第二十九話 「さびついた剣を試しに強化してみたら、頼れる仲間と出会えました」
「それじゃあ、合格おめでとう」
「はい、おめでとうございます」
僕とダイヤは果実ジュースの入ったグラスを打ち付け合う。
そして揃って、一息でグラスを空にし、『はぁ〜』と力の抜けた声を漏らした。
冒険者試験が終了した後、僕とダイヤは近くのご飯屋さんに入った。
お祝いをしようと僕が言い出したことがきっかけである。
そして二人してもらった『冒険者手帳』を眺めながら、注文した料理を待ち、全部が揃ったところで乾杯をしたというわけだ。
「おかげさまで、こうして冒険者になることができました。ありがとうございます、ラストさん」
「こちらこそありがとうだよダイヤ。ダイヤがいなかったら、今頃僕は魔物にやられてたと思うし、こうして美味しいご飯を食べることもできてなかったと思うよ」
僕はお肉を頬張りながらそう返す。
本当に、ダイヤがいてくれてよかったと思う。
もしダイヤがいなかったらと考えると、今でもぞくりとする場面は数多く浮かんでくる。
だからこちらこそありがとうだ。
と思っていると、逆にダイヤに『ありがとう』を連発されてしまった。
「冒険者試験のこともそうなんですけど、何よりアメジストさんたちとも仲直りができて、ラストさんには本当に感謝しかないんです。ですから『ありがとう』って、今日はずっと言わせてください」
「……」
じんわりと嬉しさを滲ませるダイヤ。
アメジストたちと仲直りできて、心から安心しているようだ。
それはとてもいいことなんだけど、僕は首を傾げた。
「えっと……アメジストたちと仲直りできたのはいいことなんだけど、それについて僕、何かしたっけ?」
「えっ? 何かしたっけって、覚えてないんですか?」
残念ながらあまり……
冒険者試験では上手く役割分担ができていたので、お互いにお礼を言うのは納得できるけれど、アメジストたちと仲直りできたことに関しては、僕がお礼を言われる筋合いはないと思う。
これといって何かした記憶はないんだけど。
「私が落ち込んでいる時に慰めてくれたり、色々と仲直りするための助言もしてくれたじゃないですか」
「あぁ、それのことか」
でもあれって、かなり曖昧な助言にしかなっていなかったと思う。
本当に頑張ったのはダイヤ本人だ。
だから僕はダイヤから『ありがとう』と言われても、違和感を覚えてしまった。
「それと、アメジストさんのことも助けてくれました」
「えっ?」
「アメジストさんが魔人の手に掛けられそうになった時、私よりも早く動いて助けに入ってくれたじゃないですか。きっとラストさんがそうしてくれていなかったら、今頃アメジストさんは……」
悪い予感を抱いてか、目の前のダイヤがぶるりと体を震わす。
確かにあの場面は、今思い出しただけでも背筋が凍る。
もし数秒でも遅れていたとしたら……。なんて考えると今でも恐ろしい。
「ですので改めて言わせてください。私の友達を助けていただいて、ありがとうございます」
「……どういたしまして」
僕たちは再びジュースを注文し、またグラスを打ち付け合ってそれを口にした。
甘酸っぱい風味が口に広がる中、僕はちらりとダイヤを一瞥して、なんとなしに尋ねてみた。
「ところでダイヤ」
「はいっ?」
「どうしてダイヤは、冒険者になろうと思ったの?」
「えっ?」
ずっと気になっていたことである。
どうしてダイヤは、魔族と戦うことを生業としている冒険者になろうと思ったのか。
冒険者は基本的に過酷な職業だ。
完全実力主義だし、常に危険と隣り合わせだし、華やかな印象なんて皆無である。
それなのに心優しくて温厚なダイヤが、なぜ血生臭い冒険者なんて目指そうとしたのか。
そう思って問いかけてみたのだが、ダイヤはなぜかぽかんと固まってしまった。
「あっ、いや、言いたくなかったら別にいいんだけどさ。ていうか、冒険者試験を受けたってことは、祝福の儀の後に勧誘はされなかったんだね。最高位のAランク装備者なのに」
なんて風に、慌てて話題を逸らす。
聞いちゃいけないことだったかな?
