第二十八話 「それなら私も一緒に」
聞き覚えのある、少し尖のある少女の声。
「……アメジストさん」
紫電の使い手アメジスト。
彼女はギルドの中からダイヤを見つけて、疲れ果てたような足取りで駆け寄ってきた。
そして目の前まで来ると、ダイヤの全身を隈なく見回す。
「大丈夫ダイヤ? どこか怪我とかしてない?」
「へ、平気ですよアメジストさん。私はどこも怪我してません。というか、怪我をしないことだけが、私の唯一の取り柄ですから」
彼女は必要以上にダイヤのことを心配し、ダイヤは思わず苦笑を浮かべていた。
なんかさっき、これと反対の光景を目の当たりにしたような気がする。
ダイヤがアメジストを心配し、アメジストが戸惑っていた光景を。
ていうか試験開始時はあれだけ仲が悪かったのに、とても信じがたい変わりようだ。
仲直りできたみたいでよかった。
人知れず温かい気持ちになっていると、ダイヤがアメジストの後方にスピネルとラピスの姿も見つけて、ほっと胸を撫で下ろした。
「皆さんご無事だったみたいですね。本当によかったです」
「ええ、あんたたちのおかげよ。助かったわ」
アメジストはダイヤに対して微笑を向ける。
そしてちらりと僕の方も一瞥したが、残念ながら笑みは浮かべてくれなかった。
その後、特に言葉もなし。
なんか微妙な距離感だ。
そう複雑な気持ちになっていると、突然どこからか……
「君たちが〜、魔人に襲われているという報告のあった参加者さんたちですか〜?」
「えっ?」
幼げな少女の声が聞こえて、僕は戸惑った。
すぐに辺りを見回すが、それらしい人は見つからない。
と思いきや、すぐ真下に小さな幼女が立っていた。
ピンクのひらひらした服を着て、片手でゴスロリ人形を引きずっている。
今回の冒険者試験の試験官さん、確か名前はチャーム・フローライトさん……だったかな?
「『紫ちゃん』から話は聞かせてもらいましたよ〜。猫型の魔人と戦っている参加者さんがいるって〜」
「あっ、そうだったんですか」
今度は僕がちらりとアメジストを一瞥する。
すると彼女はふっと目を逸らしてしまった。
どうやら僕の状況をギルドの人に報告してくれたのは、アメジストみたいだな。
素っ気ないように見えるけれど、最低限の気は遣ってくれたらしい。
「それで控えていた冒険者パーティーに〜、捜索の依頼を出したんですけど〜、どこかでお会いしませんでしたか〜?」
「さっき帰ってくる途中で会いましたよ。魔人を倒したことを伝えたら、エリアの捜索を続けるって言って……」
「あっ、そうですか〜」
短くそう報告すると、それを聞いていたアメジストが少し驚いたように肩を揺らした。
魔人を倒した、という部分に反応したように見える。
……が、それだけだった。
一方でスピネルとラピスは、信じられないと言いたげに口をあんぐりと開けていた。
まあこれが普通の反応だよね。
そんな彼女たちと違い、チャームさんはすぐに僕の言葉を信じてくれた。
「魔人を討伐してくれて感謝なのですよ〜。大変な目に遭わせてしまいましたね〜。試験官としては〜、試験に公平を期すために〜、できるだけエリアの中には何も入れないようにと思ってたんですけど〜」
「い、いえ。それは仕方がなかったと思います。侵入してきた魔人も、透明になれるっていう妙な力を持ってましたし……」
誰も未然に防ぐことなんてできなかっただろう。
何より、冒険者試験の大前提は、事故や怪我は自己責任。
