第十八話 「対立の理由」
鎌使いの姉妹は、神器を壊されて目を大きく見開く。
そんな二人に守られていたアメジストも、一撃で守りを突破されて唖然とした。
「そ、そんな……ありえない……」
敵である僕が目の前にいるにも関わらず、彼女は腕輪の付いている右手をだらりと下げたまま、呆然と固まっている。
おそらく、スピネルとラピスと呼んだ姉妹の実力を、かなり信用していたのだろう。
そんな彼女たちの神器を、眼前で一撃で破壊されて、半ば思考が停止しているみたいだ。
混乱するのも無理はない。
「うっ……」
対して僕は【呪われた魔剣】の『呪い』により、頭と胸に苦しさを感じた。
思わず足をふらつかせてしまう。
しかしなんとか踏み止まると、それを後ろで見ていたダイヤがすぐに駆けつけてくれた。
次いで彼女は心底不安そうな顔で、耳打ちをするように囁いてくる。
「だ、大丈夫ですかラストさん?」
「う、うん。なんとかね。僕のことなら心配いらないよ」
小声でそう返すと、僕はすぐに【呪われた魔剣】を【さびついた剣】に戻した。
恩恵が失われ、鉛を付けたかのように全身がどっと重たくなる。
しかし呪いによる苦しさから解放され、むしろ体は軽くなったように感じた。
ふぅ、危なかった。制限時間ギリギリといったところだろうか。
次に【呪われた魔剣】を使うには、数分ほど休まなければならないが、今はその必要はないだろう。
「くっ……!」
アメジストは僕とダイヤのことを睨みつけながら、悔しそうに歯噛みした。
仲間二人の神器を破壊されて、残されているのは触媒系の神器を持つアメジストだけ。
魔力にも限りがあり、状況は圧倒的に不利だ。
対してこちらの神器は、相手から見れば二人とも健在。
まあ僕の神器は少し休まなければ使えないが、向こうはそのことを知らないので不利と思い込んでいるだろう。
ゆえに、いくらアメジストが直情的な性格とはいえ、ここで無謀な賭けに出てくるほど間抜けではなかった。
その代わりというわけではないだろうが、奴は鎌使いの姉妹を庇うように立ち、負け惜しみにも似た台詞を吐き散らした。
「こ、この子たちの神器はCランクよ! 付与魔法もあったのに、それを二本同時に、しかも一撃で破壊するなんて……! あんたいったい何なのよ!」
「……」
その疑問は当然のものだと思った。
僕自身ですら、僕のことはよくわかっていないのだから。
僕はいったい何者なのだろう?
僕の神器はいったい何なのだろう?
【呪われた魔剣】とはいったい何なのだ?
その答えを見出せないうちは、僕は単純な返答しかできない。
差し当たって僕は、初対面の時とほとんど同じ答えをアメジストに返した。
「あんたと同じ試験参加者だよ。それで今は、ダイヤの仲間でもある。それだけだ」
「……」
アメジストは悔しそうな表情を崩さない。
こんなのでは答えになっていないだろうか。まあ、別にそれで構わない。
そんなことよりも今は、アメジストに聞いておきたいことがあった。
「今のがダイヤの盾だったら、僕の一撃だって防げていたかもしれない」
「はっ……?」
「もしダイヤを仲間にしていたなら、どんな攻撃だって防いでもらえて、もっと連携がしやすくなったはずだ。それなのに、どうしてあんたは……」
「――っ!」
ちょっとした皮肉にも聞こえてしまったのだろうか、アメジストは見るからに怒りを覚えていた。
綺麗な顔を怒りによって深く歪ませている。
それを間近で見て、てっきり雷魔法が飛んでくるかと思ったが、奴が顔をしかめて放ったのは掠れた怒号だった。
「あんたに何がわかんのよ! 何も知らないくせに! 関係ない奴がしゃしゃり出てきて、偉そうに説教垂れてんじゃないわよ!」
激しい戦いの後だからだろうか、奴の叫びがより強く頭に響いた。
確かに僕は部外者だ。
ダイヤやアメジストたちが村にいた時のことなんて何も知らない。
関係ないくせにしゃしゃり出ている自覚もある。
でも今は、一緒に冒険者試験を受けて、同じ夢を志す仲間だ。
そしてその仲間を侮辱されたままで、黙っているわけにはいかない。
奴らはダイヤのことを散々侮辱した。大声で、大勢の前で、恥をかかせるように。
だからそのことをダイヤに謝ってほしいと思った。
そのためにまずは、ダイヤのパーティー入りを拒否した詳しい理由を尋ねようと思ったのだが、アメジストは聞く耳を持ってくれそうにない。
「気に入らなければ斬りなさいよ! 人形だって強引に奪っていけばいいじゃない! こっちだってただでやられるつもりはないわよ!」
アメジストはそう言って、苦し紛れに腕輪の付いた右手を僕たちに向けてきた。
来るなら来い、返り討ちにしてやると言わんばかりだ。
なぜここまで、ダイヤに対して嫌悪感を剥き出しにするのだろうか?
