第十三話 「剣と盾」
「うぅ〜ん、普通に落ちてはなさそうだね、試験人形」
「……そ、そうですね」
試験開始からおよそ三十分。
僕は盾を背負った少女と共に、七色に光る森の中を歩き回っていた。
エリア『七色森』。
草木が色とりどりの宝石のように輝いている森で、この辺りの観光名所にもなっている。
しかし魔物が蔓延っているせいで、一般の人たちは中に立ち入らないように注意喚起もされている場所だ。
僕らはそんな森の中に入って、木々の裏や茂みの中を覗いて回っている。
目的はもちろん『試験人形』探しだ。
しかし一向に見つからない。
やっぱり冒険者試験は一筋縄では行かないようだ。
試験官さんの言っていた通り、魔物が拾って持ち歩いている可能性が高そうである。
「魔物と戦わずに済むならそっちの方がいいと思ったんだけど、どうやらそう簡単にはいかないみたいだね。ここからは積極的に『スナッチシーフ 』っていう魔物を探してみよう」
「……」
盾の少女からの返事はなかったが、僕はそのまま森の奥へと進んでいった。
先ほどからなんだか様子がおかしいな。やけに口数が少ないし、いったいどうしたのだろう?
結局あの後、この子は僕からの誘いを受け入れてくれた。
それで無事に仲間になることができて、今は二人で試験人形を探しているが、少女の顔はどこか浮かない。
もしかして僕と組むのが嫌だったのかな?
あの時はその場の雰囲気に流されて了承してくれただけで、こうして実際にパーティーを組んで嫌だと思ってしまったとか。
僕はできれば彼女と一緒に試験を続けていたいけれど、もし向こうが嫌なら解散もやむを得ないな。
なんて思っていると、ようやく向こうから声を掛けてくれた。
「あ、あの……」
「んっ?」
「そ、その……私たちの相性がいいっていうのは、いったいどういうことなんでしょうか?」
「えっ? あぁ……」
今さらながらのことを聞かれてハッとなる。
そういえばその説明をしていなかったな。
パーティーへの誘い文句として言ったのに、ここまで言及がなかったので説明不足のままだった。
僕としたことが抜けていたな。ていうか『相性がいい』って、聞き取り方によっては変な誤解が生まれそうだな。
もしや先ほどからこの子の口数が異様に少なかったり、様子がおかしかったのはそれが原因か?
よくよく見れば頬っぺたが赤いような気がするし。
だから僕は遅まきながらだけど、慌ててその説明をしようとした。
「ぼ、僕たちの相性がいいっていうのはね、別に変な意味じゃなくて……」
しかし、その寸前……
突然後方の茂みから”何か”が飛び出して来た。
「グガァッ!」
「ま、魔物っ!?」
盾の少女の叫びは正しく、茂みから飛び出して来たのは狼のような魔物だった。
体の大きさは僕とほとんど変わらないくらいで、大きな口を開けて牙を光らせている。
そして飛び出して来た勢いのまま、僕の頭に喰らいつこうとしてきた。
すかさず僕は背中に右手をやり、【さびついた剣】を引き抜く。
「そ、そんなボロボロの神器じゃ――!」
盾の少女は僕の神器を見るや、明らかに動揺した。
当然の反応だ。見た目で判断するなとはよく言うけれど、神器においては見た目以上に信用できる判断材料もない。
初めて見たならなおさら、この神器で魔物に対抗できるとは思えないはずだ。
だから少女は慌てて大盾を構えて、僕と魔物の間に入ってこようとするが、僕は左手をかざしてそれを制した。
「……進化」
瞬間、【さびついた剣】から黒い光が放たれる。
卵の殻を破るようにサビが落ち、内側に隠されていた真の姿を、僕らの前に晒した。
「はあっ!」
そして僕は、眼前の狼に剣を振るう。
まるで空気を引き裂くかのようにあっさりと狼の体を両断すると、奴は光を散らして完全に消滅した。
「す、すごい……」
盾の少女は目を見張って驚愕している。
魔物を一撃で倒したことに驚いている、と言うより、僕の神器それ自体に衝撃を受けているようだ。
ボロボロの剣から一転、魔人の神器のような剣に変わったのだから、その驚きも当然と言えば当然か。
そもそも姿が変わる神器なんて、僕も聞いたことがないし。
だから僕は急いで説明をした。
「これが僕の神器の【呪われた魔剣】だよ。変化する前はボロボロの【さびついた剣】で、ろくに戦えないんだけど、『進化』っていうスキルを使うことでこの姿になるんだ。び、びっくりさせてごめんね」
「……そ、そうですか」
