第六十話 「処遇」
一騒動あった翌日。
僕はチャームさんに言われた通り、町の中で大人しくしていた。
冒険者として依頼を受けることもなく、町で買い物などもすることなく、宿屋のベッドでじっと縮こまっている。
外出するなというわけではないので、別に買い物くらいは良いのだろうが、とても外に出るような気分ではなかった。
一応、今日の正午に冒険者ギルドに来るようにと言われているので、時間になったら外出する予定だけど、それまでは宿屋で丸くなっていたい。
「……はぁ」
昨日のことを思い出して、僕は後悔のため息を吐く。
もしかして自分は、間違えたことをしてしまったのではないか。
同じ冒険者に……幼馴染のヘリオ君に、あろうことか神器を向けてしまった。
人類の敵である魔族を庇ってしまった。
それはもはや冒険者失格どころか、人間失格なのではないか。
そんな罪悪感に駆られて悶々と考え込んでいると、いつの間にか指定の時間になっていた。
僕は重い腰を上げて宿屋を出る。
そして冒険者ギルドを目指す道すがら、例の魔人の子を思い出していた。
「あの子、どうなったんだろう……」
あの騒動の後、ギルドで身柄を預かると言って、チャームさんが連れていった。
冒険者誘拐の事件に関わっている可能性があるため、色々と事情聴取をするらしい。
拷問や尋問を受けているわけではないだろうから、別にそこまで心配することはないんだろうけど、やっぱりちょっと気になってしまう。
ちなみにヘリオ君はチャームさんに神器を渡した後、仲間の二人に連れられて町へと帰っていった。
駆けつけてきてくれた冒険者パーティーも、別の依頼があると言ってどこかへ行ってしまった。
そしてダイヤは、僕と違って魔人の女の子を庇っただけなので、特に咎められることはないそうだ。
町での待機命令も出ておらず、今日は僕と待ち合わせの予定も立てていない。
今頃何してるのかな? 一人でエリアの探索とか行ってるのかな?
昨日のペット捜索の依頼は無事に完了して、報酬金も受け取ったので、もしかしたらどこかで買い物でもしているのかもしれない。
そんなことを考えながらギルドの前まで辿り着くと、そこには驚いたことに、見慣れた少女がいた。
「あっ、遅いですよラストさん」
「……ダイヤ?」
ちょうど彼女のことを考えていたため、僕は余計面食らってしまう。
「ど、どうしてダイヤがここにいるの? 呼ばれたのは僕だけなのに」
何より僕はこれから、ヘリオ君と大喧嘩したことを咎められると思う。
ダイヤも一緒に来たら、ダイヤにまで火の粉が飛ぶかもしれない。
それなのに……
「私もあの時、魔人の女の子を庇いました。もしラストさんが罰を受けるのだとしたら、私だって同罪です」
「同罪?」
そう……なのかな?
チャームさんの口ぶりからすると、魔人の女の子に味方したこと自体は別に悪いことではなさそうだった。
本当に悪いことは、人に対して神器を向けたこと。
だからダイヤまで罰を受ける必要はないと思うんだけど……
「さっ、行きましょうラストさん」
「あっ、うん……」
ダイヤが勇んでギルドに入っていったため、僕は有無を言う暇がなかった。
仕方なくダイヤに続いてギルドに入る。
まあ、僕がどんな罰を受けるのかは定かではないけれど、ダイヤまで咎められる可能性は限りなく低いだろうな。
僕は人に神器を向けたことを咎められるのだから、きっと彼女まで罰を受けることはないと思う。
そう高を括ってギルドに入ると、さっそく受付の方にいるチャームさんと目が合った。
彼女はなぜか嬉しそうに手招きをしてきて、僕とダイヤはそれに従う。
「銀髪ちゃんも一緒だったんですか〜」
「は、はい。ラストさんと、たまたまそこで会って……」
ダイヤはいつも通り、人見知りな様子でおずおずと返答する。
どうしてここで嘘を吐くのだろう?
全然たまたまじゃなかったと思うんだけど。
そう疑問に思ったけれど、僕は特に触れずに聞き流すことにした。
「でしたらちょうど良かったのですよ〜。銀髪ちゃんにも“お願い”したいことがありましたので〜」
「お願い?」
なんだろう、ダイヤにもお願いしたいことって?
