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第二話 「祝福の儀」

 

『祝福の儀』は、神聖な力が集まる『神殿』で行われる。

 神殿は町や村に必ず一つはあり、僕たちが暮らしているレッド村にも立派な神殿が建てられている。

 その神殿に、僕とルビィはやってきた。


「うわっ、すごい人だね。レッド村の人たちだけじゃないんだ」


 屋内にはすでにたくさんの人たちが集まっている。

 中には見覚えのない人たちもいて、おそらく他の町や村の住民と思われる。


「他の町とか村からも、儀式を受ける人たちが集まってるみたいだよ。ここの神殿、この辺りじゃ一番大きいし、まとめてここでやっちゃうみたい。って、昨日ベリル村長が言ってたじゃん」


「そ、そうだっけ?」

 

 緊張していたせいかまったく覚えていない。

 ていうか知らない人たちが多いってわかって、ますます緊張感が湧いてきてしまった。

 よくよく見れば、祝福の儀を受ける人の親御さんたちもいる。

 自分の子の晴れ姿を見にやって来たのだろう。

 僕の母さんは、仕事が忙しくて来ていないけれど。

 そこは不幸中の幸いかな。親の前で恥をかく可能性がなくなったわけだし。まあ後できっちり結果報告しなきゃいけないけど。


「あっ、ラスト見て。冒険者の人たちもいる」


「ホントだ……」


 中には何人か『冒険者』もいて、この人たちはたぶん有望な人材を探しに来たのではないだろうか。

 高ランクの神器を授かった人を、自分のパーティーに引き入れるために。

 そんな人たちの視線を受けながら、神殿の奥に進んでいくと、どこからかルビィを呼ぶ声が上がった。


「あっ、ルビィちゃん遅いよ!」


「あとちょっとで儀式始まるってよ!」


「あっ、みんなおはよう! お待たせ!」


 ルビィは「ちょっと行ってくるね」と言い残して、僕から離れていった。

 彼女はかなり顔が広い。レッド村には多くの友達がいるし、他の町や村にも顔見知りがいるほどだ。

 人見知りな僕とは正反対の性格をしている。

 というわけで独りぼっちになった僕は、仕方なく隅っこの方で儀式が始まるのを待つことにする。

 と、端に寄ろうとした時……


「いたっ!」


『ドンッ!』と誰かと肩がぶつかった。

 否、相手がわざと肩をぶつけてきたのだ。

 いったい誰だろう? いやそんなのわかり切っているけど。


「おっ、ラストじゃねえか。悪りぃ悪りぃ、チビすぎて全然気付かなかったわ」


「……ヘリオ君」


 金色の髪をツンツンに逆立てているつり目の少年。

 いつも僕に嫌がらせをしてくる、同じ村に住むヘリオ・トール君だ。

 レッド村のガキ大将と言ってもいい。

 彼も『祝福の儀』を受けるために神殿に来ているらしい。同い年だから当然だけど。


「なんだよ、お前も祝福の儀受けるのかよラスト。どうせ大した神器もらえねえくせに、受ける意味あんのかよ」


「……は、はは」


 嫌味な台詞を浴び、僕は苦笑を滲ませる。

 昔から意地悪をされているので、ヘリオ君はどうも苦手だ。

 強く言い返すことができない。


「弱虫ラストが神器を授かったところで、どうせ震えちまって魔族と戦えねえだろうが。儀式なんて受ける意味ないだろ。ただでさえ人数も多いし、早いとこ帰った方がいいんじゃねえか?」


