第四十二話 「盾の使い方」
「ん〜! 今日も良い天気だね〜!」
七色森にやってきた僕たちは、ジェムさんの先導で神器探しを開始した。
時刻は昼前。木々の間からは心地よい木漏れ日が差し、僕たちの行く道を温かく照らしてくれている。
前を歩くジェムさんは、その木漏れ日を浴びて僅かに顔をしかめ、ぐっと背中を伸ばしていた。
「ボクが神器をとられちゃった時も、こんな風にお日様があったかくてさ、切り株にちょうど日が差してたから、ついついそこに座って日向ぼっこしちゃったんだよ〜」
「……それは危ないので、もうしないほうがいいかと」
確かに気持ちのいい天気だけど、エリアの中では慎んだほうが身のためだ。
この人の謎の“余裕”は、いったいどこから来るものなのだろうか?
今だって神器を持っていないのに、僕たちからそこそこ離れて前を歩いているし。
先導してくれるのは大変助かるんだけど、もう少し危機感を抱いてもらいたい。
「あの、できるだけ僕たちから……というか、ダイヤから離れないでください。いつどこから魔物が襲ってくるかわからないので」
「了解でありま〜す!」
本当にわかってくれただろうか? なんかふわふわしてて『雲みたいな人』なんだよなぁ。
神器がないということは、魔物に対してまったくの無防備ということである。
一応、半装備の状態ではあるので、少しだけなら神器から恩恵を受けていると思うけど、実際に戦えるほどではないはずだ。
だから僕はダイヤとジェムさんをできるだけ近づくように促した。
するとジェムさんは、叱られた子供のように照れ笑いを浮かべながら、ダイヤの近くに寄ってくれた。
これで一安心。なんだか、お転婆な娘を持った父親の気分である。
「それにしても、ダイヤちゃんの神器って面白いよねぇ」
「えっ?」
ダイヤの傍らに寄ったジェムさんが、改まった様子で【不滅の大盾】を凝視していた。
ダイヤは自分の神器をじっと見られて、萎縮するように体を縮こまらせる。
「ボク、盾の神器なんて初めて見たよ。グレイ村でそんな神器を授かったっていう人も聞いたことないもん」
「そ、そうですか……」
「ねえっ、もし良かったらプロパティ見〜せて! ラスト君がこんなに信用するダイヤちゃんの神器が、いったいどれくらいすごいのか気になっちゃったよ!」
「……ど、どうぞ」
興味津々な様子のジェムさんに、ダイヤはおずおずと神器を差し出した。
ジェムさんのこと苦手なんだろうか?
まあ、僕以上に人付き合いが不得意そうなダイヤのことだから、ぐいぐい来るお姉さんに尻込みしているのかもしれない。
声が大きいという点も苦手要素の一つなのかも。
そういえば、僕とジェムさんが会話をしている間、ダイヤはずっと口を閉じたままだった。
僕がたくさん喋っているのとは反対に、ダイヤの口数がものすごい減っていたような気がする。
……まあ別にいいけど。
「へぇ、絶対に壊れない神器かぁ! やっぱりすごい神器だね! これなら怖いもの無しじゃん!」
「そ、そうでしょうか……」
【不滅の大盾】の能力を見たジェムさんは、興奮するように称賛を送った。
対してダイヤは、なぜか自信なさげに肩を落としてしまう。
すると、いつかに聞いたような台詞がダイヤの口からこぼれた。
「確かに壊れはしませんけど、攻撃力がないから魔族を倒せません。それって神器として、欠陥品ってことじゃないんでしょうか」
……まだそんなこと思ってたのか。
ジェムさんに手放しで神器を褒めてもらえて、当然嬉しい気持ちはあるはずだ。
けれどいまだに引け目を感じているせいで、素直に喜ぶことができないらしい。
仕方がないと思った僕は、すぐさまダイヤをフォローするために声を掛けようとするが、それより先にジェムさんが言葉を返した。
「ん〜、確かにこの盾の神器じゃ、魔族を倒すことはできないね。でも、使い方によってはすごい力を発揮すると思うよ」
「使い方……?」
ダイヤと同様、僕も傍らで首を傾げる。
どういう意味の言葉なんだろう?
