第五十九話 「責任」
ヘリオ君の視線の先にいたのは、気怠げそうに目を細めている青髪の青年だった。
冒険者パーティーが駆けつけて来てくれたことに、彼はどう関係しているのだろうか?
という疑問を抱いていると、ヘリオ君がしかめっ面で青髪の青年に言った。
「ラブラド、てめえ……」
「だ、だってしょうがないじゃんかよー。他の冒険者じゃなきゃ止められねえと思ったんだからよー」
青年は悪びれた様子でそう返す。
今の口ぶりからすると、冒険者パーティーを呼んでくれたのは彼なのだろうか?
しかし青髪の青年は先ほどから、ずっと傍らで僕たちの戦いを見守っていた。
ギルドまで行って冒険者を呼んでくる暇はなかったはず。
彼の持つ神器の能力……なのだろうか?
なんて心中で首を傾げていると、今度はもう一人の茶髪の青年が声を上げた。
「冒険者を呼んでくれって頼んだのは俺だよ。だからキレんなら俺にしろよヘリオ」
「……」
ヘリオ君は何も言わずに青年たちを睨み続ける。
他の冒険者に言いつけられたことに腹を立ててはいるが、その反面自分に非があるとも認めて口ごもっている様子だ。
そんな彼らのやり取りを見ていた男性冒険者が、不意に呆れた声を漏らした。
「まったく最近の若い子たちは、どうしてこう血の気が多いんだか」
おそらくパーティーのリーダーと思われる彼は、僕たちが戦った痕跡を見ながら、大きく肩をすくめた。
「冒険者同士が意見の食い違いで争いを始めることは珍しくない。しかしそれにしたって、君たちはあまりにもやり過ぎだ。神器まで持ち出してエリアの中で暴れるだなんて。それに神器は魔族に向けるものであって、同じ人間に向けるものじゃないぞ」
……耳が痛い。
まさしくその通りのため、僕は何も言えずにその場で立ち尽くしてしまう。
だけどヘリオ君は、その説教に対して即座に返した。
「だからそうするために、そこの雑魚を退かそうとしたんじゃねえか」
「んっ?」
男性冒険者の視線がこちらに来る。
次第にその視線は僕の後方へと移り、順にダイヤと魔人の女の子に向けられた。
そして少女の側頭部に生えている角を見た瞬間、彼は深く眉を寄せる。
「そこにいるのは、まさか魔人か?」
「――っ!」
魔人の少女はビクッと肩を揺らす。
次いで心なしか、ダイヤの盾の後ろに隠れるようにして縮こまった。
どう説明したものだろうか?
ここは正直に話した方がいい場面なのだろうが、幾分か躊躇われる。
なぜなら魔人がいるとわかった瞬間、冒険者パーティーの三人の緊張度が目に見えて跳ね上がったからだ。
冒険者が魔族を見つけた際の当然の反応。ただ、まだ確信を得ていないためか、半信半疑な視線で少女を見つめている。
ここでもしあの子の正体を明かして、彼らが総出で少女を攻撃してきたとしても、僕が文句を言える筋合いはない。
いきなりそんなことはあり得ないことではあるだろうが、しかし可能性の一つとして捨て切れない。
そのため思わず言い淀んでいると、緊張したこの場に相応しくない、間延びした声が不意に響いた。
「なるほど〜、どうやら色々と事情があるみたいですね〜」
「――っ!?」
その声の主は、冒険者パーティーの後ろからひょこっと現れた。
全身をゴスロリ服に包み込んだ幼げな少女。
脇に抱えられた愛玩人形が幼稚さに拍車を掛けている。
またも見知った人物が登場し、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「チャ、チャームさん? どうしてここに……」
「七色森で冒険者同士が争っていると聞いて〜、ちょっとだけ気になっちゃったのですよ〜。それで調査に向かう冒険者パーティーについて来たのです〜」
……なるほど。
そういえば今回の捜索依頼を用意してくれたのはチャームさんだった。
だから彼女は、僕たちが七色森にいるということを知っていた。
そこで突然、七色森で冒険者同士の喧嘩が起きていると告げられれば、気になるのは当然である。
チャームさんは冒険者パーティーの裏から歩み出てくると、僕たちの前に立ってにこりと笑った。
そして魔人の少女に目を向けて言う。
「お二人が喧嘩を始めてしまったのは〜、そこにいる魔人の女の子が理由なんですね〜」
「は、はい」
「まあ〜、だいたいの予想はつきますけど〜、サビサビ君が魔人の女の子に味方して〜、金髪君が敵対したと言ったところでしょうか〜?」
……察しが良すぎる。
すごく簡潔な答えだけど、それで間違いはなかった。
というか、改めてそう簡潔に言葉にされると、それだけの理由で争っていたという己の幼稚さに滅入ってしまう。
ワガママな子供が駄々をこねていただけと同じだ。
“金髪君”と呼ばれたヘリオ君は、さらに不機嫌そうに眉間にシワを寄せているけれど。
するとチャームさんは、ギルド職員として状況確認をしなければならないのだろうか、不意に僕たちに問いかけてきた。
