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【さびついた剣】を試しに強化してみたら、とんでもない魔剣に化けました  作者: 万野みずき
第三章

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第百十七話 「胸騒ぎ」

 

 二人の雰囲気が変わった。

 サルファとテルルは目の前の人間を見てそう思う。

 これまでは強気な態度や言葉を、無理に絞り出して虚勢を張っていたように見えた。

 まるで弱い動物が大声を上げて、強い動物を威嚇するかのように。

 だが今は、覚悟を決めたような顔をして、毅然とした雰囲気を醸し出している。

 サルファとテルルもその空気に当てられて、自然と身構えていると、どういうわけか少年と少女が立ち位置を交換した。

 武器系神器の少年が後ろに下がり、代わりに触媒系神器の少女が前に出てくる。

 これにはさすがに無表情のサルファとテルルも、思わず訝しい顔を出してしまった。


「触媒系神器の使い手が、わざわざ前に出てくるとは」


「正気でも失いましたか」


 触媒系神器の強み。

 それは武器系神器の相手と距離を取り、一方的に魔法の押し付けができること。

 わざわざその優位を放棄して接近してくるのは明らかに愚策だ。

 という疑問を抱く中、紫髪の少女は唐突に口を開いた。


「ねえ、一番になるためにはどうしたらいいと思う?」


「「……はっ?」」


「勉強やかけっこなんかで一番になるためにはね、一番の人を追い抜くしかないの。あんたたち知ってた?」


 突然なんだとサルファとテルルは首を傾げる。

 それと『何を当たり前のことを言っているのだ』と内心で呆れた。

 という心根を悟ったかのように、人間の少女は言った。


「簡単だからこそ忘れがちなことなのよ。でね、一番になるために誰を追い抜けばいいのか考えたら、真っ先にあいつが思い浮かんだの。癪だけどね」


 あいつ。それが誰のことを指しているのか、サルファとテルルにはわからなかった。

 わからなかったし、同時に興味もなかった。


「あいつは今まで見た誰よりも力強くて速かった。だから少しでもあいつに近付こうと思ったら、この子が応えてくれたの」


 少女は不意に右手首に付けている紫色の腕輪をさする。

 独特なデザインと雰囲気からして、サルファとテルルはそれが神器であるということを初見で見抜いていた。

 だからこそ疑問は色濃くなっていく。なぜあの程度の神器の使い手が前に出てきたのか。


「あいつが頭にチラつくから使いたくなかったんだけど、特別に見せてあげる。私が一番になるための魔法を」


 先ほどからいったい何を言っている?

 戯言も聞き飽きてきた二人は、いよいよ少女を斬り裂こうと動き出そうとした。

 けれど、それよりも早く、少女が叫んだ。


「【紫神(ルピナス)】!」


 瞬間、目の前の少女の全身が、紫色の光に包まれた。

 突然のことにサルファとテルルは目を見張る。

 よくよく見るとそれは、光ではなく雷。

 紫電はバチバチと弾けるような音を鳴らしながら、少女の肉体をベールのように包んでいく。

 やがて余すことなく華奢な体が紫電に覆い尽くされると、突如として少女からただならぬ気配が滲み出てきた。

 雷を纏った少女。その光景は二人の目には異次元の存在に映った。


「なんですか、それは……?」


「それが、魔法……?」


 紫色の雷を身に纏った少女は、呆然とするサルファとテルルに嘲笑を送る。


「ハッ! わざわざ教えるまでもないわよ。今にわかるから自分の体で確かめてみなさい。……ただ、一つだけいいことを教えておいてあげる」


 少女はトントンと足の爪先で地面を小突き、次いでぐっと踏みしめた。


「歯、食いしばってた方がいいわよ」


「「……はっ?」」


 刹那――

 目の前にいたはずの少女が、一瞬にして“消えた”。

 サルファとテルルは自らの目を疑う。

 すぐに少女の姿を探そうと視線を動かそうとしたが、それすら許さない速度で何かが迫ってきた。

 瞬間、今度はサルファの隣からテルルが消える。


「えっ……?」


 何が起きたのかわからずにサルファは視線を彷徨わせると、僅かに離れたところに相棒のテルルが倒れているのが見えた。

 彼女は腹部を押さえていて、ダメージを受けているのがわかった。


「う……くっ……!」


「テルル!」


 どうしてテルルがあそこにいる? 何かに吹き飛ばされたのだろうか?

