第十六話 「紫電の腕輪」
紫色の長髪を靡かせる華やかな少女。
ミニスカートのようにした短い魔術師ローブを着こなし、後ろには大鎌を背負った姉妹を侍らせている。
目を見張って彼女たちを見ていると、横に立つダイヤも同様に驚いた。
「ア、アメジストさん、どうしてここに……?」
どうやら紫髪の少女はアメジストと言うらしい。
ダイヤの呟きを聞いて、改めて目の前の少女の名前を知ることができた。
で、そのアメジストさんとやらが、どうしてここにいるのだろうか?
現在、冒険者試験が取り行われているこの七色森は、他のエリアと比べてもかなり広大だ。
そんな中で同じ試験参加者と鉢合わせる確率は極めて低く、さらに試験開始時にいざこざを起こした連中とばったり会うなんて、奇遇なんてものではないだろう。
僕たちのことをつけてきた? いや、そんなはずないか。
「まさか本当にその男と試験を受けるだなんて、最初は驚いちゃったわよ。よくここまで無事でいたわね。ポンコツダイヤのくせに」
「……」
嘲笑うようにアメジストは言い、ダイヤはそれを受けて居心地悪そうに目を逸らした。
試験開始時にも思ったが、本当に仲が悪いなこの二人。
アメジストの後ろの二人も面白がるように見守っているだけなので、同じようにダイヤのことをよく思っていないのだろう。
まさかこんなことを言うためにわざわざ声を掛けてきたのか?
すると今度は、アメジストの嘲笑の視線が僕に注がれた。
「それにあんたも、私の忠告も聞かずにダイヤを連れて行くだなんて、相当な間抜けよね。どう、無能を抱えた今の気持ちは? それともまさか、ダイヤちゃんに一目惚れでもしちゃったのかしらぁ?」
わかりやすい挑発。
なんだか懐かしい気分だなぁ。
幼い頃からずっといじめられてきて、ヘリオ君や他の子たちから飽きるくらいイビられたものだ。
僕は人知れずため息を吐きながら、横のダイヤをちらりと一瞥した。
「一目惚れって言ったら、そうかもしれないね」
「えっ?」
「僕はダイヤに一目惚れして、一緒に試験を受けるように仲間に誘ったんだ」
「ラ、ラストさんっ!?」
ダイヤは真っ赤になって驚いた。
対して僕は、ダイヤが恥ずかしがると思いつつも、彼女の持つ【不滅の大盾】を見つめながらさらに続けた。
「だって、盾の神器なんて、他の誰とも違う立派な才能じゃないか。それを持っているダイヤを見た時、是非仲間になってもらいたいと思ったよ。他の誰もダイヤのことを仲間に誘わなかったのが不思議なくらいだ」
「そ、そっちですか……」
途端にダイヤは気落ちしたように肩を落とす。
なんだか感情の起伏が激しいな、なんて思いながら、これでも足りないと思ってアメジストに言い放った。
「それにね、知れば知るほどダイヤが凄い女の子だってことがわかったし、ダイヤはあんたが言ってるような無能でもポンコツでもないよ。優しくて、頼り甲斐があって、前に立ってみんなのことを守れる、冒険者になるべき女の子だ!」
「……ラストさん」
試験開始からおよそ一時間弱。
一時間にも満たない間しか一緒に行動していないけれど、ダイヤの良い所は探そうとしなくてもたくさん見つかった。
第一印象の臆病で内気な性格は変わらないままだけど、だからこそふとした瞬間に見える優しさと頼もしさに僕は心を打たれた。
彼女のような人間こそ、冒険者になるべきだと僕は思う。
その正直な気持ちを、目の前のアメジストに叩きつけた。
「あはっ! お熱いこと言ってくれるわね。村じゃ泣き虫でいじめられっ子だったこいつに、よくそこまで加担できるものね。どうせ冒険者になんてなれやしないのに」
「そんなこと言ったって、僕たちはこうして実際に一つ目の『試験人形』も手に入れた。ダイヤは冒険者になれる素質を持っている。これが何よりの動かぬ証拠だろ」
僕はそう言って、手に入れたばかりの試験人形をアメジストたちに見せつけた。
すると奴は一瞬だけ目を見開き、次いで糸のように細める。
「へぇ……人形、手に入れたのね」
「そうだよ。でも二人で合格するためにはもう一つ必要だから、今からまた探しに行くんだよ。時間もあまり余裕がないし、僕たちはもう行くから。じゃあね」
「……」
投げやりだけど、きちんと挨拶もしたところで、僕はダイヤを連れてその場を離れようとした。
なんだか嫌な予感というか、胸騒ぎがするので早いところ奴らの前から立ち去りたい。
何より時間がないというのは本当のことだ。ここからもう一つ試験人形を手に入れてギルドまで戻らなければならないので、これ以上厄介事に巻き込まれるのは御免だぞ。
急く気持ちが湧き、少し強引にダイヤの手を引いて歩き始めると、すぐにアメジストが声を掛けてきた。
「そういえばさぁ、私たちもまだ一つしか人形手に入れてないのよねぇ」
「……?」
……だからどうしたんだ?
