第98話 地図にもない場所まで
ドクドクって、心臓の音が分かるくらい鳴ってる。
大賞は殿堂入りしてるのに、それでも最多受賞なんて凄いよな。
肝心のwater(s)は会場にいないけど……それでも、心臓が痛いくらいに鳴ってるんだ。
初めて立つステージじゃないけど、此処で初めて歌う曲だ。
たった一曲だけど……それでも、緊張で手の汗がやばい。
「ーーーー拓真、また立てるな……」
「だなー……」
強がった言葉に、拓真もいつものように微笑んだ。舞台ではすでに披露されている。
自分達の出番が待ち遠しいけど……今の俺には他人の音に耳を傾ける余裕が無い。
デビュー当初よりは聴こえてるし、冷静に行動してるつもりだけど、常になんて保てない。
無意識に掴んだシャツから自然と手が離れる。彼を捉えて離さない歌声が聴こえてきたからだ。
ーーーーーーwater(s)の音だ。
誰が何て言ったって、water(s)の音だ。
あの頃から変わらない……俺の憧れたままの音色だ。
色彩豊かなメロディーに涙を堪える。潤が隣に視線を移すと、彼も同じような表情を浮かべていた。思わず泣き出しそうになる程の胸に響く音色に、他を寄せつけない最多受賞が当然の結果のようであった。
他に知らない……こんなに締め付けられそうになっても、また憧れてるんだ。
きっと一生敵わないままでも、それでもいいんだ。
ただ、上原の歌が聴けるなら……それが叶うなら、他は何でも構わないんだ。
「ーーーーやっぱ……」
拓真の言いたかった事は分かる。
やっぱ……凄いんだ……
「……潤、行くぞ」
「あぁー」
差し出された手に重ねて、舞台に立った。
拓真の音色と重なる瞬間は、見た事の無い景色を見に行ける気がするんだ。
今も…………
いつもように声を出した二人のハーモニーが、会場を包む。
エンドレの音が一番とは言わないけどさ…………俺が奏でられる中では一番の音色だって、それくらいは思ってる。
受賞したミュージシャンに向けて演奏してるみたいで、緊張感はあるけど……やっぱ楽しくて止められないんだ。
時折視線を合わせて弾き語りをする彼等は、楽しそうに奏でている。緊張感のある中で放たれた音色は、リズムが速くなる事も、テンポがずれる事もなく、いつもの彼等の音色であった。
ーーーーーーーーまだバクバク言ってる。
また無意識にシャツを掴んだ潤は、舞台に視線を移した。
あそこに立ってたんだよな……ちゃんと出来てたとは思うけど……
「……やっぱ、ナリさん達にいて貰いたかったな」
「だよなー……」
小声で話を出来るくらいには復活していたのだろう。二人は小さく拳を重ねると、目の前で流れるメロディーに耳を傾けていた。
今度はちゃんと聴こえる。
さっきよりも……ちゃんと分かる。
他人の緊張感も伝わってくるし、音がハッキリと響いて聴こえてくるんだ。
自分達の出番を終え、ようやく一安心したようだが、発表の時は直ぐそこまで来ていた。司会者が持ってきたカードを開けば、会場に緊張が走る。
「ーーーーーーーーレコード大賞は、ENDLESS SKYで"星影"」
スポットライトに照らされた二人は驚いた様子で、声にもならなかった。司会者に促されるまま、再び舞台に立っていた。
ーーーー最優秀新人賞に選ばれた時、言葉にならなかった…………今までのエンドレの全てが報われた気がして、ただ……嬉しかったんだ。
あの時と同じような感覚だ。
流れるメロディーに合わせ、弾き語りをしているが平常心を保つのに精一杯のようだ。潤んだ瞳のまま歌い上げる姿に、一際大きな拍手が送られていた。
あぁー……叶ったんだな……数ある中から選ばれたんだ……
「……拓真…………」
「潤…………」
それ以上、言葉が出なかった。
ライブの終わりのように抱き合っていると、携帯電話のバイブ音が鳴った。立て続けに鳴り響く様子に、顔を見合わせて笑い合っていた。
ナリさん達からだって、見なくたって分かる。
彼の思った通り、成田達メンバーから続々と祝福のメールが届く中、音楽仲間からも届いていた。
「……リアタイしてくれてたんだなー」
「あぁー……」
ピアノ専攻の仲間は……
「……拓真!!」
「ん? あーーっ!!」
潤の携帯画面から覗くメッセージに、拓真も驚きながらも微笑んでいた。
「見てたんだな……」
「だな……相変わらずだよなー」
「あぁー……」
彼女からのメッセージで、また一際強く鳴っていた。
もう一度歌える喜びを噛み締めていたんだとは思うけど……あとは正直、よく覚えてない。
それくらい夢中だった。
だけど……上原の言葉で、何よりも実感した。
あぁー……叶ったんだって……また、立てたんだって……
「今日は祝杯だろ?」
「あぁー」
予約していた焼肉店でグラスを寄せ合う二人は、晴れやかな笑顔を終始浮かべた。ノンアルコールでいつもなら乾杯する所だが、今日は特別なのだろう。空になったグラスが並ぶに連れ、揃ってほろ酔いになっていく。
「ようやくだなーー……」
「あぁー……ようやく……」
…………手が届いたんだ。
潤は空になったグラスから扉に視線を移した。