 まるで不可視の衝撃に体を持って行かれたかのように、突然テルルが隣から姿を消した。

 微かにサルファの目に映ったのは、紫色の一筋の稲妻のみ。

 考えられる理由はたった一つ。あの人間の少女が攻撃を仕掛けてきたのだ。

 おそらく、こちらが視認できないほどの“超速度”で。


「問題ありません。破壊力はさほど……」


 と言いかけたテルルだったが……

 言い切るよりも早く、真横で声がした。


「確かに破壊力はないけどね」


「――ッ!?」


 肉体に紫電を纏ったあの少女。

 彼女はいつの間にか隣で笑っていて、同時に右脚を振り上げていた。

 避けることも、瞬きすらもする暇がなく、テルルの左頬に雷速の蹴りが突き刺さった。


「ぐあっ!」


 再び吹き飛ばされる中、テルルは遅まきながら理解する。

 先ほど、自分を吹き飛ばした不可視の衝撃は、この音速に近い少女の蹴りだったのだ。

 おそらく少女が使った魔法は、紫電の魔力を身に纏って身体能力を極限まで高めるというもの。

 ただの蹴りで魔族の魔装にもダメージを与えていることからも、触媒系神器では珍しい、放つのではなく身に纏うタイプの魔法。

 と考えている間に、吹き飛ばされた先に少女が回り込んでいて、続け様にテルルを蹴りつけてくる。

 テルルは地面に着地することも許されず、五度の蹴りを受けて、ボールのように吹き飛ばされ続けた。

 破壊力はない。ゆえに魔装には大した傷もできていない。

 だが、あまりにも速すぎる。瞬き一つをする間に、少女から二度の蹴りを見舞われてしまった。

 相方のサルファも手出しすることができずに、テルルが宙を舞うのをただ呆然と見ていることしかできない。

 やがてテルルが地面に転がされると、少女の攻撃の手が一旦止まる。

 急いで相棒の元に駆け寄ると、いつの間にか目の前には紫髪の少女が立っていた。

 少女は膝を突くこちらを見下ろすような形で目を向けている。


「破壊力は言うほどでもないけど、速さで負ける気はしないのよ。あんたたちはもう私について来られないわよ。Bランク神器も馬鹿にできないでしょ」


「……劣等種族が」


 サルファは金斧を力強く握り直して、立ち上がった勢いのまま少女に斬り掛かった。

 だが、こちらが振りかぶって攻撃するどころか、足を一歩前に出したその瞬間に、少女は目前から姿を消していた。

 右目の端で紫色の稲妻が一瞬だけ走る。

 まずい、と思ったその時には、すでに右頬に痛みが走り、サルファの体は横に飛ばされていた。

 空中で身動きが取れない間、サルファは少女が前に出てきた理由を今さらながら悟る。

 確かにこの速さがあれば、接近戦で自分たちを圧倒することができる。

 あの少年に前衛を任せるよりかは利口な選択だ。


(だが、やはり決定打に欠けている)


 付け入る隙があるとすればそこ。

 速度では敵わないけれど、このままなら魔装を貫かれることもない。

 そして見れば紫髪の少女の全身には、所々に火傷のような痕ができ始めており、動きも僅かに鈍くなりつつあった。

 おそらくそれが、あの魔法の“弱点”だ。

 紫電の魔法を身に纏っているだけあって、長時間の維持は体に毒なのだ。

 あの魔法を出し惜しみしていたのもそれが理由だろう。

 つまりこのまま高速の連撃を耐え続けていれば、いずれあの少女に限界が訪れる。


(それを待てばいいだけ。勝つのは容易なことだ)