脈絡のない台詞に、思わず足を止めて振り返る。
するとアメジストは、先ほどの嘲笑うような笑みに加え、獲物を狙う狩人のような鋭い視線を、僕たちに向けていた。
「確かあの試験官は、人形を持って帰ってくれば”それだけ”でいいって、言ってたわよね?」
「……はっ?」
何を……言って……?
「どこで、どんな方法で手に入れたとしても…………それでいいのよね?」
「――っ!」
刹那、ダイヤが盾を構えた。
「退がってくださいラストさん!」
アメジストが右手を前に突き出す。
「【紫電】!」
瞬間、奴の手の平から紫色の雷が放たれた。
轟音と共に、こちらに向かって稲妻が走る。
恐ろしい速度で迫ってくる稲妻だが、それを先読みしていたダイヤは【不滅の大盾】でそれを受けた。
雷が落ちたと思える音が響き渡る。
「うっ……!」
ダイヤは僅かに顔をしかめたが、それだけでアメジストの放った紫電を受け切った。
すごい。おそらく今の状態の僕が受けたら、一瞬で気を失うだろう攻撃を、微動だにせず耐え抜くなんて。
しかしそれと同様に、相手の一撃も凄まじいものだった。
今の紫色の雷は『魔法』? しかも手の平から直接放ってきた。
ていうか、僕たちに向かってなんて危ないものを撃ってくるのだ。同じ参加者に向けて放つ魔法じゃないぞ。
「参加者同士で奪い合うことも、特に禁止されていない。事故や怪我も自己責任なんだから、当然奪われる覚悟があってこの試験を受けたんでしょ? そういうことよねお二人さん!」
そう言ってアメジストは、続け様に紫電を放ってきた。
一撃、二撃、三撃と雷光が瞬く。
そのすべてを【不滅の大盾】でダイヤが防ぎ、そんな圧巻の光景を前に僕は固まってしまった。
冒険者試験で見るような光景じゃない。
すでにお互い、とんでもない実力がある。
ていうか、そんなことを考えている場合ではない。
「さっすが盾持ちのダイヤちゃん。でも防いでるだけじゃ勝負には勝てないのよ。それで本当に冒険者になれるのかしら!」
「くっ……!」
こうなったら、戦うしかない。癪だけど、アメジストの言っていることはあながち間違いではないから。
確かにあの試験官さんは、『試験人形』を持って帰ってくるようにとしか言っていなかった。
その方法までは限定していない。
だから別に、他の参加者から人形を奪い取っても構わないということだ。
おそらくこういった参加者同士の抗争も考慮しての試験内容なのだろう。
冒険者にとって、『背教者』を取り押さえるのも仕事の範疇だからだ。
魔族を倒すために神から授けられた神器を、犯罪に用いる悪質な連中。
そいつらを総じて『背教者』と呼ぶ。
そういう連中との戦闘もいずれ訪れるので、今のうちから対人戦にも慣れておけということなのかもしれない。
そもそも大前提として、強くなければ冒険者なんて務まらないからだ。
強ければ合格し、弱ければ落ちる。それをより合理的にしたのが今回の試験。単純だ。
何はともあれ、躊躇している場合ではないな。
「ダイヤ、アメジストの神器は!?」
「えっ?」
「こうなったら戦うしかない! あいつの神器を破壊して無力化するんだ!」
僕が突っ込んでアメジストの神器を破壊する。
そのためには奴の神器が何かを知る必要がある。
同じ村の出身者で知り合いということもあり、ダイヤは奴の神器について知っていると思った。
おそらくアメジストの神器は触媒系の神器。装備しているだけで魔法を使えるようになる神器だ。
しかしそれをどこに装備しているのか、いったいどういう形なのか僕にはわからない。
だからダイヤに尋ねてみたが、彼女は明らかに戸惑っていた。
アメジストの神器を知らないのか? いや、そういう反応じゃないな。
僕が口にした『戦うしかない』という言葉に、ひどく戸惑っているように見える。
彼女たちと戦うなんてとんでもない。そう言わんばかりの表情だ。
まあ、アメジストたちに大きな苦手意識があるのは見ていればわかる。
僕だってもしヘリオ君と戦えと言われたら、今までのこともあるので躊躇してしまうだろうな。
やっぱり、ダイヤを彼女たちと戦わせるのはやめた方がいいかもしれない。
かなり惜しいけれど、安全を期すなら『試験人形』を連中に渡してしまって、この場を穏便に収めた方がいい。
と、人知れず僕が弱気になっていると、ダイヤが意を決した顔で叫んだ。
「【紫電の腕輪】という名前の、右手首に付いているあの”腕輪”です! お願いしますラストさんっ!」
ダイヤのその叫びからは、冒険者になるためには戦うしかない、ここで立ち向かわなければ冒険者になれないという、強い覚悟が伝わってきた。




