第三話 「さびついた剣」
「ぷっ……」
誰かが耐え切れないとばかりに笑い声を上げた。
「あははははっ! なんだよそれラスト! 汚ねえボロボロの剣なんか出しやがって! どう見たって最低のFランク神器じゃねえか! あぁ腹いてえ!」
そんなヘリオ君の笑い声に釣られて、周りの人たちも小さな笑みをこぼしていた。
あれだけたくさんの良質な神器が出続けていて、周囲の期待が高まっている中で、このボロボロの剣だ。
笑ってしまうのだって無理はない。
僕も当事者でなければ笑っていたかもしれない。
だが僕は紛れもなく当事者であり、もちろん笑い事で済ませることなんてできなかった。
僕は今一度授かった神器に目を落とす。
名前:さびついた剣
ランク:F
レベル:1
攻撃力:1
恩恵:筋力+0 耐久+0 敏捷+0 魔力+0 生命力+0
スキル:
耐久値:10/10
刃先から柄までばっちり錆びついている。
とても魔族を斬ることなんてできなさそうな剣だ。
いや、剣と言うよりガラクタかな。
どこかのゴミ箱から拾ってきたと言われても信じてしまうほどだ。
当然ながらランクはF。最弱の神器である。
魔法もなければスキルもない。
神器を装備している者に与えられる恩恵だってすべてゼロ。
こんな物を持っていたところで微塵も強くなることはできない。
僕の祝福の儀は、完全に失敗してしまった。
「あ〜あ、存分に笑わせてもらったわ。最後にいいオチ作ってくれてありがとなラスト。さっ、帰ろうぜみんな!」
僕が最後ということもあり、ヘリオ君がそう言うや皆は神殿から出ていった。
当然、僕に声を掛けて来る冒険者なんて一人もいない。
もう誰も僕に興味なんて持っていなかった。
「……っ!」
僕は思わずその場から逃げ出した。
「あっ、ラスト!」
ちょうどその時、神殿に戻って来たルビィとすれ違った。
けれど僕は足を止めず、ルビィから遠ざかっていく。
村を走り抜け、森の方まで来てしまったけれど、それでも僕は悔しさを紛らわすために走り続けた。
(くそっ、くそっ、くそっ!)
冒険者になりたかった。英雄になりたかった。
けれどそれは叶わなくなってしまった。
右手に握られている剣が、何よりもその事実を物語っている。
Fランクの神器を授かって冒険者になった人なんて聞いたことがない。
Eランクの神器ですら魔物と戦うのは難しいとされているのに、こんな剣で英雄になろうだなんて……夢のまた夢だ。
僕は一生、守られる側の人間として決定づけられてしまった。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
やがて森の中枢まで来ると、僕は息を切らして立ち止まった。
しばらくその場にへたり込んでしまう。
少ししてから顔を上げると、かなり遅れて目の前に一人の女性がいることに気が付いた。
「あっ……」
腰まで伸びる輝くような白髪。透き通った真っ白な肌。整った顔立ち。
勇者パールティだ。
彼女は森の中に繋いでいたと思しき馬に乗って、出発し掛けている。
おそらく有望な人材――ルビィを見つけることができたので、これから大きな町まで帰るのだろう。
そんな彼女と目が合い、僕は何かを言うべきかと思った。
ルビィのことをよろしくお願いします、とか。
しかし言葉が思い浮かばず黙り込んでいると、先に向こうが声を掛けてきた。
「ルビィ・ブラッドの幼馴染、だな」
「えっ?」
……どうしてそのことを?
