第百三十話 「とんでもない魔剣に化けました」
どうして急に神器が変わったんだ。
今まで使っていた【呪われた魔剣】から、初めて名前を見る【終末の魔剣】に変化した。
僕が何か特別なことをした覚えはない。
いや、今はそんなこと、心底どうでもいい。
素早く後方を振り返る。
血を流して倒れているダイヤを抱えて、一瞬で部屋の隅まで移動した。
そこにいるルビィに彼女の体を任せて、再び一瞬にしてエレミアの前に戻る。
ダイヤの傷は深い。時間は掛けていられない。
というこちらの心情を覗いたように、エレミアが発言した。
「ようやくその剣を出したな。じっくり楽しもうではないか、ラスト・ストーン」
「いいや、一瞬で終わらせる」
そのやり取りを合図にするように、互いが互いに斬り掛かった。
十字架の長剣と漆黒の直剣が激しくぶつかり合い、星空の景色を背景に火花を散らす。
魔剣の呪いで倒れる心配がなくなった。
体も信じられないくらい軽くなり、まるで繋がれていた鉛が解かれたかのように俊敏に動くことができる。
今まで気付かなかった。呪いが鎖のように僕の体を縛り付けていたなんて。
本当の僕はもっと速かった。もっと力強かった。もっと上の領域まで手が届いたんだ。
それにこれで、体力を大幅に消費する付与魔法も、心置きなく使うことができる。
「付与魔法――【金戒】――【銀戒】!」
漆黒の刀身に金と銀のモヤが迸る。
それに背中を押されるようにますます前のめりになり、目前の魔人に飛び掛かっていった。
また何度か神器をぶつけ合うと、突然奴は眉を寄せて僕から距離を取る。
訝しい目で【終末の魔剣】と自分の神器を交互に見ると、やがて得心したように頷いた。
「神器を重くする効果と、熱する効果か。確かに厄介ではあるが、放っておいても問題はないな」
やはり魔人には効果が薄いか。
あいつの神器は今、僕が使った付与魔法によって重量が増し、火に掛けたように熱を帯びているはずだ。
しかし加重の方は一撃入れただけではあまり重さを加えられず、加熱の方に至っては魔装が熱を防ぐので意味がない。
このまま何十回、何百回と神器を打ち付けあったところで、無駄に耐久値を消耗してしまうだけだ。
何より神器を重く、熱くしすぎると凶器性が増してしまい、逆にこちらが不利になってしまう。
そうとわかるや、僕は【金戒】と【銀戒】を解いて、次の手に打って出た。
「付与魔法――【闇雷】――【月刃】!」
新たに魔剣に漆黒の雷光と青白い光が同時に灯る。
間を置かずに魔剣を構えて、離れたところに立つエレミアに向けて振ると、刀身から黒雷の斬撃が飛び出した。
目覚ましい反応速度で斬撃を斬り落としたエレミアは、再び頬を緩めて小さな笑い声を漏らす。
「黒雷の付与魔法と、斬撃を飛ばす付与魔法か。これも面白い」
十字架の剣を伝って黒雷が全身に流れているはずだが、奴は眉一つ動かさずに笑っている。
これも効かないと即座に判断した僕は、【闇雷】だけを解いて別の付与魔法を発動した。
「付与魔法――【悪夢】!」
青白い光が残る刀身に、今度は紫色の邪気が迸る。
すかさず魔剣を振って斬撃を飛ばすと、今度は紫色の輝きを宿す三日月が飛来した。
昏睡の呪いが付与された斬撃。
だが、それも先刻と同様に軽く弾かれてしまう。
この【悪夢】の呪いは、ガードしただけでも効果があるはずなのだが、やはりあの魔人には効きづらいらしい。
すでにこの呪いでチャロのことを眠らせているので、著しく効果が薄れているのだ。
呪いは有限のものであるため、対象者を限定しないと強い力を発揮することができないから。
ならば……
「付与魔法――【黒炎】――【死呪】!」
青白い光と紫の邪気に代わって、漆黒の猛火と黒龍のモヤが刃に宿った。
火炎と黒龍は魔剣の刀身で絡み合い、一つとなって姿を変える。
「今度は黒炎龍の付与魔法、か。芸達者なのは戦ってる身として面白みはあるが、曲芸はどこまで行っても所詮曲芸だぞ」
つまらなそうな目でこちらを見るエレミアに、僕は魔剣を振り上げて斬り掛かった。