その理由は定かではない。
だがまあ、これ以上言ったところで謝罪が聞けそうにもないと思ったので、僕はダイヤに言った。
「行こう、ダイヤ」
「えっ?」
「あと一つ人形を手に入れなきゃいけないし、早いところ人形探しを再開しよう」
そう言って、ダイヤを連れてその場を後にしようとする。
これ以上アメジストたちと争っても意味はない。
早いところ人形探しを再開した方が利口だ。
そう思って踵を返したが、僕は立ち去る前にふと足を止める。
余計なお世話とも思ったが、一応アメジストたちに言っておいた。
「同じ参加者として助言しておくけど、エリアのド真ん中で三人中二人も神器を失っている。人形探しは中止して、無理をしないで帰った方がいい」
「……っ!」
またもアメジストの顔が歪んだ。
敵に心配なんかされたくない、ということなのだろうが、僕にも少しは責任がある。
だから奴が気に食わなくても、僕は助言を続けた。
「まあ、神器を壊したのは僕だから、何だったら僕が町まで送り届けて……」
「うるさいっ! あんたに指図なんかされたくないのよ!」
「……」
すぐに怒鳴られてしまったので、まるで話にならなかった。
戦いに負けたせいで、感情がめちゃくちゃになっているのだろう。
これ以上は本当に火に油だ。
まあ、アメジストの神器が無事なら、森を抜ける”くらい”は余裕だろう。
心配したところで余計なお世話にしかならない。
だから僕たちは、背中に刺すような視線を感じながら、その場から立ち去った。
アメジストたちから離れて数分。
あんなことがあった後なので、僕とダイヤは辛気臭い様子で七色森を歩いていた。
雰囲気が重たい。ダイヤの横顔からは深い悲しみを感じる。
あそこまでわかりやすく拒絶されたので、それも無理からぬが。
そんな中で声を上げるのはかなり抵抗があったが、僕は胸のわだかまりを解くために口を開いた。
「あの人たちと、何かあったの?」
「……」
むしろ、あれで何もない方がおかしいだろう。
部外者の僕から見ても、とてつもない嫌悪感を放っていたように思える。
その理由は何なのか。気になって尋ねてみたが、僕は遅れてハッと気が付いた。
「あっ、いや、不躾に聞いてごめん。言いたくなかったら別にいいんだけど……」
「い、いいえ。ここまで巻き込んでしまって、何も言わないわけにはいきませんから」
ダイヤは苦笑を滲ませて、話を始めてくれた。
「私たちの故郷は『カラムント村』と言って、田舎の方にあるそれなりに大きな村です。特に歳の近い子供たちが多いのが特徴で、そんな中で私はアメジストさんたちと幼い頃から知り合いでした」
「へぇ、幼馴染ってことか」
僕にとってのルビィやヘリオ君みたいな感じか。
「アメジストさんはそんなカラムント村で、勉強も運動も一番すごくて、子供たちの間では絶対に敵わない存在として見られていました。泣き虫でいじめられっ子だった私とは違って、すごく綺麗でかっこよかったですし、私もずっと陰から見ながら尊敬していました」
「あぁ、いるよねそういう人」
レッド村でのルビィがまさにそうだ。
勉強も運動も一番で、友達も大勢いて、おまけに可愛い。
まあ、ルビィとアメジストでは性格が真反対のようだけど、彼女はその高潔な様子から、多くの尊敬の眼差しを向けられていたみたいだ。
「みんなの憧れの存在ですから、成人になった証の『祝福の儀』では、いったいどれほどすごい神器を授かるのか、とても注目されていたんですよ」
「……なるほどね」
学習能力や運動能力によって授かる神器に違いが出るわけではない。
しかしすごい人にはすごい人特有の、言いようのないオーラというものがある。
こいつは何かやってくれるだろうという特別な雰囲気が。
だからアメジストが儀式でどんな神器を授かるのか、皆が期待するのは当然だ。
しかし、途端にダイヤの表情が暗くなる。
「それで、アメジストさんが祝福の儀で授かった【紫電の腕輪】は、『Bランク』の神器だったんですよ」
「えっ? あぁ……」
今の一言で大体のことを察した。