第五十三話 「居場所」
これはまた改めて、警戒心を解く必要があるな。
そう思った僕は、再び両手を軽く上げて、少女に対して戦意がないことを示した。
「君を斬るつもりはないよ。僕たちは冒険者だけど、見た限り君からは敵意や悪意を感じないし、そういう相手に剣を振ることは絶対にしない。だから、その……そんなに警戒しないでもらえると、ありがたいんだけど」
「……」
そう言うと、少女はしばしこちらを品定めするように見据えてきた。
僕とダイヤはその視線を浴びながらじっと堪える。
魔人だから冒険者を警戒している、という気持ちは当然あるのだろう。
でもそれだけではないように見え、密かに僕も少女を見定めるように視線を返した。
やがて少女は僕たちに戦意がないことを理解したのだろうが、肩に入れていた力を抜いたように見えた。
警戒を緩めてくれた、ということだろうか?
これでとりあえずは落ち着いて話をすることができる。
色々と少女に聞きたいことはあるけれど、まず先に目先の目的だけでも終わらせておくことにした。
「あっ、それでさ、君にちょっとお願いがあるんだけど……」
「……?」
「君の抱えているその子犬が、僕たちの探している子だと思うんだ。もしよかったら、その子を僕たちに任せてくれないかな?」
三度少女は目を細めて僕たちを見る。
またも警戒されてしまった。
しかし今度はすぐに視線を和らげてくれて、ゆっくりと近づいてきた。
非力な魔人が冒険者に近づくなんて、相当怖いだろうに、それでも彼女は子犬を抱えたまま僕たちの前まで来てくれた。
そして僕が子犬を預かる。
子犬は確かに捜索中の子と特徴が合致する。ということをダイヤにも確認してもらうために彼女にもよく見てもらった。
ダイヤに子犬を預けながら、僕はちらりと目の前の少女を一瞥する。
子犬を受け取りながらも、その実僕の視線は魔人の女の子に注がれていた。
角の生えた頭部。見れば見るほど魔人だ。
なんで、こんなに優しい女の子が……
気が付けば僕は、目の前の少女に問いかけていた。
「どうして君は、こんなところにいるの?」
「……こんなところ?」
「この七色森は町にも近いエリアだし、冒険者だってたくさん出入りしてる。魔人が潜むにはすごく危険なんじゃないかな?」
もっと別の安全な場所に隠れていたほうがいいだろうに。
そう疑問に思って聞いてみると、目前の少女はふっと視線を逸らして、ぼそりと答えてくれた。
「私に、居場所なんてない」
「えっ?」
「私に帰る場所なんてない。だから迷子にもなれない。どこにいたって同じなの……」
「……」
どういう意味なのか、いまいちよくわからなかった。
帰る場所がない。だから迷子にもなれない、か。
魔人は基本的に、生まれ落ちたエリアを住処とする。
もしそこが住みづらかったら住処を移したりもするが、生まれ落ちた場所という事実は頭の中に残り続ける。
魔人に帰る場所があるとすれば、まさしくそこなのではないだろうか?
でもどうやらこの少女にとってはそうではないらしい。
……少し気になるけれど、まあいいか。
「帰る場所がないとしても、やっぱりここは"君”にとっては危ないエリアだよ。どこか別の安全なエリアを見つけたほうがいい。あっ、なんだったら、僕が探してみようか?」
たった今思いついたことを提案してみる。
チャームさんに聞けば都合のいいエリアとかを教えてくれるかもしれないし。
例えば、温厚な魔人たちが静かに暮らしているエリアとか。
いや、そんなことするよりも、無害な魔人を保護してくれる特別な施設とかを探したほうがいいかもしれないな。
……と、少々大胆なことを考えていると、遅まきながら少女が目を見開いているのに気づいた。
僕の発言に対して驚き、動揺しているように見える。しかもかなり。
そんなに変なことを言っただろうか? 困っていそうだったから無難な提案をしただけなんだけど。
すると少女は再び視線を逸らし、小さな声で返してきた。
「…………いや」
「んっ?」
「いや。私は、冒険者なんて信じない。冒険者の手なんて借りない。冒険者なんて……」
少女は、重苦しい様子で歯を食いしばる。
それはどう見ても、冒険者に対して並々ならぬ嫌悪感を抱いているように思えた。
冒険者と過去に何かあったのだろうか?
魔人なのだから、それはもちろん冒険者を敵視するものなんだろうけど。
どうもそれだけではないような……
再び溝が深まりそうになっている中、僕は再び少女に歩み寄るために、何か言葉を掛けようとした。
僅かに口を開き、声を発しようとした、その時ーー
「ーーっ!?」
視界の端に、ギラリと光るものが見えた。
僕は咄嗟に少女の体を片腕で抱え、後ろへ飛び退る。
同時にもう片方の手で、子犬を抱くダイヤを後ろへ押しやり、僕たちは瞬時にその場から離れた。
瞬間、先ほどまで僕たちがいた場所に、"長い刃“が突き刺さる。
地面を抉るように刺さったそれは、あまりの威力に盛大な土煙をも巻き上げた。
僕たちは揃って目を見開く。
あとほんの一瞬でも反応が遅れていたら、確実にあの刃の餌食になっていた。
たまたま見えて本当によかった。
「あれは……」
安堵と驚愕をする一方、土煙が舞い上がった場所を見て、僕は一つだけ納得した。
なぜ今の攻撃を、ダイヤが感知できなかったのかを。
彼女の危険予知の能力は、何か不思議な力が宿っているかのように正確だ。
僕、あるいはダイヤの身に危険が及ぶ要因がある際、それを事前に察知することができる。
魔人や魔物からの攻撃。あるいは自然的な災害を。
しかしながら今の攻撃はまったく感知できなかった。
それもそのはず。攻撃してきたのが魔族や自然ではなく、同じ人間だったからだ。
今は土煙が上がっていて影しか見えないが、それは間違いなく人間の影である。
加えて、その人間からの攻撃が、僕やダイヤに向けられたものではないとしたら、危険予知をするのは相当難しいはずだ。
断定はできないが、刃が突き刺さった場所を見るに、今狙われたのは…………魔人の女の子だ。
「おい、邪魔すんじゃねえよゴミカス」
「えっ……?」
少女に矛先を向けた人物が、土煙の中で汚い言葉を投げてきた。
それを聞いて、僕は思わず背筋を震わせる。
口汚い言葉を浴びせられて竦んでしまった、というわけではない。
確かに綺麗な言葉ではなかったけれど、僕が震えた真の理由は、その口ぶりをどこか"懐かしい“ものと感じたからだ。
それに今の声も、確かに聞き覚えがある。
決して良い思い出なんかではなく、むしろ忘れるべきであろう不の記憶。
額に脂汗を滲ませて、密かに唇を噛み締めていると、その人物は土煙の中から姿を現した。
「色々と聞きてえことはあるが、とりあえず今はそこをどけ……ラスト」
「……ヘリオ君」
幼馴染のヘリオ・トール君と、三年ぶりに再会した。