「……そ、そうかもね」


 だからこんな風に、いつも苦笑いで誤魔化そうとしてしまう。

 何か言い返さなきゃいけない。そうとわかってはいても、昔からの意地悪が脳裏をちらついて反抗することができないのだ。

 結果、僕は弱々しい苦笑を滲ませて黙り込んでしまう。

 しかし、そんな時に限って……


「あっ、ヘリオ。またラストに嫌がらせしてるでしょ! こんな時までやめなさいよ!」


「チッ、めんどくせぇ奴が来やがったな」


 タイミングよくルビィが戻って来た。

 ルビィはいつもこんな風に、ヘリオ君や他の男の子たちに意地悪されている僕を助けに来てくれる。

 頼もしいルビィの背中。すっかり見慣れてしまった光景だ。

 正義感が強いルビィにとって、弱い者いじめは何よりも嫌いなことらしい。

 だから意地悪をされている僕を毎回助けてくれて、そして僕も、心のどこかでそんなルビィに甘えてしまっている。

 水を差されて興が削がれてしまったのか、ヘリオ君はつまらなそうな顔をして僕らに背を向けた。


「ま、せいぜい同じ世代として、恥ずかしい真似だけはすんじゃねえぞ、ラスト」


「……うん」


 スタスタと歩き去ったヘリオ君を見て、僕はほっと胸を撫で下ろした。

 はぁ、怖かった。

 やっぱりヘリオ君は苦手だなぁ、なんて思っていると、ルビィが横から脇腹を小突いてくる。


「『うん』じゃないでしょラスト。何か言い返しなよ」


「ごめん……」


「私たちももう十二歳で成人になるんだから、もっとしっかりしなきゃダメだよ。そんなんじゃかっこいい冒険者になれないんだから。それに、いつまでも私が守ってあげられるわけじゃないんだし、強くならなきゃダメだよラスト」