そう危惧しての話題転換だったのだが、ダイヤは思いの外あっけらかんとした様子で答えてくれた。
「そういえば勧誘はされなかったですね。まあ、私たちの暮らしていたカラムント村は、超が付くほどの田舎村で、儀式の見学に来てくれた人がとても少なかったですから。近年ではランクの高い神器を授かった人もいませんでしたし、まったく注目されてなかったんですよ」
「あぁ、なるほどね」
僕が暮らしていたレッド村の場合は、神殿が大きいこともあったから、他の町や村からも儀式を受ける人たちが集まっていた。
それで冒険者たちの見学も多くて、勧誘が盛んに行われていたのだ。
カラムント村では冒険者の勧誘競走はなかったのか。
「まあだからといって、冒険者の人が見学に来ていたら確実に勧誘されていた、とも思えませんけどね」
「えっ、どうして? ダイヤの【不滅の大盾】は、Aランクの神器なのに……」
「たとえ神器のランクが高くても、盾の神器に使い道があると判断してくれる人は少なかったんじゃないですかね。もしいたとしても、私みたいな軟弱者を冒険に連れて行こうと考える人は、それこそいなかったと思います。まあアメジストさんは確実に勧誘されていたと思いますけど……」
それは僕も思う。
アメジストほどの素質の持ち主なら、冒険者の目に留まれば勧誘される確率はかなり高いのではないだろうか。
まあ、彼女のあのプライドの高さなら、勧誘なんて受けることはせず、自ら試験の突破を目指すだろうけど。
「ですから、ラストさんが試験開始時に私を仲間に誘ってくれたのは、本当に嬉しくて驚きました。遅ればせながら、ありがとうございます」
「……こんなにありがとうって言われたの、今日が初めてだよ」
あと何回言われるのだろう。
もちろん、悪い気はしないけどね。
感謝の言葉などは、何度も言っているうちに軽いものになってしまうと聞くけれど、ダイヤからの『ありがとう』は一回一回が初めてのように気持ちがいい。
「で、冒険者になろうと思った理由ですよね? 別に隠すようなことでもないので、全然お話ししますよ。私が冒険者になろうと思ったのはですね、パパとマ……じゃなくて、お父さんとお母さんを探すためなんです」
「……お父さんとお母さん?」
僕は思わず眉を寄せる。
お父さんとお母さんを探すって、今は行方不明にでもなっているのだろうか?
「お父さんとお母さんは昔から冒険者をしていて、冒険者試験で意気投合してパーティーを組むようになったらしいです。それで私が生まれたのを機にお母さんだけ引退して、お父さんが冒険者として稼ぎに出るという生活をしていました」
親が冒険者に就いている家庭なら、割と珍しくもない話だった。
ていうかダイヤの両親は冒険者だったのか。
「お母さんはいつも私に、一緒に冒険していた時のお父さんはかっこよくて頼り甲斐があって……なんて話ばかりをしてきて、私はその話を聞くのが……というか、その話をするお母さんの嬉しそうな顔を見るのが、昔から大好きでした。それと、ヘトヘトになって帰って来るお父さんを、一緒に『おかえり』ってお出迎えするのも、すごく楽しくて……」
嬉しそうにそう語るダイヤを見て、僕は自然と頰を緩ませていた。
お父さんとお母さんのこと、すごく好きなんだな。
温かい家庭が築かれていたのだと伝わってくる。
「でも、ある日……」
途端、ダイヤの顔に影が落ちた。
「お父さん、冒険から帰って来なかったんですよ」
「えっ?」
「一日待っても、一週間待っても、一ヶ月待っても、お父さんは家に帰って来てくれなくて、何かあったのかなって私とお母さんは心配になりました。そしたらある日、お父さんと親しかったギルドの職員さんが家まで来て、『とあるエリア』に行ったきり戻って来ないと教えてくれました」
「とあるエリア?」
どこだろうそれ?
奥さんと娘さんを家で待たせて、長期間調査する必要のあるエリアなんて、この近くにあったかな?
「『白金窟』という、真っ白な洞窟みたいなエリアらしいです。聞いたことありませんか?」
「あっ、それなら僕でも知ってるよ。確か、立ち入った人間がおかしくなるとかで、ギルドが立入禁止にしてる特別警戒エリアだよね? 中には金銀財宝が眠ってるって噂もあるけど、入口が厳重に警備されていて、プラチナクラス以上の冒険者じゃないと立ち入りを許されないとか……」
他と比べてかなり異質なエリアというのは、浅学な僕でも知っているほどだ。
もしかして、ダイヤのお父さんはそのエリアに……?
