第一話 「神器」
十二歳になると、神様から『神器』を授けてもらえる。
神器とは、魔人や魔物と戦うための特別な武器のことだ。
それを手にして、人々を守るために魔人や魔物と戦っている人たちのことを、皆は勇敢さを評して『冒険者』と呼ぶ。
僕はそんな冒険者に憧れている。
十二歳になり、いよいよ僕は冒険者になるための一歩を踏み出すことができる。
今日が僕の、英雄になるまでの冒険譚の始まり。
「おーい、ラスト―! 早く起きないと遅刻しちゃうよー!」
「んっ……」
朝。
頭まで布団をかぶって寝ていた僕は、一人の少女の声で目を覚ました。
寝ぼけ眼を擦りながら布団を剥がすと、僕の顔を覗き込む赤髪の少女と目が合った。
「おはようラスト。今日は待ちに待った『祝福の儀』だよ。早く準備して神殿に行こう」
「……ルビィ」
幼馴染のルビィ・ブラッド。
彼女は寝起きの僕を面白がるように見つめて、満面の笑みを浮かべている。
「まったくもう、昨日はあんなに『祝福の儀』を楽しみにしてたのに、儀式に間に合わなかったら元も子もないでしょ。だから早く起きてよラスト」
「う、うん、ごめんルビィ」
僕は謝りながら、のそのそとベッドから起き上がる。
そうだ、今日は楽しみにしていた『祝福の儀』を受けるのだ。
今日で僕たちは正式に成人になる。
そして、神様から『神器』を授かることになるのだ。
儀式に遅刻するわけにはいかない。
「わざわざ起こしに来てくれてありがとう。おかげで遅刻せずに済むよ。でもなんで勝手に部屋まで入ってるのさ。前からそれやめてって言ってるだろ」
「だって、ラストママが『起こしてきて』って言うから」
母さんめ……
ルビィは家が真向かいにあって、昔からよく一緒に遊んでいる。
家にもよく遊びに来てくれて、小さい頃から僕の部屋にも勝手に入って来るのだ。
子供の頃は別に気にしてはいなかったのだけれど、最近は気恥ずかしさもあるからやめてほしいって言ってるのに。
だって僕たちはもう、立派な大人なのだから。
「ラストママだって、ラストの『祝福の儀』を楽しみにしてるんだよ。それなのにラストが儀式のギリギリまで爆睡してるなんて、いったいどういうことなの? 楽しみにしすぎて昨日は眠れなかったの?」
「ううん、そうじゃないよ。むしろその逆。楽しみにしてる反面、ちょっと緊張もしてるんだよ。そのせいで昨日はあんまり眠れなくて……」
「緊張?」
首をきょとんと傾げるルビィに、僕は苦笑いしながら言う。
「だって、どんな神器を授かるかはわからないわけだし、もし変な神器を授かっちゃったらどうしようって……」
「まあ、それもそうだね。神器は魔人や魔物から身を守るための武器になるわけだから、変な神器を授かっちゃったら困るよね。儀式は一度きりなんだし」
そう、『神器』を授けてもらえる『祝福の儀』は一回きり。やり直しはできない。
しかも神器は、魔人や魔物と戦うための特別な武器なので、授かった神器によっては今後の生き方がある程度決まってしまう。
祝福の儀は人生が左右される儀式と言っても過言ではない。
おまけに自分の神器以外は使うことができないし。
そんな大切な儀式を目前に、安眠なんてとてもできるわけないじゃないか。
まあ僕と違って図太い神経をしているルビィは、きっとスヤスヤと熟睡できたことだろう。
寝坊助な幼馴染を起こしに来るほど余裕があるみたいだし。
なんて思いながら、寝癖のひどい頭を手櫛で撫でていると、ルビィが悪戯的な笑みを浮かべて言った。
「ラストは昔から気が小さかったからね。そのせいで村の男の子たちからしょっちゅう意地悪されてたし、儀式を受けてちょっとはその性格も直ったらいいのにね」
「うっ……」
「けどまあ、『祝福の儀』が緊張するのは仕方がないことだよ。私だって同じ気持ちだし。だって私たちはさ……」
「……?」
言いかけたルビィが、優しい笑みをこちらに向けて続けた。
「一緒に『冒険者』になるって約束したじゃん。変な神器を授かったら、その夢が叶わなくなっちゃうからね」
「うん、そうだね」
僕は大きな頷きを返す。
僕とルビィは一緒に『冒険者』になる約束をしている。
これは二人の夢なのだ。
僕たちはいつか、冒険譚に描かれているようなかっこいい英雄になりたいと思っている。
「お互い良い神器を神様から授けてもらおうね、ラスト」
「……うん」
お互いに良い神器を授けてもらえたらいいな。
もし片方だけすごい神器で、もう片方が低ランクの神器だったら、気まずいことになるからね。
という危惧は僕だけのものではないらしく、ルビィが縁起でもないことを口走った。
「まあ、もしラストが変な神器を授かって、私だけすごい神器だったら、ラストのことは置いてって、先に私が『マスタークラス』の冒険者になっちゃおうかなぁ……なんて」
「うっ……」
なんかあまり冗談になってない気がするからやめてほしい。
僕の方が弱い神器で、ルビィが先に冒険者として成功してしまうのは避けたいところだ。
まあ、もし僕がDランクやEランクの平凡な神器を授かっちゃって、冒険者になるのが難しくなったとしても、僕は夢を諦めるつもりはない。
たとえルビィに置いて行かれたって、僕はきっと冒険者になってみせる。
どれだけ時間を掛けても……。
憧れは一度抱いてしまったら、容易く手放せるものではないからだ。
「さっ、早いところ準備して神殿まで行こう! もうみんな集まってると思うから!」
「うん、そうだね。でさ、僕は今から着替えるから、ちょっと部屋の外で待っててくれない?」
実はさっきから着替えようかなと思っていたのだが、いつまで経ってもルビィが出ていく様子がない。
だからついに言葉にしてみたのだけれど、ルビィは先ほどと同じように、ニカッと悪戯な笑みを浮かべた。
「二度寝しないか心配だから、ここで見張っててあげる」
「そんなことしないから早く出てってよ!」
本当に遅刻しちゃうじゃないか。