驚いてはいるようだが、別に怖がられてはいないみたいだ。
はぁ、よかった。魔人の神器みたいだからと逃げられてしまったらどうしようかと思った。
とりあえずの不安を解消すると、盾の少女が【呪われた魔剣】を見ながら首を傾げた。
「で、でしたら、ずっとその状態にしておいた方がいいのでは? どうしてわざわざボロボロの神器に戻していたんですか?」
確かに、彼女の疑問も当然だ。
今はたまたま間に合ったのでよかったけれど、もし対応が追いついていなかったら頭を喰われていた。
【さびついた剣】のままでいるより、【呪われた魔剣】の状態にしておいた方が利口である。
「この神器、使ってる間はものすごく疲れるんだよ。それこそ倒れちゃうくらいに」
「えっ……」
「今はいいところ”3分”くらい……かな? 【呪われた魔剣】を連続で使っていられる時間は。だからずっとこの状態にしておくことはできないんだ。戦いが終わったら【さびついた剣】に戻して、戦闘の時だけ魔剣を使うようにしてるんだよ」
自分なりに調べて、この神器のことが少しずつだけどわかってきた。
僕の【呪われた魔剣】には時間制限がある。
使っている間はすごく疲れて、無理をして使い続けると意識を失ってしまう。
その時間制限が、およそ3分。
かなり短いように感じるけれど、これでも最初の頃に比べればマシになった方だ。
どうやら『進化』スキルは使っていくうちに慣れるみたいで、徐々に制限時間が伸びてきた。
と言っても数秒だけの微弱な進歩なので、自由自在に使えるようになるまでは途方もない時間が掛かるだろうな。
だから今は戦闘の時だけ【呪われた魔剣】を出すという節約方式を採用している。
「あっ、もしかして、私たちの相性がいいっていうのは……」
「そうそう。僕が疲れて【呪われた魔剣】を使えなくなっちゃったら、その間は君の盾で守ってほしいんだ。しばらく休めばまた使えるようになるからさ。まあ、すごく情けないことを言うようだけど、【さびついた剣】の時の僕って、とんでもなく無能だから」
”あはは”と苦笑を滲ませる。
紫髪のあの少女の悪い口が移ったかな?
しかし実際無能なことに変わりはない。
だから盾の少女に協力してもらえればすごく助かるのだ。
という今さらの解説を終えると、少女は得心がいったように晴れた顔で頷いた。
「わ、わかりました。私にできることがあるなら、精一杯やらせていただきます」
「うん、よろしくね! あっ、えっと……」
今さらながらの疑問はまだ残っていた。
「そ、そういえば、お互い名前をまだ聞いてなかったね。僕はラスト。ラスト・ストーン。君の名前は?」
「わ、私はダイヤです。ダイヤ・カラットと言います。よろしくお願いします、ラストさん」
「こちらこそよろしくだよ」
僕は笑みを浮かべて、改めてダイヤと握手を交わした。
本当によろしく頼ませてもらう。
先ほど彼女にも言ったように、僕の神器には致命的な弱点がある。
それを補完してもらえなければ、最悪この試験中に命を落とすことだって考えられるのだ。
冒険者試験を受ける注意として、身の安全は保証されないというのが前提である。
ゆえに試験中だって油断はできない。いつ魔物に殺されてもおかしくないという気概でいなければならないのだ。
そんな中で一定時間しか力を使えない僕は、とんでもなく弱い存在だ。
頼れる仲間もいないし、安定した力もない。
そこに降って湧いた『盾の神器』を持つ少女。
これほど僕の仲間に打ってつけの人材もいないだろう。
まあ、ダイヤを仲間に誘った理由は、それだけでもないんだけどね。
ギルドでのことを思い出す。
周囲まで響く大声で罵られたダイヤ。
もしあの場で僕が仲間に誘っていなかったら、おそらくダイヤは他の誰ともパーティーを組めていなかったんじゃないか?
あそこまで大声で無能さをアピールされて、他の参加者たちが彼女を欲しがるとも思えない。
同様にそのトラブルに首を突っ込んだ僕とパーティーを組んでくれる人もいないと思った。
だからあの場の最適解は、僕が首を突っ込んだ時点で、『僕とダイヤがパーティーを組む』以外になかったのだ。
まあ、過ぎたことを今さらだらだら考えても仕方がない。
「さっ、今さらの自己紹介が済んだところで、人形探しを再開しようか」
と言って、改めて歩き出そうとしたが……
なんとまたしても後方の茂みから、ガサッと魔物が飛び出して来た。
しかし今度は狼ではなく、”小人”のような魔物だった。




