第三十五話 「修行」
依頼報告を終え、ギルドを後にした僕たちは、すっかり暗くなった町を歩いていた。
噴水広場にいた時は日が沈みかけていたので、ギルドで話をしている間に夜を迎えたらしい。
町の家屋からは光が漏れ、酒場からは賑やかな喧騒が聞こえてくる。
レッド村では、こんな時間に外を出歩いている人なんて滅多にいなかったけど、町ではむしろこの時間からが騒がしいくらいだ。
そんな中で僕は、いまだに黙り込んでいるダイヤの手を引きながら、町の大通りを進んでいた。
やがて人気のない小道に折れ、そこでようやく僕はダイヤの手を放す。
周りに人がいないことを改めて確認してから、僕は口を開いた。
「さっきの、チャームさんから聞いた話のことなんだけど……」
「は、はい」
どうやらダイヤも聞かれるとわかっていたみたいで、すぐに反応してくれた。
あまり人に知られたくないことだろうと思ったので、こんな裏道に入ってから話を始めたけど。
よくよく考えてみたら、初めて例の話をしてくれた時はご飯屋さんのテーブルでだった。
ダイヤはそこまで気にしていないのだろうか。
もしかしたら不要な気遣いだったかもしれない。なんて思いながら、僕は続けた。
「ダイヤのお父さんとお母さんの行方不明と、何か関係でもあるのかな? ブルーストリアの冒険者が、エリアに行ったきり帰ってこないって言ってたし」
「わかりません。確かにお父さんとお母さんの件と、少し似ていると思いましたけど、それだけで関係があると言い切るのは……」
ダイヤは難しい顔をして、さらに続けた。
「それに、お父さんとお母さんの場合は、『白金窟』という特定のエリアに行ったことで行方がわからなくなってしまいました。どこか特定のエリアで行方不明になっているわけではないみたいですし、お父さんとお母さんの件とは少し違う気がします」
「……そうかもね」
正直、僕もそう思っていた。
今回ブルーストリアで起きている事件は、『冒険者が行方不明になってしまった』というもの。
どこか特定のエリアに行って帰ってこなくなってしまったというわけではなく、単純に依頼に出掛けて姿が見えなくなってしまったのだ。
となるとチャームさんの言っていた通り、依頼達成を諦めて逃げ出したと考えるのが自然だろう。
何らかの事件に巻き込まれたのだとしても、それがダイヤのご両親の件と直結しているとは考えにくい。
それに、行方がわからなくなった冒険者たちは、みんなブロンズからゴールドのクラスだと言っていた。
一方で、ダイヤのご両親はプラチナクラスの冒険者だったらしい。
ということを踏まえると、やはりダイヤのご両親の件とは無関係なのかもしれないな。
まあ、無関係なら無関係で、それは逆に気になる事件だけれど。
「まあ、ひとまずこの件は置いておきましょう」
「……ダイヤ」
「ここで考えていたって仕方がありませんし、私たちにはやるべきことが山ほどあります。ですから今は自分たちのことを考えましょう」
と言うダイヤの顔が、ちょっとだけ無理をしているように見えた。
だから僕は思わず眉を寄せてしまう。
本当は冒険者の行方不明の事件が気になるから、ブルーストリアに行きたかったんじゃないのかな。
僕が勝手に話を進めてしまったせいで、言い出しづらい雰囲気を作ってしまったんじゃないのかな。
「そんな顔しないでくださいよ。私は大丈夫ですから。ずっと黙り込んでいたので、心配させてしまったみたいですね」
「い、いや、心配というか、何というか……」
「確かに少し気掛かりですけど、今は自分たちのことに集中するべきですから。それに私、考え事をする時って、口を閉じちゃう癖がありまして。別にそこまで思い詰めているわけではありませんよ」
だから心配はいりません。
と、ダイヤはいつも通りの笑みを浮かべてくれた。
考え事をする時に口を閉じちゃうっていうのは、僕もわからなくはないけど。
やっぱり気掛かりなのは違いないみたいだ。
でも、ダイヤがそう言う以上、僕から言えることはもう何もない。
それに自分たちのことに集中するべきという彼女の意見ももっともだ。
僕たちは立ち止まっている暇なんてない。
わざわざ危険なブルーストリアに行くより、ミルクロンドで安全に着実に成果を上げていくべきだ。
この町のギルドには頼りになるチャームさんもいることだし、彼女のサポートを受けられる今の環境を大切にするべきである。
少なくても、明日は稼ぎのいい依頼を紹介してもらえるみたいだし、ブルーストリアに行くかどうかは、それが終わった後にでも検討するとしよう。
というわけで今後の方針を話し終えた僕たちは、再び小道から大通りに出た。
するとダイヤが、先ほどまでの真剣な様子がまるで嘘だったみたいに、拍子抜けするほど明るい声を上げた。
「それでラストさん、この後はどうしますか?」
「この後?」
「一緒に晩ご飯でも食べに行きますか? ちょっと遅くなっちゃいましたけど、帰ってきてから何も食べてませんし……」
「あぁ、そうだね」
そういえばそうだったと思い出す。
町に戻ってきてから、まだ何も口にしていなかった。
ダイヤはジュースを飲んでいたみたいだけど、その一杯きりだったようだし。
いつもならもっと早く依頼報告を終えて、その足で格安定食屋さんに行くのが僕たちの習慣なんだけど、今日は遅くまで話し込んじゃったからなぁ。
それなら今から一緒に……
と考え掛けた僕だったが、遅れて『あっ』とあることに気がついた。
そろそろ時間がまずいかもしれない。
「ごめん。今日はもう解散でいいかな? あんまり遅い時間になっちゃうと、町の守衛さんに色々聞かれちゃうからさ。早めに行って、早めに終わらせたいんだ」
……何を? という疑問は、ダイヤから返ってこなかった。
事情を知っている彼女は、言葉足らずな僕の台詞を聞いても、瞬時にその意味を理解してくれた。
「また、“修行”ですか?」
「うん。毎日欠かさないようにしてるからね。ただでさえ周りのみんなからは出遅れちゃってるし、早いうちにこの神器に慣れておきたいんだ」
僕は右手の親指で、コツンと背中の剣の柄を小突く。
僕は強くなると決めた日から、ずっと“修行”をしてきた。
東門から町を出て、町の外壁に沿って歩いたところにある芝生の広場。
一本杉だけが立つその場所が、僕の特訓の地である。
人通りもなくて静かだし、周りには邪魔になるものが何もないので修行場所には最適なのだ。
まあ、神器の強化をする修行なら、危険域まで行って魔物と戦うしかないけれど、僕の場合は趣旨が違うからね。
町を出てすぐのところにある広場で充分なのだ。
「では、今日はここで解散にしましょうか」
「うん。せっかくご飯誘ってくれたのに、ごめんね」
「いえいえ。依頼の後で大変でしょうけど、気をつけて修行してきてください。それで明日は……?」
「いつも通り、朝九時に噴水広場に集合で。明日もよろしくね、ダイヤ」
「はい!」
そして僕たちは『お疲れ様』と言い合って、今日は解散した。
その後、ダイヤは宿泊している宿屋の方に向かい、僕は町の東門に足を進める。
ダイヤの言った通り、依頼の後で若干の疲れを感じるけれど、休むわけにはいかない。
僕は一刻も早く自分の神器に慣れて、上手に使いこなせるようにならなければいけないのだ。
強くなるために、あの人に追いつくために……。
それに、こういう地味な頑張りは、案外嫌いじゃないからね。
僕は感じていた僅かな疲れをすっかり忘れ去り、町の大通りを上機嫌に駆け抜けた。




