第五十六話 「剣と槍」
「――っ!」
僕が【呪われた魔剣】を出した瞬間、ヘリオ君は目を見張った。
同様に後ろの男二人も唖然としている。
神器の姿形が丸々変化するという未見の現象に、面食らっている様子だ。
しかしヘリオ君だけはすぐに我に返り、引き絞っていた長槍を全力で突き込んできた。
僕の神器が変化しようが知ったことではないのだろう。今の彼の頭の中にあるのは、ただ僕を黙らせるという揺るがない一心のみ。
「うらあぁぁぁ――――っ!!!」
咆哮と共に振られた槍は、恐ろしいほどの正確さで僕の左脚を突こうとしてきた。
致命傷にはならないまでも、動きを止めるだけなら充分な刺突攻撃。
軌道から考えるに、おそらく掠める程度に抑えるつもりなんだろう。
加えてよくよく見れば、僕の左脚の後方には、あの魔人の少女が立っている。
今はダイヤの盾が障壁になってくれているけれど、あわよくば後ろの少女もろとも貫こうと考えているのかもしれない。
瞬時にそこまで考えた僕は、右手の【呪われた魔剣】を右肩に担ぐように振り上げた。
そして突き出された槍の矛に、思い切り叩き下ろす。
「はあっ!」
すると上手い具合に槍の矛先と剣の刃が重なり、地面に押さえつけるように止めることができた。
柄の部分に当てた方が耐久値を削れたと思うが、槍の矛先が長いこともあり、あまりこちらに引きつけすぎると先に足を刺されていた危険がある。
よって僕は槍の先端に狙いを定めた。
【雷撃の長槍】を【呪われた魔剣】で重ねるように押さえつけているため、自然ヘリオ君と間近で顔を合わせることになる。
彼は僕に押さえられているという事実に腹を立てているのか、激しい剣幕で睨みつけてきた。
「んだよ、その神器はよぉ……! ちょっと見ねえ間にくだらねえ技でも身に付けたか……!」
「違うよ……! これが僕の神器の、本当の姿だ……!」
お互いに全開で神器に力を込める。
【呪われた魔剣】で【雷撃の長槍】を押さえつけてはいるが、やがてヘリオ君が槍を引いて後退したため逃してしまった。
今の手応えからすると、力は僅かに僕が勝っているようだ。
【呪われた魔剣】から莫大な恩恵を受けているおかげだろう。
ヘリオ君もそのことをわかっているのか、いまだに怒りに満ちた顔で僕のことを睨んでいる。
次いで彼は額に青筋を立てたまま、こちらを嘲笑うように声を漏らした。
「はっ! 珍しく噛みついてきた理由はそれかよ」
「……?」
「強い力を手に入れて自信が付いたっつーわけだ。でなきゃてめえみたいな雑魚が俺に楯突いてくるわけねえもんなぁ!」
そう言うヘリオ君の視線は、僕が持つ【呪われた魔剣】に注がれていた。
「よかったじゃねえかよ、てめえみたいな能無しでも強くなれてよぉ。けど、勘違いすんじゃねえ。てめえはただ運が良かっただけだ。神器に恵まれただけのただのカス野郎なんだよ。てめえ自身は何もしちゃいねえ」
その言葉を受け、僕は思わず疑問符を浮かべる。
どういう意味なのか瞬時に理解ができなかった。
だから言葉の意味を読み取ろうと考えていると、ヘリオ君はそこに追い討ちを掛けるようにさらに続けた。
「よかったな、"たまたま”強くなれて」
そう言うヘリオ君の視線は、明らかに僕をバカにしている感じだった。
昔から何も変わらない、羽虫を見るような侮辱した目。
そこで僕は、たまらずヘリオ君に聞き返した。
「……何が言いたいんだ」
運が良かっただけだの神器に恵まれただけだの、訳のわからないことばかり。
何より『強くなれてよかったな』なんて、僕はまだ言われる筋合いはないぞ。
僕は自分で強くなれたなんて思っていない。
僕はまだ弱い。自覚している以上に弱々しいのだ。
それなのに強くなったと言われてしまっては困惑する。
だから首を傾げて言葉の真意を問いかけてみると、ヘリオ君は顎を突き出すようにこちらを見下して答えた。
「もらいもんの力だけで調子に乗ってんじゃねえって言ってんだよ」
「……」
彼から放たれた絶大な嫌悪感を受け、僕は曖昧な台詞の意味をようやく理解した。
