第二十七話 「だから僕は強くなりたい」
町に戻ってから詳しいことを教えてくれるということだったが、ダイヤは帰り道でも話をしてくれた。
どうやら僕と別れた後、少ししてから鎌姉妹のスピネルとラピスを見つけたようだ。
二人はギルドの職員さんと一緒にいたらしい。
どうもアメジストに逃がしてもらった後、エリアを偵察しているギルドの職員さんと偶然会えたみたいだ。
そしてスピネルとラピスは、魔人と戦うアメジストを心配して、職員さんと共にこちらに戻って来ようとしていた。
そのタイミングで、ダイヤとアメジストは彼女たちと遭遇したようだ。
「じゃあ、あの三人は今、ギルドの人と一緒に……?」
「はい。町まで無事に戻っていると思いますよ」
ダイヤが『皆さん無事ですよ』と言った理由は以上である。
確かにギルドの職員さんなら、手負いの三人を抱えても問題なく町まで戻ることができるだろう。
あの三人についてはこれで安心だ。
「それでダイヤだけ、僕の所に戻ってきてくれたんだ」
「はい。私がアメジストさんたちを町まで送って、ギルドの職員さんに助けに行ってもらうという手もあったんですが、ラストさんの居場所を知っているのは私だけでしたし……何より、大切なパーティーメンバーですからね」
彼女はまたしても、見惚れるような笑顔でそう言った。
そうやって改まった様子で言われると、なんだか照れ臭い。
「ところでラストさん」
「んっ?」
「私もラストさんに聞きたいことがあるんですけど、あの魔人はいったいどうしたんですか?」
ダイヤは不思議そうな目で僕を見てくる。
そういえば言ってなかったっけ。
ダイヤもずっと気になっていたんだろうけど、あの場を離れることを優先して聞いては来なかった。
遅くなったけど伝えよう。
「あの魔人なら、僕が倒したよ」
「倒した? ラストさんがお一人で?」
「うん。ダイヤが来る少しくらい前にね」
そう答えると、ダイヤは驚いたように目を丸くした。
しかし彼女は、すぐに得心したような顔をして、こくりと頷く。
「やっぱりさすがです、ラストさん」
「い、いや、全然そんなことないよ。ただ運が良かっただけだし、何より魔人に勝った後があんなだったからね。本当に格好がつかないよ。僕はまだ、弱っちいんだ」
思わず自嘲的な笑みを浮かべて、下を向いてしまう。
同時に、一匹の魔物に殺されかけていた自分を思い出した。
地面に倒されて、泥だらけにされて、みっともなくボロボロになっていた。
果ては女の子に守られたりして、あまりにも情けない。
これでは僕の目指している英雄には程遠いな。
「それでも、今はこうして生きています」
「えっ?」
「生きているってことは、まだ強くなれるってことです。強くなれる可能性があるのって、とても楽しみなことじゃないですか。ですから前を向いて歩きましょう」
「……」
不意にダイヤからそんな言葉を掛けてもらい、僕は呆気にとられた。
生きてるってことは、まだ強くなれるってこと。
まったくもってその通りだ。
強くなれる可能性があるなら、下を向いている暇はない。
今度は僕の方が、彼女に励まされてしまった。
「あっ、君たち!」
「……?」
なんてやり取りをしていると、突然どこからか男性の声が聞こえてきた。
辺りを見回していると、やがて木の裏から男性一人と女性二人が姿を現す。
女性の一人は背中に『長い棒』を背負っていて、もう一人の女性は右腕に『鎖』を巻き付けている。
そして男性は妙に『分厚い手袋』をしていて、おそらく全部『神器』だと思うけど……
それよりも目を引くのは、全員が額にハチマキをしていて、真っ白な衣装を黒い帯で締めているというところだ。
意図的に衣装を統一しているのだろうか?
というか、この人たちはいったいどちら様?
