第三十九話 「自己紹介」
無事に依頼人のジェムさんに会うことができた後。
僕たちはなぜか宿屋の部屋の中に案内された。
立ち話もなんだから、とジェムさんがにこやかに言ったので、僕たちはそのまま流されるままに頷いてしまった。
早いところ捜索依頼に向かわなくていいのだろうか?
事情の説明はエリアに向かいながらでもできるんだし、わざわざ部屋で腰を落ち着ける必要はないと思うんだけど。
しかしまあ……
「いやぁ、君たちが依頼を受けてくれて本当に助かったよぉ! しかもこんなに早いなんてびっくりした! ボクが依頼を発注したの昨日なのにね! 神器がないせいでどこにも行けなくて困ってたんだよぉ」
こんなにも楽しそうに話をされてしまっては、無下にすることもできない。
人と話すのが好きなんだろうか? それとも人と話すのが久々で嬉しいとか?
ともあれ、遅くなってしまったけれど、改めて僕たちも自己紹介をすることにした。
「こ、今回、ジェムさんが出した捜索依頼を担当する、冒険者のラスト・ストーンって言います。それでこっちはダイヤ・カラットです」
「よ、よろしくお願いします」
揃ってぎこちなく頭を下げると、ジェムさんはふむふむと頷いた。
「ラスト君にダイヤちゃんか。うん、覚えたよ! よろしくね!」
再び手をとられて握手を交わす。
うぅ、近い……
人との距離の詰め方が、普通の人とはまるで違う。
こんなにぐいぐい来るお姉さんは初めて見た。
しかし驚いてばかりではいられない。依頼について聞かなければ。
「そ、それではさっそく、ジェムさんが神器をなくしてしまった経緯について、聞かせていただけたらと……」
「それにしても二人、すごく可愛い顔してるよね。まさかこんな子たちが冒険者なんて思わなかったよぉ。もっとゴツゴツした戦士みたいな人たちが来ると思ってたんだけど、全然違ったね」
「……」
聞こうと思ったんだけど、まったく別の話をされて阻まれてしまった。
僕の話、まったく耳に入ってないのかな? 右から左に流れちゃってるのかな?
「歳はいくつくらいなのかな? ボクはつい先週の『刃の月』の『一日』が誕生日で、十八になったばっかりなんだけど、二人とも顔が子供っぽいから全然わかんないや。あっ、まさか年上じゃないよねっ!?」
捲し立てられた僕は、思わず面食らってしまう。
やっぱりだ。この人、僕の話をまったく聞いていない。
いや、聞こえていないと言ったほうが正しいだろう。
自分が話したいことが頭で先行してしまい、衝動的に口が動いてしまっているみたいだ。
どうしよう。このままじゃろくに依頼のことを聞かせてもらえないぞ。
……仕方ない。早急にジェムさんの質問に答えて、依頼の話に持っていくとしよう。
「ぼ、僕は十五歳ですよ。誕生日は『剣の月』の『十一日』です。ダイヤは……?」
「わ、私も十五です。誕生日は『拳の月』の『十日』です」
と、ジェムさんの質問に二人して答えると、彼女は心底嬉しそうに笑顔を咲かせた。
「やっぱり二人とも年下だったかぁ! そんなに若くても冒険者になれるんだね。ひょっとしてとんでもない才能を持ってるとか?」
「あっ、いや、そういうわけでは……。それに僕たちよりも若くて、もう活躍してる冒険者も少なくないですし」
「へえ! そんな世界なんだね、冒険者って!」
前のめりになって話を聞く姿から、興味津々といった様子が見て取れる。
人と話すのが本当に好きなんだな。
周りを明るく照らすような陽気な性格は、どこかルビィに近しいものを感じる。
友達とか多そうな人だ。
と、そんなジェムさんの反応を見て、僕はふと疑問に思った。
「もしかしてジェムさん、冒険者を見たことないんですか?」
「あっ、うん、そうだよ。この町に来るまで、ほとんど見たことなかったんだ。話には聞いてたんだけどね」
……やっぱり。
先ほどから冒険者についての質問が多かったし、もしや見たことがないのではと思った。
たぶん、冒険者と話すのはこれが初めてなんじゃないかな。だからこんなに前のめりになって質問してくるのだ。
まあ、冒険者ギルドのない町も少なくないし、辺境の村とかにずっといたなら、冒険者を見たことないのも頷ける。
七色森に神器を奪う魔物が出没することも知らなかったみたいだし、どこか遠方の地からここにやってきたのだろう。
そういえば服装も珍しいし、いったいどこの町の出身なんだろう?
という僕の心の声が聞こえたわけではないだろうが、ジェムさんはこちらの疑問を解消するように言った。
「ボクは『グレイ村』っていう小さな田舎村からこの町に来たんだ。大陸の一番北にある村でね、本当になんにもないところなんだよ」
「……冒険者ギルドもですか?」
「そそ。冒険者ギルドがないから冒険者もいないし、楽しい事もないから本当に退屈な場所なんだよねぇ」
ジェムさんは不満そうに頬を膨らませる。
冒険者ギルドも楽しい事もない退屈な場所、か。
相当な辺境にある村なんだろう。グレイ村という名前にも聞き覚えがないし。
僕の故郷のレッド村も、冒険者ギルドがないような田舎村だったけど、頻繁にお祭りなんかをしていてそれなりには賑わっていた。
だから別に退屈だと感じたことはない。
でもジェムさんの暮らしていたグレイ村は、娯楽がまったくない場所だったんだ。
彼女の性格なら、それを退屈だと感じてしまうのも無理はない。
「だからこの町に来て色々びっくりしたよ! 楽しい事がたくさんあるし、美味しい物だってそこら中に溢れてる。世界がこんなに面白いなんて全然知らなかったよ!」
そう語るお姉さんの表情には、濃厚な嬉しさが滲み出ていた。
都会の潤いを肌で感じて、相当刺激的な思いをしているみたいだ。
退屈な田舎村から飛び出してきた、天真爛漫な少女って感じだからね。
と、そろそろ捜索依頼についての話を聞かなければならない。
いつまでもこうして椅子に腰掛けて、談笑に浸っている場合ではないぞ。
遅まきながらそう思った僕は、ごほんと咳払いを挟んで話を変えた。
「では、ちょっと遠回りになってしまったんですけど、捜索依頼についてのお話をさせていただけたらと思います」
「あっ、そういえばそうだったね」
……忘れてたんだ。
ハッとした顔をするジェムさんを見て、僕は内心で苦笑を浮かべた。
自分が依頼したことも忘れてしまうくらい、僕たちとの会話に夢中になっていたらしい。
僕たちは別に、お喋りをするためだけにここまで来たわけじゃないんだけど。
やっぱり変わった人だなぁ。悪い人じゃないんだけどね。
ともかく僕は、早々に捜索依頼に向かうべく、必要なことだけをジェムさんから聞くことにした。