もらいものの力だけで調子に乗るな、か。
つまりヘリオ君はこう言いたいのだ。
神様から与えられた力だけで威張るんじゃねえと。
何の努力もせずに強い力を手に入れただけの分際で、噛みついてくるんじゃねえと。
ただ与えられた神器が強いだけで、僕自身はまったく強くなったわけじゃない。
それなのにまるでそれを自分の力のように自信に変えている僕に対して、ヘリオ君は激しく苛立っているのだ。
たまたま強くなれてよかったな、とはそういう意味だったのだ。
そうと理解した僕は、ふと顔を伏せ、三年前のことを思い出す。
【さびついた剣】を授かって夢を否定され、それでも懲りずに夢を追い続けた日々を思い返しながら、僕はヘリオ君に言った。
「確かに、君の言う通りかもしれない」
「はっ?」
「君の言う通り、僕はただ神器に恵まれただけで、まだ何の努力もしてないんだ。調子に乗るのは間違ってると思う」
そう言うと、ヘリオ君は目を見張って固まってしまった。
よもや僕が言い返してくるとは思っていなかったのだろう。
次いで僕は、右手の【呪われた魔剣】に目を落としながら、自虐的な思いで続けた。
「強い神器を手にした人が強いわけじゃない。強い神器を授かって、なおかつそれを使いこなすことができる人が本当に強いんだ。大事なのは強力な神器を授かった後、その人が何をしたか。神器を使いこなせるように努力をしなきゃ、ただの宝の持ち腐れだから」
ヘリオ君に真っ直ぐな視線を返し、僕は決意を示した。
「だから、僕は“これから”強くなるよ。今よりも、もっともっと強くなって、もらいものの力を自分のものに変えてみせる」
「……」
ヘリオ君は依然として、目を見開いて固まっていた。
僕も僕自身に対してかなりの驚きを感じている。
まさかヘリオ君に向かってこんなに言い返すことができるなんて思っていなかったから。
確かにヘリオ君の言う通り、僕は神器に恵まれただけだ。【呪われた魔剣】は強力な神器で、僕自身はまだ何もしていない。
ただ三年間、叶うかもわからない夢を追い続けて、最弱の神器を振り回していただけに過ぎないのだから。
だから、僕はこれから強くなる。
もらいものの力を自分のものにできるように、もっともっと努力を重ねていく。
『たまたま強くなれてよかったな』、と言ったヘリオ君の台詞を否定するように。
遠回しにそう伝えると、ヘリオ君はいまだに驚いた様子で佇んでいた。
しかしやがて彼は、不意に目を伏せて、僅かに肩を揺らす。
「は、ははっ……」
微かに笑い声を漏らしたかと思うと、ヘリオ君はすぐに怒りを滲ませた顔を上げて笑った。
「はははっ! マジで調子に乗ってるみてえだなクソラスト! 俺に意見するようになるたぁ随分と偉くなったもんだな!」
それを聞いて、僕以外の人たちは意味をわかりかねて眉を寄せた。
確かにこれは、僕とヘリオ君にしかわからない。
僕がヘリオ君に言い返すなんて、本当に信じがたいことだから。
昔の僕が見ていたら、きっと驚きのあまり卒倒していたに違いない。
でも今は、こうして言い返すことができるようになっている。
それはたぶん、ヘリオ君の言う通り、今は右手に強力な神器があるからかもしれない。
加えて後ろには、とても頼もしい仲間がいるから。
しばし笑い声を漏らしたヘリオ君は、やがて額に手を当てて空を仰いだ。
「けどまあ、てめえもよくわかってんじゃねえか。重要なのは強力な神器を授かった後、そいつが何をしたかだ。その人間が何をしたかによって、神器は強力な武器にもガラクタにもなり得る。だから、今ここで証明してやるよ……」
言いかけたヘリオ君が、突然、長槍を構えて地を蹴った。
「てめえの持ってるそれが、"ただのガラクタ”ってことをなッ!!!」
怒声を上げながら飛びかかってくるヘリオ君を見て、僕は密かに奥歯を噛み締めた。
――てめえなんかが努力をできるはずがない。
――てめえはもう強くなれない。
――てめえはいつまで経っても弱虫で泣き虫の能無しラストだ。
ヘリオ君にそう言われた気がした。




