第三十七話 「探し物」
翌朝。
僕はダイヤとの約束通り、待ち合わせ場所である噴水広場にやってきた。
現在時刻は八時四十分。ダイヤはまだ来ていない。
約束の時間まではあと二十分あるので、僕は道ゆく人たちをぼんやりと眺めながら、ダイヤを待つことにした。
まだ僅かな眠気が残留しているので、活気のある町を見て寝ぼけた頭を覚醒させようと試みる。
昨晩は結局、深夜になるギリギリまで修行をしちゃったからなぁ。
二重付与魔法のコツが掴めなくて悔しかったし、魔剣の持続時間も次第に伸びてきたので、そのぶん修行時間も多くなってしまった。
そのせいで守衛さんにも怪しい目を向けられちゃって怖かった。
そろそろ僕の顔も覚えてくれたはずなんだけど。顔パスをするにはまだまだ通い詰めなければいけないらしい。
ともあれ以上のことがあり、僕は今日ちょっとだけ寝不足だ。
気を抜けば、立ったまま夢の中に落ちてしまうかもしれない。
それはいいとして、ダイヤはまだ来ないのだろうか?
なんだかんだぼぉ―っとしていたら、もう九時になってしまったけど……
「す、すみませんラストさーん!」
「あっ、ダイヤ……」
心配になりかけた時、ちょうどダイヤが人波の中から手を振ってきた。
そしてわたわたと僕の前まで走ってくる。
やっとのことで噴水広場に辿り着いたダイヤは、ぜえぜえと息を切らしながら膝に手をついた。
「お、遅れてしまって、ごめんなさい……」
「う、ううん、別に遅れてないから大丈夫だよ。時間ぴったりだし」
それに、僕たち冒険者に決まった始業時間はないのだから、少しくらいの遅刻なんて全然問題じゃない。
だからそんなに申し訳なさそうな顔をする必要はないんだけど。
それよりも僕は、もっと気になることが別にあった。
あのダイヤが集合時間ぴったりにやってきたということだ。
彼女は僕と似ていて心配性なところがあるのか、いつも約束の三十分前には集合場所にいた。
だから今日は僕も三十分前には来ようと頑張ってみたけれど、結局早く起きれずに二十分前になってしまい、またダイヤを待たせてしまったと思ったくらいだ。
でもその予想に反し、ダイヤは珍しく時間ぴったりにやってきた。
何かトラブルでもあったのだろうか? それとも、昨晩は寝付くのが遅かったとか?
理由はどうあれ、朝に時間がとれなかったのは間違いないらしい。
なぜなら……
「……寝癖すごいけど、どこかで直してく?」
「えっ!?」
ダイヤは驚いた様子で自分の頭に触れた。
そして耳の上の髪が“みょん”と跳ねていることに気がつき、顔をかあっと赤くする。
きちんと寝癖を直す暇がなかったということは、ギリギリまで眠っていたんだろうな。
寝るのが遅かったせいだろうか。
もしかして、昨日の夜はブルーストリアでの事件のことを考えていたのかな?