「勧誘の話をした時、共に冒険者になることを誓い合った仲だと聞いた。もしよかったらラスト・ストーンも一緒にパーティーに入れてはくれないかともな」
「……ルビィ」
勇者パールティにそんなことをお願いしていたのか。
確かに一緒に冒険者になる約束はしたけれど、そこまで気を遣ってくれなくていいのに。
それに僕は結局、Fランクの最弱の神器を授かってしまったし。
改めて気持ちを落としていると、目の前のパールティが言葉を続けた。
「儀式の結果次第では考えてやってもよかったが、どうやら貴様にはその素質がなかったみたいだな」
「えっ……」
「貴様は冒険者にはなれない。無理をして戦えば確実に魔人や魔物の餌食になる」
勇者は僕の右手の錆びた剣を見て、ずばりとそう言った。
憧れの冒険者からそう言われてしまい、僕はガツンと頭を殴られたような衝撃を味わう。
冒険者にはなれない。無理をすれば魔人や魔物の餌食になる。
「旧友の関係上、おそらくルビィ・ブラッドは貴様に励ましの声を掛けるだろう。だが、変に期待を持たせる方が私は残酷だと考えている。ゆえにルビィ・ブラッドに代わって貴様に言っておく。潔く諦めるのが身のためだ。道など他にいくらでもあるのだからな」
「……」
確かにこの人の言う通りだ。
僕は冒険者にはなれない。他の道を探すのが懸命だ。
無理をして戦えば犬死にするだけなのだから。
それにルビィが僕を励ましてくれるって予想も、概ね正しい。
そのルビィに代わって、この人は……勇者パールティは冷酷にも僕に断言したのだ。
冒険者になることはできない、と。
勇者パールティはその後、馬を走らせて森の奥へと姿を消した。
残された僕は力なく地べたに座り続ける。
するとやがてどこからか、耳に馴染んだ声が聞こえてきた。
「あっ、ラスト―!」
ルビィの声だ。
ちらりとそちらに目を移すと、長い赤髪を揺らしながら走ってくる少女が見えた。
「もう、どこ行ったのかと思って心配しちゃったじゃん。こんなところで何してるの?」
「い、いや……」
僕は何も言わない。
ここで勇者パールティに会ったことも。
そしてここで言われたことも。
シーンと黙り込んでいると、やがてルビィが気まずそうに聞いてきた。
「そ、それよりもラストさ、授かった神器はどんな感じだったの? 私その時ちょうどいなかったから、ラストの儀式見てなかったんだけど……」
「どんな感じって……」
見てわかる通りである。
僕は右手のボロボロの剣を掲げ、覇気のない声で言った。
「Fランクの神器だよ。スキルも魔法も恩恵も何もない、ただの【さびついた剣】」
「そ、そう……」
気まずい雰囲気になる。
儀式の前に言っていた通りになってしまった。
ルビィはAランク。僕はFランク。
最強と最弱。
ルビィは最強の冒険者から勧誘されて、僕は誰の目にも留まらなかった。
一緒に冒険者になると約束した手前、この状況は実に情けない。
何も言葉が出ずに黙り込んでいると、ルビィが聞き捨てならない台詞を口にした。
「ぎ、儀式の結果は残念だったけど、でもそれで冒険者になれなくなっちゃったわけじゃないじゃん! 頑張ればきっと冒険者になれるよ! ラストは我慢強い男の子だし、それになんだったら、私だって手助けするからさ!」
「……っ!」
手助け?
僕が冒険者になるために、手を貸してくれるっていうのか?
それはつまり、僕が冒険者になれるくらい強くなるまで、僕のために時間を使ってくれるということ。
じゃあ、あの勇者からの勧誘はどうするつもりなんだ?
決まっている。優しくて面倒見のいいルビィなら、僕のために勧誘を断る。
せっかく最有力のパーティーから勧誘をされたのに、僕なんかのせいでルビィを縛り付けることになってしまう。
そんなのは絶対にダメだ。そんなの……僕が絶対に許さない。
「先に行って、待っててよ」
「えっ?」
「僕はどこのパーティーからも勧誘されなかったけどさ、きっと強くなって、自力で冒険者試験に合格してみせる。いつか勇者パーティーにも負けないくらいの仲間を集めて、ルビィにも追いついてみせるから。だからルビィは、先に行って待っててよ」
「……ラスト」
言葉だけでは足りないとも思ったので、僕は目でも訴えた。
気を遣わないでほしい。先に行ってほしい。僕は一人でも大丈夫だから。
何より、これ以上僕に恥をかかせないでほしい。
プライドだって、少なからずあるんだよ。
それに僕は、諦めたわけではない。
ヘリオ君に笑われ、勇者には夢を否定され、ルビィには気を遣われた。
それでも僕は、冒険者になることを諦めてはいない。
むしろ、俄然燃えてきた。
たとえどれだけ時間が掛かっても、冒険者に……英雄になってみせる。
「ラ、ラストがそう言うなら……うん、先に行って待ってるよ。でも絶対、ラストも頑張って冒険者になってね。私に追いついてね。これが、次の『約束』」
「うん、約束ね」
一緒に冒険者になるという約束は果たせなかったけど。
でも僕たちは、また次の約束を結んだ。
僕はきっと、ルビィに追いついてみせる。
この翌日、ルビィは憧れだった冒険者になるべく、レッド村を旅立った。