それはとても気になったけれど、とりあえず僕は自分が成すべきことについて聞いておくことにした。
「あの、それで、僕がここに呼ばれたのはどうしてなんですか?」
半ば答えがわかっていながら、僕はそう問いかける。
きっとヘリオ君と喧嘩したことに対しての罰を与えられるに違いない。
僕はどんな罰でも受ける覚悟でここに来た。
するとチャームさんは、緊張で体が強張っている僕に対して、柔らかい笑みを向けてくれた。
「それよりもまず先に〜、あの“魔人ちゃん”について〜、改めてわかったことをお伝えしたいと思います〜」
「わかったことですか?」
「とりあえずですね〜、魔人ちゃんが『冒険者誘拐』の事件に直接関与している可能性は無さそうでしたよ〜。良かったですね〜」
「そ、そうですか……」
正直、その事件の詳細をまったく知らないため、あまりピンと来ない。
ともあれあの子が何かしらの罰を受けることは無さそうなので、ひとまずは安心だ。
にしても、どうやってあの子からそういう情報を聞き出したんだろう?
なかなかに口数が少なそうな女の子だったから、話を聞き出すのは困難だったはず。
時間を掛けてゆっくりと聴取したんだろうか? それとも聴取に使えるような特殊な神器でもあるとか?
まあ、いくら考えても答えは出ないか。
「それとですね〜、どうやら魔人ちゃんは〜、『黒曜山』というエリアから七色森にやってきたそうですよ〜」
「黒曜山?」
「ここから少し東に行ったところにあるエリアなのです〜。どうやらそこで暮らしていたそうなんですが〜、他の魔人に迫害されて〜、七色森まで逃げてきたそうですよ〜。そこをさらに冒険者に駆除されそうになって〜、サビサビ君に助けられたそうなのです〜」
「……なるほど」
そんな経緯があったのか。
そうとわかると、尚更あの子に対して同情の念が湧いてくる。
冒険者だけでなく、同じ魔人にも迫害されて、相当心細い思いをしたはずだ。
自分には“居場所”がないと言っていたのも納得できる。
きっと温厚な性格ゆえに、他の獰猛な魔人とわかり合うことができなかったのだろう。
「それでここからが本題なんですけど〜、サビサビ君にはこれから〜、魔人ちゃんを連れて“ギルド本部”まで行ってもらいたいのです〜」
「ギ、ギルド本部? なんでそんなところに……?」
不意に本題をぶつけられて、僕は思わず面食らってしまう。
ギルド本部と言えば、冒険者ギルド各支部を統括している総本山だ。
『クリアランド』という世界最大の都市に施設を構えて、町に滞在している冒険者の数も一番だと言われている。
なんで魔人の少女を連れて、そんなところまで行かなければならないのだろうか?
するとチャームさんは、これみよがしに腕組みをして、悩む素振りを見せてきた。
「少しの取り調べで〜、魔人ちゃんにおおよその害意が無いのはもうわかりました〜。とは言えですね〜、さすがに魔人ちゃんを無許可で町の中に置いておくことはできないのですよ〜。そこでですね〜、ギルド本部にいるギルド長に〜、直接判断を仰ぎに行ってもらいたいのです〜」
「ギ、ギルド長……」
物凄く偉い人だ。
浅学な僕が言葉であらわせないくらい偉い人で、たぶんその人が決めた処遇なら間違いないのだろう。
僕も冒険者としてギルドに所属する以上、そのギルド長が『魔人を殺せ』と言ったなら従わざるを得ない。
そうと考えると途端に腰が引けてくる。
何より……
「町に居ていい許可なんて、本当に下りるんでしょうか?」
魔人の少女を初めて見た時の、ヘリオ君や他の冒険者たちの反応を思い出しながら、僕は不安をこぼした。
彼らがあの魔人の女の子に向けた警戒心は至極当然のものだ。
そして一般人はそれ以上に魔族に対して悪印象を抱いている。
それなのにも関わらず、魔人の少女が人の町にいることを許されるとはとても思えない。
という懸念を漏らすと、チャームさんは変わらずの笑みを浮かべて答えてくれた。
「昔の話らしいんですけど〜、どうやらギルドが主導で〜、魔人の“保護特区”を設ける計画が立てられたことがあったそうですよ〜」




