第十四話 「不滅の大盾」
痩せこけた顔に、長く尖った鼻。
麻のような素材の腰巻をしていて、目深までとんがり帽子を被っている。
「ケケッ!」
まるで悪戯好きの子供のような声を上げて、そいつは僕たちに襲い掛かってきた。
小さな拳を振り上げて、僕に飛び掛かってくる。
「危ないですっ!」
迎撃しようと剣を構えたが、それをするよりも先にダイヤが僕の前に出た。
四枚の白い花弁が開いたような大盾を持ち、正確に小人の攻撃をその盾で受ける。
『ガンッ!』と甲高い音が一度響いただけで、小人の攻撃を完全に無効化した。
「おぉ……」
後ろでそれを見守っていた僕は、思わず感嘆の声を漏らす。
基本的に魔物からの直接攻撃は、神器で受けなければならない。
神聖力が宿っていない普通の武器で魔装を傷付けることができないのと同様、普通の防具で魔装による攻撃を防ぐことはできないのだ。
まるで紙切れ同然のように、鎧や盾は容易く貫かれてしまう。
そうなると必然、剣の腹や槍の柄で防御することになり、防げる面は限りなく少なくなってしまう。
それに比べて盾の神器で攻撃を防ぐのは、なんだか安心感が強いな。
そのため、大盾を構えて前に立つダイヤの背が、途端に頼もしく映ってくる。
「ケケケケケッ!」
すると小人は、攻撃が防がれても怯まずに、ダイヤの盾にしがみついた。
そして『ガンガンガンッ!』と盾の表面を激しく叩き続ける。
不気味な笑い声を上げながら少女に襲い掛かるその姿は、まさに狂気と言わざるを得ない。
「ひ、ひぃぃぃ!」
ダイヤは明らかに怯えた様子だが、それでも盾を構え続けて攻撃を防いだ。
魔物と戦っているはずなのに、なんだか子供とじゃれているようにしか見えない。
それほど強い魔物ではないのかな?
にしても『ひぃぃ』って、頼もしいのやら危なっかしいのやらわからなくなってくるな。
って、そんな悠長に構えている場合ではない。
「ダイヤから離れろ!」
遅まきながら小人に対して剣を振ると、奴は素早く反応して盾から離れた。
近くにダイヤがいて危なかったので、全力で振ることはしなかったが、それでもかなりの速度で攻撃したはず。
それをギリギリで避けるとは、見た目通りなかなかすばしっこい奴だな。
「ケケッ!」
するとまたしても奴は、拳を振り上げて僕に襲い掛かってきた。
再びダイヤが間に割って入ってこようとするが、僕は左手をかざして制止する。
今は問題なく【呪われた魔剣】を使うことができるので、さっきみたいに守ってもらう必要はない。
今度こそ見事に迎撃してみせる。
というわけでまずは、小人の正拳突きを【呪われた魔剣】で防ぐことにした。
『ガンッ!』と刃の腹に小人の拳が突き立つ。
「うおっ!」
意外にも重たい攻撃で、思わず僕は目を丸くした。
見た目からして軽いものと思っていたが、予想以上に重たい。
小人のような形とは言え、魔物は魔物なんだな。
ていうかダイヤはこんなに重たい攻撃を連続で防いでいたのか。
さすがは盾の神器の持ち主。
しかし僕も魔剣の神器の持ち主として、負けてはいられない。
「はあっ!」
僕は剣にしがみついている小人を、神器ではなく”左の拳”で全力で殴り飛ばした。
【呪われた魔剣】の恩恵で、僕の筋力は格段に上昇している。
神器とは違って魔装に傷を付けることはできないが、相手を吹き飛ばして怯ませることは充分に可能だ。
その思惑通り、小人の魔物は呻きを漏らし、後方の大木まで吹き飛んでいった。
木に激突した衝撃で、一瞬動きが固まる。
その隙に僕は、一気に距離を詰めた。
「くらえっ!」
奴は素早い。それは先ほどまでの動きを見て重々理解している。
だから一瞬、動きが止まっているこの瞬間で、勝負を決めるんだ。
僕は【呪われた魔剣】を左腰まで振りかぶり、今度こそ全力で小人を斬り付けた。
「ケ……ケッ……」
一撃で両断された奴は、それでも笑い声のような呻きを漏らした。
そして光の粒となって消滅する。
無事に倒せたことを確信すると、僕は【呪われた魔剣】を【さびついた剣】に戻して、背中の鞘に収めた。
進化状態を維持していたのは二分程度だったかな。
まだ重たい疲れを感じるほどではないけど、油断していると一気に来るので注意しておきたい。
適度にこうして【さびついた剣】に戻して体力の回復を図るようにしよう。
「ふぅ、お疲れ様ダイヤ」
「は、はい。お疲れ様です」
「なんか不気味な魔物だったけど、なんだったんだろうね今の?」
「さ、さあ……?」
お互いの健闘を称え合った僕たちは、小人が消滅した場所を見つめて首を傾げた。
今の魔物は、いったい何が目的だったのだろう?
狼の魔物はわかりやすく僕たちのことを殺そうとしてきたが、なんだか小人の魔物からは別の意思を感じたような気がする。
僕たちを傷付けるのは二の次のような……
あっ、いやいや、今はそれよりもダイヤに言っておきたいことがあった。
「それにしても、すごいねダイヤ」
「えっ?」
「さっきの魔物の攻撃が、まるで効いていなかったじゃないか。あれだけボコボコに殴られてたのに」
「……ど、どうもです」
ダイヤはわかりやすく頰を赤らめ、盾の裏に顔を隠してしまった。
直球で褒めてしまったので、恥ずかしがらせてしまったらしい。
それはいいとして、僕は彼女の持っている盾を見ながらさらに続けた。
「神器の耐久値とか大丈夫だった? もし壊れそうになったら、無理をせずに言ってね。エリアの中で神器破壊なんてことになったら一大事だし……」
必要になったら神殿に行くことも考慮しておかなければならない。
町まで戻って、神殿で神器を直して、また七色森まで来るのは時間的に厳しいけれど、命には変えられないし。
「まあ、もし神器が壊れても、町に戻るまでの間なら逆に僕がダイヤのことを守るから、安心して……」
「あっ、いや……神器の耐久値でしたら、心配はいらないと思いますよ」
「えっ?」
盾の裏から顔を覗かせたダイヤは、けろりとした顔でそう言った。
耐久値の心配がいらない?
何をもって、そんなきょとんとした顔で今の台詞を口にしたのだろう?
「ラストさんの神器についても教えていただいたので、お返しということで……どうぞ見てください」
ダイヤはそう言って、僕の方へ盾を差し出してきた。
これに触れて、プロパティを確認しろと言いたいのだろうか?
神器はいわば、その人間の才能。
そのプロパティを見るということは、内側をさらけ出すのと同じなので、見られることをひどく嫌う人も少なくない。
けれど今、同い年くらいの女の子から、そのプロパティを見てと言われている。
じゃ、じゃあ、遠慮なく……
というわけで僕は、白花のような盾にそっと触れ、プロパティを確かめてみた。
名前:不滅の大盾
ランク:A
レベル:5
攻撃力:0
恩恵:筋力+50 耐久+240 敏捷+0 魔力+50 生命力+220
スキル:【不滅】
耐久値:∞/∞
「……えっ?」
盾のプロパティを見た僕は、思わず目を見張った。