「そ、そう……だね」


 ……本当に情けない。

 そう、いつまでもルビィに守られてるわけにはいかないんだ。

 いじめっ子の一人や二人を自力で撃退できなければ、僕の憧れている英雄になんて到底なれるはずがないのだから。

 今日で僕は変わる。変わってみせる。

 人知れず決意を新たにしていると、神殿に神父様の声が響いた。


「それではただいまより、『祝福の儀』を始める。儀式を受ける者は祭壇の前へ」


 ざわついていた神殿が一転、シーンとした静寂が訪れる。

 するとさっそく一人の少年が、参加者たちの中から出てきた。


「よし、まずは俺から行くぜ!」


 少年は神父様の指示に従って、祭壇の前へと歩いていく。

 その祭壇は、天窓から降り注ぐ日の光を浴びて、白い輝きを放っていた。

 どうやら一年に一度、太陽から神聖な光が注がれる日があり、それが祭壇に当たっている間だけ神様と対話することができるそうだ。

 対話ができるのは十二歳以上の人間。つまりは大人。

 昔の人たちは魔人や魔物と戦う術がなく、一方的に虐げられていた。

 魔族は『魔装』と呼ばれる硬質な皮膚を備えており、普通の武器では傷一つ付けることができないからである。

 そこを助けてくれるように神様にお願いをしたところ、驚くことに対話を持つことができて、魔人や魔物を倒すことができる特別な武器を授けてもらったそうだ。

 それが『祝福の儀』の起源と言い伝えられている。

 まあ、本当の話かどうかはわからないけど。

 ともかく十二歳以上の人間が、白い光の注ぐ日に祭壇で祈りを捧げると、魔族を倒すことができる武器が手に入るのは事実で、少年はそれに倣って祭壇の前で手を合わせた。

 すると祭壇が、より眩い光を放ち始める。

 あまりの眩しさに思わず目を閉じ、再び開いてみると、祭壇には一本の大きな斧が出現していた。


「これが、祝福の儀……」


 思わず僕は目を見開いてしまう。

 前にも何度か儀式を立ち見させてもらったことはあるが、毎度この現象には驚きを禁じ得ない。

 ましてや今度は儀式を受ける側だから、なおのこと衝撃は大きい。

 驚きながら祭壇の方を見守っていると、少年が嬉しそうに神器を手に取って叫んだ。


「【鋼鉄の大斧】! Cランクの神器だ!」


 瞬間、周囲からパチパチと拍手が巻き起こる。

 神器は装備することで詳細な情報――『プロパティ』を知ることができる。

 名前、ランク、その神器に宿っている力のすべてを。

 そして儀式を受けた者は、どんな神器を授かったか公表する習わしがある。

 それに則って神器の名前とランクを言った少年は、嬉しそうに後ろへ下がっていった。


「つ、次は私がやります!」


 続く少女も祈りを捧げ、祭壇が眩い光を放つ。

 現れた緑色の短剣を手に取り、同じく少女も大きな声を上げた。


「【疾風の短剣】。私もCランクです!」


 再びの喝采。

 周囲の人たちは嬉しそうな反応を見せた。


「今年は豊作かもしれないな」


「年によってはCランク神器一本すらも出ない場合もあるもんな」


「それがいきなり二本だし、ますます楽しみだな」


 神器にはランクというものが定められている。

 上からA、B、C、D、E、Fと神器の性能によってランクが変動する。

 平均的なのはDランクの神器。多くの人たちはその神器を授かることになる。

 その中でCランク神器がいきなり二本も出たのだから、周りの人たちが喜ぶのも無理はない。

 一説によるとCランク神器は千人に一人。Bランク神器は一万人に一人。Aランク神器は十万人に一人与えられると言われている。まあ、それは定かではないけれど。

 ともあれ素晴らしい成績を残した少年少女に続き、祝福の儀は順調に進められていった。

 Dランク、Dランク、Cランク、Dランク……

 やはりDランクの神器が多いように見える。それよりもDより下のランクの神器がまったく出ていないのは、やはり今年は豊作なのかもしれない。

 と、そんな中…… 


「な、なんだあの神器は!?」


 祭壇の方を注視すると、そこには明らかに他の神器とは一線を画する長い槍が置かれていた。

 綺麗な装飾が施されており、見るからに強力そうなオーラを放っている。

 それを手にして堂々と掲げたのは、あのいじめっ子のヘリオ君だった。


「【雷撃の長槍】。Bランクだ」


 瞬間、今日一番の喝采が送られた。


「おぉ! さすがヘリオ!」


「お前ならやると思ってたぞ!」


「俺にもよく見せてくれよ!」


 村の大人たちや友達、他の町村の人たちもヘリオ君の儀式に拍手を送った。

 Bランクの神器。確かにすごい。

 ヘリオ君は昔から喧嘩も強かったし、僕やルビィと同じで冒険者を目指しているとも言っていた。

 あの神器ならきっと、すごい冒険者になれるに違いない。

 すると、周囲で見ていた冒険者が、さっそくヘリオ君に声を掛け始めていた。


「君、冒険者に興味はあるかい? よかったらうちのパーティーに来ないか?」


「うちも大歓迎だぜ少年! 冒険者になって一緒に魔族を倒そうぜ!」


 祝福の儀で恒例の冒険者勧誘。

 冒険者になるためには試験を受け、それに合格する必要がある。

 しかし既存の冒険者パーティーから勧誘を受けた場合は、試験を受けずに冒険者になることができるのだ。

 推薦、と言うやつらしい。

 確か推薦ができる冒険者は、階級の高い冒険者だけと聞いたことがあるので、あの人たちも相当すごい冒険者なのだろう。

 そんな人たちからたくさん声を掛けてもらえるだなんて、なんて羨ましいのだろうか。

 なんて思いながらヘリオ君を見ていると、不意に彼が僕たちの方を見てきた。

 にやりと頬を緩ませている。


「あの勝ち誇った顔、すごいムカつくわね!」


「あ、あはは……」


 どうだ見てみろと言わんばかりの顔だからね。

 ルビィはお気に召さなかったみたいだ。


「よ〜し! 私もあいつに負けないくらいの神器出してやるんだから!」


「……頑張ってルビィ」


 Bランクの神器を授かったヘリオ君に負けじと、ルビィも祭壇の前に立つ。

 そして傍らで見ている神父様にペコリと頭を下げ、礼儀正しく名乗った。


「ルビィ・ブラッドです。宜しくお願いします」


 ルビィは祭壇の前で手を合わせ、神様に祈りを捧げる。

 いったいどんなことを考えているのか、僕には想像もつかない。

 けれど側から見ていても、彼女の真剣さが伝わってきた。

 すると祭壇が眩い光を放ち始める。

 心なしか、他の人の儀式よりも祭壇の輝きが強い気がした。

 やがて光が収まると、祭壇の上に一本の大きな剣が置かれていた。


「あ、あれは……」


 柄まで真っ赤に染まった大剣。

 女の子が振り回すにしては不釣り合いな肉厚の刃。

 しかしルビィはその大剣を軽々と持ち上げると、神器の名前とランクを辿々しく口にした。


「えっと……【炎龍の大剣】。Aランク?」


 しばし、神殿が沈黙に包まれた。

 皆、目を丸くしてルビィのことを見据えている。

 やがて固まっていた人々が我に返ると、わっと歓声が神殿に轟いた。


「す、すげえ! Aランク神器だ!」


「間近で見るの初めて!」


「めちゃくちゃ綺麗だな!」


 ルビィ自身もすぐに自覚はできなかったみたいだ。

 遅れて自分の神器の凄さに気が付くと、それをぶんぶんと掲げながら僕の方を見てきた。


「み、見てよラスト! 私、Aランクの神器だよ! 一番強い神器だよ!」


「す、すごいよルビィ……」


 本当にヘリオ君に負けないくらいの神器を、神様からもらってしまった。

 やっぱりルビィはすごい。正義感が強くてかっこよくて、冒険者になる才能も持ち合わせていた。

 幼馴染として、僕もとても嬉しい。

 密かに喜びを噛み締めていると、やがて冒険者の人たちがルビィの元に殺到した。

 Aランクの神器なんてそうお目に掛かれるものではない。勧誘の声が集まるのは必然だ。

 たくさんの勧誘を受けて困り果てるルビィ。そんな中、群衆の中から一人の女性が出てきた。

 まるで光を帯びているような、腰まで伸びる白色の髪。同じく透き通るように真っ白な肌。整った顔立ち。

 美女と言っても差し支えないその女性は、冒険者の大群を威圧だけでかき分けると、ルビィの前に立った。

 

