第十二話 「盾の神器」
三人組のうちの二人は、おそらく双子の姉妹だろうか。
背が低く、つり目っぽい顔立ちがそっくりである。
着ている服も黒色の長いドレスでお揃いになっていて、見分けられる違いは、赤ポニーテールと青ポニーテールの髪色くらいだろうか。
背中に吊るしている『大鎌』の神器も、顔立ちと同じように瓜二つだ。
そして二人の前に立っているのが、リーダーと思われる紫髪の少女。
魔法使いが好んで着ているローブをミニスカートのように仕立てていて、それを自然と着こなしている。
先ほど怒りの声を上げた張本人だ。
その理由はおそらく、三人の前に立っている銀髪の少女だろう。
輝くような銀色のショートボブヘアに、年端もいかない童顔。
非力そうに見えるあまり、背中の『白い大盾』がなんとも不釣り合いだ。
彼女は紫髪の少女の前に立ち、悪びれた様子で涙目を浮かべている。
「なんであんたみたいなポンコツを私たちのパーティーに入れなきゃなんないのよ! ふざけんじゃないわよ!」
そう言われた銀髪少女は、背中の大盾をビクッと揺らしながら縮こまった。
聞く限り、盾の少女が三人組に対して、パーティーに入れてくれるよう頼んでいるのだろう。
そしてリーダーの紫髪の少女が、それをひどく嫌がっていると。
理由は定かではないが、断るにしても言い方というのがあるのではないか?
少し不快な思いで見守っていると、銀髪少女がまたしても頭を下げた。
「わ、私を、パーティーに……」
「だからしつこいって言ってんでしょ! あんた、自分がどれだけ無能な存在かわかってないんじゃないの!?」
そのひどい言い草は、さらに続いた。
「いい? 冒険者っていうのは魔族を倒す職業なの。それなのに魔族を一匹も倒すことができない『盾の神器』なんて持ってるあんたが、冒険者になんてなれるはずがないでしょ?」
「……」
というリーダーの声に対して、後ろの双子姉妹がこくこくと頷く。
どうやらあの四人は知り合いのようだ。
銀髪少女の背中の大盾を『神器』と言い切ったところを見ると、ただの顔見知りという程度ではないだろう。
友達……はさすがに見当違いか。
まあ魔族に対して”防具”なんて無意味なので、端から見ている僕でもあの盾が神器ということはわかる。
けれど『魔族を一匹も倒すことができない』と言い切るのは、何か根拠があるのだろう。
ていうかそれってどういう意味なんだろう?
「今回の試験は魔物討伐が前提になってるの。もし協力するなら戦闘能力が高い人が望ましい。それなのに魔族を倒せないあんたと組んでも、メリットがまったくないわ。ただでさえ人数分の試験人形を集めないといけないんだし……」
もし彼女の言う通り、盾の少女が一匹も魔族を倒すことができないとしたら、確かに今回の試験では不利な点が多い。
パーティーを組んだとしたら、試験人形を一人分多く確保しなければならないし。
パーティーに加える人間は厳選するのが基本だ。
言い方はどうあれ、正論のように思える。
そんな中で盾の少女は、それでも紫髪の少女に涙目で懇願した。
「で、でも、私には『守る力』があるので、魔物たちからみんなのことを……」
「あぁもう! 何が『守る力』よ! そんなの私たちには必要ない! ていうかチンタラしてらんないのよ! いいから退きなさいよこのポンコツ!」
痺れを切らした彼女は、いよいよ右手を振り上げた。
こればかりはさすがに、見ているだけではいられなかった。
僕はすかさず少女たちの間に割り込み、リーダーの平手を掴み取る。
盾の少女の頰を叩こうとしていた手を、寸前のところで止めると、彼女は怒りに満ちた目を僕に向けてきた。
「……誰よあんた?」
「同じ試験参加者だよ。よろしく」
「そう。で、いったい何の用かしら? この手は何?」
「別に。ちょっとやりすぎじゃないかなって思っただけだ」
彼女の言い分もわからないではない。
気に食わないのであれば、盾の少女をパーティーに入れる必要もないと思っている。
しかし暴力を振るうのだけは看過できないな。
いくらしつこいといっても、それだけはしてはいけない。
紫髪の少女に負けじと、強い視線を返していると、やがて彼女は舌打ちまじりにこちらの手を振り解いてきた。
「あんたには関係ないでしょ。ていうか、誰に何を言われても、私はこいつをパーティーには入れないわ。それにやりすぎてるだなんて思わない。悪いのはこいつなんだから」
「……」
ちらりと盾の少女を一瞥すると、彼女はバツが悪そうに目を落としていた。
自分でもしつこいという自覚があるのだろうか。
だからってそんな顔しなくても……
「あんたも冒険者志望ならわかるでしょ? 盾の神器なんて持ってるこいつの無能さが。それなのにこいつときたら、他に話せる人間がいないからって、同じ村の出身者である私たちを当てにしようとしてるのよ。自分一人じゃ魔物を一匹も倒せないくせに」
……なるほど。
同じ村の出身者だから、彼女たちはお互いのことを知っていたのか。
そして盾の少女は、他に頼れる人がいないから三人組に声を掛け続けていたってわけか。
それならなおさら、同じ村の出身者として無下にするのは残酷ではないだろうか。
まあ、同じ村の出身だからこそ、何かしらのわだかまりがあるのかもしれないけど。
というか、僕と盾の少女を睨みつけるその表情が、それを顕著に物語っている。
「わかったならあんたも退きなさいよ。それとも、なんだったらあんたがこのポンコツと一緒に試験を受けてみる? ノロマで無能のこいつと一緒に、試験に合格できると思う?」
という挑発じみた声を受けて、僕は再び盾の少女を一瞥した。
他の人たちとは比べ物にならないほどの自信のなさ。
戦闘慣れしているとも思えないひょろりとした体つき。
ポンコツ、ノロマ、無能。魔族を一匹も倒せない盾の神器の持ち主。
そう評された彼女をじっと見つめた後、僕は”うん”と大きく頷いた。
「それじゃあ、そうさせてもらおうかな」
「はっ?」
「ねえ君、もしよかったら僕とパーティーを組まない? 僕もちょうど仲間を探していたところだし、一緒に冒険者試験を受けてみようよ」
「はあっ!?」
驚きの声を上げたのは、紫髪の少女だった。
盾の少女はと言うと、呆気にとられた様子でポカンと固まっている。
驚くのも無理はない。悪意があるとはいえ、ここまで無能だのポンコツだの言われている少女を仲間に入れるなんて、ふざけているとしか言いようがないからな。
周りを見てみると、僕たちの会話を聞いていた参加者たちも、僕の言動に驚愕している様子だった。
まあそれはいいとして、僕は反応を示してくれない盾の少女に対して、最後の一押しをした。
「だってさ、たぶん僕たち、すごく相性がいいと思うんだ!」
「……は、はいっ!?」
今度こそ盾の少女は、驚きのリアクションを僕に見せてくれた。