エリアの中でどんな目に遭い、最悪死亡してしまっても、それは挑戦したその人の責任になるのだ。
エリアという以上、超低確率ながら、魔人が現れることも当然ある。
だから“誰が悪い”ということはなく、強いて言えば、僕たちの”運が悪かった”だけだ。
「そう言っていただけると〜、試験官としては大変助かるのですよ〜。魔人の介入によって〜、普通に試験を受けることができなかった人も〜、少なからずいますからね〜」
チャームさんはちらりとアメジストの方を一瞥する。
対して彼女はまたも素っ気なさそうに目を逸らしてしまった。
「想定外のことが起きないように〜、次からの試験では〜、もっと用心を重ねて内容を考えたいと思います〜」
「……まあ、もうあんなとんでもない能力を持ってる魔人は、現れないと思いますけどね」
僕は倒した猫魔人のことを思い出して、そう返した。
まさか誰も、冒険者試験中のエリアの中に、透明になれる魔人が乱入してくるなんて思いもしないだろう。
だからそういった心配はおそらく必要ない。
ともあれこれにて、魔人についての報告は以上である。
「ところで〜、君たちは『試験人形』持って帰ってきましたか〜?」
「あっ……」
そういえばそうだった。
魔人を討伐し、その報告が終わっただけで、冒険者試験そのものはまだ終わっていなかった。
もう時間も、残り十分を切ってしまっている。
僕は慌てて懐から試験人形を取り出した。
「そのことなんですけど、僕たち一つしか人形を手に入れてなくて、それでダイヤだけでも合格にしてあげてほしいんですけど」
「えっ!?」
そんなの聞いていないとばかりにダイヤが目を丸くした。
「なんで私なんですか!? 合格するなら、絶対にラストさんの方じゃないですか! 試験人形を手に入れることができたのは、ほとんどラストさんのおかげですし、お一人で魔人を倒した実績もあるんですから!」
「いやいや、絶対にダイヤが合格するべきだって。ダイヤがいなかったら、そもそも僕は生きて帰って来ることもできなかったし、魔人討伐は試験とは関係ない話でしょ。何よりダイヤの才能を埋れさせるのは忍びないからさ」
と、双方譲らぬ言い合いが繰り広げられる。
そんな埒が明かない話し合いを見て、チャームさんが悩ましい声を上げた。
「魔人を討伐してくれた功績で〜、特別に合格にしてあげてもいいんですけど〜、他の参加者の人たちが〜、それを納得してくれるかどうかは〜、また別の話になりますからね〜」
「……まあ、それもそうですよね」
自分たちは試験人形を手に入れられずに不合格だったのに、どうしてあいつらだけ……ってなるからね。
仮に魔人を倒したことを公表しても、それを信じてもらえるかはわからないし。
どうにも困ったな。
ダイヤは意地でも、試験人形を受け取らない気でいるみたいだし。
どうにかして彼女だけでも合格にできないものか。
と必死に頭を抱えていると、突然傍らから……
「ダイヤ」
「……?」
アメジストが何かを放り投げた。
ダイヤはそれを危なっかしい手つきでわたわたと受け止める。
そして手に乗っかったそれを見て、ダイヤはハッと目を見張った。
「えっと、これは……」
「私たちが手に入れた『試験人形』よ。こっちも一つしかないから、全員で合格することができないし、それならあんたたちにくれてやった方がマシよ」
やはり素っ気ない様子で、アメジストは言う。
そういえばアメジストたちも、まだ一つだけしか手に入れていないって言っていた。
その一つを僕たちに?