あぁー……あの時、miya達がご馳走してくれたんだっけ…………そんなに昔の事じゃないのに、ずっと前の事みたいだ。
「拓真……頑張ろうな」
「あぁー」
手を差し出した潤に、いつものように拓真も笑っていた。何度目になるか分からない重なる手の響きに、此処まで辿り着いた道のりを振り返っていた。
『おめでとう!! またエンドレに会える日を楽しみにしてるね』
ーーーーおめでとうか…………また会いたい。
ただの同級生じゃなくて、ミュージシャンとして会いたいんだ。
また携帯画面を嬉しそうに見つめる潤に、拓真も微笑む。彼女からのメッセージに、また強く鳴っていたのだ。
受賞したからって、特に変わった事は無い。
いつもと変わらない毎日の繰り返しで、もう少しでツアーも終わりだ。
「早かったな……」
「だよなー……皆、見に来てくれるだろ?」
「あぁー、まずは今日のライブだな」
「だな!」
ハイタッチの音が響き、いつものメンバーと円陣を組んだ。
「今日もよろしくお願いします!!」
『おーー!!』
拓真に続いて、仲間の声が出ているさまに、また胸が高鳴る。
長かったような準備期間は、あっという間だった。
いざツアーが始まってみたら、一日が短く感じて……やっぱ二十四時間じゃ足りなくて、もっと……もっとって、何度も感じてた。
「こんばんはーー!!」
拍手と歓声の響き渡る反応の良さに、また強く鳴っていた。拓真と視線を合わせると、いつものように弾き語りをしていたが、その胸中はいつも以上に高鳴っていた。
あーーーーっ、叫び出したいくらい……こんな瞬間が好きだ。
生の音ってだけでテンション上がるし、ナリさん達の音がすると心強くて、また音が溢れそうだ。
ガチガチに緊張してたのが、ずっと前の事みたいだ。
それくらい夢中になりながらも、聴けるようになった。
冷静に動けるようになったんだ……このフレーズ、あの時に出来たんだよな……
一瞬だが潤が何処か切ない表情になったのは、彼を想い浮かべていたからだろう。
……あぁー、此処にいるんだ……もう会えなくても、音楽の中でなら……何度だって会えるから……上原もそうだといいな……
メンバーの紹介が終わると、一際大きな歓声が響いていた。
あと……少しだ。
今日のライブも折り返し地点だ。
もっと、ずっと演っていたい。
時間が許すなら、演り続けられるなら……ずっと、此処に立っていたい。
憧れた場所で披露出来るなんてさ……そんなの一生で、何回も体験出来るなんて……鳴らない筈が無いんだ。
汗だくになったTシャツを着替えていたが、またスポットライトと熱気に当てられ汗が滲んでいく。
ーーーーーーーーちゃんと届いてるんだよな……あんなに遠かった夢が、俺達の現実になった。
『ありがとうございましたーー!!』
拓真と手を取り合って一礼すれば、惜しみない拍手と歓声が響く。彼等に向けて最大限の賛辞が送られていた。
「お疲れー!!」 「お疲れさまです!」
二人がほぼ同時に放った言葉に、周囲から笑みが溢れる。変わらずに抱き合った二人をいつものメンバーが囲んでいた。
あぁー……ライブをする度に思う。
こんな景色は、此処にいるメンバーが居なかったら見られなかった。
拓真と二人だけだったら、まだ届かなかったかもしれない。
『ありがとうございました!!』
揃って告げる姿に、メンバーから温かな視線が送られていた。
「今年もお疲れー!!」
「お疲れー!」
「飲みに行くだろ?」
「あぁー、ナリさん達も行くでしょ?」
「あぁー、久々に飲めるな!」
テンションの高いまま汗を拭いながら、ハイタッチを交わしたり、ハグをしては楽しそうに語り合っていた。
ーーーーーーーー忙しい日々なんて、有り難い話だ。
こんなに俺達の為に動いてくれる仲間は、他にはいない。
ナリさん達のおかげで、俺達は受賞出来たんだ。
岸本さんがプロデュースしてくれたおかげで、今の俺達が在るんだ。
感謝してもしきれない……たくさんの人達のおかげで、此処まで来られたんだ……
「潤ーー!!」
いつもよりテンションの高い拓真が、いつものように微笑んだ。あの頃と変わらない彼に安堵して、潤もまた返していた。
「楽しかったなー!!」
「あぁー、最高だったな!」
年内最後のツアーという事もあり、反省会は殆どあって無いようなものだったが、音楽について語らう姿は、高校の頃と変わらない少年のままのようだ。
何度目になるか分からない乾杯も、楽しそうにグラスを寄せ合っていた。
「受賞した時は感動したなーー」
「まぁー、獲れるとは思ってたけどさ」
「…………えっ?」
「何? 潤は信用してないのか?」
「いや、何ていうか……いくら願っても、届かない事が多かったんで……」
「そういう感覚は分かるけどさー……もっと、自信持てよ?」
ーーーーーーーー自信か……確かに、足りないのかもしれない。
何処かで、まだ諦める声がしてたのかもしれないけど……
「……あぁー、皆がいるんで……」
「嬉しい事、言ってくれるなー!」
「ちょっ、ナリさん!!」
髪をくしゃくしゃに撫でられた潤は楽しそうな様子で、仲間と過ごす時間を大切にしているようだった。




