第十一話 「仲間」
レッド村を旅立ってから一週間。
村や町を行き繋いで、ようやく僕は目的地である『駆け出し冒険者の町』に辿り着いた。
名前を『ミルクロンド』という。
「おぉ、都会だ……」
背の高い建物たち。
ごった返す人の群れ。
賑やかというかもはや騒がしいと思える喧騒。
レッド村とは大違いである。
ここまで賑わっている町に来るのは何気に初めてだな。
生まれた時からレッド村で過ごしてきて、遠出をしたことなんて一度もなかったから。
あそこが僕の世界のすべてだったのだと、今さらながらに思う。
だから見たこともない町を眺めることができて、僕は心底感動した。
「観光は後でするとして、まずは『冒険者ギルド』を探そうかな」
冒険者が依頼を受けたり報酬を受け取る施設――『冒険者ギルド』。
冒険者になるためには『冒険者試験』を受けて、それに合格する必要がある。
そして『冒険者試験』は、月に一度ギルドで取り行われる。
決まって月の初めに行われ、毎回試験内容も変わるというのが特徴だ。
今日は『杖の月』の『29日』なので、明後日には月が変わる。
タイミング的にはばっちりだ。
早いところギルドを見つけて、その近くに宿を借りたいな。
そう思って町を探索していると、見るからに他の建物たちとは違う”仰々しい施設”があった。
明らかに他の建物より大きく、中が一層騒がしい。
どうやら屋内には酒場が併設されているようで、真っ昼間の今から飲んだくれている人たちが大勢いるみたいだ。
極め付けは、剣を二本合わせたような模様が描かれた大旗。
「あっ、あった……」
どう見てもこれが冒険者ギルドだろう。
わかりやすくて助かった。
宿も近くに何軒かあるようなので、どれかを借りることにしよう。
と、その前に、冒険者試験のことを受付さんに聞いておこうかな。
そう考えて、僕は恐る恐るとギルドに入った。
「……冒険者がいっぱいだ」
中に入って早々、僕は目の前に広がる景色に圧倒されてしまった。
駆け出し冒険者の町とはいえ、皆が確かに実力を見込まれた冒険者たちだ。
それがこんなにもたくさんいるなんて。
大切そうに『水晶玉』を胸に抱えている冒険者。
右腕にグルグルと、意味ありげに『包帯』を巻いている冒険者。
超でかい『フォーク』を背中に担いでる冒険者もいる。
あれ、全部『神器』なのだろうか?
あれらの神器でどうやって魔族と戦ったりするのだろう?
やっぱり世界には不思議な神器を使う冒険者がたくさんいるんだなぁ。
なんてわくわくしながら周りを見回し、やがて気が済んだ僕は、ようやく受付さんに試験のことを尋ねた。
「あの、すみません」
「はいっ?」
「冒険者試験を受けたいんですけど、試験の日程を教えてもらえませんか?」
「あっ、はい。次の試験は明後日のお昼から開始ですよ。遅れずに来てくださいね」
「はい、わかりました」
日程は予想通りだった。
明後日のお昼から開始か。
それなら明日は一日自由に過ごせるから、町をあちこち見て回るとしよう。
そうと決めて、僕はギルドの近くに宿を借りることにした。
一日空けて、試験当日の昼頃。
いよいよ本日が冒険者試験である。
僕は時間通り冒険者ギルドにやってきた。
「け、結構な人たちが集まってるな」
一昨日に見た時より、大勢の人たちがギルドに集まっている。
これ、全員が冒険者志望の参加者だろうか?
皆が神器らしき武器をどこかしらに装備しているので、まあそうなんだろうな。
競争率が高そうだけど、果たして合格できるだろうか?
確か冒険者試験の合格率は、毎回”10%”を下回るって聞いてるんだけど。
もし今回落ちてしまったら、次の試験はまた来月の頭ということになる。
その間は完全に無職になってしまうので、どうにかこの一回で合格を決めたい。
いや、決めなきゃ先に進めないよな。絶対に合格するんだ。
「それではこれより〜、今月の冒険者試験を取り行いますよ〜」
人知れず不安に思っていると、どこからか幼い女の子の声が聞こえてきた。
成人以上の人間が集まるこの場所で、その声はかなり異質なものに聞こえ、必然周囲の人たちは疑問を覚える。
そして揃ってキョロキョロと辺りを見回すけれど、声を上げたと思しき少女は見えない。
やがてギルドの職員たちが酒場からテーブルを運んできて、その上にちょこんと誰かが乗った。
『ゴスロリ人形』の手を引いている、笑顔が眩しいピンク髪の幼女。
さっきの宣言をしたのは、もしかしてあの子なのかな?