すごく気にしていたみたいだったし、ご両親を探す手掛かりになると思って考え込んでいたのだろう。
頰を染めながら手櫛で寝癖を直そうと健闘しているダイヤに、僕は笑顔で言った。
「今日は別に急いでないから、どこか落ち着けるところでゆっくり直してきなよ。僕はここで待ってるからさ」
「……す、すみません」
悪びれた様子で頭を下げたダイヤは、足早に寝癖を直しにいった。
そんな彼女の背中を見届けて思う。
やっぱりそう遠くないうちに、ブルーストリアを訪れてみたほうが良さそうだ。
ダイヤの懸念を払拭するために、冒険者の行方不明の事件も調べてみたいし、何よりブルーストリアは海と白浜の観光地だ。
綺麗な町を見て、美味しいものを食べて、ゆっくり羽を伸ばせば、凝り固まった気持ちも自ずとほぐれることだろう。
僕はダイヤに内緒で、密かにそんな計画を脳内で立て始めたのだった。
鏡の前で数分格闘したらしいダイヤは、綺麗に寝癖を直して戻ってきた。
そして改めて二人で冒険者ギルドに赴く。
すっかり見慣れた建物に足を踏み入れ、いつも通り受付窓口を覗こうとすると……
今日は声を掛けるより先に、受付の方から呼び声が上がった。
「あ〜、サビサビ君と銀髪ちゃんじゃないですか〜! 待ってたのですよ〜!」
「あっ、おはようございますチャームさん」
ピンクのひらひらとした服を着た幼女が、受付窓口で嬉しそうに笑っていた。
相変わらずギルドの職員さんには見えない。受付窓口が高いこともあり、椅子を積み重ねてその上に立っている姿を見ると、なおさらそう思えてくる。
「昨日お話ししていた通り〜、お二人にぴったりの依頼を用意しておいたのですよ〜。ちゃんとギルドに来てくれてよかったです〜」
「昨日約束しましたからね。僕もどんな依頼を紹介してもらえるのか、楽しみにしてましたから」
昨日チャームさんは、僕たちにぴったりの依頼を用意してくれると言っていた。
しかもできるだけ稼ぎのいい依頼だと。
それがいったいどんな依頼なのか、僕は冒険者としてわくわくしていた。
いつもみたいな採取依頼でもすごく楽しいんだけど、たまには違った依頼も受けてみたいからね。
それに、チャームさんが僕たちのことをどう評価してくれているのかも、これで知ることができる。
僕たちにぴったりの依頼。それはつまり、今の僕たちの実力に見合った依頼ということだ。
他人の評価以上に、自分を正しく見つめることはできない。
今の自分の実力の程がどれくらいのものなのか、それを知る貴重な機会だ。
「それではさっそく依頼の紹介をするのですよ〜。今回サビサビ君たちに受けてもらいたい依頼は〜、『捜索依頼』なのです〜」
「そ、捜索依頼?」
基本的にエリアの中で“何かを探す依頼”のことだ。
物探しだったり人探しだったり、はたまたペット探しを依頼されることもある。
探すという意味では『採取依頼』と似ている部分もあるが、集めるよりも見つけることに重きを置いているのが『捜索依頼』の特徴と言えるだろう。
僕たちも前に一度だけ受けてみたことがあるけれど、それはエリアの中ではなく町の中での捜索依頼で、セレブっぽいお婆さんが迷子になってしまったお孫さんを一緒に探してほしいと依頼してきたのだ。
およそ冒険者の仕事とは思えないような微笑ましい依頼だったと記憶している。
あれはあれで大切な依頼だったし、意外にも採取依頼より報酬金が高かったけれど、僕が想像しているような冒険者らしい仕事ではなかったな。
だから捜索依頼を用意したと言われても、僕はいまいちピンと来ていなかった。
「どうやらお二人は〜、採取依頼が得意みたいですので〜、できればその方面の依頼を用意したかったんですけどね〜。もしかしてお二人は〜、採取依頼を専門にしてる〜、『採取冒険者』でも目指しているんですか〜?」
「い、いえ、そういうわけでは……。ブロンズクラスで受けられる依頼が、採取依頼と捜索依頼の二つに限られているってだけの話です」
で、そのどちらかを選ぶなら、僕たちは採取依頼のほうがいいと思ったので、それを受け続けていただけだ。
だから別に採取冒険者を目指しているわけではない。それはそれで結構面白そうだけど。
「そうですか〜。それを聞いて安心しました〜。もし『採取冒険者』を目指しているなら〜、今回の依頼は気に入ってもらえなかったと思いますから〜。私としては〜、今のお二人に一番ぴったりだと思うんですけどね〜」
「それでその、僕たちはいったい何を探してくればいいんでしょうか?」
迷子? それともペット?
まさか家の中でなくし物をしたから、それを探すのを手伝ってほしいとか、そんな雑用みたいな依頼じゃないよね?
なんて嫌な予感を抱いていると、チャームさんはニコリと笑って答えてくれた。
「ある人の『神器』を探してきてほしいのです〜」
「……神器?」
神器を探してきてほしい。
それが今の僕たちにぴったりの依頼……なんだろうか?