 そう確信すると同時に、サルファはようやく地面に着地する。

 吹き飛ばされた勢いで一瞬だけ膝を突くと、その瞬間に紫髪の少女が大声を上げた。


「ほら今よっ!」


 サルファがハッとなって後ろを振り返ると、そこには金髪の少年が立っていた。

 紫髪の少女に気を取られていて、吹き飛ばされた先に少年が先回りしていることに気が付かなかった。

 そして奴はどういうわけか、体を大きく反らすように、片手で長槍を振りかぶっている。

 瞬間、目を疑う行動を起こした。


「う……らあああぁぁぁ!!!」


 金髪の少年は、戦いの要とも言える自らの神器を……あろうことかこちらに投げつけてきた。

 槍は綺麗に矛先をこちらに向けて飛来してきている。

 今の体勢のままではとても避けられない。だが、それは特に問題ではない。

 なぜなら……


(何を考えている? 神器は持ち主の手を離れたら神聖力を失うというのに……)


 神器を手放した瞬間、その神器は“半装備状態”となる。

 その間は魔法やスキルが使えないだけでなく、魔族を倒すための力――神聖力だって失われるのだ。

 つまり今、こちらに向かって飛んで来ているあの長槍は、ただの鉄の棒同然である。

 これなら魔装で容易く弾き返せる。

 と、余裕を持って飛来してくる長槍を眺めていると……


「ぐあっ!」


 予想だにしていなかった激痛が、サルファを襲った。

 目を落とすと、自身の腹の中心に、深々と長槍が突き刺さっていた。

 持ち主の手を離れて、神聖力がまったく宿っていないはずの神器が。


「どう……して……!」


 どうして、この神器に神聖力が残っているんだ。

 しかもただ神聖力が残っているだけなら、耐久の恩恵と魔装の固さでここまで深くは刺さっていないはず。

 それなのに投げられた槍は、低級神器とはとても思えないほどの莫大な神聖力を宿していた。

 先ほど斬り結んでいた槍とはまるで別物のようである。


「不思議そうな面だな」


「……っ!?」


 気が付くと、すぐ目の前に槍の少年が立っていた。

 神器を手放しているのにもかかわらず、まるで恩恵が残っているかのような俊敏さである。

 テルルが困惑していると、ヘリオはすぐに種明かしをした。


「俺の神器は手放しても、少しの間なら装備状態が維持されるようになってんだよ。残念だったな」


「装備状態を、維持……?」


「納得いかねえなら性能(プロパティ)でも見てみろよ」


 そう言われたテルルはほぼ反射的に、腹に刺さったままの長槍の性能(プロパティ)を覗いた。

 すると確かにこの神器には、不可解なスキルが宿っていた。


【投槍】・神器を手放してから十秒間、半装備にならない 

    ・神器を手放してから十秒間、神聖力上昇


 つまりこの神器は、通常の武器系神器とは違い、投げて攻撃することも可能ということ。

 否、“投げることで本領を発揮する”、異質な武器系神器ということだ。


「神器を投げるなんざリスクが高すぎてまったく使ってなかったが、てめえらのせいで熱した鉛みてえになっちまったからな。だったら投げて使った方がマシだ」


 テルルは今になってようやく理解する。

 少年と少女が立ち位置を交換したのは、この一撃をこちらに叩き込むためだったのだ。

 通常であれば武器系神器の持ち主が前に出て、触媒系神器の持ち主が後ろに控える陣形になる。

 しかしそれではこちらに勝てないと判断し、危険ながらも奥の手を使うことにした。

 少女は少年よりも素早く立ち回ることができるが、如何せん決定打に欠ける。

 少年は少女よりも強力な一撃を放つことができるが、ある程度の間合いと直撃させるだけの隙が必要になる。

 そして互いにその奥の手を使うことで、上手い具合に欠点を補い合うことができるとわかり、二人は“役割を交換”したのだ。

 Bランク神器でも、相性を補完し合えばこれほど強力になるのかと、テルルは後悔するように思う。


(私の命も、長くない……)


