」
そして【さびついた剣】を引き抜くと同時に、すかさず【呪われた魔剣】に進化させた。
ぞわっと鳥肌が立つように神器の恩恵が全身に巡る。
瞬間、僕はスカルフェンサーの一匹に斬り掛かった。
「カッ――?」
まだ奴は、刃を振り上げている途中だった。
決して鈍い動きというわけではないのだが、僕はその一瞬の内に間合いを詰め、ガラ空きになっている腹部を水平に薙いだ。
スカルフェンサーは、完全に僕のことを見失っていた。
そして為す術もなく、上下の半身に分かれる。
「カカカッ!」
するとそれを見ていたもう一匹が、驚いたように飛び退き、刃ではなく左腕の骨盾を構えた。
幅広で分厚く、おそらく奴の魔装の中で一番の硬度を誇るだろう部位。
後退と防御。僕の剣を警戒しての行動だろう。
しかし僕はそれに構わず、またも神器を構えて骸骨戦士に肉薄した。
「しっ!」
そして【呪われた魔剣】を一閃する。
すると骨盾などないかの如く、するりと刃が通った。
僕の【呪われた魔剣】の神聖力は数字にして【500】。そこらの魔物の魔装で防げる代物ではない。
結果、先刻のスカルフェンサーと同様、目の前の一匹も上半身と下半身に分かれて地に落ちた。
「……ふぅ」
僕は即座に【呪われた魔剣】を【さびついた剣】に戻して、背中の鞘に収める。
時間にしておよそ十秒ちょっとと言ったところだろうか。
この調子なら、【呪われた魔剣】の『呪い』で力尽きるということはないだろう。
なるべく戦闘を短時間で終わらせて、『呪い』による負担を最小限にとどめる。
それに不思議と、前に比べて『呪い』の負荷が軽くなったような気もするし、これならきっと大丈夫だ。
僕の体が『呪い』に慣れてきた……ってことなのかな?
ともあれ骸骨戦士たちとの戦闘も終わったので、僕は再び先に進もうとした。
だが……
「んっ? どうしたのダイヤ?」
「あっ、いえ……」
なぜかダイヤがその場で立ち尽くして、僕のことをぼんやりと見つめていた。
どことなく驚いている様子。
なんだろう? 何か今おかしなところでもあっただろうか?
それとも、僕の顔に何か付いているとか?
「そ、その、以前と比べてなんだか、ラストさんの動きがすごくなったと言うか……」
「すごく?」
そう言われて、遅まきながら気が付く。
確かに今の戦闘は、いつもと少し違ったように思う。
魔物が奇襲を仕掛けて来た場合は、まずダイヤが僕の前に出て、敵の初撃を盾で防ぐ。
その後に僕が、余裕を持って剣で斬り掛かるというのが定石になっていた。
でも今は、ダイヤの防御なしでも敵を倒すことができた。
もちろん、最初のダイヤの声掛けがあったからこその結果だけれど、明らかに以前より、僕は速くなっている。
たぶん昨日のヘリオ君との戦いの影響だろう。
よくよく見ると、ダイヤは盾を構えて足を踏み出し掛けていた。
僕の前に出ようとしていたのだろうが、それより速く僕が敵を斬ってしまったので、行き場をなくしている。
そのことに驚いていたのか。
「あっ、実はね、昨日の戦いからなんだか、すごく調子がいいんだよ。体の使い方が少しわかったっていうかさ。それに魔剣を使ってもあんまり苦しくならないし、もしかしたら使用限界もかなり延びたのかもしれない」
「……そ、そうですか」
事情を説明してみると、ダイヤはいまだに驚いた様子でぼんやりとしていた。
そしてしばし考え込むように黙り込んでしまい、やがて事実を飲み込むようにハッと息を吐く。
するとその時……
「……?」
僕の見間違い、だろうか?
気のせいとも思えるようなほのかな翳りが、ダイヤの顔に映ったように見えた。
「それでは、どんどん先に進みましょうか。暗くなる前に、この森くらいは抜けておきたいですからね」
「う、うん。そうだね」
ダイヤの様子に、ほんの少しの違和感を抱いたが、僕は特に言及せずに先に進むことにした。




