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第三十話 「迷子」

 

(……私は、迷子だ) 


 森の中で、一人の少女が静かに暗天を見上げる。

 今夜は雲がほとんどない晴天により、星々が綺麗に瞬いていた。

 暗い気持ちを明るく照らし出してくれるような、優しい夜だと誰もが思うことだろう。

 しかし少女の心は反対に、今にも雨が降りそうなほど曇ってしまっている。


(……私は、迷子だ)


 そう思ったすぐ後に、『やはり自分は迷子ではないかもしれない』と自らにかぶりを振る。

 自分で言っておいて何だけど、『迷子』という言葉は自分には相応しくない。 

 なぜなら『迷子』とは、帰る場所がある子に用いられる言葉だからだ。

 自分には、帰る場所なんてない。

 だから『迷子』というのは明らかに間違っている。

 では自分はいったい何者なのだろう? それすらもわからない。


「おい、さっきのガキはどこに行った!?」


「町まで逃げられたら最悪だ! さっさと見つけ出して狩るぞ!」


 そんな声が後方から聞こえ、途端に少女は顔を曇らせる。

 そして逃げ去るように、逆の方に走り出そうとしたが……


「痛っ……」


 足を一歩踏み出した瞬間、右膝にズキッとした痛みが走った。

 目を落とすと、そこが擦り切れているのがわかる。

 先ほど転んだせいだろう。少女はすぐさま冷静な判断をし、すかさず右手を膝にかざした。


「……【回復(ヒール)】」


 瞬間、右手の平と、人差し指に付けた指輪がポッと光った。

 薄暗い森の中を、僅かに黄色く照らし出してくれる。

 しばらく光が灯り、それが次第に収まると、いつの間にか膝の傷が綺麗さっぱり消えていた。

 少女は具合を確かめるように、右足のつま先をトントンと地面に小突くと、今度こそ逃げ出すように走り出した。

 膝の痛みは完全になくなった。走るのもまったく問題ない。

 しかし少女の胸中は、ズキズキと痛むような思いで一杯だった。

 

(……私は、“この力”が嫌いだ)

 

 こんな力を持っていなければ……

 奴らに見つかっていなければ……

 そもそも、こんな風に生まれてこなければ……

 

「……」


 少女は唇を噛み締めて、誰に言うでもなく心中でこぼす。


(……助けて)


 誰も助けてくれる人がいないのがわかっていながら、少女はそう願う。

 誰も自分のことなんて助けてくれない。私には居場所なんてないから。

 それでも彼女は、切に願い続ける。

 言っていればいつかは、本当に助けに来てくれるかもしれないから。

 ……そんなはず、あるわけないのに。


(……助けて……お兄ちゃん)


 少女は涙を散らしながら、真っ暗な森を走り続けた。




――――




 冒険者試験に合格してから、一週間が経過した。

 僕とダイヤは憧れていた冒険者として、日々依頼をこなしている。


「これくらいでいいかな?」


「はい。充分だと思います」


 僕たちは手に持っている袋の中を見て、お互いに確認し合った。

 中にはたくさんのツヤツヤとした草が入っている。

 少し透明で、草を覗き込むと自分の姿が僅かに反射する。

 これは『見鏡草(みかがみそう)』といって、七色森で採れる異質な素材の一つだ。

 丈夫でありながら加工がしやすく、色々な物の材料になっていると聞く。

 これを七色森で集めて、袋を一杯にするというのが今回の依頼内容だ。


「採取依頼はすっかり慣れてきたね。時間もそんなに掛からなくなってきたし」


「はい、そうですね。まあ、ずっと同じエリアで採取依頼をしているからかもしれないですけどね」

 

 基本的に危険域(エリア)でしか採取できない物に関しては、このように採取依頼が出されている。

 エリアで物を採取する際は、魔物に襲われる危険があるからだ。

 だからエリアで欲しい物がある時は、冒険者に採取に行かせる人が多い。

 もちろん自分で神器を握って、エリアに採取しに行く人もいるが、そうできない人が多いのが事実である。

 神器のランクが低かったり、魔物が怖くて戦えなかったり、単に面倒くさかったり。

 あとはまあ……


「採取依頼って、魔物と戦わずに済む場合もあるから、一番簡単な依頼って言われてるんだよね。報酬も少ないし、冒険者手帳(ギルドブック)印章(スタンプ)だって貯まりづらいし。すぐに慣れちゃうのも当然かもね」