「お、おい、あれって……」


「あぁ、間違いねえ……」


「勇者パールティだ……」


 その名前には僕も聞き覚えがあった。

 最強の冒険者に与えられる称号――『勇者』。

 そして現在、最強の冒険者と謳われているのが、パールティ・ライトニングという名の女冒険者だと。

 通称『勇者パールティ』。あの人がそうなのか。

 でもいったい、ルビィに何の用なのだろう?


「もしよければ、私のパーティーに入らないか? ルビィ・ブラッド」


「えっ?」


 驚いたのはルビィだけではない。

 僕も、周囲の人々も同様に息を呑んだ。


「ゆ、勇者のパーティーに勧誘されてる!?」


「す、すごいよルビィ!」


「絶対に入った方がいいぞ!」


 という周りの喧騒に、勇者パールティは顔をしかめた。


「ここでは騒がしくて話にならんな。向こうで詳しいことを話そう、ルビィ・ブラッド」


「わ、私でいいんですか? 私が、あの勇者のパーティーに入っても……?」


「君以外にルビィ・ブラッドという名の参加者が他にいるのか? いいからついて来なさい」


「は、はい!」


 そう言われたルビィは嬉しそうに勇者の後ろをついて行った。

 が、姿を消す直前、ピタッと立ち止まる。

 すると僕の方にちらりと目を向け、ぐっと握り拳を見せてきた。

『ラストも頑張れ!』。そう言っているように僕には見えた。

 その後ルビィは、パールティのあとを追って群衆の中に消えて行った。

 僕はその後ろ姿を呆然と眺めていることしかできなかった。


「す、すごいなルビィ……」


 あの伝説の勇者、パールティ・ライトニングに勧誘されるなんて。

 となると、僕も願わずにはいられない。


「僕も、あんな神器がほしい」


 Aランクなんて贅沢は言わない。魔族と充分戦えるだけの神器を。

 そして、どこかのパーティーに勧誘されて、ルビィと一緒に冒険者になりたい。

 僕は意を決し、祭壇の前へ歩いて行った。


「君が最後だな」


「はい。ラスト・ストーンです」


 神父様に挨拶を済ませ、僕も儀式の準備に入る。

 祭壇の前で手を合わせ、神様に祈りを捧げる。

 どんなことを祈るのかは自由らしい。けれど僕の言うことは決まっている。

 神様、どうか僕に力をください。

 ルビィと一緒に戦えるくらいの力を。

 ヘリオ君に負けないくらいの力を。

 英雄になれる力を。


「お願いします、神様……」


 瞬間、祭壇から眩い光が放たれた。

 先ほどのルビィの儀式に負けず劣らずの強い光。

 必然、僕も、周囲の人たちの期待も膨らんでいく。

 次第に光が収束し、祭壇には一本の剣が出現していた。

 皆の高揚した視線がその剣に注がれる。


「こ、これは……」


 僕は目を丸くする。

 周りの人たちも唖然とした表情で祭壇を見つめている。

 なぜなら祭壇の上には、まるで予想に反した物が乗っかっていたからだ。

 この事実をどう受け止めたらいいのだろう?

 何かの間違いではないか?

 それを確かめるために、僕は神器の柄を握った。

 しかし、目に見えている事実に間違いはなかった。

 皆にならって、授かった神器の名前とランクを口にしようとしても、僕は何も言い出せない。

 なぜなら、僕が手にした神器は……

 



名前:さびついた剣

ランク:F

レベル:1 

攻撃力:1

恩恵:筋力+0 耐久+0 敏捷+0 魔力+0 生命力+0

スキル:

耐久値:10/10




 今にも朽ち果ててしまいそうな、ボロボロの錆びた剣だったからだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] パールティさん、パーティの誤字かと思ったわ
[一言] ラスト少年には親近感がわきます。頑張ってほしいですねー
[気になる点] 何度か儀式を見に来ているのに、何で人の多さに驚いてんの? 毎年の事なんでしょ?
感想一覧
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