第四十四話 「神器の限界」
「リ、限界地点?」
ジェムさんの口から出てきた言葉に、僕は思いがけず首を曲げる。
限界地点。
別に、その言葉の意味がわからずに首を傾げた、というわけではない。
その言葉には聞き覚えがある。
でもそれって……
「神器のレベルが限界まで達して、もう上昇しない状態のことを言うんでしたっけ?」
「そそ。レベルの頭打ちってやつだね」
確認するように問うと、ジェムさんはこくこくと頷いてくれた。
レベルの頭打ち。つまり神器の限界ということだ。
だからその状態のことを、冒険者たちは『限界地点』と呼んでいる。
僕の神器がその限界地点に到達しているって、いったいどういうことなんだろう?
何より……
「限界地点って、ただの噂話じゃないんですか?」
僕は再びジェムさんに問いかける。
神器はレベルが上昇するほど、成長率が落ちていく。
レベル1からレベル10にするのに三年掛かったとして、レベル10からレベル20にするには、同じ三年では時間が足りない。
その倍近い時間を掛ける必要がある。
おまけにそれは成長に合わせて強敵と戦うようにし、成長率の維持を図った上での結果だ。
だから冒険者はみんな、神器の成長率の低下に頭を悩ませている。
十年近くもレベルが上がらないなんてザラらしい。
だからそれを勝手に神器の限界だと思って、限界地点とテキトーに呼び始めたと僕は聞いた覚えがあるんだけど。
「いやいや、限界地点にはちゃんとした“基準”があるよ。って、ボクは聞いたことがあるけど」
「基準? それってどんな……」
眉を寄せて尋ねると、ジェムさんはまたまた得意げになって答えてくれた。
「本来、神器を限界地点まで到達させるには、人の寿命では時間が足りないって言われてる。人の寿命で到達できるレベルはせいぜい【40】くらいで、おおよその限界地点がレベル【50】って言われてるからね」
「へぇ、そうなんですか」
それも初耳だった。
神器のおおよその限界地点がレベル【50】なんて、今まで聞いたことがない。
よくそんなこと知ってるなぁ。まあ、それが本当のことかどうかはわからないけど。
しかしもし事実だとしたら、確かに神器をレベル50に到達させるには、人の寿命では時間が足りない。
せいぜい40……いや、30後半まで行けるかも怪しいくらいだ。
「でもね、過去にたった一人、グレイ村出身の努力家が、神器を限界地点まで到達させたらしいよ」
「えっ、そうなんですか!?」
「うん。その時はぴったりレベル【50】だったって。で、その人によるとね……」
ジェムさんは意味ありげに微笑み、続く言葉を口にした。
「神器がレベル50に到達した瞬間、プロパティに表示されているレベルが"消滅”したそうだよ。これ以上レベルが上がりませんよって、神器から言われたみたいにね」
「えっ……」
レベルが消滅した?
それはまるで、【呪われた魔剣】のプロパティと同じではないか。
レベルが上がらないと神器から言われているみたいに、魔剣にもレベルは表示されていない。
「実際にその人の神器は、それ以上レベルが上がることはなかったそうだよ。プロパティから消滅したレベルが再表示されることもなく、何かしらの変化が起きることもなかったって。だからそれこそが『限界地点』に到達した“証”……なんだってさ」
「……つまり、僕の【呪われた魔剣】も限界地点に到達してるってことですか? でも、僕の【呪われた魔剣】は、最初からレベルが表示されていませんでしたよ?」
「うぅ〜ん、到達してるっていうか、レベル【1】の状態が、すでに限界地点なんじゃないかな? 神器はどれも、レベル【50】まで上昇するとは言われているけど、君の神器は少し特別な物みたいだし、【呪われた魔剣】のレベル上限が【1】なのかもしれないよ」
「……」
……それなら確かに納得できる。
僕の【呪われた魔剣】は、今は実質レベル【1】の状態だ。
そしてそれが【呪われた魔剣】の限界地点ということであれば、最初からレベルが表示されていないのも頷ける。
