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第三十一話 「神器修復」

 

 採取依頼を達成し、ラストとダイヤは無事に町に戻ってきた。

 そしてその依頼の報告をするためにギルドに向かう必要があるのだが、二人はまず先に別の場所に足を運んだ。

 駆け出し冒険者の町――ミルクロンドの中心部。

 町の人たちがよく待ち合わせに利用している『噴水広場』だ。

 白く輝くタイルが円形に広がり、その広場の中心に大きな噴水が立っている。

 噴水を形づくる煉瓦もすべて真っ白に磨かれていて、土足で立ち入るのを少し躊躇わせる広場となっている。

 何本もの円柱が噴水広場を囲むようにそびえ立っており、待ち合わせをしている人たちはそれを背もたれにしていた。


「それじゃあ僕は神殿に行って、神器修復(メンテナンス)してくるから」


「はい。それではここで待ってますね」


 ラストとダイヤはそう言い合って、いったん二手に分かれた。

 ダイヤは円柱の一つに背を預け、ラストの帰りを待つことにする。

 冒険者は基本的に、依頼から戻ってきたら神殿か治療院に足を運ぶ。

 治療院に行くのは冒険で負った怪我を治すためで、一方で神殿に行くのは神器の耐久値を回復させるためだ。

 それを一般的に『神器修復(メンテナンス)』と呼ぶ。

 魔族と戦って傷ついた神器、あるいは破壊されてしまった神器を、万全の状態に戻す儀式。

 だから夕暮れ時の今頃は、いつも神器修復メンテナンス待ちの冒険者たちで神殿がごった返している。


「……ふわぁ」


 けれどダイヤにとってそれは、少し縁遠い話である。

 というのも彼女の盾の神器には、『不滅』という神器の耐久値が減らないスキルが宿っているからだ。

 その名も【不滅の大盾】。

 誰にも壊すことの叶わない絶対不変の神器で、言ってしまえば神器修復メンテナンスを必要としない神器でもある。

 だからダイヤはいつも、ラストの神器修復メンテナンスが終わるまで噴水広場で待っているのだ。

 なんなら一緒に順番待ちをすると言ったダイヤだったが、それは申し訳ないと言ってラストは断った。

 どちらにしても彼女は、広場でじっと待っていなければならないのだが。


「……ふふ」


 しかしダイヤはこの時間が、意外にも嫌いではなかった。

 神殿で人ごみにもまれることがないというのもそうなのだが。

 何より自分が、ちょっとだけ特別な存在のように思えるからである。

 他の冒険者たちが当たり前のようにしていることが、自分にはまったく必要ない。

 なんだか、昼間にみんなが仕事をしている中、一人だけ家でゴロゴロしているような、そんな背徳感にも似た感情がぞわぞわとこみ上げてくる。

 と、人知れず頰を緩ませていると……

 突然トントンと、右肩を叩かれた。


「――っ!?」


 びっくりしてそちらに視線を向けると、そこには一人の少女が立っていた。

 紫を基調としたローブに身を包み、ミニスカートのように丈を短くしている。

 同色の長髪を夕日で輝かせ、微風に乗せるようにひらひらと靡かせていた。

 

「なに一人で笑ってんのよ」


「ア、アメジストさん……」


 ダイヤの幼馴染である、【紫電の腕輪】の使い手アメジスト。

 同じ冒険者試験を受けた少女で、彼女もまだこのミルクロンドに滞在中なのである。

 だから時折その姿を町中で見掛けてはいたが、こうして話し掛けてきたのは意外にも初めてだ。

 そう驚くダイヤをよそに、アメジストはどこか呆れたような顔でダイヤのことを見ていた。


「こんなとこで何してんのよ? 何か面白いものでもあった?」


「ち、違います違います! 神殿に行ったラストさんの神器修復(メンテナンス)待ちをしてるだけですよ。それでちょっと、思い出し笑いというか、何というか……」


 一人で笑っていたところを見られてしまっていたみたいだ。

 恥ずかしく思ったダイヤは、慌てて誤魔化そうとする。

 しかしその努力も虚しく、アメジストはまったく別の方向に話を持って行った。


「ふぅ〜ん、あいつの神器修復(メンテナンス)待ちね。じゃあ今一人なのね」


「えっ?」


 ……一人ですけど、それがどうしたというのでしょう?

 とダイヤは首を傾げる一方、アメジストも同じく一人だったので問い返した。


「ところで、アメジストさんはどうしてここに? スピネルさんとラピスさんは?」


「私も同じよ。スピネルとラピスのメンテ待ち。今頃はあの子たち、神殿で順番待ちでもしてるんじゃないかしら」


 という返答を受け、ダイヤは“あぁ”と納得する。

 ダイヤの【不滅の大盾】はスキルにより耐久値が減らない。

 対してアメジストの【紫電の腕輪】は、触媒系の神器で遠距離から敵を狙える。

 そのため直接的な攻撃を受ける機会が少なく、ダイヤと似たように神器の耐久値を消耗することはほとんどないのだ。

 自分だけが特別というわけではないと改めてわかり、ダイヤはちょっとだけ残念に思った。


(でしたら今頃、お二人はラストさんと会っているかも……)