ピンクのひらひらした服を着ていて、人形も相まって完全に幼女にしか見えない。
試験開始の宣言をしたのだから、おそらく試験官の一人なのだろうが、いったいおいくつなんだろう?
という疑問の視線が殺到し、彼女はそれに対して眩しい笑みで答えた。
「私が今回の試験官の〜、チャーム・フローライトさんですよ〜。こう見えても私は〜、きちんと『祝福の儀』を受けた成人で〜、れっきとしたギルドの職員さんなのですよ〜」
間延びした声がギルドの中に響き渡る。
本当に試験官さんだった。
見た目とは裏腹に、ちゃんと祝福の儀を受けた成人らしい。
少し意外な思いで、即席の壇上に立つ幼女を見ていると、さっそく試験内容についての話が始まった。
「ではでは〜、さっそく試験の内容を発表したいと思います〜。今回の試験内容は〜、この町の東門から出てすぐの『七色森』というエリアで、こちらを探して来てもらいます〜」
チャームさんは右手に引いていた『ゴスロリ人形』……ではなく、さらにそれより小さな人形を、左手に持って掲げた。
なんだあれ? という疑問の視線が集まり、チャームさんはそれに答える。
「見ての通り『お人形さん』ですよ〜。この『試験人形』を七色森のどこかに置いておきますので、それを見つけてギルドまで持って帰って来てくださいね〜」
……なるほど。
今回の試験は『探し物』というわけか。
試験内容は毎回変わり、試験官によって難易度も上下すると聞く。
たまに理不尽な難易度の試験が取り行われる時もあるそうなので、ある程度覚悟はしてきたのだが。
今回は比較的簡単そうな試験で安心した。ただの探し物だしね。
現役の冒険者を相手に試合をしろとか、参加者全員で戦えとか言われたらどうしようかと思った。
なんて人知れず安心するが、試験官の次なる台詞で、その安堵は束の間のものとなってしまった。
「ちなみに七色森には〜、『スナッチシーフ』という魔物がたくさんいます〜。人間の持っている物を盗み取る習性があって〜、落とし物も勝手に持って行ってしまう困った奴らです〜。おそらく今頃は、七色森に置いてきた『試験人形』たちを一つ残らず拾ってしまっていると思いますので〜、頑張って取り返してくださいね〜」
「うっ……」
冒険者試験はそう甘くはなかった。
試験内容そのものは、『森の中で人形を探す』というもの。
しかし特殊な魔物がいるせいで、魔物討伐が前提になる仕組みとなっている。
魔物が蔓延るエリアを探索する『探索能力』と、単純な『戦闘能力』。この二つを見るための試験となっているようだ。
「もちろん他の種類の魔物も蔓延っていて危険ですので〜、参加者で協力して試験に臨んでいただいて構いませんよ〜。冒険者になってからパーティーを組むことも当然あると思いますので〜、今からその練習をしておくのも悪くないと思います〜」
「きょ、協力か……」
確かに仲間は重要だ。
連携次第では試験の合格率をぐんと上げることができるから。
「あっ、もちろんパーティーを組んだ人たちは〜、人数分の試験人形を持って帰って来てくださいね〜。制限時間は二時間です〜。それでは試験開始です〜」
というチャームさんの間延びした声で、冒険者試験が開始された。
制限時間は二時間。
エリアまでの移動も考えると、悠長にしていられる時間はない。
「とりあえず僕も……」
早いところ仲間を集めないと。
って言っても、僕とパーティーを組んでくれる人なんて果たしているだろうか?
協力者は当然強い人がいいわけで、大前提として強い神器を持っていなければならない。
しかし僕の神器は、ただの【さびついた剣】だ。
こんな神器を持っている人をパーティーに入れてくれるはずもない。
ならば『進化』のスキルを使って【呪われた魔剣】を見せびらかすという作戦もあるが、魔剣も魔剣で見た目が悪い。
まるで魔人の神器みたいなので、そんな物騒な神器を持っていたら人が寄り付かないはずだ。
ていうか試験前に『進化』スキルを使いたくない。魔剣はなるべく温存しておきたいから。
さてどうしよう?
周りを見ると、さっそくパーティーを組んで七色森に向かう参加者たちがいて、必然と焦りを覚えさせられる。
僕も早く仲間を……! と思ってあちこち見回していると、突然どこからか……
「はぁ!? だからさっきから嫌だって言ってんでしょ!」
少女の怒りに満ちた声が聞こえてきた。
あまりにその声が響いたので、僕のみならず周りの人たちもそちらに目をやる。
するとそこには……
「わ、私を、パーティーに入れてください……」
三人でパーティーを組んでいると思しき少女たちと……
そのパーティーに対して涙目で懇願している、『大きな盾』を背負った一人の少女がいた。