辻褄は合う……と思うけど、なんだか釈然としないなぁ。
自分の神器が限界地点に到達していると言われても、大して嬉しさが沸いてこない。
実際に僕がやったことと言えば、最弱の【さびついた剣】をレベル10まで上げたくらいだしね。
ともあれこれで、【呪われた魔剣】の謎を一つだけ解明できた。
少しだけスッキリした気分である。
んっ? ちょっと待ってよ……
名前:さびついた剣
ランク:F
レベル:10
攻撃力:10
恩恵:筋力+0 耐久+0 敏捷+0 魔力+0 生命力+0
スキル:【進化】
耐久値:20/20
【さびついた剣】のレベル10まで上げた。
そしていまだにレベルは表示されている。
ということは、【さびついた剣】のレベルはまだ上がるってことか……
ジェムさんの話の通りなら、おそらく【50】までは上昇すると見ていい。
しかしこれ以上のレベルアップは現実的ではないと思うので、頭の片隅に入れておく程度にとどめておこう。
そして僕は遅まきながら、ジェムさんの博識ぶりに驚いた。
「神器についてお詳しいんですねジェムさん。グレイ村では神器の研究が進んでいたりするんでしょうか?」
ジェムさんはぶんぶんとかぶりを振った。
「何度も言った通り、残念だけどグレイ村にはなんにもないよ。ただ、無駄に物知りなお爺ちゃんお婆ちゃんが多いってだけ。それでボクは話を聞く以外にやることもなくて、気付いたら変な知識ばっか身についてたってわけだよ」
「な、なるほど……」
「あとはまあ、ボク個人が『神器好き』っていうのもあるから、そっちに知識が偏ってるっていうのもあるけど」
「神器好き?」
初めて聞く言葉だ。
神器が好きな人のことを指しているのだろうか?
ていうか神器が好きって何だろう? 神器に好き嫌いなんてあるのだろうか?
「こう見えて、ボクって結構神器が好きなんだよね。だって神器って面白いじゃん! 不思議な力が宿ってるし、魔族を倒せるし、何よりかっこいいし! それに神器はね、神様がその人の才能や性格を見て、ぴったりの物を選んでくれてるらしいんだよ! だから神器はその人の心を写したものって言われてて、まるでその人の本心が形になったみたいじゃん! ほら、面白いでしょ!?」
「……は、はぁ」
面白い……かな?
あまり深く共感はできなかった。
確かに神器は興味深いものではあるけど、あくまで神器は魔族を倒すための武器だ。
僕はどちらかというと、その神器を手にして戦っている英雄たちのほうに目が行ってしまう。
でも、その人の本心が形になったものと言われると、確かに少しだけ面白く見えるかも。
ていうか神器好きなのに、あっさりと自分の神器を奪われてしまっていいのだろうか?
「ダイヤちゃんなんかはすごくわかりやすいよね。どんな攻撃からも身を守れる盾の神器は、ダイヤちゃんにぴったりだもん」
と言うと、ダイヤは自分の盾に目を落とし、なぜか少し落ち込んだ様子で呟いた。
「つ、つまり私は、心に壁を作っているような、『殻に閉じこもった人間』ということですか……?」
「いやいや全然違うって! なんでそんなに卑屈なんだよ! 他の誰かを守ってあげられるような、心の優しい女の子ってことでしょ!」
「や、優しい?」
思いがけない評価をもらい、ダイヤはぽかんと固まってしまった。
殻に閉じこもった人間か。ダイヤは盾の神器を授かった自分のことを、そう評価しているらしい。
まあ、見るからに自己評価が低い子なので、臆病な性格が形になったものだと思うのも仕方がないか。
でもやはり僕から見ても、ダイヤが盾の神器を授かったのは、心がとても優しいからだと思う。
他の誰かを守ってあげるような女の子だからこそ、ダイヤは神様から【不滅の大盾】を授かったのだ。
「じゃあ、僕は……?」
ダイヤが心優しくて【不滅の大盾】を授かったというのなら、【さびついた剣】を授かった僕はいったい何者なのだろう?
最弱のFランク神器で、でも試しに強化してみたら、正体不明の呪われた神器になった。
それを授かった僕は、いったいどういう人間なんだ?