「一応、お父さんとお母さんは二人ともプラチナクラスの冒険者だったので、エリアに立ち入ることができたんですよ。それでお父さんはそのエリアに入ったきり戻って来なかったそうです。それでお母さんは、カラムント村の村長さんに私を預けて、お父さんを探しに行きました。居ても立っても居られないっていう様子は、幼い私が見ても伝わってきました」
「……それで、そのあとお母さんは?」
僕が尋ねると、ダイヤは一層表情を暗くして答えた。
「『すぐにお父さんを連れて帰って来る』って、言ってたんですけどね……」
「……」
お父さんと同じように、お母さんも白金窟に行ったきり帰って来なくなってしまったらしい。
お母さんの身にも何かあったと考えるのが自然だ。
それがなんなのかはまるで想像が付かないけれど……
と、ここまでの話を聞いて、僕は一つだけ納得した。
「それでダイヤは、白金窟にお父さんとお母さんを探しに行くために、冒険者になろうと思ったんだ」
「はい。プラチナクラス以上になれば、立ち入ることも許されますので、七年前にいなくなってしまったお父さんとお母さんを探しに行くことができるんです。それで、見つけることはできないまでも、そこで何があったのか、私は確かめてみたいんです」
ダイヤが冒険者になろうと思った理由は、以上のようである。
お父さんとお母さんを探すために冒険者に……
初めはてっきり、気弱な自分を変えるために冒険者を目指したのかと思ったけど、まさかそんな立派な動機があったなんて。
それに、『見つけることはできないまでも』と言い切ったところを見ると、おそらく一つの覚悟もできているという様子だ。
ダイヤは強い子だ。それでいてとても優しい。
「話してくれてありがとうダイヤ。そんなに大切な話を、僕なんかに……」
「いいえ。ラストさんだから、私はお話ししたんですよ。ですからそんなに、気に病んだような顔をしないでください」
そうは言われても、不躾に聞いてしまった罪悪感は消えない。
きっとダイヤにとって、今の話は“信念”のようなものだ。
自分のことを気弱と評すほど臆病な彼女を、冒険者という過酷な道に進ませるほどの大きな信念。
好奇心だけでつつくなんて失礼千万である。
悪いことをしてしまった……
「じゃあ、今度はこちらの番です」
「……?」
「ラストさんはどうして、冒険者になろうと思ったんですか?」
罪悪感に駆られて目を伏せていると、ダイヤがそう尋ねてきた。
これならお互い様と言わんばかりの微笑みである。
本当に優しいなダイヤ。
これで申し訳ない気持ちが消えるわけではないけど、僕は彼女のその優しさに、少しだけ甘えることにした。
「ダイヤの話の後だと、すごく幼稚に聞こえちゃうと思うんだけど、僕は昔から冒険譚に出てくる英雄に憧れてるんだ。僕もいつかは冒険者になって、色んな人たちのために戦いたいなって思って」
「……とても立派な動機じゃないですか」
ダイヤは笑みを浮かべてそう言ってくれる。
反対に僕は、依然として顔を曇らせながら続けた。
「でも、十二歳の時に授かった神器が、このボロボロの【さびついた剣】で、すぐに心が折れちゃいそうになったよ。何の恩恵も魔法もスキルも宿ってなくてさ、一時は冒険者になる夢を諦めかけたくらいだから、本当に情けない」
「えっ?」
ダイヤが驚いたような声を漏らす。
まあ、これはさすがに呆れるに決まってるよね。
英雄に憧れてるとか言っておきながら、すぐに心が折れそうになってるんじゃ、信念でも何でもない。
……と思っていたら、
「あの【呪われた魔剣】は、初めから使えた力じゃないんですか?」
「えっ? 【呪われた魔剣】?」
なぜか神器についての疑問が飛んできた。
僕の情けなさに呆れたんじゃなくて、【さびついた剣】に何の力も宿っていなかったという部分に反応したのか。
少し安堵しながら、僕はダイヤの問いかけに答える。
「いや、違うよ。最初は本当に何の力もない、攻撃力1の弱小神器だったんだ。もうとんでもなくびっくりしてさ、Dランク神器とかならまだ頑張ればなんとかなるって思ってたんだけど、まさかここまで期待を裏切られるなんて思わなかったよ」
「……」
僕は苦笑しながら頭を掻く。
あの時は本当にびっくりしたものだ。
まさか僕だけ最低ランクの神器を授かることになるなんてね。
「じゃ、じゃあ、ラストさんはずっと、その【さびついた剣】で……?」
「あっ、うん。だいたい三年くらい……かな? Fランクのボロボロの神器だったけど、『試し』に強化してみようって思って、ちょっとだけ頑張ってみたんだ。もしかしたらいつかは冒険者になれるほどの力が付くんじゃないかなって信じて」
ひたすらトレントを倒し続けていた三年間を思い出す。
まあ、あれはあれで悪くない日々だった。
