第十九話 「不器用」
アメジストの【紫電の腕輪】はBランク。
一方でダイヤの【不滅の大盾】はAランク。
以上のことがわかれば、彼女たちが対立している理由も大方想像がつく。
「もしかして、アメジストがダイヤのことを執拗に目の敵にするのって、『神器のランク』で負けちゃったからとか?」
「ま、まあ、端的に言えば、そうですかね……」
ダイヤは苦笑を滲ませつつ、曖昧な答えを返してくる。
そうなると、ダイヤは何も悪くないよな。
祝福の儀で授かる神器は選ぶことができないので、Aランクを授かってしまったのはダイヤの責任ではない。
というかそもそも、Aランクの神器を授かって責められる方がおかしいのだ。
普通なら称賛するべき結果だろう。
「でもそっか、勉強も運動も一番で、みんなから尊敬されてるアメジストなら、神器のランクで負けたことを相当悔しがるだろうね」
「……それが私みたいな泣き虫でいじめられっ子なら、なおさら怒るのは当然ですよね」
そんな自虐的なことをわざわざ言わなくても……
しかしダイヤは、さらに自嘲的に続ける。
「アメジストさんの神器の方が、綺麗でかっこよくてオシャレなんですけど、周りのみんながそう言ってもアメジストさんは納得してくれなくて……。私はアメジストさんのことを、相当怒らせてしまったみたいです」
……だからそれは、別にダイヤが悪いわけじゃないんだよ。
祝福の儀でどんな神器を授かるのかは、神様以外の誰にもわからないのだから。
と、ここまで話を聞いて、一つの悪い予感が脳裏をよぎった。
「そ、それじゃあもしかして、みんなの憧れのアメジストを怒らせて、祝福の儀を受けてからもっといじめがひどくなったり……」
「あっ、いえ、それはまったく。むしろ【不滅の大盾】のおかげで物理的ないじめは痛くも痒くもなくなったので、肩をぶつけてきたいじめっ子を逆に返り討ちにしちゃったこともありますよ」
「……そ、そう」
神器の恩恵でガチガチに強化されたダイヤに肩をぶつけ、悶絶しているいじめっ子の姿が目に浮かぶ。
ともあれ、いじめが増えたという事実がなくてよかった。
「でも、よくそんな間柄で、試験開始時にアメジストに『仲間に入れてほしい』なんて言えたね。普通なら怖くて近寄りたくもないはずなのに。何か特別な理由でもあったの?」
いよいよ核心に触れてみた。
「アメジストさんの言ったように、他に頼れる人がいなかった……というか声を掛けられる人がいなかったっていうのが大体の理由なんですけど、もしかしたら昔のように戻れるかと思ったんですよ」
「むかし?」
どういう意味だろう?
昔のように戻るって、いったい何が?
「こう見えても昔は、結構仲が良かったんですよ。私とアメジストさん」
「えっ!?」
「四歳くらいの頃ですかね、まだスピネルさんとラピスさんとも知り合う前で、私はいつもアメジストさんと二人きりで遊んでいました。何をやってもダメダメな私に、アメジストさんは色々と教えてくれて、もしかして『お姉ちゃん』がいたらこんな感じなのかなぁ、なんて思ったこともあります」
……なんとも意外な過去だった。
あのアメジストとダイヤが二人きりで遊んでいたとは。
しかも『お姉ちゃん』みたいな存在として見ていたなんて。
しかし改めてそう聞かされると、妙にしっくり来るような気もする。
『私が手本を見せてあげるわよ』なんて風にお姉ちゃん風を吹かせて、得意げに物事を教えるアメジストが容易に想像できた。
「大きくなるにつれて、アメジストさんの周りにはたくさんの人たちが集まるようになりました。それで次第に疎遠になっていったんですが、私は今でも、アメジストさんを尊敬しています」
ダイヤはまるで楽しかった思い出を振り返るように、ぼんやりと空を見上げる。
アメジストのことを相当尊敬しているみたいだな。
それによくよく思い返せば、あそこまでアメジストに侮辱されたのに、ダイヤは何も言い返していない。
ここまでダイヤは一度たりとも、アメジストの悪口を言っていないのだ。
あくまで悪いのは自分だと、アメジストを落とすような発言を一切していない。
尊敬しているというのは本心なのだろう。いまだに頼りになるお姉ちゃんとして見ているのかも。
「だから冒険者試験を一緒に受けようと思ったの?」
「は、はい。一緒に冒険者試験に参加すれば、昔みたいにアメジストさんの後ろをついて行くことができるんじゃないかなと思ったんです。すごく他力本願な考え方ですけど、これが仲直りできる唯一の機会だと思ったんですよ」
他に頼りになる人がいなかった。
というよりむしろ、一番頼りたかった相手がアメジストだったのではないだろうか。
盾の神器の性質上、仲間は必須。
その相手としてアメジストを選ぶ必要はなかったのに、それでもダイヤはアメジストに声を掛けた。
それは他力本願などではない。立派な敬愛だ。
「もう、アメジストさんと仲良くなれないんでしょうか。昔みたいに戻ることができないんでしょうか……」
次第に掠れる声を聞き、ダイヤが涙ぐんでいるのがわかった。
あそこまでわかりやすく拒絶されたら、そう思ってしまうのは仕方がない。
あれだけ強烈な魔法を浴びせられて、敵として衝突してしまった。
昔みたいに戻ることは、難しいかもしれないな。
だから……
「昔みたいに戻る必要は、たぶんないんじゃないかな」
「えっ?」
「ダイヤのしたことは間違ってなかったと思うよ。一緒に冒険者試験に参加すれば仲直りできたかもしれない。でも昔みたいに後ろをついて行くんじゃなくて、今度は隣に立って一緒に戦えるようにならなくちゃ。お姉ちゃんについて行く『妹』としてじゃなくて、今度は『友達』として」
「とも……だち……」
友達というか戦友かな。
お姉ちゃんを追いかける『妹』としてではなく、一緒に戦う『戦友』として新しい関係性を作ればいいんだ。
あれだけすごい『防御力』があるのだから、きっとアメジストの力になれるはず。
僕が言うのもなんだけど、ダイヤはもっと”自信”を持つべきだ。
『パーティーに入れてもらう』という考え方では伝わらない。今度は『一緒に戦う』という意思をぶつけてみてほしい。
「まあ、具体的にどうすればいいっていう助言はできないけどさ、アメジストが本当に困っている時に、助けに入ってあげられたら、ダイヤが仲良くしたいと思ってる気持ちもちゃんと伝わるんじゃないかな。すぐに仲直りするのは難しいかもしれないけど、少しずつ歩み寄って行けたらいいと思うよ」
「……」
具体性の欠片もない曖昧な助言。
おまけに友達がほとんどいない僕が言ったところで、説得力なんて皆無だ。
こんなことじゃ励ましにならないよな。
と思っていたのだが、意外なことにダイヤはどこか納得したような面持ちで頷いた。
「確かに、少し焦りすぎていたのかもしれませんね。ラストさんの言う通り、少しずつ歩み寄って行きたいと思います。それで今度はもっと自信を持って、自分には『守る力』があるのだとアピールしてみせます!」
「うん、その意気だよダイヤ。僕にも何か手伝えることがあったら、なんでも言ってね。って言っても、友達の少ない僕に手助けできることなんてないかもしれないけど」
「いいえ。もう充分、ラストさんには助けてもらっていますよ」
”ありがとうございます”と続けて、ダイヤはにこりと微笑んだ。