第五十一話 「森の少女」
神器探しの依頼を終えた翌日。
僕とダイヤは冒険者ギルドを訪れた。
相も変わらず冒険者活動に精を出す。
チャームさんがまた『ぴったりの依頼を用意しておく』と言っていたので、僕たちは彼女の元を尋ねることにした。
「ペット探し?」
「は〜い、そうなのですよ〜」
チャームさんは嬉しそうに頷く。
今回紹介してもらった依頼は、またも捜索依頼。
しかし今度は神器ではなく、あるご家庭で飼っているペットのようだ。
「どうやらですね〜、依頼人の飼っているワンちゃんが〜、お家から逃げ出してしまったみたいなんですよ〜。それで必死に追いかけたらしいんですけど〜、結局捕まえられなくて〜、冒険者ギルドに捜索依頼を出してきたのです〜。というのも〜、ワンちゃんは町の外まで行ってしまって〜、そのまま七色森に入っていってしまったらしいのですよ〜」
「それは、なんというか……」
なんとも気の毒な事件だ。
七色森は見た目の美しさから観光名所として知られていて、遠方から見物に来る人たちも大勢いる。
しかしあくまで危険域であることから、獰猛な魔物たちが蔓延っていて注意喚起がされているのだ。
一般の人たちが無闇に立ち入っていい場所ではない。
ワンちゃんの安否も気になるところではあるが、それと同じくご主人が痺れを切らして森に突撃してしまわないか心配である。
「ですので、迷子になっているワンちゃんを探してきてほしいのですよ〜。逃げてしまったのは今朝の早い時間らしいので〜、そこまで遠くには行ってないと思います〜」
「はい、わかりました」
というわけで僕とダイヤは、ペット探しの依頼を引き受けることにした。
またも向かうエリアは七色森。
最近ずっとそこでしか仕事をしていない気がする。
それよりも、ペットのワンちゃんが魔物に襲われていなければいいんだけど。
こんなことはあまり考えたくないんだけど、もしかしたら最悪、亡骸を連れて帰ってくることになるかもしれない。
そう考えると、あまり気乗りのしない依頼だと僕は思った。
ワンちゃんの捜索を始めて一時間。
僕とダイヤはキョロキョロと周りを見回しながら、七色森を歩いていた。
そして二人揃って眉を寄せる。
「うーん、全然見つからないね、ワンちゃん」
「そうですね……」
すぐに見つかるとは思っていなかったけれど、まさか手掛かりも掴めずに一時間を浪費するとは考えてもみなかった。
これは想像以上の長期戦が予想される。
「神器探しの時は、ジェムさんが神器の居場所まで案内してくれたから、そこまで苦労はしなかったけど、手掛かりなしに何かを探すのは本当に大変なんだね」
「たとえペット探しだとしても、捜索依頼は侮れないということですね」
僕たちはそう認識を改める。
手掛かりというか取っ掛かりがなければ、完全に手探りで捜索をすることになる。
その難しさを今になって痛感した。
もちろん、捜索依頼を受けるにあたり、ワンちゃんの特徴はチャームさんから聞いている。
だけどそれはあくまで見た目の特徴だけで、居場所を特定できそうな手掛かりには一切ならないのだ。
どう探したらいいのだろう?
足跡を見つければいいのかな?
耳を澄まして鳴き声を聞き分ければいいのかな?
というか、捜索が難航すればするほど、ワンちゃんの身も危険にさらされることになる。
だから僕たちは内心、焦りを覚えていた。捜索に躓きが生じているのもそれが原因だ。
「うーん……捜索が効率的にできるような神器とかあればいいのにね」
「効率的に? 例えばどんな神器ですか?」
「なんかこう、どんなものも透けて見える“眼鏡”の神器とか?」
茂みの下を覗きながら、僕は雑談程度の軽いノリで言う。
重たくなりつつある雰囲気を緩和させるために、あえて素っ頓狂な答えを返してみたが、それに対してダイヤが怪訝そうに眉を寄せた。
「それはなんというか、女性の天敵みたいな神器ですね。ラストさんはそんな物がほしいんですか」
「あっ、いや、違う違う! 僕はただ捜索依頼を手早く終わらせられればいいなって思っただけで……。それに他の人の神器は使うことができないんだから、僕が持ってても何も見えないでしょ」
なんか変な誤解をされてしまった。
別にそんな神器はほしくない。
そういうのがあれば捜索依頼も簡単に達成できるんじゃないかなって思っただけだ。
まあ、覗き目的でそういう神器がよかったと思っている男子も、少なからずいるだろうが。
もちろん僕は違うけど。
「ていうか神器は、あくまで魔族を倒すための“武器”なんだから、そんな理想的な便利道具っぽい神器はあるわけないよ。魔人が持ってる神器だって、人間を殺すための武器って話だしさ」
「それはわかっていますよ。ただ、ラストさんにもそういう邪な思いがあるんだとわかって、なんだか少しだけほっとしました」
「だから別に邪なことは考えてないってば! ていうかなんでそれでほっとするんだよ!」
ダイヤがちょっぴり悪戯っぽい笑みを浮かべている気がした。
……まったくもう。
緊張感を解すための会話にしても、もう少しだけ僕に遠慮してくれてもいいじゃないか。
なんだか今のダイヤは、ジェムさんの悪戯っぽさを少しだけ真似ているように見える。
そんなこんなしている間に、僕たちは七色森の奥地へと辿り着いた。
この辺りは確か、例の地下洞窟がある場所の近くだ。
いつの間にかこんな場所まで来ていたのか。
「んっ?」
辺りを見渡していると、前方の木々の隙間から、チカッと“光”が見えたような気がした。
気のせいとも思えるくらいの、豆粒のように小さな瞬き。
しかし僕はその光を見逃さず、遠方に目を凝らしてみた。
するとやはり、少し離れた場所にある木々の隙間から、ぼんやりとだが光が見えた。
日光ではない。蝋燭でもない。なんとも形容しがたい仄かな光。
「なんだろう、あれ……?」
僕は光に誘われる虫のように、そちらの方へ歩いていった。
なんとなくという気持ちだけで足を動かしたのだが、ダイヤもそれについて来てくれた。
やがて僕たちは木々の近くへと辿り着く。
そしてチラリと裏側を覗くように、光っている場所を窺ってみた。
「えっ……」
そこは、木々に囲われた開けた場所だった。
広場と言い換えてもいい。いや、あまり広くはないので狭場と言ったほうが的確だろうか。
そんな狭い場所の中央には、腰丈ほどの大きさの切り株があった。
そこには明るい陽光が差していて、まるで演者の舞台のように鮮やかに照らし出されている。
その光景だけでも充分圧巻なのだが、加えてそこには、“妖精のような少女”が座っていた。
金色の長髪を輝かせて、儚げな表情で目を伏せている。
まるで絵画から飛び出してきたような美しい光景を目にして、僕は思いがけず、見惚れてしまった。