第五十話 「お姉さんの助言」
ジェムさんの手に握られている棍棒は、緑魔人が持っていた神器だ。
魔人を倒した後、ジェムさんはそれを布にくるんでずっと背負っていた。
それを改めて僕たちに見せながら、彼女は言った。
「試しにこれを、村に持って帰ってみるよ。これで強い魔人を倒したって認められるかはわからないけどね」
「あっ、そっか……」
僕は思い出す。
ジェムさんは現在、魔人討伐の旅をしている最中だ。
その旅を終わらせるためには、七大魔人を倒してその証拠を持ち帰らなければならない。
ただし七大魔人が本当に現存しているかどうかは定かではないため、とりあえず強い魔人を七体倒せばいいということになっているらしい。
その一体目を討伐した証明として、緑魔人の棍棒を村に持って帰るみたいだ。
うかうかしていたら神器が消えちゃうからね。急いで村に戻らなければならないのだ。
装備者がいなくなった神器……つまりは未装備の神器は、しばらくの間なら現世に残り続ける。
しかし時間が経つと、絶命した装備者の後を追うように消滅してしまうのだ。
だいたい一週間から二週間くらいなら現世に残り続けると言われているけど、グレイ村は辺境の地にあると聞くので距離もあるはず。
だからジェムさんはもう行ってしまうらしい。
再び棍棒を布にくるんで背負い直すジェムさんを見て、僕はきゅっと胸を締め付けられる思いになった。
「……それでは、町の門までお見送りします」
「あっ、そう? どうもありがとう」
そう言って僕たちはギルドを後にすることにした。
チャームさんから『また明日もぴったりの依頼を用意しておきますよ〜』と言われて、僕は『お願いします』と頷き返す。
その後、町の東門に向けて歩き始めた。
向かっている間、僕は前を歩くジェムさんの背中をぼんやりと眺める。
ジェムさんとは、たった一日しか一緒にいなかった。
それでもいよいよお別れすることになって、僕は言い知れぬ寂しさを感じている。
彼女の太陽のように陽気な性格がそうさせるのだろうか。
できることならば、もう少しだけお話しをしていたい。
とぼけたことを言うジェムさんに呆れたり、それとは反対に博識な様子で披露してくれる興味深い話に耳を傾けたりしたい。
それができないとしても、せめて一つだけ彼女に聞きたいことがあった。
どうしてジェムさんはそんなに強いのか。
どのようにしてその強さを手に入れたのか。
神器から莫大な恩恵を受け、それを最大限発揮できる強さは、いったいどうすれば身に付くものなのだろうか。
神器の使い方、神器に合わせた戦い方について、僕は彼女から学びたい。
まだ僕は、自分の神器を完璧に使いこなすことができていないから。
でも思うように言葉が出ずに黙り込んでいると、いつの間にか東門まで辿り着いていた。
ジェムさんはくるりとこちらを振り向き、いよいよお別れの言葉を掛けようとしてくる。
「それじゃあ二人とも、ボクはここで……」
「……」
ぼんやりとした目で見ていると、不意にジェムさんと目が合った。
咄嗟に僕は視線を逸らす。
するとそんな僕の様子を不思議に思ったのか、ジェムさんは首を傾げた。
「んっ? どしたのラスト君?」
「あっ、いや、その……」
意味ありげに言い淀んだせいで、隣のダイヤも怪訝な目を向けてきた。
……恥ずかしい。
お別れするのが嫌だからもう少しだけお話ししましょう、なんて言ったらきっと笑われちゃうよね。
さらに戦い方を教えてほしいなんて請うたらますますダメな奴だって思われてしまう。
僕のワガママだけでジェムさんを引き止めるなんて、絶対にしちゃダメだ。
そう思って沈黙を続けていると……まるで、僕の心中を察してくれたかのように、ジェムさんが笑んだ。
「お姉さんが特別に、一言だけ助言してあげよう」
「えっ?」
「君はもっと、自信を持った方がいい」
自信を……持つ?
どういう意味だろう?
しかも助言って、僕が悩んでいることについてわかってくれているのだろうか?
と首を傾げていると、ジェムさんは突拍子もない質問をしてきた。
「ラスト君はさ、“バク転”ってできる?」
「バ、バク転ですか?」
「そそ。後ろ向きで飛んで、手を突いて、くるっと回転する“あれ”」
……そ、それはもちろん知っているけど。
でもなぜこのタイミングでバク転なんだろう?
