表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天狗様に投げ文を  作者: 一 晶子/marmellata_o
6/7

四、方山話と大事な話

 「ねぇ、流星さん。そういえば何で私をさらったの? 誰でもいいの? 神隠しって……なんていうか、その、やらなきゃならないことなの?」


 私は不思議に思っていたこと男に聞いた。

 この男が天狗なのかどうなのか、それはもう、本人がそう言っているのだからと受け入れることにした。


 黒い翼。

 もしかしたら悪魔とか、違う妖怪とか……何かである可能性はあるけれど、私を抱えたまま飛ぶこの男が、うそをついている様には私には見えなかったからだ。


 天狗による神隠し。話に聞いたり、本で読んだことはあるが、まさか私がそんな対象になるとは思ってもみなかったし、簡単に信じられることでもない。


「事情はそれぞれ、天狗によるけど……やんなくてもいいもんだ。それに『神隠し』なんて、人間が作った言葉だろ?」


「……へぇ。」


――天狗による、という言葉がなんだかおかしい。

 

 そう思った私は、くすりと笑った。すると、男もうれしそうに口元を緩ませながら教えてくれた。


「人間を、例えば誰かを、嫁に欲しいと思ったとする。」


 私はまだ九歳だ。その私に「嫁」という言葉のインパクトは大きかった。


「よ、め、って、お嫁さん!?」


 驚いて私が声を上げ、体を動かすと男がバランスを崩しそうになった。


 ガクンと大きく揺れた男の身体と、私の身体。今は空を飛んでいて、落ちたら危ないのだということを、すっかり忘れていた私の心臓は、口から飛び出そうなぐらいの勢いで暴れ出した。反射的に男の服を握りしめると、私を抱える男の両の腕に力が込められた。


「……悪い、大丈夫か?」


「うん、ちょっとびっくりしただけ。それに私も、ごめんなさい。急に大きな声出しちゃって……。」


 素直に謝って、頭を下げた。すると男は、私の前髪に唇をあてたかと思うとすぐに離し、話を続けた。


 私は、前髪とはいえ、キスをされたものだから、恥ずかしくてうつむくようにして、顔を隠した。


「今のうちに約束とりつけておかねぇと……十過ぎたら、見えなくなるかもしれねぇから……。」


「見えなく……?」


 私が尋ねると、男は何もこたえなかった。そのかわりに男の眉尻がわずかに下がり、その表情は寂しそうに見えた。


「え、と……。」


 その表情を見た私は、胸がきゅうっと絞られたように痛くなり、次に何を言えばいいのかもわからなかった私は、言葉にも詰まった。


「昔、小夜に笑いかけられたとき、仲良くなりたいって思った。ずっと見守っていくうちに……どうせなら、ずっと一緒にいてくんねぇかなって思うようになったんだ。」


 生まれてから十年。初めて経験する愛の告白に、私の顔は沸騰寸前かのように、高い熱を持ち出した。顔だけじゃない、心臓も、頭の中の脳みそも、耳も、手も、足も……全身が熱いような気がしてしょうがなかった。


「もちろん無理強いはしねぇ。この三日間でどうするか決めてくれ。」


 結婚相手かどうかを、三日で決めろというむちゃな要求。それに私は、パクパクと、魚が呼吸をするように口を動かすことしかできなかった。


「人としての生を終えた後のことで……でも、今すぐに死ねって言っているわけじゃねぇから勘違いすんな? 生をまっとうして、肉体の命が尽きた後の話だ。それまでは……まぁ、文通でもしようや、会うのは難しいかもしれねぇし……大人になって、他に好きなやつでもできたときには、婚約解消。手紙は持ってこなくていいから。」


「天狗って、スマホとかパソコンとか持ってないの? メールは?」


 男が首を横に振ると、男の髪の毛がさらりと揺れた。


「たまにでいい、さっきの山にでっかい木、あっただろ? そこで空にむかって手紙投げてくれれば届くから……って、それもまた、決めた後の話だけどな。」


「……でも、死んだ後ってなると……私、おばあちゃんになっちゃってるんじゃないかな? いいの?」


「それの何が問題なんだ?」


 天狗ともなれば、人間の老いなど、見目などきにしないということなのだろうか。そう思ったとき、私はほっと胸をなでおろした。


「……変なの。」


 ぼそっと漏らしたその言葉は、男の耳には届かなかったようだった。


「で、これからどこ行きたい? 行ける範囲なら、どこだっていいぜ……いい思いさせとかねぇと、振られちまうかもしんねぇしな。」


 男はそう言っていたが、そのときにはもう決めていた。

 

 遠い将来、私はこの男の嫁になる――と。

 

 けれどどうせなら、答えをできるだけ引っ張って、行きたいところに連れて行ってもらおう。そんな、ずるい考えで、私はすぐに返事をしなかった。


「……じゃぁ――。」


 そう行先を告げた途端、男の翼の動きが変わった。

 バサッとひときわ大きな羽音を立て、空を駆ける、早さがぐんと増したのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