 僕たちに支払われる報酬が少ないということは、当然依頼主が払う報酬も少なく済む。

 安く、それでいて危険を伴わずに素材を仕入れることができるなら、自分で行こうと考える人の方が少なくなって当たり前だ。

 駆け出し冒険者の僕たちからしたら、依頼があるだけまだありがたい話だけど。

 ブロンズランクで受けられる依頼は、基本的に危険度の低いエリアでの『採取依頼』と『捜索依頼』くらいだからね。

 他の依頼はもっとランクを上げたり、受付さんから実力を認めてもらわないと紹介してもらえなかったりする。

 例外として、依頼主が直接冒険者を指名すれば、色んな依頼が入ってくることもあるけど、実績皆無の僕たちにそんな酔狂な真似をする依頼主が現れるはずもない。

 ともあれ、一回の依頼料が3000キラ(激安宿屋およそ二泊分の料金)で済むのは、この七色森での採取依頼くらいではないだろうか。


「あっ、そういえば冒険者手帳(ギルドブック)印章(スタンプ)って、どれくらい貯まったっけ?」


 僕はふと疑問に思い、懐から銅色の手帳を取り出した。

 そしてページを開き、すぐに僕は肩を落とす。

 冒険者試験に合格した時にもらった冒険者手帳ギルドブック

 これには依頼達成の証明として印章(スタンプ)を押してもらうことになっている。

 この印章(スタンプ)を一定数集めることで、冒険者ランクを上げる『昇級試験』を受けることができるのだ。

 簡単な依頼ではこの印章(スタンプ)も集めにくい。

 難易度の高い依頼なら、一気に10スタンプとか稼ぐこともできるけど、七色森での採取依頼は基本的に1スタンプだけだ。

 僕たちは二人で依頼を受けているので、1スタンプの半分――半印章(ハンスタ)ずつ押してもらっているけれど。

 これでは昇級試験を受けられるようになるまで、いったいどれほどの依頼を達成しなければならないかわかったものではない。

 まあ、凶悪な背教者(レネゲイド)を捕まえたり、脅威となる強い魔人の討伐を認められたら、試験を受けることなく『特別昇級』という形で昇級することもできるけど。

 しかしそれは運の要素が大きく絡むので、あまり期待はできない。

 やはり地道に依頼を達成し、少しずつ印章スタンプを集めるのが確実な方法だ。

 ダイヤもそのことは充分にわかっているらしく、肩を落とす僕を励ましてくれた。


「コツコツと頑張っていきましょう。緩やかな前進ですが、確かに前に進んでいる証なんですから」


「うん、そうだね。確かにダイヤの言う通りだよ。あっ、でも……」


 僕は冒険者手帳ギルドブックと一緒に取り出した財布を振り、その軽さに苦笑を禁じ得なかった。


「やっぱり早めに昇級はしたいよね。お互いに目的があるのもそうだけどさ……」


「……?」


「そのぉ、下世話な話、生活費がね……」


「あぁ……」


 ダイヤも同じく金欠なのか、深く納得したような声を漏らす。

 駆け出し冒険者の町――ミルクロンドに来てから一週間ちょっと。

 これまで宿を借り続けてきて、当然出ていくお金は多かった。

 駆け出し冒険者の町と言うことながら、それなりに激安の宿屋もあるけれど、それでもタダというわけではない。

 町で暮らしていくだけでもそれなりのお金が掛かるのだ。 

 だから早めに昇級して、報酬金の高い依頼を受けられるようになりたいものだ。


「いつかは立派な冒険者として、大きな町にパーティーハウスも建てたいからね。そこでパーティーメンバーたちと一緒に共同生活っていうのも、ちょっと憧れてるんだ」


「あっ、いいですねそれ。仲間たちと一緒に暮らすのはとても楽しそうです」


「まあ、その夢を叶えるために、いったいどれくらいの時間が掛かるのか、それこそわかったもんじゃないけどね」


 僕たちは遠い夢の話に、ぎこちない笑みを浮かべ合った。


「それじゃあ、そろそろ町に戻ろうか。依頼も達成したし、日も落ちてきそうだしね」


「はい、そうですね」


 空を見上げてからそう言った僕たちは、町に戻るために帰路につい……


「グガァ!」


 ……たと思ったら、傍らの茂みから狼に似た魔物が飛び出してきた。


「げっ!」


 冒険者試験の時にも現れた、ちょっとトラウマな魔物。

 僕はすかさず背中の剣に手を走らせる。

 だが、それは良い意味で遅かった。

 剣の柄を握った瞬間には、目の前にダイヤの背中があった。

 

「ラストさんっ!」


 ガンッ! と甲高い音が森に響き渡る。

 ダイヤの持つ【不滅の大盾】と、狼の魔物が激突した衝撃音だ。

 危ないところをダイヤに助けてもらった。

 僕の剣が間に合わなかったわけではないが、ダイヤが間に入ってくれていなかったら、たぶん【さびついた剣】で敵の攻撃を防ぐことになっていただろう。

 そうなれば最悪、神器破壊をされていた可能性もある。そこまで考えていたかはわからないけど、ダイヤはすごく良い動きをしてくれた。


(それにしても、相変わらずとんでもない反応速度だ……)

 

 ダイヤの嗅覚というか『防衛本能』にはいつも舌を巻かせられる。

 今日まで一緒に共闘してきて、何度この瞬発的な防御に“あっ”と思わされたことだろう。

 ダイヤいわく、いじめられていた経験と臆病な性格から、敵意や悪意を人一倍敏感に感じるらしい。

 それで攻撃の予兆がなんとなくわかるとか……

 正直すごすぎると思う。これも一種の才能なのだろうか?

 これ以上、盾の神器の持ち主に相応しい人材は他にいないだろう。


(……って、感心してる場合じゃない!)


 僕は気を取り直して、背中に吊るしている【さびついた剣】をザラザラッと抜刀した。


「進化!」


 そしてすかさず【呪われた魔剣】に進化させ、ダイヤの裏から飛び出す。

 攻撃を防がれて怯んでいる魔物に肉薄し、左腰に構えた魔剣を水平に斬り払った。

 魔物は叫びを上げることもなく、静かに光の粒となって消滅した。

 今日も【呪われた魔剣】の切れ味は、装備者の僕が冷や汗を流すほど恐ろしいです。

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