その問いにはいったいどんな意図があるんだ?
またもやジェムさんのとぼけた発言だろうか?
と不思議に思ったけれど、とりあえず僕は正直に答えてみた。
「で、できません……」
「だよね。そんな気がした」
「……」
僕のことをからかうための質問だったのだろうか?
そんな気がしたなら聞かなきゃよかったのに。
できないって答える時、割と恥ずかしかったんだから。
顔を熱くさせながら目を逸らしていると、ジェムさんは二つ目の質問を投げかけてきた。
「じゃあさ、ラスト君はどうしてバク転ができないと思う? バク転をするのに大切なことってなんだと思う?」
「大切なこと……? 筋力とか柔軟性、ですかね? 僕はあまり力もないですし、体だって固い方なので……」
バク転を実現させられるほどの身体能力が備わっていないのだ。
だから僕はバク転ができない。
という当たり障りのない答えを返すと、続けて三つ目の質問が飛んできた。
「それじゃあさ、【呪われた魔剣】を装備した状態ならどうかな? 神器から強力な恩恵を受けた状態だったら、バク転できると思う?」
「そ、それは……」
もちろんできるに決まって……
……あれっ?
【呪われた魔剣】を装備して、莫大な恩恵をその身に宿した自分が、後ろ向きに飛んでくるりと綺麗に回れるかどうかを想像してみた。
……僕はぼそりと答えた。
「む、無理かもしれないです」
「だよね。やっぱりそんな気がした」
「……」
「だからこそ、君はもっと自信を持つべきだ。ボクに言えるのはこれくらいだよ」
「……??」
そう言ってジェムさんの助言は終わってしまった。
……どういう意味だったのだろう?
今のが助言?
バク転ができるかどうかの質問が助言なのだろうか?
それともバク転が戦いに役立つから練習しておけという遠回しな教示だったのだろうか?
……ダメだ、全然わかんない。
人知れずくらくらと頭を悩ませていると、ジェムさんが改まった様子で僕とダイヤに言った。
「それじゃあ今度こそ、ボクはもう行くことにするよ。二人とも本当にありがとね。ボクの神器を見つけてくれて。それと、ボクとたくさんお話ししてくれて」
「あっ、いえ、僕たちの方こそ、貴重な経験をさせていただいてありがとうございました」
「私も、すごく楽しかったです」
そう返すと、ジェムさんは柔らかい笑みを浮かべてくれた。
いよいよお別れなのだと、僕は悟る。
胸がきゅっと締め付けられるような気持ちになったけれど、不明瞭な助言のおかげで少し紛れたのだろうか、先ほどのような強烈な寂しさは感じない。
僕もぎこちない笑みを返すと、ジェムさんはちょっとお姉さんらしくこくりと頷いてくれた。
そして彼女は、くるりと背中を見せて、右手を軽く振ってくる。
「じゃ、またねラスト君! ダイヤちゃん!」
「はい」
「また、どこかで」
ジェムさんはそう言って、年端もいかない無邪気な少女のように、広大な野原へと元気に駆け出していった。
両腰に下げている二本の神器のおかげだろうか、ものすごい早さで背中が遠くなっていく。
馬車より断然素早い。ジェムさんの場合は走った方がいいんだろうな。
あれならそう時間が掛からずにグレイ村まで戻れるんじゃないだろうか。
なんて思っていると、ジェムさんの背はすでに見えなくなっていた。
けれど僕とダイヤは、しばし地平線をじっと眺める。
すると不意に、ダイヤがこぼした。
「また、会えますかね?」
自分から『またどこかで』と言ったのに、ダイヤは僕にそう聞いてくる。
ダイヤも僕と同じで、もっと自信を持った方がいいんじゃないかな。
そんなことを思いながら、僕は返した。
「うん、まあ、会えるんじゃないかな? たぶん、僕たちが会おうとしなくても、ジェムさんの方から来てくれる気がするよ」
だってあの人は、太陽のような人だから。
まるで夜明けを告げてくれる朝日のように、時間が来れば必ず昇ってくる。
そして眩しい日照りのように、また純真無垢な笑顔を見せてくれることだろう。
こうしてジェムさんの神器探しの依頼は、ほんのちょっぴりの寂寥感に包まれながら、無事に終了したのだった。