奴は対抗して十字架の長剣を横薙ぎに振ってくる。
その長剣を掻い潜るように姿勢を低くすると、頭頂部の髪の毛先が僅かに掠った。
それでもなんとかエレミアの懐に潜り込み、奴の横を通り過ぎさまに脇腹に一撃を入れていく。
「ら……ああっ!」
ズバッ! と確かな手応えが両手に伝わってくる。
その感触が冷めやらぬ前に追撃の一突きを入れようとすると、エレミアが石畳を蹴って後方に退がった。
奴は無感情な瞳で自分の脇腹に目を落とし、その傷口を見て眉を寄せる。
「なんだこの黒炎は? まったく消えぬ」
エレミアの腹部には、僕が付けた刀傷が刻まれていた。
それと合わせて傷口には、轟々と燃え盛る黒炎が灯っている。
奴がいくら手で払っても、黒炎は一向に消える気配がない。
まるで不治の病のように、エレミアの傷口を無情にも焼き続けている。
これが漆黒の業火を灯す【黒炎】と、死ぬまで呪いで苦しめる【死呪】を組み合わせた、二重付与魔法の重複効果。
斬りつけた相手に呪いを掛けて、死ぬまで黒炎で焼き尽くすというものだ。
この死の黒炎は、命が燃え尽きるか何らかの方法で解呪しない限り、永遠に消えることはない。
さすがのエレミアもこの黒炎には痛みを感じているようで、鬱陶しそうに払い除けようしている。
それが無駄だと伝えるように、僕は魔剣の切っ先と共に鋭い視線を向けた。
「その黒炎は、お前が死ぬまで消えることはない。このまま骨まで焼き尽くす」
「ほう、面白い。やってみろ人間風情が」
エレミアは怒りを覚えたように飛び出してきた。
僕もそれに応えて前に行く。
直後、互いの死力を尽くした剣戟が繰り広げられた。
星空のような地下遺跡の中に、幾百幾千もの火花が散る。
ものの一分にも満たない時間、だったと思う。
しかし僕たちの間では、数十分、あるいは数時間斬り合っていたような感覚がある。
魔剣の呪いが解かれて、同じ領域にまで足を踏み入れたからこそ、味わうことができた感覚だろう。
奴は笑っていた。僕はどんな顔をしていたかはわからない。
少なくとも、穏やかならない表情をしていたのは確かだと思う。
そんな剣戟の末に、誰もが予想し得なかっただろう、意外な結末が訪れる。
大部屋の宙に、“右腕”が高々と舞った。
飛んだのは、エレミアの方の腕だった。
「――ッ!」
鮮血を散らしながら空に浮かんだ右腕は、やがて石畳に落ちて生々しい音を鳴らす。
奴は呆然とした顔で自らの腕を見据えながら、無くなったことを確かめるように右腕の付け根に触れた。
僕としても意外な結果だった。
【呪われた魔剣】が【終末の魔剣】に変わったことで、呪いによる弊害は無くなった。
しかし恩恵そのものが上昇したわけではないので、依然として優位に立っているのはエレミアの方だと思っていた。
実際に僕の体も傷だらけになっていて、腕を飛ばされていたのは僕になっていてもおかしくなかった。
それでもエレミアを僅かに上回ることができたのは、神器の恩恵だけでは説明のつかない“何か”が、もしかしたら働いたからかもしれない。
「これで終わりだエレミア。神器を置いて大人しく投降するなら…………っ?」
「……」
片腕を失ったことで、改めて降参する意思が芽生えたかと思って問いかけようとするが……
エレミアは終始、地面に落ちた右腕を見つめながら固まっていた。
感情のない人形みたいな性格だと思っていたので、意外な反応に見えてしまう。
腕を飛ばされたことがそこまでショックだったのかと一瞬思うが、すぐに違うとわかる。
不意に奴は、吹き出すように笑い声を漏らした。
「は、ははっ……まさかこんな過去だったとはな。我はこんなものを求めて世界を彷徨っていたのか。実に……実にくだらない」
その言葉の意味はまるでわからなかった。
しかし奴はそんなこちらを置き去りにするように、頬に笑みを取り戻して言った。
「だが、思い出させてくれたことには感謝するぞ、ラスト・ストーン。これでますます、人間に対する恨みが増したのだからな」
左手のみで十字架の長剣を構えて、再び敵意をこちらに向けてきた。