何か目標に向かって頑張ることは、とても気持ちがいいことだからね。
でも最後の方はさすがに心が砕けかけていたけど……
「やっぱり、立派ですよラストさん」
「えっ?」
「三年もの時間を【さびついた剣】の強化に費やし、それを『試し』なんて言えるの、たぶんラストさんくらいしかいないです。それにきっと、誰よりも本気で冒険者を目指していたから、三年間という長さも苦にならなかったのではないでしょうか」
……誰よりも、本気で目指していたから。
だから三年間、頑張り続けることができたのかな。
他の人からしたら苦になるような無謀な修行も、冒険者を本気で目指していたから続けることができたのかな。
三年間を『試し』なんて言えるの、僕くらいしかいないのかな。
そうだったらいいな。そうだとしたら嬉しい。
自分ではそんなの、まったく気が付かなかったから。
ただ、僕から言えることは一つだけある。
「まあ、それだけのおかげじゃないと思うけどね」
「……?」
「色んな人たちの手助けをして、いつかは英雄になりたいって思ってるのもそうだけど、一番の理由は……『追いつきたい人』がいるからなんだ」
「追いつきたい、人?」
僕は、可憐で綺麗で、それでいて心強い赤い背中姿を思い浮かべながら続ける。
「僕よりも早く冒険者になって、すごく活躍してる恩人がいるんだ。昔から弱虫だった僕を、優しい手で引っ張ってくれて、いじめられている僕のことを、強い正義感で守ってくれたんだ」
僕が最初に憧れた英雄――ルビィ・ブラッド。
彼女のことを忘れた日なんて一度もない。
きっとルビィが、『先に行って待ってる』と言ってくれたから、僕は三年間【さびついた剣】を強化し続けることができたんだと思う。
「……とても素敵な人なんですね」
「うん。だから絶対にその人に追いつきたいんだ。冒険者として。幼馴染として。今度は隣に立って一緒に戦いたい」
そう決意を口にすると、ダイヤは確信を持った様子で言った。
「ラストさんなら絶対にできますよ。ラストさんのことを、誰よりも頑張り屋さんだと知っている私が保証します」
「……うん。ありがとうダイヤ。僕、頑張ってその人に追いつくよ。そのために、もっともっと強くなってみせる」
ルビィに追いつくために、英雄になるために。
それに今は、ダイヤも背中を押してくれている。
こんなにも心強い応援は他にない。
と、そこで僕は、一つの用事を思い出した。
「あっ、それでさダイヤ、もしよかったらなんだけど……」
これからも一緒に、パーティーを組んでくれないかな?
僕は心底緊張しながらそう尋ねようとした。
冒険者試験が終わった後、ご飯に誘ったのも、実はこれが理由だったりする。
僕はダイヤと、これからも一緒に冒険をしたい。
ダイヤが心強い味方だからというのももちろんだが、何より彼女の成長を近くで見たいと思っているのだ。
ダイヤは才能に満ち溢れている。これからたくさんの人たちを救う英雄になることだろう。
もし叶うのなら、彼女のその英雄譚をできるだけ近くで見ていたい。
もちろん邪魔にならないように、ダイヤの手助けもできたらと思う。
冒険者として成長していくという目標も同じなのだから、一緒にそれに向かって頑張っていけたらどれだけ幸せだろうか。
そう思って、僕は改めてダイヤをパーティーに誘おうと思った。
「も、もしよかったら、僕と……」
だが……
「もし宜しければ、私と一緒にパーティーを組んでもらえませんか?」
「……えっ?」
僕の声を遮って、ダイヤが先を越してきた。
「ラストさんが強くなりたいと言ったように、私も強くなりたいんです。それで叶うのでしたら、ラストさんが強くなっていく姿を、できるだけ近くで見させてもらえませんか? もちろんお邪魔にならないように、そのお手伝いをさせていただけたらと思います。ですから私と一緒に、パーティーを組んでもらえませんか?」
思い掛けない提案に、僕は呆然と固まる。
まさかダイヤの方から、そういう風に言ってもらえると思わなかったから。
信じられないくらい嬉しい。
だが、嬉しすぎるからこそ、思わず固まっていると、ダイヤは最後の一押しをするように僕に言った。
「だって、たぶん私たち、すごく相性がいいと思うんですよ!」
「……」
これには思わず、僕は吹き出してしまった。
釣られてダイヤも笑ってくれる。
まさかあの時の恥ずかしい台詞を、そのままそっくり返されるなんて。
そうして二人でしばらく笑い続けると、僕は改めてダイヤに答えを返した。
「これからよろしくね、ダイヤ」
「はい!」
僕とダイヤは満面の笑みを交わした。
こうして僕は、晴れて夢に見ていた冒険者になることができた。
そして……
【さびついた剣】を試しに強化してみたら、頼れる仲間とも出会えました。
第一章 おわり