第二十話 「一番になれば」
アメジスト・バングルという人間は天才ではない。
そのことをアメジスト本人は、誰よりもよく知っている。
何をしても一番の彼女は、生まれながらにして一番だったというわけではない。
結果には何かしらの要因が存在するように、アメジストは一番になるために陰で努力をしていた。
速く走るための方法を模索し、喧嘩に負けないコツを知り、効率的な勉強の仕方を身に付けた。
一番であることは彼女にとって、何よりの存在証明だからである。
『一番になれば、みんなが私を見てくれる。一番になれば、みんなが私と友達になってくれる。一番になれば、独りぼっちにならない……』
一番になることが、友達を作る最良の方法だと知った。
だからアメジストは何事においても最善を尽くした。
運動や勉強で一番になるために、できる努力はすべてしてきた。
友達を作るために……独りぼっちにならないように……寂しくならないように。
しかし『神器』に関しては、努力のしようがまったくなかった。
祝福の儀で授かる神器は、選ぶことも変えることもできないからだ。
アメジストは幼い頃にしてその事実に気が付き、周りからの過度な期待に多大なプレッシャーを感じていた。
そんな中で祝福の儀の当日を迎え、その結果……
『し、【紫電の腕輪】、Bランク……』
彼女は失敗した。
周りからしてみれば失敗とは思えない優秀な結果ではあったが、当時の儀式においてアメジストの順位は『二番』だった。
一番はAランクの神器を授かった、泣き虫でいじめられっ子のダイヤ・カラット。
周りの人たちは精一杯、アメジストのことを励ました。
無理やりにでも褒め言葉を絞り出し、降り掛かるそれらの称賛がさらに彼女を傷つけた。
無理をしているのがわかる。本心からの称賛ではない。それはアメジストにとって侮辱に他ならない。
何よりそんなことを言わせてしまっている『二番の自分』に、心底嫌気が差した。
もしかしたらこれで友達がいなくなってしまうかもしれない。そんな気さえした。
そんな悔しい気持ちを抱きながら、儀式を終えたアメジストは、その帰り道でダイヤとすれ違った。
自分から一番を奪ったダイヤ・カラットと。
そしてダイヤとすれ違いざま、彼女の情けない声が耳を打った。
『……ご、ごめんなさい』
どういうつもりでその台詞を口にしたのか、詳しいことは定かではない。
しかしあの時のアメジストにとって、ダイヤからのその一言は”哀れみ”以外の何物でもなかった。
どうして泣き虫でいじめられっ子のダイヤがAランクで、自分がBなのだろう。
そしてどうして一番を奪った奴から謝られなければならないのだろうか。
自分はいったいどこで間違った? どういう努力をすればよかった?
神様に気に入られればよかったのだろうか?
もっと良い子にしていたらよかったのだろうか?
それともあの子と同じように、泣き虫でいじめられっ子として生きてきたらよかったのだろうか?
何もかもがわからなくなり、その時をしてアメジストは、世界の理不尽さに鬱憤を溜め、それを晴らすようにダイヤに辛く当たるようになった。
ラストたちと一戦を交えた後、アメジストはスピネルとラピスを連れて七色森を歩いていた。
方角は町の反対。森の奥地を目指して進んでいく。
「ほらあんたたち、ちゃんと私について来なさい」
後ろの二人と僅かに距離が空いていたので、アメジストは急ぐように促した。
するとスピネルとラピスは、赤と青のポニーテールを揺らしながら小走りをしてくる。
とても申し訳なさそうな顔で。
「ご、ごめんね、アメ」
「私たちが神器壊されちゃったせいで、アメに迷惑掛けちゃって……」
「別に、あんたたちのせいじゃないわよ。むしろ、相手の実力を測り切れなかった私の落ち度よ。だからそんな辛気臭い顔してないで、ちゃんと私について来なさい。私の神器さえ無事なら、こんな試験なんて楽勝なんだし」
アメジストは二人にそう言って、さらに森の奥へと歩いて行った。
後ろの二人のことを考えるなら、すぐに町に帰るべきだと思った。
しかしそれをするのはアメジストのプライドが許さない。