「もしかして、君たちが報告にあった、猫型の魔人と交戦中という試験参加者か?」
「……は、はい。たぶんそうです」
そんな稀有な状況に陥っている参加者が、僕たちの他にいるとは考えられない。
と、聞かれたことに対して反射的に答えると、男性は大きな声を上げた。
「おぉ、そうか! よく無事だったな! 俺たちはギルドの命で、君たちの捜索を頼まれた冒険者パーティーだ! 遅くなってしまって本当に申し訳ない!」
「……い、いえ」
腹の底から出しているような大きな声に、思わず僕はたじろいだ。
なんだ、冒険者の人たちだったのか。びっくりした。
それなら衣装を統一しているのも頷ける。パーティー間で衣装の統一をしているところは結構多いから。
「君たちの保護をするように言われ、同時に魔人の討伐も依頼されていてな。で、その猫型の魔人というのは今どこにいるんだ? 君たちは魔人から逃げることができたのか?」
「あっ……」
男性冒険者さんがキョロキョロと周りを見渡す。
けれどもちろん、猫型の魔人の姿は見当たらない。
報告を受けてここに来たばかりなら、まだ知らないのも当然だ。
「その猫型の魔人でしたら、ついさっき僕が倒しました」
「倒した? 君が一人で魔人を?」
「は、はい……」
ダイヤの時と似たように問いかけられて、僕はぎこちなく頷き返す。
すると男性冒険者さんは、ものすごく意外そうな顔でピタリと固まってしまった。
同様に後ろの女性二人も、驚いた様子で硬直している。
あれ? ダイヤはすぐに信じてくれたんだけど、なんでだろう?
しかしよくよく考えてみると、これはかなり奇妙な話だ。
まだ冒険者にもなっていないただの一般人が、たった一人で魔人を倒したなんて。
とても信じてもらえるようなことではない。
だけど男性冒険者さんは、少ししてから硬直を解き、顔を上気させて言った。
「そうか! それは大手柄だ! まさか、まだ冒険者でもない少年が一人で魔人を倒すとは、とんだ逸材じゃないか!」
「あ、ありがとうございます」
バンバンと肩を叩かれて、思わず僕は歯を食いしばる。
向こうはかなり力を抑えて叩いているつもりなんだろうけど、ちょっと痛い。
筋力の恩恵がかなり高いのだろう。
さすがは現役の冒険者さんだ。
「それなら、早いところギルドに戻った方がいい。試験終了まであと二十分もないだろう。他の参加者は、君たち以外全員町に戻っているぞ」
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ。まあそのほとんどが、試験を諦めてしまった者たちだがな」
男性冒険者さんはとても残念そうに肩を落とす。
へぇ、試験を諦めて帰った人が多いんだ。
まあ、無為に怪我や事故に遭うよりかは、安全を第一に考えた方がいいからね。
特に今回は魔人の乱入という異常事態まで発生した。早めに諦めて帰った人が多かったのは、不幸中の幸いである。
となると今回の合格者は、相当人数が少なそうだ。
「俺たちはまだ他に参加者や魔人がいないか探してみる。二人で戻れるか?」
「はい。大丈夫だと思います」
「よし! それじゃあ、最後まで試験頑張れよ!」
と熱い言葉を残して、白服の三人は颯爽と行ってしまった。
嵐みたいな人たちだったな。
ともあれ、僕たちは再び町を目指して歩き始めた。
やがて七色森の出口が見えてくる。
七色に輝いていた景色から一転、青空と草原の二色の世界に飛び出して、僕たちは深々と息を吐き出した。
「ふぅ、やっと森を抜けられたね」
「はい、そうですね。なんだか久々に、お空を見た気がします」
周りを窺うと、やはり他の参加者が森から出てくる様子はなかった。
あの男性冒険者さんの言っていた通り、もうみんな町に戻っているのだろう。
僕たちも急ごう。試験の残り時間も、もう二十分もないと言っていたし。
少し足早になってギルドを目指す。
町の東門をくぐり抜け、試験開始時に見た施設まで戻ってくると、僕たちは自ずと安堵の息をこぼした。
「あっ、ダイヤ!」
「……?」
ほっと一安心していると、ギルドの中からダイヤを呼ぶ声が聞こえてきた。




