第二十二話 「最大の一撃」
紫の雷撃が猫の魔人に向けて放たれる。
ジグザクとした軌道を描き、高速で猫魔人に接近するが、寸前で横に飛ばれて避けられてしまった。
「ニャはっ! すごく洒落た魔法だニャ! やっぱりお前はすごく美味しそうだニャ!」
「くっ……!」
アメジストは思わず歯噛みする。
やはり凄まじい反応速度と運動神経だ。
事前にこちらの攻撃を知っているのならともかく、初見で今の一撃を容易に回避するのはさすがとしか言いようがない。
(これが魔人……!)
アメジストは改めて目の前の存在の恐ろしさを痛感した。
しかし彼女はめげない。
目の前の魔人に勝つために……否、後ろの二人を守るために右手を構え、それを猫魔人に向けた。
「【紫電】!」
再び紫電を速射する。
さらに一撃、二撃、三撃と続けて雷撃を放ち、確実に猫魔人を捉えるために撃ち続けた。
しかし奴は、それを軽快な動作でスルスルと躱していく。
決死で猫魔人に照準を合わせるアメジスト。避け続ける猫魔人。
(これじゃあ埒が明かない!)
そう思ったアメジストは、やがて紫電を放つと見せかけて、右手をピタリと止めた。
それに引っ掛かった猫魔人は、何も飛んでこなかったのにも関わらず、大きく横に回避してしまう。
(空中なら攻撃を避けられない!)
猫魔人の足が地面から離れた瞬間、アメジストは今度こそ紫電を放った。
ようやくその一撃が、猫魔人の腹部に『ドンッ!』と被弾する。
「いっ……たいニャ〜!」
そう叫んだ猫魔人は、僅かに後方へ吹き飛び、痛がるようにして顔をしかめた。
……だが、それだけだった。
(くっ、硬い!)
僅かに相手を後退させることができたが、ダメージはほとんどゼロ。
痛いという感覚はあるのだろうが、魔装が傷付いている様子はない。
奴の魔装がこちらの魔法攻撃力を完全に上回っているということである。
これではあの猫魔人を倒すことができない。
ただの【紫電】では魔装を貫くことができないのだ。
おそらく何発も同じ箇所に当て続ければ、魔装を削ることも可能だろうが、奴の俊敏性がそれをさせてくれるはずもない。
(それなら……)
アメジストは目を細める。
魔人との戦闘において、相手の魔装を貫けなかった場合、二つの選択を迫られる。
一つは、先に相手の神器を破壊する。
神器から受けている恩恵をゼロにすることで、大幅に相手の耐久力を下げる。
それによって魔装を貫けるようにするのだ。
そしてもう一つは……
(最大火力でぶっ放す!)
至極単純。貫けないのならば『貫ける一撃』を放つだけ。
先ほど雷撃を撃ち込んだ感触から、おそらく神器を破壊したところでこちらの魔法攻撃力が上回るとは考えにくい。
それならば、限界を超えた……もっと強力な一撃を直接撃ち込んだ方が確実だ。
そう決めたアメジストは、密かに“左手”をぎゅっと握りしめて、背中に隠した。
一方で右手は変わらずに猫魔人を狙い続ける。
「【紫電】!」
右手から紫色の稲妻が放たれる。
それをまたしても躱した猫魔人は、痺れを切らしたように飛び出してきた。
「そろそろ本気で行かせてもらうニャ!」
敏捷力が許す限りの全力疾走。
猫魔人は凄まじい脚力で、紫電の間を縫うように駆け抜けてくる。
そして瞬く間に目の前まで来ると、アメジストたちを殺すために鉤爪を構えた。
(させないっ!)
瞬間、アメジストは右手を横に薙ぐ。
まるで眼前の空間を撫でるように右手を振ると……
「【紫電】!」
先ほどまで一直線にしか飛んでいなかった紫電が、三人を守る”壁”のようにバッと広がった。
雷の魔法を用いた即席の壁――『紫電の防壁』。言ってしまえばただの小細工である。
しかし目の前でそれを展開された猫魔人は、思わずぎょっと目を見開いた。
「ニャニャ! そんな使い方もできるのかニャ!」
するとその時――
アメジストが背中に隠していた“左手”が、『ビリッ!』と突然痺れた。
(来たっ!)
待ち続けていたこの感覚。
まるで手に巡る血液が激しく加速する感じ。
魔力が最大まで蓄積された合図である。
これこそがアメジストの持つスキル――【蓄電】。
最大威力の魔法を撃つための鍵だ。
【蓄電】・手を強く閉じることで魔力集中
・スキル使用後、耐久値を大きく消耗
ただでさえ脆い触媒系の神器の耐久値を、大幅に消費する諸刃の技。
しかしこのスキルのおかげで、通常時よりも強力な【紫電】を撃つことができる。
それこそ速さも威力も桁違いの一撃だ。
加えて今は、すぐ目の前に猫魔人がいる。
こちらの『紫電の防壁』を目前に驚愕しており、体が一時的な硬直に陥っているのがわかった。
今なら……当てられる。
(貫け雷撃っ!)
アメジストはビリビリと痺れる左手を猫魔人に向けた。
「【紫電】!!!」
瞬間、目が痛くなるほどの閃光が左手から走った。
視界が紫色の光で覆われる。
同時に耳をつんざくような轟音と、落雷にも似た衝撃が辺りを揺らし、焼けつくような臭いが遅れて鼻を刺激した。
「が……あっ……!」
見ると、目の前にいたはずの猫魔人が、遠方の大木まで吹き飛んでいた。
全身から煙を上げて倒れ伏しており、時折ビクビクと体を痙攣させている。
最大火力の紫電が直撃した証だ。
ずっと右手で魔法を撃ち続けていたこともあり、左手は完全に無警戒だったらしい。
左手でも紫電を撃つことは可能なのである。
それが功を奏したのか、あの忌々しい猫魔人に全力全開の雷撃をぶち込むことに成功した。
「はぁ……はぁ……!」
瞬間的な魔力の大量消費により、アメジストは重い疲労感に襲われる。
紫電を放った左手にも焼けるような痛みを感じて、思わず顔をしかめた。
(やっぱり、色々危険ねこのスキル……)
自身への負荷も当然だが、何より一撃の破壊力がとんでもない。
今はまだ威力の調整も上手くはできないので、人に向けて撃つのは危険すぎる。
アメジストは改めてそれを理解した。
やがて彼女は息を切らしながら、倒れている魔人に近付いていく。
様子を確かめるように猫魔人を窺うと、微動だにしない奴を見てアメジストは安堵した。
消滅しないということは、倒し切ることはできなかったみたいだが、完全に意識を失っている。
なら今のうちにこの場から離れた方がいい。
今ここで止めを刺してもいいが、それができるだけの魔力がほとんど残されていないのだ。
ゆえにアメジストは、傍らで見守っているスピネルとラピスに、急いでここから離れるように声を掛けようとした。
「も、もう大丈夫よ二人とも。魔人は私が……」
しかし、その寸前――
アメジストの後方から、喉をゴロゴロと鳴らすような声が聞こえてきた。
「いってて〜、今のはさすがに効いたニャ〜」
「――っ!?」
聞こえるはずのない声。聞こえてはならない声。
アメジストは恐る恐る後ろを振り返る。
するとそこには、先ほど紫電で倒したはずの猫魔人が、笑いながら立っていた。
「う……そ……」
目を見開いて戦慄するアメジスト。
そのアメジストを間近で見下ろす黒猫の魔人。
不気味な笑みをたたえるその魔人は、目の前の人間に対して激しい“怒り”を燃やすように、額に青筋を立てていた。