 再びダイヤはニコリと頰を緩ませた。

 あの三人がいったいどんな話をしているのか想像もつかない。

 いやそもそも話すらしていないかも……なんて思っていると、不意にアメジストが傍らを指差した。


「ねえ、ちょっとそこ寄らない?」


「えっ? あの露店に……ですか?」


 見るとそこには、ジュースを売っている露店があった。

 最近都会で流行っている、果実を粗くすり潰して大きめのストローで吸いながら食べるという、飲み物と食べ物の中間みたいなジュースだ。

 色鮮やかな見た目と、甘酸っぱい美味しさから、若い女性に人気だとかなんとか……

 ダイヤはにわかにそんなことを思い出していると、アメジストが素っ気ない様子で続けた。


「何なら奢ってあげるわよ。特別にね」


「い、いいんですか? でもどうして……」


「ほら、私の気が変わらないうちにさっさと行くわよ。ついてきなさい」


「あっ、はい!」


 半ば強引に露店前に連れて行かれる。

 すると店の看板にはたくさんのメニューが書かれていて、思わずダイヤは目移りしてしまうが、対してアメジストはメニューを一瞥しただけでさっと決めた。


「何にする? わたし白いやつ」


「じゃ、じゃあ私は……えっと……紫のやつで」


 アメジストが色で商品を示したため、反射的にダイヤも色で指定してしまう。

 それでも店員さんはしっかりこちらの希望を理解し、注文通りの商品を作ってくれた。

 そして言った通り、代金はアメジストが払ってくれた。

 ダイヤは受け取った紫果実のジュースを、ありがたい気持ちでチューと吸う。

 同じくアメジストも一口飲み、お互いに感想を言い合った。


「あっ、美味しいですねこれ。甘過ぎなくて飲みやすいですし」


「ん、まあまあね」


「……」


 お店の前で正直にそう言うのは、ちょっと……

 と苦笑いするダイヤだったが、この正直さこそがアメジストなのだとダイヤは再認識した。

 これが彼女の悪いところでもあり、同時に良いところでもあるのだ。

 そして二人はジュースを片手に噴水広場の円柱に戻り、揃って背をもたれる。

 そのまましばらくチューチューと無言でドリンクを吸い続け、何とも言えない沈黙に包まれてしまった。


(な、何か、面白い話を……)

 

 沈黙に耐えかねて、ダイヤは何か話を振ろうと考えた。

 お洒落なアメジストと一緒に、お洒落な物を飲んでいる。

 何か女子らしいお洒落な会話に花を咲かせたいものだ。

 いや、そもそもどうして自分はお茶に誘われたのか。

 ジュースまで奢ってもらい、そこまでしてもらう覚えがまったくない。

 と、半ば混乱したダイヤだったが、彼女はふとアメジストに言いたかったことを思い出した。


「あっ、そういえば、冒険者試験合格おめでとうございます」


「あらっ、知ってたのね」


「はい。ギルドの職員さんから聞いて、『おめでとう』って言いたかったんですけど、なかなか言う機会がなくて……」


 一昨日、アメジストたちが再試験となる『特別試験』を受け、見事合格したというのを耳にした。

 彼女たちには、ラストと一緒に試験合格するための手助けもしてもらったため、ずっと『おめでとう』と言いたかった。

 しかし町ではチラッと見掛ける程度だったので、声を掛けてまで呼び止める勇気は残念ながらなかったのだ。

 だからこうして向こうから話しかけてきてくれたので、ダイヤは深く安堵している。

 するとアメジストは、心なしか胸を張り、ちょっと得意げな様子で言った。


「これで私たち三人も冒険者になれたわ。おかげさまでね。ありがとうねダイヤ」


「いいえ、こちらこそありがとうですよ、アメジストさん。アメジストさんたちのおかげで、ラストさんと一緒に冒険者になることができたんですから」


 改めてあの時のお礼を口にする。

 合格のための試験人形をアメジストからもらい、そのおかげでラストと一緒に冒険者になれた。

 お礼を言うのはこちらの方だと、ダイヤは今でも思っている。

 するとアメジストは、ジュースから伸びるストローをダイヤに向け、同時に勝気な表情を浮かべた。


「冒険者試験では先を越されちゃったけど、今度は私たちが先に昇級してみせる。絶対に負けないわよダイヤ」


「はい。私たちも頑張ります」


 改めて冒険者として決意を表明し合うと、二人は深い笑みを交わした。

 昔はお姉ちゃんみたいな存在だと思っていたが、今は少しだけ違う。

 一番の友達であり、一番の好敵手。

 姉妹みたいな関係性も良かったが、この感じも心地よくて熱いものだとダイヤは思った。


(あっ、もしかして、これを言うために声を掛けてくれたのでしょうか?)


 試験合格の報告。そして今後の決意表明。

 それを言うために声を掛けてくれたのだとしたら、最初にラストがいないか確認してきたのも頷ける。

 アメジストはラストを苦手にしているように見えるから。

 たとえ再試験に合格したという報告だけでも、直接会話するのは躊躇われるのだろう。

 きっとプライドが邪魔をして、高圧的な態度をとってしまうと自覚があるから。

 それなら後で、自分の口から伝えておこう。とダイヤが密かに考えていると……


「ところで、さ……」


「……はいっ?」


 アメジストが不可解な問いかけをしてきた。


「あ、あいつとは、どんな感じなのよ」


「……あいつ?」


 ダイヤは思わずきょとんと首を傾げた。


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