その疑問に答えてくれたのは、またしてもジェムさんだった。
「ラスト君は『諦めの悪い子』って、神様が思ったんじゃないかな?」
「諦めの悪い?」
「サビだらけの神器を授かって、それでも魔族と戦おうとするなんて、きっとラスト君くらいしかいないと思うよ。たぶん君以外に、その【さびついた剣】を進化させることができた人は、誰一人としていなかったはず。だから神様が、『この神器の封印を解けるのは君しかいない』って思って、ラスト君にそれを託したんじゃないかな?」
「……」
……そう、なのだろうか?
神様に諦めの悪い奴だって、そう思ってもらえたのかな?
もしそうだとしたら、なんだかすごく嬉しい気がする。
僕しかいなかったって思われたのなら、それは僕だけの才能ということになるから。
あっ、でも、もしそうだとしたら、おかしな点が“一つ”だけあるぞ。
僕が諦めの悪い子だというのなら、さらに骨のある『ど根性娘』が、僕よりも先に『祝福の儀』を受けていたではないか。
諦めの悪さだけでなく、強い正義感も併せ持った、あの『ルビィ・ブラッド』が。
不屈の闘志だけで【さびついた剣】の持ち主を決めたのだとしたら、本来は彼女に【さびついた剣】が与えられていたはず。
諦めの悪さや負けん気なら、どう考えたって彼女のほうが……
「まあ、これはあくまでボクの勘だから、そんなに当てにしないほうがいいけどね〜」
「……そ、そですか」
なんだ。真剣に考えて損してしまった。
ま、そうだよね。
僕が神様から認めてもらえて、【さびついた剣】を授かったなんておかしな話だし。
これはただの偶然と考えるのが妥当だろう。
何よりルビィの手には今、【炎龍の大剣】という凄まじいAランク神器が握られている。
欠点だらけの【呪われた魔剣】を授かるより、よほど真っ当な結果だったんじゃないかな。
そう考えるとやはり、神様はよく下界のことを見ていてくださっているというわけだろうか?
……うーむ、神器って奥深い。
「まあ、ラスト君がその神器を授かった“理由”はともかくとしてさ……」
ジェムさんはチラリと僕の背中にある剣を一瞥し、それから僕に視線を戻して続けた。
「授かった“意味”は必ずあるはずだから、どうか君もその子のことを信じてあげてね」
「……は、はい」
ダイヤと同じように、なんだか励まされてしまった。
【さびついた剣】を授かった“理由”は定かではない。でも授かった“意味”は必ずあるはず、か。
そうだよね。どうして【さびついた剣】を授かったかはわからないけど、その意味はこれから僕が作っていくものだ。
この神器をこれからどう使うかによって、授かった意味も大きく変わるはず。
だから僕もこの子のことを信じてあげて、できるだけ他の誰かのために神器を握るとしよう。
僕は今一度撫でるように、愛剣の柄にそっと触れて、『これからもよろしく』と心の中で語りかけた。
それから僕は、捜索依頼……もとい神器探しを再開するべく、一度気持ちをリセットした。
話に夢中になっていたせいで、ほとんど先に進めていなかった。
ここからは気を引き締めて、神器探しに集中することにしよう。
……と、再び歩き出そうとした瞬間、後ろからぼそりと、ジェムさんの呟きが聞こえた気がした。
「でも君は、まだその神器を使いこなせていないね」
「えっ?」
振り向くとそこには、もうジェムさんはいなかった。
気が付くと彼女は、僕よりも先に前に立っていて、すんすんと犬のように鼻を動かしていた。
「むむっ! 向こうの方からボクの神器のニオイがするっ! 急いで行ってみよう!」
「あっ、ジェムさん!」
こちらの制止の声も聞かずに、ジェムさんはずかずかと森の奥へと進んで行ってしまった。
ダイヤから離れないでって言ったばかりなのに……
博識な面を持っていて、尊敬できるお姉さんだと思ったのも束の間、またすぐにふわふわと雲みたいな人に戻ってしまった。
本当に不思議な人だな。
ていうか、神器のニオイなんてしないと思うんだけど。
嬉々として駆け出したジェムさんを見て、僕とダイヤは慌てて彼女の後を追いかけた。