「どんな使い方をすれば、私の盾はすごい力を発揮できるんですか?」
「それはまあ、色々あるけどさ……そもそも冒険者が戦う相手って、何も魔族だけじゃないんでしょ?」
という返しに、僕は思わずハッとなる。
そう、僕たち冒険者が相手にするのは、何も魔族だけではない。
“奴ら”も僕たちの敵に含まれる。
「ボクはよく知らないんだけど、神様から授かった神器を犯罪に利用する悪質な集団……って、なんて言うんだっけ?」
「レ、背教者ですか?」
「あっ、そそ。その背教者を取り締まるのも、冒険者のお仕事なんじゃないの?」
ここまで言っても、ダイヤはいまいちピンときていなかった。
するとその様子を見たジェムさんは、少しお姉さんらしく腰に手を当てて、ダイヤへの助言を続けた。
「つまりさ、盾の神器じゃ魔族を倒すことはできないけど、背教者はあくまで人間だよ。攻撃力、つまりは神聖力がなかったとしても、盾で殴ればすっごく痛いはず。魔族には効かなくても、人間に対しては充分“凶器”ってこと」
「凶器……」
「だからそんなに悲観することないって。ダイヤちゃんは冒険者としてすごく活躍できる才能を持ってるってことだよ。もっと自分の神器に自信持って!」
ジェムさんはダイヤを励ますように、肩をポンポンと叩いた。
対してダイヤは、まったく予想外の助言を受けてポカンと固まっている。
……そんな使い方、思いつきもしなかった。
攻撃力が備わってないから魔族を倒すことはできないけど、人間を叩けばそれは痛いはずだよね。
壊れる心配もないし、確かに対人戦では有効的な使い方だと思う。
それに魔族に対しても、盾での攻撃は牽制として有効かもしれない。
上手くいけばそれで相手を怯ませて、僕が攻撃するための隙を作ることができるかもしれないぞ。
と、そこまで考えた僕だったが……
「……」
チラリとダイヤを一瞥して、自分の考えにかぶりを振る。
盾で“殴る”。
確かに有効的な使い方かもしれないけど、ダイヤ自身にそれができるかはまた別の話だ。
誰よりも気が弱くて、それでいて心優しいダイヤが、盾で誰かを殴ることなんて果たしてできるだろうか?
いや、そもそもそれ以前に、仮にダイヤが剣や槍のような武器系神器……あるいは“普通の武器”を有していたとして、それで誰かを傷つけることなんてできるだろうか?
「……いや」
僕は今さらながらに思う。
ダイヤが授かった神器が盾の神器で、本当に良かったと。
きっとこの子は誰も傷つけることができないはずだ。
できれば無理をせず、魔族を倒す冒険者ではなく、魔族から人々を守る冒険者になってほしいと僕は思う。
代わりに僕が敵を倒すから。
ともあれ、ジェムさんの助言のおかげで、ダイヤの可能性がまた一つ増えたのは事実だ。
ジェムさんはなかなかに面白い発想をしている。
だから心中でお礼を口にしていると、ダイヤがちゃんと言葉にあらわした。
「あ、ありがとうございます。ジェムさん」
「お礼なんていいよ別に。大したこと言えなかったし。それに神器のプロパティ見せてもらっちゃったからね。そのお返しだよ。あっ、あとさ、これはただのボクの勘なんだけど……」
「……?」
「この盾の神器には、まだ“とんでもない可能性”が眠ってると思うよ。だからもう少しだけ、この子のことを信じてあげて」
そう言いながら彼女は、ダイヤに【不滅の大盾】を返した。
……どういう意味だろうか?
まだとんでもない可能性が眠ってる? どんな根拠があってそう言っているのだろう?
ダイヤをさらに元気付けるための台詞……なんだろうか?
何はともあれ、ジェムさんから助言を受けて、ダイヤは心が軽くなったように柔らかい表情をしていた。
まあ、ダイヤの気持ちが和らいだのなら、それでいいのかもしれない。
ジェムさんには何やら、人を元気にする才能があるみたいだ。
雲みたいな人、と言ったのは訂正することにしよう。
ジェムさんは『太陽みたいな人』だ。
「ところでところで、ラスト君の神器はいったいどういうものなのかな? もしかして、その背中に吊るしてあるサビサビの剣がラスト君の神器?」
今度は僕の神器が気になったみたいだ。
ジェムさんはじっと僕の背中に視線を注いでいる。
僕も何か助言をもらえるかもしれないと思ったので、ジェムさんに神器を見てもらうことにした。
「はい、そうですよ。これが僕の……」
と、【さびついた剣】の柄を握り、刀身の半分まで抜いたところで……
突然『ガサッ!』と、傍らの茂みから何かが飛び出してきた。
「グガァ!」
それはすっかり見慣れた、あの狼の魔物だった。