「お二人の言いたいことはわかりますけど〜、理由はどうあれ〜、お二人は人に対して神器を向けてしまいました〜。それは間違いないですね〜」
「……はい」
「……」
申し訳ない気持ちで返事をした僕と、沈黙という形で頷いたヘリオ君を見て、チャームさんはさらに続ける。
「神器は魔族と戦うための武器であって〜、人を攻撃するための物ではないのです〜。もしそれに反して神器で人間を傷つけてしまった場合は〜、背教者のそれと何も変わりはないのですよ〜」
「……ご、ごめんなさい」
「となるとですね〜、当然双方に相応の罰が科せられるのですが〜、ここで一つ確認しておきたいことがあるのですよ〜」
「……なんでしょうか?」
首を傾げると、チャームさんは笑顔のまま先生のような質問をしてきた。
「先に手を出したのはどっちですか〜?」
「先に?」
「喧嘩両成敗とは言いますけど〜、先に手を出した方が悪くなるのは〜、子供の喧嘩でも大人の喧嘩でも同じことなのですよ〜。見たところお二人とも怪我はしていないようですし〜、理由も賛否両論だと思いますので〜、これは単純に先に手出しした方に非を傾けるのが当然だと考えます〜」
先にやった方が悪い。
確かに言われればそれが正しい気がする。
どちらかが一方的に相手を傷つけたわけでもないし、どちらの意見が正しいと言い切ることもできない。
僕かヘリオ君が怪我をしていて、明らかに一方的に怪我の程度がひどいのだとしたら、また話が色々とこじれるだろうけど。
これ幸いか、僕とヘリオ君は目に見えた傷を負っていない。
だとしたら今回の件は、先に攻撃した方に責任があると考えるのが妥当だろう。
「で、どっちなのですか〜?」
「そ、それは……」
答えは明白だった。
どちらが先に攻撃したか、この短い時間で忘れるわけがない。
しかしそれでも僕は、すぐに答えることができなかった。
今さらヘリオ君に臆している、というわけではない。
まあ、まだ少しは怖いと思っている部分もあるけれど、それで怯えて言い淀んでいるわけではないのだ。
喧嘩両成敗という言葉があるように、僕にも少なからずの責があると考えているからである。
と、そんな僕に対して助け舟を出したわけではないだろうが、ヘリオ君の仲間の一人が声を上げた。
「うちのヘリオがやりました」
「お、おい、後でヘリオにぶっ飛ばされんじゃねえかー?」
「別にそれでも構わねえよ。俺ら仲間なのにあいつのこと止められなかったんだぞ? ならせめてホントのこと話すくらいはしようぜ」
という仲間二人のやり取りを、ヘリオ君はただ黙って見つめていた。
告げ口をした彼らを責めることもなく、またも沈黙し、否定することは一切しない。
自分に非があると認めている、という表れなのだろうか?
するとそれを頷きと捉えたのか、チャームさんはこくりと首を縦に振った。
「でしたら金髪君には〜、とりあえず一週間の“神器剥奪”を申し渡すのですよ〜。しばらくは町の中で大人しくしていてくださいね〜」
「……それだけか?」
「もちろん後で職員会議にかけて〜、改めて処罰を決定しますけど〜、今はとりあえずそれだけでいいのです〜。何か不満でもあるのですか〜?」
「……いや」
ヘリオ君は一度眉を寄せたが、すぐに表情を元に戻した。
一週間の神器剥奪。
神器剥奪それ自体は珍しくもない刑罰だけれど、一週間という期間は確かに少し短い気がする。
理由が理由のため、情状酌量してくれたということなのだろうか?
それともヘリオ君が一切口答えなどをしなかったから?
いや、たぶんだけど、チャームさんは僕とヘリオ君の関係に薄ら気付いている。
昔からの知り合いで、少々複雑な縁があるということを。
それが今回のやり過ぎた喧嘩を招いたと考えて、罰を軽くしてくれたのかもしれない。
ていうかそもそもこれって、チャームさんが決めていいものなのだろうか?
まあ、冒険者同士のいざこざだし、ギルド職員が対応するのは当然と言えば当然なのかもしれないけど。
職員の指示に背いた場合は、今度は冒険者資格剥奪まであるだろうから、僕たちも従わざるを得ないし。
それに“とりあえず”と言っているので、職員会議というもので別の処罰が下されることもあり得るのだろう。
なんて呑気なことを考えていると、当然僕にも罰が言い渡された。
「サビサビ君にも追って“指示”を出すので〜、それまでは町の中で大人しくしていてくださいね〜」
「……は、はい」
罰ではなく指示。
その違いにどういう意味があるのか、その時は深く考えなかった。
ただ僕は、憎き相手だけれど、自分のワガママを押し通すために人間に神器を向けてしまったことを、心の中で深く反省していた。
こうして僕たちは一つの喧嘩を経て、仲直りすることなくただ関係の溝を深めたのだった。