「いいんですか、アメジストさん?」
「ま、まあ、元はと言えば私たちを助けに来て、人形を探す時間がなくなっちゃったわけだし、あんたたちが揃って合格できないのは私たちのせいでもあるしね。それに、あんたたちから強引に人形を奪おうとした前科もあるし、その罪滅ぼしっていうか……」
と捲し立てていたアメジストは、やがてじれったいと言わんばかりに紫色のロングヘヤを掻いた。
「あぁもう! いいからとっとと二人で合格してきちゃいなさいよ!」
「ア、アメジストさん……」
ダイヤの背中を押すアメジストは、心なしか頰を染めているように僕には見えた。
照れ隠し、なんだろうか。
そう驚く僕をよそに、ダイヤは突然涙目になって、アメジストの手をとった。
「ありがとう、ございます」
「ちょ、何泣いてるのよあんた! ていうか手ぇ放しなさいよ! そこまで許した覚えはないわよ!」
「でも、昔はよくこうして、手を引っ張ってくれたじゃないですか……」
「それは昔の話でしょ! 今の私たちはその……敵というかライバルというか……」
これほど慌てるアメジストも意外だと思った。
同じようにスピネルとラピスも唖然としている。
そんな中、ダイヤは不意にアメジストに笑いかけた。
「敵ではなく、一番の友達です。私にとっては」
「……な、何が一番の友達よ。さっき聞いた時も思ったけど、一人しか友達がいないから、結果的に私が一番ってだけでしょ」
「す、少しは友達いますもん!」
なんて風に、仲が良さそうな様子を見ることができて、僕は心からほっとした。
そうだ。僕からもお礼を言っておこう。
おかげでダイヤと一緒に合格できることになったのだから。
「あ、ありがとう、アメジ……」
「別にあんたにあげたわけじゃない」
「……」
そっぽを向かれて一蹴されてしまった。
……ともあれ、これで人形は二つ揃った。
僕たちが自力で手に入れた一つと、ダイヤが大切そうに抱えているもう一つ。
「それでは〜、そこのお二人は揃って合格ということで〜、宜しいですか〜?」
「は、はい。お願いします」
頷き返すと、チャームさんはニコリと微笑んだ。
……これで、合格。
冒険者試験に、合格できた。
ずっと夢に見てきた冒険者に、なることができたんだ。
【さびついた剣】を授かって以来、遠い夢だと思っていた冒険者に、僕は……
胸の内にじんわりと歓喜の熱が滲み、僕は唇を噛み締めた。
思わず声を上げて喜んでしまいそうになる。
しかし、合格することができなかったアメジストたちの前で、手放しで喜ぶことは当然憚られた。
なんて人知れず思っていると……
「それと〜、紫ちゃんたちにもお知らせがあるのですよ〜」
「……?」
チャームさんが少し声を落として、彼女たちに告げた。
「今回〜、魔人の侵入という異常事態が発生して〜、三人は通常通りに試験を受けることができませんでした〜。その特別措置として〜、三人には別途『冒険者試験』の機会を設ける予定です〜。日にちは五日後になるのですよ〜」
「……五日後」
本来なら一ヶ月先になる、次の冒険者試験。
その機会を特別に、五日後に設けてもらえるという話だ。
それならアメジストたちも、一ヶ月を待たずに冒険者に……
「これなら〜、日を改めての再試験ですので〜、他の誰にも文句を言われることは〜、ないんじゃないですかね〜」
「い、いいのかしらそれ? 職権乱用なんじゃ……」
「今回の冒険者試験の試験官は私ですので〜、ギルド的にはまったく問題がないのですよ〜」
チャームさんはなんでもないようにニコニコと笑った。
そしてアメジストたちは、信じがたい話を聞いて呆然としている。
そんな三人に追い討ちでも掛けるかのように、チャームさんは首を傾げた。
「それで〜、紫ちゃんたちは〜、この特別試験受けますか〜? 受けませんか〜?」
「……」
改めてそう聞かれて、彼女たちは顔を見合わせた。
次いで互いに、意を決した様子で頷き合う。
それからアメジストは、その答えをチャームさんにではなく、傍らのダイヤに向けて返した。
「ダイヤ、先に行って待ってなさい。すぐに追いついてやるんだから」
「……はい。お待ちしてます」
二人は確かな笑みを交わした。
……最後にアメジストは、ついでと言うように、僕にもちらりと目を向けた。
「あんたも、覚悟して待ってなさい」
「……うん」
こうして、僕たちの冒険者試験が終わった。




