第三十二話 「一人の少年として」
(あいつ? “あいつ”とはいったい誰のことを指しているのでしょう?)
と、一瞬だけ疑問に思うダイヤだが、すぐにはたと思い当たる。
アメジストと共通の知り合いで、この場で話題に上がるとしたら、“あの少年”以外に他ならないだろう。
「ひょっとして、ラストさんのことですか?」
「……そ、そうよ。で、あいつとはどんな感じなの?」
「ど、どんな感じ、と言われましても……別に普通ですけど」
なんとも抽象的な問いかけに、ダイヤはなんて答えたものかわかりかねた。
どんな感じと言われても、普通と答えるしかない。
いったいアメジストはどんな答えを望んでいるのだろうか。
「ラストさんとは、普通にパーティーを組んでますし、普通に一緒に依頼を頑張ってますし、普通に大切な仲間だと……」
「いや、そうじゃなくて、その……あいつのことどう思ってるのかとか、そういう意味で……」
「……?」
どう思っているか?
ダイヤはしばしポカンと固まる。
疑問の意図を無言で考え続けて、やがて彼女はハッとなった。
「も、もしかしてアメジストさん、ラストさんのことが好きなんですか?」
「はっ? わたしが?」
アメジストはなんとも素っ頓狂な声を上げ、目を玉のように丸くした。
なんだか的外れなことを言ってしまったような空気。
ダイヤのその懸念の通り、アメジストは心底嫌そうな顔をした。
「ちょっと、悪い冗談やめてよね。なんであんな“なよなよ”した奴を好きになんなきゃいけないのよ。あんな奴、私の好みとは正反対なんだから」
「あ、あれっ? そうなんですか?」
てっきりラストのことが好きだから、どう思ってるのか聞いてきたのかと思った。
試験の時は間一髪のところで助けに入るという、なんとも劇的な展開になったし、助けてくれたラストに対して少なからずの好意があると思ったのだが……
というダイヤの予想は、まったくの勘違いに他ならなかった。
「私はもっと男らしくて、ちょっとくらい強引な人の方がタイプなんだから。間違ってもあんな奴を好きになんてならないわよ」
「そう、なんですか……」
ダイヤはなんだかちょっと複雑な気持ちになる。
例えようのないこの気持ちは、いったい何なのだろう?
それに、あまり見えないかもしれないけど、ラストにも男らしいところはある。
試験の時はちょっと強引な部分もあったし、まったく男らしくないなんてことは……
と言いたいダイヤだったが、それより先にアメジストが、聞こえないくらい小さな声で呟いた。
「……ま、あんたと仲直りさせてくれたのは、感謝してるけど」
「……?」
「って、そうじゃなくて! 私が言いたいのは、男女二人きりでパーティーを組んでるんだから、あいつのことが好きだったり、なんかあいつと付き合ってたりするのかなって、そう思っただけで……」
「えっ? いえ別に、付き合ってませんけど。私たちは普通のパーティーメンバー同士ってだけです。でもどうして、わざわざそんなことを……?」
改めてそんなことを聞いてくるアメジストを疑問に思った。
ラストのことが気になっているわけではないのなら、なぜそんな質問を?
と首を傾げていると、再びアメジストは聞き取れないくらい小さな声で、何かを呟いた。
「あんたは私のライバルだから、女として先を越されたくないというか……」
「……?」
やはりその声もダイヤには聞こえず、頭上は疑問符でいっぱいになった。
「と、とにかく! 何もないならそれでいいのよ!」
「は、はぁ……」
やけくそ気味にジュースを吸い尽くすアメジストに、ダイヤは釈然としない視線を向けた。
本当にどうしたというのだろうか。
するとちょうどそのタイミングで、誰かがこちらに駆け寄ってきた。
「「おーい、アメ―!」」
「あっ、やっと帰ってきたわね」
少し背の低いポニーテール姉妹。
大きな鎌を引きずるように背負うその姿から、遠方からでもすぐにスピネルとラピスだとわかる。
二人はアメジストの前までテテテと走ってくると、赤と青のポニーテールを振り乱しながら激昂した。
「聞いてよアメ! 神器修復の時、ラピスが順番無視して横入りしてきたの!」
「先に横入りしたのはスピネルの方でしょ! 私のほうが前に並んでたのに! 悪いのはスピネルのほうよ!」
「はいはい、そこまでにしておきなさいよ二人とも」
姉妹の喧嘩姿を見て、アメジストは呆れた様子で仲裁に入る。
なんだかすっかり手慣れた様子だ。
スピネルとラピスが喧嘩をして、それをアメジストがなだめるというのはよくある光景なのだろうか。
なんて人知れずダイヤが考えていると、アメジストは円柱から背中を離した。
「それじゃあねダイヤ」
「あっ、はい。さようなら……」
こちらの挨拶を背に、アメジストはさっさと姉妹を連れて去ってしまった。
話したいことはすでに済んだ。これ以上話すことはない。そういうことなのだろうか。
それはそれでなんだか寂しいと、ダイヤはアメジストの背中を見届けながら思った。
(もしかして、アメジストさんが話しかけてきた本当の理由は、さっきの質問をするためなんでしょうか?)
一緒にパーティーを組んでいるラストのことをどう思っているのか。
もしその質問をするために話し掛けてきたのだとしたら、それもそれで辻褄が合ってしまう。
最初にラストがいないことを確認してきたし、ラストがこの場にいてはしづらい質問だったから。
ラストのことをどう思っているか……
そんなの、自分でもわからない。
「うぅ、お待たせダイヤ〜……」
「ラ、ラストさん!?」
気が付くと、円柱の裏側にラストがいた。
なんだかすごく疲れ果てた様子で円柱に寄り掛かっている。
今の今までラストのことをどう思っているか考えていたため、驚いた声を漏らしてしまったダイヤだが、すぐに気を取り直して尋ねた。
「ど、どうしたんですかラストさん? そんなに疲れた様子で……」
「神殿でスピネルとラピスに会って、神器修復待ちの間ずっと絡まれちゃってさ。『試験の時に勝ったからって調子に乗るんじゃないわよ』とか、『次やったら絶対にアメが勝つ』とか」
「あ、あはは……」
その光景は容易に想像がついた。
そんな二人の相手を、神器修復待ちの間ずっとしていたとなれば、この疲弊も当然のものだ。
しかしラストはすぐに気を取り直し、ビシッと姿勢を正した。
「さてそれじゃあ、ギルドに依頼報告に行こうか。お待たせしちゃってごめんね」
「い、いえ。では、行きましょうか」
先を歩いていくラストの後を、ダイヤは少し遅れてから追いかけ始める。
そして彼の背中を見つめながら、ダイヤはぼんやりと考えた。
ラストのことをどう思っているか。
アメジストからそう問いかけられるまで、深く考えたことなんてなかった。
いったい自分は、この【さびついた剣】を背負う純真な少年のことをどう思っているのだろうか?
パーティーメンバーとしてではなく、大切な仲間としてでもなく、たった一人の少年として……
「……うぅ〜ん」
当然、すぐにその答えが出てくるはずもない。
まあ、二人きりでパーティーを組んでいるとはいえ、まだせいぜい一週間程度しか一緒にいないのだ。
お互いのことだってほとんど知ることができていない。
だからひとまずこの疑問は、“保留”としておこう。
そう片付けることで、ダイヤは言いようのない気持ちをストンと落ち着かせたのだった。