 そうと判断したテルルは、相棒のサルファだけでもと思って叫び声を上げた。


「サルファ! 一人でもトパーズ様のところに……!」


 戻って、と伝えようとしたが……

 それより先に、少年が動いた。


「残念おせえよ」


 無情にもテルルの腹から手早く長槍を引き抜いて、瞬く間に振りかぶって投擲した。

 槍は恐ろしい精度で真っ直ぐに飛んでいく。

 その先には、自分と同じように紫髪の少女によって地面に転がされている、相棒のサルファの姿が。


「逃げ……!」


 そんな、テルルの掛け声も虚しく……

 サルファは強化された長槍で、いとも容易く腹部を貫かれてしまった。


「ぐ……あっ……!」


「サル、ファ……」


 一目見てわかるほどの致命傷。

 サルファもテルルも腹を大きく貫かれて、多量の血を地面に滲ませていた。

 お互いがお互いの状態を視認して、もう長くないことを悟る。

 自分の血の気が引いていくのがわかる。

 命の終わりが近付いてくるのがわかる。

 自分たちは無様にも、格下の相手に敗北したのだ。

 悔しさ以上に、申し訳なさが二人の胸中を満たしていく。


「トパーズ、さま……」


「申し訳、ございません……」


 聞こえるはずもないとわかりながらも、二人は主人に最後の言葉を残して、光の粒と化した。




――――――――




「あーあ、サルファとテルル負けちゃったかぁ」


 集団の後方にて、最前線の戦況を眺めていたトパーズは、部下の死を見て気落ちした声を漏らす。

 次いでその近くにいる二人の少年少女に目を移し、静かに瞳を細めた。


「あの二人で片が付くなら、それが一番楽ちんだったんだけどね。意外に強かったなぁ」


 トパーズはこれでも、サルファとテルルのことを高く買っていた。

 心ない魔人であるがゆえ、二人の死を特に何とも思っていないように見えるかもしれないが、惜しいことをしたという思いは胸の内にある。

 あそこまで優秀な部下はそうそう手に入らない。

 ゆえに、そんな二人を倒したあの少年少女の評価を、トパーズは改めることにした。


「ま、そろそろ僕も体を動かしたいと思ってたし、ちょうどいいかな」


 そう呟いたトパーズは、ようやくして集団の最後方から動き出した。

 今まさにサルファとテルルがやられてしまった前線に向かって歩いていく。

 その最中、トパーズは己の行動に対して小さな疑問を抱いていた。


(何を焦っているんだろうね、僕は)


 我ながら自分らしくない行動をしていると感じる。

 本来のトパーズであれば、徒党(レギオン)の主力がやられた時点で、それ以上の損失を出さないために撤退を命じるはず。

 だが彼は退くという選択肢を頭に浮かべず、今度は頭領である自分が前に行くことを決意した。

 自分が率いる徒党の魔人たちがやられて怒りが湧いたから?

 否、トパーズの胸中には怒りも悲しみもない。

 あるのはただ思惑のみ。

 そう、これはあくまでチャロの信用を勝ち取るための戦だ。

 チャロを信用させて、より深く新生魔法軍の内側に入り込み、いずれ裏から魔王軍を牛耳る算段。

 自身が率いる徒党の主力を失ってまで隠れ家を守ったのだから、もう充分にその信用は得られているに違いない。

 だからこれ以上の無理は割りに合わないはず。

 それでもトパーズは戦場に赴いた。

 その理由をあえて言葉にするのなら……


(なんだか、胸騒ぎがするんだよね)


 根拠があるわけではない。

 ただ、そんな気がしているだけ。

 この戦場を急いで終わらせなければ、何か良からぬことが起きるのではないかという胸騒ぎ。

 雲行きが怪しい空を見上げて、豪雨や暴風を予感するようなそんな曖昧な感覚。

 ただの気のせいだろうと思いながらも、トパーズは戦場の最前線に向かって足を早めた。

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