第六十一話 「保護特区」
「保護特区? 魔人を保護する場所……みたいな感じですか?」
まんまオウム返しで首を傾げると、チャームさんはこくりと頷いた。
「まさにその通りなのですよ〜。魔人は確かに人間の敵ですけど〜、中には敵意のない魔人だって少なからずいるのです〜。まさにあの魔人ちゃんのようにですね〜。そして〜、そんな魔人たちを助けたいと思う稀有な人間も〜、少なからずいるのですよ〜」
「……」
チャームさんが意味ありげな視線でこちらを見つめてくる。
まさに、僕みたいな奴って言いたいのだろうか。
まあ別に間違っていないので否定はしないけど。
良い意味ではなく、自分がすごく稀有な人間だということはとっくに自覚している。
「そんな人たちの要望で〜、無害な魔人を駆除対象から外して〜、安全な場所に保護しようと計画されたのが〜、魔人保護特区――『幻想郷』なのです〜」
「……幻想郷」
なるほど。
無害な魔人を保護して匿ってあげる特別な場所。
そこでは人間と魔人が共存し、一切の争いが起こらないようになっている。
まさに夢のような世界。
ゆえに『幻想郷』、というわけだ。
そんな計画があったなんて、全然知らなかったな。
となると、一つ納得できることもある。
僕とダイヤは、人類の敵である魔人を庇った。しかしそれ自体を咎められることはなかった。
それはひとえに、人々の間に“無害な魔人”がいるという認識が、すでに存在しているからだ。
幻想郷が計画されたのがまさにその証明。
ということが改めてわかり、僕は密かに安心感を覚える。
自分と同じ思いを抱く人間が、少なからずこの世界のどこかにいる。
それってなんだか、とても救われたような気持ちになる。
一度でいいから、そういう人たちと話をしてみたいものだが、それは難しいことなので、せめてこれだけは聞いておこうと思った。
「その幻想郷って、いったいどこにあるんですか?」
「ありませんよ〜」
「えっ?」
「言ったじゃないですか〜。“昔の話”らしいって〜。幻想郷は確かにギルドが主導で計画しましたが〜、計画しただけで実行には移されていないのです〜。色々と反対の声が上がって〜、結局計画は白紙になってしまったそうですよ〜」
「……」
思いがけない返答を受けて、僕は呆気にとられた。
その名の如く、『幻想郷』は幻想で終わってしまったらしい。
まあ、もしそんな場所があるのなら、すでに世間的に公表されているはずだからね。
それを僕が知らないはずもない。
計画段階で白紙になってしまったのなら、世間的に知られていないのも納得できる。
「まあ〜、魔人は人類の敵ですからね〜。自分の欲望のために人を襲う魔人がいたり〜、中には人間を食べる魔人だっているのです〜。そんな魔人たちを保護して仲良くしようだなんて〜、良い反応が返ってくるはずもないですよね〜」
改めてそう言われると、また罪悪感に似た何かがこみ上げてくる。
自分が間違ったことをしてしまったのではないかという、言い知れない気持ちが。
しかしそんなことはないと言ってくれるように、チャームさんは続けた。
「ただ〜、今回の魔人ちゃんのように〜、害意がない魔人だって確かにいるのです〜。幻想郷計画のこともありますので〜、直接ギルド長に魔人ちゃんを見てもらえば〜、もしかしたら人の町での“永住許可”が下りる可能性があるかもですよ〜」
「……だから、あの子を連れてギルド本部に?」
チャームさんはピンク色の髪を揺らしながら、こくこくと頷いてくれた。
確かに、幻想郷が一度でも計画されたのなら、魔人の少女を受け入れてくれる可能性も充分ある。
彼女が完全に無害で、安全な存在だとわかってもらえれば、きっと永住の許可も下りるに違いない。
だから直接ギルド長にあの子を見てもらう、というわけだ。
そのためにギルド本部まであの子を連れて行くのはわかったけど……
「それって、僕が引き受けてもいいのでしょうか? 魔人の女の子を助けるために、同じ冒険者に神器を向けたっていう前科があるのに……」
そもそも、その罰を受けるために僕はギルドにやって来たつもりだ。
その処罰はいったいどうなるのだろう?