冒険者試験を諦めるということが悔しいのもそうだが、何より”あんな奴”の言う通りにするのが屈辱で仕方がなかった。
結果、試験続行という答えに行き着いた。
「時間はあと五十分くらいだけど、人形もあと二つだし、まあ余裕で合格できるわよ。ダイヤなんかよりも先にね」
「そうだねアメ」
「試験参加者の中で、一番強いのはアメだもんね」
なんてことを言い合いながら、三人は試験人形を探していく。
茂みの中を見たり、大木の裏を覗いたり、はたまた小人のような魔物がいないか目を配ったり。
そんな中で不意に、スピネルが声を上げた。
「それにしても何だったんだろうね……あの『サビ剣使い』」
「……っ!」
アメジストは密かに歯を食いしばる。
今一番思い出したくない奴のことが話に出てきた。
脳裏を引っ掻かれるような不快感を覚えたが、スピネルとラピスは知る由もなく話を続けた。
「ボロボロの汚い神器だと思ったのに、急に姿が変わったりして……」
「それにあの黒い剣、とんでもない攻撃力だったし、あれになった途端あいつの雰囲気も変わったっていうか……」
「……」
あいつの話題は気に入らないが、確かにあのサビ剣使いは不可解な存在だ。
見るからに最低ランクの神器を持っていたのに、その姿を変えてこちらを攻撃してきた。
しかも凄まじい恩恵が秘められているのか、奴の身体能力が見違えるほどに上昇していた。
あの禍々しい神器は何なのだろう? そしてあいつは何者なのだろう?
初めにタテついてきた時から、心底気に食わない。
「……泣き虫ダイヤと組んでるような奴なのよ。普通なわけがないじゃない」
「ま、それもそうだね」
「絶対に変な奴だよね」
スピネルとラピスはケラケラと笑う。
一方でアメジストは、早いところあいつの話を終えたいと思い、別の話題を振った。
「そんなことよりも、早くこんな試験合格して、冒険者になったことを報告しに帰るわよ。それでいつかは一番すごい冒険者になって、世界に名前を轟かせるんだから」
「そうだねアメ!」
「私たちで最強のパーティー作っちゃおう!」
スピネルとラピスは、すでに半ばから折れてしまっている大鎌をブンブン回して上機嫌になった。
そう、あんな奴にいちいち心を乱されている場合ではない。
いつかは一番の冒険者になって、誰よりも多くの視線を集めてみせる。
それで自分は、決して独りぼっちにはならない。
アメジストは人知れず頰を緩ませた。
次いで二人に、『先を急ぐわよ』と伝えるために後ろを振り向く。
しかし声を掛ける寸前、スピネルとラピスの背後に、空間の”揺らぎ”を見た気がした。
まるで陽炎のようにも見える不自然な揺らぎ。
目の錯覚? いや……
途端、アメジストは寒気を感じた。
「二人とも危ないっ!」
「「……っ!?」」
その声に感応して、スピネルとラピスは咄嗟に地面を蹴った。
瞬間、アメジストの見ていた”揺らぎ”からぎらりと光る刃が出てくる。
それはスピネルとラピスの首を刈るように伸びてきたが、咄嗟に飛び出したことで腕を掠める程度に抑えることができた。
「「ぐっ……!」」
二人は痛みに顔をしかめる。
アメジストはそんな二人を庇うようにして、揺らぎの前に立ち塞がった。
今のはいったいなんだ? あの揺らぎは魔物の仕業なのか?
するとその陽炎の中から、キンキンと響く高い声が聞こえてきた。
「ニャはは〜! 今のはすごく惜しかったニャ〜!」
途端、空間の揺らぎが次第に消えていく。
まるで透明だった存在が少しずつ表に出てくるように、そいつはアメジストたちの前に姿を現した。
ベースは人間そのものだが、所々に魔物のような特徴が見受けられる。
ふさふさとした黒い体毛。頭に生えている二つの三角耳。頰から伸びる三本のヒゲ。
鋭い目は黄色く光り、アメジストたちのことを面白がるように見つめている。
「……猫」
そう、『猫女』とでも表現すべき存在だ。
そしてそいつの右手には、『黒い鉤爪』のような武器が装着されていた。
やがて奴は、猫が自分の手を舐めるように、鉤爪に舌を這わせて笑う。
「そこの紫のお前、結構いい勘してるニャ。すごく美味そうだニャ〜」
「ま、魔人……!」
アメジストは初めて見る魔人に、強い恐怖感を覚えた。