なんて疑問に思っていると、チャームさんが顎に指を添えて難しい顔をした。
「えっとですね〜、あの魔人ちゃんをギルド本部まで連れて行くこと自体が〜、言っちゃえば罰みたいなものですかね〜。助けてしまった以上は〜、最後まで面倒を見ろみたいな〜。だって〜、他に誰がこんなことやってくれると思いますか〜?」
「えっ?」
「冒険者になった人たちは〜、少なからず魔族に恨みを抱えています〜。むしろそれが理由で冒険者を志した人たちが大多数なのではないでしょうか〜? そんな冒険者たちが〜、わざわざギルド本部まで魔人ちゃんを連れて行ってくれると思いますか〜?」
「……」
あり得ない、と僕は思った。
冒険者は『魔族狩り』と呼ばれることもある。
それほどまでに冒険者と魔族には因縁があり、恨みを抱えて魔族狩りになった人たちもたくさんいるはずだ。
「でしたら〜、魔人ちゃんを助けてあげられるのは〜、もうサビサビ君しかいないのですよ〜。それとですね〜、一つ忠告しておきたいのが〜、これは冒険者としての“依頼”ではなく〜、あくまでただの“助言”なのです〜」
「助言?」
「魔人ちゃんをギルド長に見せれば〜、もしかしたら助けてあげられるかもしれないというただの助言で〜、別に強制はしないのですよ〜。冒険者依頼でもないので〜、特に報酬があるわけでもありませんし〜、もしかしたら永住許可が下りずに無駄足になるなんてことも〜、あるかもしれませんね〜」
「……」
そしてチャームさんは若干上目遣いになり、改まって問いかけてきた。
「さてさて〜、これを聞いてもまだ〜、サビサビ君はあの子を助けるために動くことができますか〜?」
チャームさんの頰にほのかな微笑が滲んでいる。
まるで、すでに答えがわかっているかのような問いかけだった。
僕の答えなんて、聞かれずとも決まっている。
「やります。やらせてください」
一も二もなくそう返すと、チャームさんは微笑を確かな笑みに変えた。
「そうですか〜。でしたら今すぐにあの魔人ちゃんを連れて来ますので〜、ここで少し待っていてくださいね〜」
そう言うや、彼女はカウンターの奥に引っ込もうとする。
おそらくギルドの部屋のどこかにあの少女を控えさせているのだろう。
その女の子を連れて来ようとしたチャームさんだったが、寸前で彼女は足を止め、思い出したようにダイヤに目を向けた。
「あっ、それと〜、銀髪ちゃんにはサビサビ君について行ってもらいたいのですよ〜」
「えっ? 私ですか?」
「魔人ちゃんを助けてあげられるのが〜、サビサビ君だけなのと同じように〜、そんなサビサビ君を助けてあげられるのは〜、きっと銀髪ちゃんしかいないと思うのですよ〜。どうかサビサビ君が無事にギルド本部まで辿り着けるように〜、手助けしてくれませんか〜? もちろんこれも依頼ではなくただの助言で〜、より厳密に言うなら私からの“お願い”ですので〜、強制はしませんけどね〜」
先ほどチャームさんが言っていた、『ダイヤにお願いしたいこと』というのはこの事だったのだ。
それを受けて、ダイヤは一瞬だけ固まってしまう。
動揺と驚きの二つを感じているように見える。
しかしすぐに彼女は硬直を解き、いつものおずおずとした返事ではなく、今回ははっきりとした声で答えた。
「はい、任せてください」
そう返すダイヤを横目に、僕は嬉しいやら申し訳ないやらといった複雑な気持ちを抱いた。
彼女にはいつも助けてもらってばっかりだ。
僕のワガママで随分と振り回してしまっている。
それでもついて来てくれる理由は、僕にはよくわからないけれど。
後でしっかりとお礼を言っておこう。
何かお詫びの品として、ダイヤの好きなものをあげるというのも悪くないかもしれない。
というわけで僕とダイヤは、ギルド本部まで魔人の少女を連れて行くことになった。
「ち、ちなみになんですけど、僕がチャームさんの助言を聞いていなかったら、あの子はどうなっていましたか?」
カウンターに引っ込み掛けているチャームさんに、興味本位でそう尋ねてみると……
「ギルド側としては〜、少しでも危険のある存在は遠ざけておきたいと思っているので〜、どこか遠いエリアにでも追い払おうと思ってましたよ〜。もしかしたら罰として〜、その依頼をサビサビ君に担当してもらっていた可能性も〜、あったかもしれませんね〜」
「……」
チャームさんは笑顔のままで、空恐ろしいことを言ってきた。
助言を聞き入れてよかったと、僕は心の底からそう思った。




